第68話 簡単な答え。
「ケンちゃん。証明する方法を教えて。どうすればいい?」
僕はケンちゃんからの返事を待った。音のない廊下で。
「少し待ってくれ。こっちも問題を考えるのが大変なんだ。」
やっと聞こえたケンちゃんの言葉は『待って』だった。
「待つよ。だからゆっくり考えて。」
そう答えて廊下に座った。さすがにひんやりしている。座布団でも用意すればよかった。待つだけもどうかと思い僕はケンちゃんに聞いた。
「ケンちゃん、さっきの話でケンちゃんは『君と同じことをしても僕にできるとは思わない』って言ってたけど…。それってつまり僕ができることでケンちゃんにできないことがあるって意味?」
カタン。
ドアの向こう側で何かが落ちる音がした。
「ああ!そうだ!それを問題にしよう!そうすればすぐに証明ができる!才能か才能じゃないかが!」
ケンちゃんが叫んだ。あまりの大きな声だったので僕はひっくり返りそうになった。
「キュウ!問題だ!僕にできなくて君にできたものは二つ。一つはアメイズ二階のパズル、僕が君と勝負したとき最後に解けなかったやつ。もう一つはルービックキューブ。こっちは僕はいまだに解くことができない。この二つを君が解けることを僕は才能だと思う。僕にはない才能だと。」
僕は思い出す。アメイズであのときケンちゃんが解いていたパズル…。そしてルービックキューブ…。
「さあ、キュウ!説明してくれ!これを君が解けた理由を!それが才能じゃないことを証明してくれ!」
ケンちゃんの声が響く。僕は息を大きく吐いた。
「ケンちゃん。それでいいんだね?じゃあ僕がそれを証明できたら、ケンちゃんはここを開けてくれる?あとみんなに電話もしてほしい。『明日からまた頑張る』とみんなに伝えてほしい。」
「わかった。約束するよ。」
ケンちゃんがそう答えた。僕はもう一度大きく息を吸って吐いた。
「ケンちゃん。じゃあ証明する前に教えてほしいんだけど、今の話だとケンちゃんはルービックキューブを持ってるよね?それはいつから持ってるの?誰かに買ってもらったの?」
僕の質問から少し間をおいてケンちゃんは答えた。
「これは僕が六歳くらいのときに知らないおじさんからもらった。『もし解けたらIQ130だ。挑戦してみたらいい。』って言われた。あれから何かのゲームをクリアするたびに挑戦しているけど、解き方がわからないんだ。」
ケンちゃんは悲しそうな声で言った。
「そっか。それを僕が簡単に解いているからケンちゃんは僕に才能があると言ってるんだね。」
「そうだ!どうやっても最後まで解けないんだ!まして君みたいに三分くらいで解くことはできない!才能じゃないなら何なんだよ!」
ケンちゃんは叫ぶ。でも僕は落ち着いている。
「ケンちゃん。確かに僕は解くことができる。でもそれは才能じゃないしIQ130あるわけでもないよ。」
「じゃあ!じゃあどうして解けるんだよ!」
「ケンちゃんはおもちゃを買いに行ってないでしょ。」
「ああ。ないね。小さい頃は買ってもらったけど、最近は行ってないね。それがどうした?」
ああ…。やっぱり。
僕は心の中でそう呟いた。そしてケンちゃんに伝えた。
「ケンちゃん。今のルービックキューブは、もしかしたら昔のもかもしれないけど攻略法が書いた紙が付いてるんだよ。」
「え?こ、攻略法…?」
ケンちゃんはそこまで言ってから止まった。知らない人からすれば衝撃的だろうから無理もない。
「うん。僕が買ったやつには付いてた。だから解けた。ただそれだけだよ。それだけなんだよ。」
ケンちゃんから返事がこない。たぶん嘘じゃないかと疑っている気がする。だから僕はケンちゃんがそう言い出す前に話を続けた。
「ケンちゃん。僕が持ってきたリュックの中に、攻略法の書いた説明書がある。ついでにケンちゃんが言ってたもう一つのパズルの説明書も。実はあれも説明書があるパズルなんだ。他のはないけど。だから今からその二つをドアの隙間からそっちに送るよ。だからケンちゃんはそれを見てルービックキューブを解いてみて。もしそれを見ても解けなかったらケンちゃんの勝ちでいい。僕は才能があるってことでいい。でももしケンちゃんがそれを見て解けたらケンちゃんも認めて。僕のは才能じゃないことを。」
ケンちゃんから返事はない。僕は説明書をドアの下から滑り込ませた。半分くらい進ませたとき、説明書はすーっとドアの向こう側へ消えた。そしてドアの奥からはカチャカチャと音が聞こえてきた。
たぶん五分くらい。
僕はそう予想した。僕が初めてそれを見ながら解いたときは10分くらいかかった。ケンちゃんの理解力ならそんなにかかるはずがないから。僕はゆっくりカチャカチャという音に耳を傾けた。そして三分くらいたったとき、音は止んだ。
ガチャン。
鍵が開いた音が静かな廊下に響く。そしてドアがゆっくり開いた。ケンちゃんは僕に部屋に入るように促す。
「おじゃまします。」
僕はゆっくりと部屋に入った。
部屋の中は何かの研究室に見えた。少なくとも子供部屋には見えない。本棚には難しそうな本がびっしり、漫画はまったく見当たらない。机にはパソコンがあり、そのまわりにも僕にはさっぱりわからない本が積まれていた。ケンちゃんが床に座って僕にも座るように手で指示した。僕はケンちゃんの前に正座した。
「ごめん。僕が悪かった。本当にごめん。」
ケンちゃんは土下座した。そんなこと僕はしてほしくなかったけど、たぶんしないとケンちゃんの気が済まなかったんだと思う。
「ケンちゃん。そんなことしなくていいよ。それに僕も悪かったんだから。ケンちゃんの居場所を取っちゃったんだから。僕の方こそごめんね。」
僕もケンちゃんの真似をして土下座した。
「何で君まで土下座するんだよ。」
ケンちゃんが顔だけ僕の方に向けて聞いた。
「ケンちゃんがしたからでしょ?ケンちゃんが止めたら僕も止めるよ。」
ケンちゃんは仕方なく土下座を止めて普通に座った。それを見て僕も普通に座った。
「まいったよ。まさか攻略法があるとはね。知らなかった。」
ケンちゃんは笑った。その顔を見て僕はほっとした。
「ケンちゃんのパソコンはネットに繋がってないの?ネットで調べたらすぐ出てきたのに。」
「ああ。ここのは繋がってないや。自分の家なら繋がってたけど親のパソコンだったし。」
「ここはおばあさんの家なの?」
「うん。小学校に近いからここに住んでるんだよ…。あー、なんか悔しいな。こんなことでみんなとケンカしたことも、こんなことで怒ってた自分も…。あのおじさんは攻略法があるなんて教えてくれなかった。」
ケンちゃんは天井を見ながら笑った。その顔は悩みが消えてすっきりした感じだ。僕が初めて会ったときに見たケンちゃんの顔だった。




