第7話 アメイズの山道
「やべー。少し急ぐぞ!みんな。」
「は~い。」
コウちゃんの声にみんなが返事をする。そしてみんなの自転車が加速する。昨日のんびり見た景色があっという間に流れていく…。僕もみんなにおいていかれないように必死に自転車をこぐ。ただおばあちゃんに借りた自転車では限界があるみたい…。
おばあちゃんの家を出る時、時計はすでに3時になろうとしていた。
「お邪魔しました。」
みんなはおばあちゃんに挨拶してそれぞれの自転車に乗る。
「また昼御飯食べずに寝ちゃった。ごめんなさい。」
「いいのよ。それよりせっかく友達が誘いに来てくれたんだから、しっかり遊んできなさい。あ、あと、はい、これ。」
おばあちゃんが僕に渡したのは自転車の鍵と千円札二枚。
「あの自転車使っていいから。あとそのお金でみんなで軽く何か食べなさい。」
「うん。ありがとう。たぶん昨日と同じ時間には帰るから。じゃあ行ってきます。」
「わかったよ。いってらっしゃい。」
おばあちゃんに手をふって僕は自転車で走り出した。みんなについて行こうと必死にこいだら、おばあちゃんの家が小さくなっていた。自転車の速さを実感した…。
「キュウ!メイ!ちゃんとついてこいよ~。」
僕の横にはメイちゃんの姿がある。今日はメイちゃんも自転車をこいでいる。メイちゃんの自転車も速く走る機能はないみたいだ。
「頑張ろうね。」
僕がそう言うと、メイちゃんがノートを取り出した。
「返事は書かなくていいって。うなずくとかしてくれれば。」
僕の言葉にめいちゃんはうなずき、口の動きで
「うん。頑張ろう。」
と、答えて笑った。よく考えるとメイちゃんは僕が必死にこいでいる速さでノートを出す余裕がある。意外と体力もあるんだと感じた。そして自分の体力の無さも…。
町に入って少し走ると信号が見えた。そこを曲がれば坂道、そして坂を上った先に…?あれ?なぜかみんなは通りすぎた。曲がらずにまっすぐ走っていく。
「こっち…、だよね?メイちゃん。」
僕が聞くとメイちゃんは口を動かした。
「あっちからでも行けるんだよ。」
「そうなんだ。」
僕とメイちゃんはみんなを見失わないように自転車を急がせた。すると左側に滝みたいに水が流れる公園というか広場みたいな場所が見えた。滝みたいに見えた水は、山の上の方から傾斜にそって流れてきて池みたいな場所に流れている。みんながそこで自転車を停めた。僕たちも追い付いて自転車から降りる。
「昼飯あんまり食べてないからパンでも食べようかと思って。」
コウちゃんが道の先の店を指差して笑いながら言った。
「そうなんだ…。」
僕は少し息が荒い。目的地がわからないまま自転車を全力でこいだから、余計に体力を使った気がする。
「あ、おばあちゃんがみんなで昼飯食べろって。これ…。」
僕はもらった二千円をコウちゃんに渡す。本当はついていきたいけど、今は少しでも休みたかった。
「おー、いいのか?じゃあ俺の金も足して人数分のパンと飲み物買ってくる。パンは俺の好みに任せてもらって…。」
「待て!コウ!お前の好みだと片寄る気がする。あたしも行く!」
「セイ、お前には言われたくないぞ。お前の好みの方が片寄るだろ?。この前は全部惣菜パンだったし。」
「でもその前はコウちゃんが行って甘いのばっかりだったでしょ~。だから私とセイちゃんで行きま~す。みんな~、飲みたいものを言ってくださ~い。」
「そうだったか?じゃあ任せた。俺は炭酸の甘いやつで。ケンはお茶だろ?キュウは?」
「僕もお茶で。」
「メイは…、あるのか。わかった。じゃああたしたち買いに行ってくるから。」
「レッツゴ~!」
セイちゃんとユウちゃんが店へ歩いていく。メイちゃんを見るとリュックから水筒が出てきた。準備が良すぎる…。
「中身は何なの?」
僕が聞くと、メイちゃんがフタに注いだものをくれた。僕は少しにおいをかいでからゴクッと飲んだ。
「これ、ジャスミン?」
メイちゃんがびっくりしてうなずく。
「よかった。当たって。僕の家でもハーブティー飲んでたから…。おいしいね。」
フタを返しながらそう言うと、メイちゃんは笑顔でうなずいた。
「あ、そういえば…」
僕は気になってたことを聞いてみた。
「僕の住んでる家、みんなどうしてわかったの?」
「ああ、それはメイのおかげだよ。」
僕の後ろでコウちゃんが答えた。
「昨日、メイのノートに名前書いただろ?その名前を役場で調べたりしたんだ。小さい田舎の町だからできたことだけどな。キュウの名字は珍しくて町内にあそこしかなかったんだよ。」
「そっか。じゃあメイちゃんに名前を聞かれなかったら…。」
「ああ、さすがに無理だった。お前とおばあさんが違う名字でもアウトだったしな。運がよかったよ。」
「うん。探してくれてありがとう。」
「いいって。今から思いっきり協力してもらうから。」
コウちゃんはそう言って笑ったあと、パン屋の方へ走っていった。セイちゃんとユウちゃんが袋を持って歩いてくるのが見える。
「メイちゃん。名前を聞いてくれて本当にありがとう。」
僕が静かにそう言うとメイちゃんはニコッと笑ってうなずき、
「どういたしまして。」
と、口を動かして答えた。
「は~い。パンを配るよ~。一人二つね~。」
ユウちゃんが笑いながらパンを配りにきた。僕も惣菜パンと菓子パンを受けとる。
「よし。みんな、時間がないからパン食べながら気を付けながら急いで進もう。」
「コウちゃん、そんなにいろいろいっぺんにやれるのはコウちゃんとセイだけだと思うよ。無理して事故起こしたら大変だよ。坂は長いし車も一応来るし。」
「そうなのか?でもケンが言うならそうなのか…。でも食べながら進みたいし、なるべく30分までに着きたいし。」
ケンちゃんの冷静な指摘でコウちゃんが悩む。確かに僕にはコウちゃんの言っていた「食べながら気を付けながら急いで坂を上る」というのは無理 だと思う。
「自転車を置いて、歩いて行けばいいんじゃないかな?そうすれば食べながらでもある程度急げるし。ここからなら自転車よりも早いかもしれないから。」
「なるほど。じゃあそれで行こう。みんな、パンを食べながら歩いて急いで行こう。」
「は~い。私も自転車で食べながら坂道は無理だと思ってたから~。さすがケンちゃ~ん。ナイス判断で~す。」
ユウちゃんはそう言って広場の奥の方に自転車を置いた。その横にみんなも自転車を並べて置いていく。僕の自転車も一緒に並んだ。
「よし、行くぞ!」
コウちゃんはそう言って池の横にある階段を上り始めた。みんなも続く。滝みたいに見える水の流れにそって階段があるため、涼しく感じた。
「涼しくて気持ちいいね~。」
「そうだな~。あたしも自転車こいで少し汗かいたからちょうどいいや~。スポーツドリンクで水分補給できたし。」
ユウちゃんとセイちゃんは楽しそうに話している。
「ケン、このペースだとあと何分で上まで行けそうだ?」
「あと10分くらいかな。少しスピード上げればたぶん30分までに行けるんじゃない?」
「よし。みんな~、少しスピードアップな!」
「は~い。」
コウちゃんの質問にケンちゃんがしっかりと答え、それを聞いたコウちゃんがみんなに指示をする。あのコンビはすごいと思う。
トン、トン。
ふいに僕の肩をたたいたメイちゃんがノートに書いた小さい文字を見せる。
「大丈夫?つらくない?」
「うん。平気。自転車よりは楽だよ。」
僕は笑って答える。メイちゃんも笑う。
「お~い。キュウとメイ、スピードアップ。」
「は~い。」
メイちゃんと顔を見合わせてからスピードを上げた。
ある程度行くと階段がなくなりハイキングコースに変わった。道はただ上へ上へとのびている。みんなの後ろ姿を追いかけて、僕も進んでいく。みんなに心配されないように。隣を歩くメイちゃんに心配かけないように。
そして10分くらい歩くと急に視界が開けた。目の前に道路が現れた。みんなが左に曲がる。僕もついていく。
「ここはどこ?どの辺に出てきたの?」
僕の小さな独り言を聞いたメイちゃんがクスッと笑い、前を指差した。見たことある駐車場の入り口が見えた。
「あ、反対側から出てきたんだね。」
僕が聞くとメイちゃんは笑顔でうなずく。みんなが歩くスピードをあげてそこに入っていく。僕たちも早足で進む。
「着いたぞ!30分ぴったりだ。入ろう。」
コウちゃんが言った。
「は~い。今日は絶対に次のフロアに進みましょ~う。」
「うん。僕も次のフロアが楽しみだよ。あと、あのパズルの攻略法も見たいし知りたい。」
「あ~、あたしも知りたい。どうやったら解けるのか。」
みんながいろいろと話している。僕は昨日のパズルの部屋しか知らない。
他にはどんな部屋があるのかな?どんな仕掛けがあるのかな…?僕は役に立てるのかな…?
「お~い、キュウ。今日も頼むぞ!」
コウちゃんの声が聞こえた。こんな僕に期待してくれている。
「うん。頑張るよ。」
そう答えた僕の声が震えている。そんな僕を見て、メイちゃんはノートを開いた。
「大丈夫。頑張って。」
昨日の僕のために書いてくれた言葉。昨日、不安でいっぱいの僕の背中を押してくれた言葉。
「うん。大丈夫。今日は大丈夫。頑張るよ。」
僕の言葉を聞いて、メイちゃんは大きくうなずいた。
頑張らなきゃ。期待してくれているみんなのために。自分のために。