第71話 怖い夢と安心。
「モトムちゃん、メイちゃん。そろそろ朝ごはんだよー。」
一階からおばあちゃんの声が聞こえた。どうやら寝てしまったらしい。
え…?今、メイちゃんって呼ばなかった…?
僕はゆっくり目を開けた。見えるのは天井。だけど隣からは静かな寝息が『すー、すー。』と聞こえてきた。僕はゆっくり横を見る。そして驚いた。
メイちゃん!近い。顔が近いよ。
僕の方に体を向けて寝ている。なぜか僕の手を握っている。いや、僕が握ったのかもしれないけど…。とにかくメイちゃんは確かに僕の横にいた。
「メイちゃん。朝ごはんだって…。」
メイちゃんを起こそうとして固まった。メイちゃんの目から水がすーっと流れた。同時に僕の手を握るメイちゃんの力が強くなった。
もしかして嫌な夢でも見てるのかも。
僕はつないだ手をぎゅっと握り返した。
「おはよう。メイちゃん。」
少し大きめに声をかけた。メイちゃんの目がゆっくり開いた。
「嫌な夢見てた?」
僕は不思議そうにこっちを見るメイちゃんの顔に手を伸ばし涙をそっと拭った。
「私、泣いてた?」
メイちゃんが聞いた。僕はうなずく。そしてつないだ手を指差した。
「僕から握ったのかもしれないけど、メイちゃんはさっき強く握ってたよ。」
「ごめんね。痛くなかった?」
不安そうな顔で口を動かすメイちゃんに対して僕は顔を横に振った。
「どんな夢だったの?」
「昔の夢。まだ話せた頃の夢。」
メイちゃんの目から涙が溢れた。つないだ手をゆるめて僕にすがりつくようにして泣いた。僕はそっとメイちゃんを抱き締めて頭を撫でた。
「おばあちゃーん。あと五分くらいしたらいくからー。」
一階に聞こえるくらいの声でそう言った。もし五分経ってもメイちゃんが泣き止んでなかったらそのときは泣き止むまで待とうと思った。
二分後…。
メイちゃんが顔をあげた。どうやら落ち着いたみたい。僕を見て笑顔で口を動かした。
「キュウちゃん。ありがとう。もう大丈夫。」
「そっか。よかった。」
僕は立ち上がった。メイちゃんも立ち上がる。
「朝ごはん食べよう。おばあちゃんが呼んでたから。」
そう言ってメイちゃんを見ると呆然と固まっていた。
「私、何にも言わずに寝ちゃってた…。セイちゃんのお母さんに謝らなきゃ…。」
メイちゃんは不安そうな顔をしている。僕はメイちゃんの前で笑顔で言った。
「メイちゃん。大丈夫だよ。だってセイちゃんとケンちゃんがいないから。セイちゃんがメイちゃんが寝てることを伝えたはずだよ。わざとメイちゃんを起こさなかったのかもしれないし。」
「そうかな…。大丈夫かな…。」
メイちゃんはまだ不安そうだ。
「じゃあ、今から家に電話しよう。まだ七時だから。」
メイちゃんはうなずいた。僕たちは階段を下りた。おばあちゃんが僕とメイちゃんの朝ごはんを用意してくれていた。
「おばあちゃん。セイちゃんの家に電話してくる。」
それを聞いたおばあちゃんは不思議そうな顔で答えた。
「え?セイちゃんが帰るときに『メイが寝ちゃったのであたしは先に帰ります。』って。それで朝ごはんはこっちで用意するって私が言ったら『じゃあ母ちゃんに伝えておきます。』って言ってたよ。」
「そうなの?」
おばあちゃんは笑顔でうなずいた。
「さっきセイちゃんのお母さんから電話があって『お昼はこっちで用意しますから~。』って言ってたよ。」
「メイちゃん。大丈夫みたいだよ。」
メイちゃんはほっとした顔でうなずいた。
「さあ食べましょう。冷めないうちに。」
「はーい。いただきます。」
僕たちは食べ始めた。メイちゃんも笑顔で美味しそうに食べている。僕はそれを見てほっとした。
「メイちゃんは昨日遅くまで起きてたの?」
おばあちゃんは僕が聞こうと思ったことをさらっと聞いた。メイちゃんは首を横に振る。
「早く寝たのに怖い夢を見て夜中に起きて…。何度寝ても怖い夢を見て…。寝るのが怖くなっていつもより早くここに来たんです。ここに来てキュウちゃんの部屋でキュウちゃんが寝てるのを見てたら眠くなっちゃって。」
「そうだったの。」
おばあちゃんがメイちゃんを見てる。
「メイちゃん、さっき見たのも同じ夢だったの?」
僕が聞くとメイちゃんは小さくうなずいた。
「途中までは普通の夢だったのにな…。」
メイちゃんはつぶやくように口を動かした。
「誰か心から安心できる人がそばにいれば、いい夢を見れるらしいけどね。」
おばあちゃんが優しい声で言った。
「じゃあもう一回キュウちゃんの横で寝たいな。」
メイちゃんが『明日天気かな?』みたいな感じで口を動かした。
「え?え?僕?」
僕は驚きのあまりイスから落ちそうになった。
「それならモトムちゃん、メイちゃんと一緒に寝てあげなさい。」
「おばあちゃんも!」
僕だけ動揺している…。今のメイちゃんの表情からだと、どうしてそんなことを言ったのかは読み取れない…。
「ごちそうさまでした。」
僕は食器を片付けて二階に上がった。
メイちゃんはどう思ってるんだろう。僕はどう思ってるんだろう、
寝てた布団を見てつぶやく。すると布団の横にノートの切れ端が落ちていた。拾うと文字が書いてある。
「今日は10時にあたしの家に集合!もし寝ててもコウが叩き起こしに寄るから。ー セイ ー。」
どうやら起こさないように僕たちのそばに置いて帰ったらしい。
トン、トン。
メイちゃんが僕の肩をたたいた。
「どうしたの?」
「うん。セイちゃんから置き手紙。10時にセイちゃんの家だって。」
僕はそれを見せた。でもメイちゃんは首を振った。
「キュウちゃん。私が横で寝たら嫌なの?」
「え?嫌じゃないよ。嫌じゃないけど…。」
「さっき、一人で先に二階に上がったから…。」
メイちゃんは悲しそうな顔で僕を見た。
「あ、あれはちょっとドキドキしたから…。メイちゃんは…、いいの?僕と寝て…。」
メイちゃんはうなずく。
「キュウちゃんがいてくれると落ち着くの。」
メイちゃんは上目使いで口を動かした。僕は時計を見た。時間は七時半。九時半に家を出れば間に合うから…。
「メ、メイちゃん。」
「なに?」
「九時過ぎまで寝てみる?」
メイちゃんはうなずいた。僕は布団を敷いた。メイちゃんはそこにコロンと横になる。まるで子猫みたいに見えた。
「僕はどうすればいい?どうしてほしい?」
メイちゃんは隣を指差す。僕はうなずいて横になった。メイちゃんは僕のそばまで移動して僕の胸に顔をうずめるようにした。メイちゃんの頭がすぐそこにある。僕は片方の手で頭を、もう片方の手で背中をなでた。メイちゃんは顔をあげた。
「キュウちゃん。ごめんね。でも落ち着くの。すごく落ち着くの。ありがとう。」
「うん。僕が起こすからゆっくり寝てていいよ。おやすみ。」
メイちゃんはうなずいてそのまま僕の胸に顔をあてて動かなくなった。僕は寝るのにじゃまにならないようにゆっくりとメイちゃんをなでた。
五分後…。
すー、すー。
メイちゃんの寝息が聞こえる。僕は背中をなでてた手を伸ばし薄い毛布をつかんでメイちゃんの肩までかけた。
メイちゃんがいい夢を見られるように祈った。




