第88話 お願い
「じゃあここで一度解散。セイの家に集合で。」
コウちゃんは立ち上がって体を伸ばし自転車を取りに歩いていく。
「ケンは家に一旦戻るか?」
「うん。そうだね。一度帰るかな。」
セイちゃんとケンちゃんも話ながら自転車の方へ向かった。残りの僕たち三人は徒歩だからその場にとどまっている。メイちゃんはコップを回収してビニール袋に入れてからリュックにしまう。メイちゃんのその時々に見せる気配りや優しさは見ていると気持ちがいいし頭が下がる。
「キュウちゃ~ん。かわいいからって見とれてちゃだめだよ~。」
いつのまにか横に来ていたユウちゃんが僕にそう言って笑った。
「そうだね。片付け手伝えばよかった。」
僕の答えにユウちゃんはニヤ~っと笑う。
「やっぱり見とれてたんだ~。」
「え?ああ、見とれてたっていうか…、すごいなって思ってたよ。気配りとか仕事のテキパキした感じとか。」
「え~?かわいいからじゃないの~?メイちゃんはかわいくないって言うの~?」
ユウちゃんのいきなりの発言。しかもメイちゃんに聞こえるほどの声で。
「そんなこと言ってないでしょ。メイちゃんはかわいいに決まって…」
そこまで口にして僕の顔は一気に熱くなった。メイちゃんをちらっと見ると恥ずかしそうな顔でこっちを見ている。
「ユウー。二人をいじめるなよ。」
自転車が止まりコウちゃんの手がユウちゃんの頭をポンっとたたいた。
「え~?いじめてないよ~。キュウちゃんが素直になれないから背中を少し押しただけ~。」
「ユウの場合は押したんじゃなくて突き飛ばしたんだろ。」
「そうだね。セイの挨拶くらい強烈だね。」
コウちゃんの横にセイちゃんとユウちゃんが並んだ。セイちゃんとケンちゃんは漫才のようなやり取りを繰り広げている。
「私はそんなにひどいことはしてませ~ん。」
そう言いながらユウちゃんは当然のようにコウちゃんの自転車の後ろに座った。
「じゃあ、またあとでな!」
「ごゆっくり~。」
「くれぐれも無理しないようにね。」
「キュウ、メイを頼んだぞ。」
みんなが言葉を残しながら嵐のように去っていった。ぼーっと見送る僕の横にメイちゃんが立ち、指で僕の頬をつんっとつついた。笑顔でゆっくり口を動かす。
「私たちも行こうか。」
「うん。行こう。」
僕たちは並んで歩き出した。アメイズの駐車場を出て前の道を右に進む。メイちゃんはフラフラする様子もなく笑顔で僕の横を歩いている。
「メイちゃん、つらくない?大丈夫?」
「平気だよ。キュウちゃんの方が心配。」
メイちゃんは口を動かす。清々しいほどの満面の笑み。見てるとこっちも笑顔になれるようだ。歩いていくと右に階段へ続くハイキングコースが見えてきた。
「今日はこっちでいいよね?」
メイちゃんは笑顔でうなずいた。二人でハイキングコースをゆっくり下りていく。するとメイちゃんの手が僕の手に触れた。ドキッとして横を向くとメイちゃんは僕の手をぎゅっとにぎり、ゆっくりと口を動かした。
「さっきはありがとう。」
「え?アメイズの廊下のことなら気にしちゃだめだよ。メイちゃんは疲れてたんだし。」
メイちゃんは首を横に振った。
「違うよ。ユウちゃんと話してたときのこと。かわいいって言ってくれてありがとう。嬉しかったよ。」
メイちゃんの言葉を理解した瞬間、僕の顔は真っ赤になった。さすがに恥ずかしいことを言ったと思う。
「だって事実だから。メイちゃんをかわいくないなんて言える人はなかなかいないと思う。」
メイちゃんは照れたような顔で「ありがとう。」と口を動かした。つないだ手が意識される。手汗がすごい。メイちゃんが気持ち悪く思わないか心配なくらい。するとメイちゃんがつないだ手をぎゅっぎゅっと握った。いつも肩をたたくのと同じリズムだったので僕はメイちゃんの方を見た。メイちゃんの口がゆっくりと動く。
「キュウちゃん。昨日の勝負のことだけど。」
そう言われて思い出した。今まですっかり忘れてたことだった。
「ケンちゃんを説得できるかどうかでしょ?説得できたからメイちゃんの勝ちだよね。」
メイちゃんは小さくうなずく。
「じゃあ、お願い聞いてくれる?」
メイちゃんからの「お願い」という言葉でさらにドキッとした。でもメイちゃんなら無理難題ということはないと思う。だから笑顔で答えた。
「できることなら何でもするよ。言ってみて。」
メイちゃんはまたうなずく。そして口を動かした。
「キュウちゃんのことを教えて。隠してる秘密も全部。」
その言葉に違う意味でドキッとした。メイちゃんの言う『隠してる秘密』はたぶん『僕がここにいる理由』だと思う。たぶんメイちゃんは気づいてた。もしくはおばあちゃんから聞いたのかもしれない。僕が『ただ夏休みだから』という理由でここにいるのではないことを。でも僕の中では答えは決まっていた。
「うん。いいよ。ただ…。」
「ただ?」
メイちゃんが首をかしげて立ち止まった。僕も立ち止まってメイちゃんと向かい合った。
「メイちゃんが聞きたいことが『僕がここにいる理由』だったら、それは『お願い』にしなくてもいいかな。僕もみんなに話したいと思ってたことだから。」
メイちゃんが驚いて僕を見た。僕は話を続けた。
「話さないと…。じゃないと僕も前に進めないしみんなと本当の仲間になれない気がするから。」
「そうだね。」
メイちゃんは口を動かし小さくうなずいた。
「だからメイちゃんのお願いは別のことでいいよ。僕の他のこともメイちゃんが聞いてくれたら答えるから。」
メイちゃんはまたうなずいた。メイちゃんは何か悩んでいるような顔をしている。
「メイちゃん。『お願い』は今日じゃなくてもいいから。いつでもいいからね。」
メイちゃんはそれを聞いてニコッと笑った。
「じゃあ、キュウちゃんのこと、いろいろ教えて。まずは…。」
自転車置き場までの山道を下りていく間、僕はメイちゃんの質問に答え続けた。好きな食べ物から好きな色にいたるまで。
僕の中のメイちゃんのイメージはどんどん変わっていく。最初はおとなしそうだったけど、今はすごく積極的だ。僕にはそれが新鮮に見える。そしてすごく魅力的に見えた。




