第87話 特別な笑顔?
「ゆっくりだったな。セイが先に来たから何事かと思ったよ。」
「うん。大丈夫。ちょっと疲れたから止まっただけ。」
ドアを開けた先ではみんながのんびり座っていた。僕はメイちゃんを下ろして隣に座った。メイちゃんはリュックの中から水筒を出してみんなにジャスミンを配っていく。まだ少しフラフラしているようにも見えるけど、さっきよりはよくなったみたいだ。
「キュウちゃ~ん、メイちゃんと何かあったの~?何をしてたの~?」
ユウちゃんは目を輝かせて、というより目をギラつかせて聞いてきた。返答に少し迷ったあと僕が口を開こうとした。そのとき、メイちゃんが僕の口に手をあてた。僕はびっくりしてメイちゃんを見た。メイちゃんは小さくうなずいて見せたあとノートとペンを取り出して文字を書いていく。
「みんな、今日は私のせいでごめんなさい。これからはみんなに心配かけないようにするから。迷惑かけないように頑張るから。」
メイちゃんはノートをみんなに見せて深々と頭を下げた。
「メイ。お前は迷惑なんてかけてないぞ。キュウから聞いてると思うけど、お前の書いた図面がなかったら俺たちはたぶんまだメイズで迷っていただろうから。」
「そうだよ。君の才能には驚かされてばかりだし頼ってばかりなんだから。君が僕たちに迷惑をかけているって言うなら、僕たちは君の才能に頼りすぎているからもっと迷惑をかけていることになるんだから。」
「そうだ!だいたいあんたに手伝ってもらったストラックアウトがあったからこそキュウの攻略法も発見できたんだから。だろ?キュウ。」
僕はうなずく。するとユウちゃんがメイちゃんの肩をガシッとつかんだ。
「メイちゃ~ん。もう二度とそんなこと考えちゃダメだよ~。人はいつも誰かに迷惑かけながら生きていくものなんだから~。」
メイちゃんは小さくうなずいた。目に涙を浮かべながらニコッと笑った。ノートにペンで文字を書き、みんなに見せる。
「みんなのためにこれからも頑張ります。」
力強い大きな字だった。みんなからは拍手が起きた。メイちゃんはもう一度深く頭を下げてから僕の隣に座った。
「よかったね。メイちゃん。」
メイちゃんは笑顔で小さくうなずいた。その笑顔からは『ほっとした』安心感みたいなものがにじみ出ていた。僕はメイちゃんが注いでくれた二杯目のジャスミンをゆっくりと飲んだ。
「さて、とりあえず今日は解散するか?」
みんながジャスミンを飲み干した頃、コウちゃんが切り出した。
「そうだね~。作戦会議は明日の昼間でもいいしね~。」
「うん。どのみち明日と明後日は入れないから時間あるしね。」
「え?ちょっと待って!」
スムーズに進む会話の中でケンちゃんが口にした言葉に僕は驚いた。
「明日と明後日は入れないの?」
みんなが「あっ、そうか。」と口々に呟いた。
「アメイズは土日は開かないんだよ。なぜかはわからないけど。」
ケンちゃんが答えた。みんなもうなずく。
「そうなんだ。」
僕はそう口にしながらメイちゃんをちらっと見た。
だからメイちゃんはまだやりたいって言ってたんだ…。二日間できなくなるから…。
少し後悔しているとメイちゃんが僕の視線に気づいたらしく、口を動かした。
「どうしたの?私の顔に何かついてる?」
僕は首を横に振る。
「後で話すよ。」
メイちゃんは小さくうなずいて笑った。
「あー!忘れてたー!」
突然セイちゃんが叫んだ。あまりに大きな声だったため、みんなの目が丸くなっている。コウちゃんの手からはコップが落ちた。
「なんだよ。何を忘れたんだ?」
コウちゃんがコップを拾いながら聞いた。セイちゃんをみんなが注目する。セイちゃんがゆっくりと口を開いた。
「今日の夜はあたしの家でバーベキューでいいか?って母ちゃんが言ってた。」
一瞬時間が止まった気がした。そして時間が動き始めたかのようにみんなが笑い始めた。
「何かと思えば。そんなことで叫ぶなよ。あー、俺の飲み物返せよ。」
「本当だよ。僕はてっきりセイのことだからアメイズの中に忘れ物でもしたのかと思ったよ。」
「も~。セイちゃんは大袈裟だよ~。」
みんなが笑い転げる。僕も笑う。隣を見るとメイちゃんも笑っていた。
「そんなに笑うことないだろ!確かに叫んだあたしが悪いけど。」
セイちゃんもそう言ったあと大声で笑った。
「俺は親に言えば大丈夫だ。」
「僕も問題ないよ。」
「私も~。」
コウちゃんたちが軽く返事をしていく。ただ、僕は少し悩む。
「僕はどうかな…?」
みんなが僕を見た。隣でメイちゃんが「なんで?」と口を動かした。
「いや。昨日はケンちゃんの家に泊まったし、一昨日はセイちゃんの家で夕食をご馳走してもらったから。おばあちゃんに悪いかなと思って。」
僕も本当は行きたい。でもさすがに毎日夜遅くなったりごちそうになってばかりでは…と思う。メイちゃんが悲しそうな目をしている。
「ああ。それなら大丈夫だ。心配ないよ。」
暗くなりそうな空気をセイちゃんが明るい声でぶち壊した。
「今日のバーベキューはキュウとケンのばあちゃんは呼んであるって言ってたから。」
「いつのまに?」
驚いてセイちゃんに聞いた。驚いてるのはケンちゃんも同じだ。ただケンちゃんの顔は半分諦めたような呆れたような顔だった。
「昼食後に電話したって言ってたぞ。ちなみにコウとユウのところも連絡済みらしい。」
「そうなんだ。」
ほっとした僕の言葉はコウちゃんとユウちゃんの言葉に消された。
「俺のとこもか?」
「私の家にも~?すご~い。完全に強制参加になってるよ~。」
確かにユウちゃんの言葉のとおり。すでに参加連絡が終わっていたら拒否権はない…。
「セイ、結局さっきのは何を確認したかったんだ?バーベキューの是非なのか?」
「ああ…。確かに…。母ちゃんは何を聞きたかったんだろう…。」
セイちゃんは一人で悩んでいる。その姿を見てケンちゃんはふぅーっとため息をつき、コウちゃんとユウちゃんは笑っている。するとユウちゃんと目があった。ユウちゃんはニヤ~っと笑っている。僕には何が面白いのかわからない。
「メイちゃ~ん。顔が緩みすぎだよ~。」
ユウちゃんの言葉に僕は隣を見た。メイちゃんは満面の笑みで僕を見ていた。
「メイちゃんはいつもこんな感じだよ。」
僕はユウちゃんにそう答えた。
「いや、いつもはもっと控えめに笑ってるぞ。」
「そうだよ~。私は見たことないよ~?」
「そうだね。たぶん特別な笑顔なんだよ。今の笑顔は。」
みんなが口々にそう言うので僕はメイちゃんをもう一度見た。メイちゃんはニッコリ笑ったまま口をゆっくり動かした。
「よかった。キュウちゃんが参加できて。」
メイちゃんの顔が少し火照って見えた。でもたぶん僕の顔もそうだと思う。




