第67話 口喧嘩。
「すいません。賢人君の友達の名園といいますが…。」
電話に出たケンちゃんのおばあさんに僕は自己紹介とケンカをしてしまったことを伝えた。それが僕が家に帰って最初にしたことだった。
「ケンちゃんは部屋から出てこなくて…。」
電話の向こうからケンちゃんのおばあさんが申し訳なさそうに言った。
「そうですか。そしたらケンちゃんに伝えていただきたいことがあるのですが。」
僕はケンちゃんのおばあさんに言付けを頼んだ。『七時に僕一人で話をしに行くこと。それまでは誰も家には行かないこと。姿は見せなくていいから話は聞いてほしいこと。』という内容。ケンちゃんのおばあさんは伝えておくと言ってくれた。僕は『お願いします。』と何度も言って電話を切った。さすがに緊張した。心臓がドキドキと大きく動いている。
「モトムちゃん。ご飯だよー。」
「はーい。今いくよ。」
おばあちゃんに呼ばれて僕は台所に向かった。準備を手伝って一緒に食べる。ケンちゃんはちゃんと食べてるかな?と少し心配になる。
「おばあちゃん。食べたらちょっと出掛けてくるから。」
「あら。友達のところ?」
「うん。ちょっといろいろあって。」
「そう。気をつけて行ってらっしゃい。」
「うん。わかってる。」
僕は食べ終わると二階に上がり準備をした。ケンちゃんを説得する道具を。そして6時40分。
「いってきます。」
僕は家を出発した。まだ空が明るいのは夏だからだろう。僕の心は明るくはない。『失敗したら…』というマイナス思考が溢れそうになるのをメイちゃんの『大丈夫』によって抑えている。不安を振り払うように僕は自転車を急いでこいだ。
6時45分。ケンちゃんの家に到着。早く着きすぎた。あと15分待たないといけない。僕は自転車で道を戻る。メイちゃんたちの家に行く途中の橋に自転車を停めた。
大自然だなー。すごいなー。
そうつぶやきながら僕は川を見た。カラスじゃない鳥が飛ぶ。川に沿って木が生えているせいもあって東京の川とは違って見える。僕はときどき時計を見ながらその自然豊かな川を眺めた。
そろそろかな。
時計が55分になった。僕は自転車をこいだ。そして7時ちょうどにケンちゃんの家についた。
大丈夫。大丈夫。
僕は何度も自分に言い聞かせる。
キュウちゃんなら大丈夫。
メイちゃんの言葉を何度も思い出す。何度もうなずく。僕はインターホンを押した。
「はい。」
ドアが開いた。出てきたのはおばあさんだ。
「賢人君の友達の名園です。」
「あ、さっきの電話の…。ケンちゃんが迷惑をかけてすいません。」
さっきの電話に出てくれたおばあさんだった。僕は深くお辞儀をした。
「賢人君いますか?」
「ええ。ご飯を食べて部屋に入ったきり出てこないのよ。」
「そうですか…。」
予想通り。ここまでは予想通り。
「すいません。賢人君と 話がしたいので上がってもいいですか?」
「どうぞ。こっちですよ。」
おばあさんに案内されて僕は二階に上がった。そしてケンちゃんの部屋の前に立つ。
「ケンちゃん!お友だちが来てるよ。」
おばあさんが声をかける。でも返事がない。
「すいません。ケンちゃんと二人で話がしたいので。」
僕がそこまで言うとおばあさんはうなずいて階段を下りていった。
「ケンちゃん。僕一人だよ。聞こえてたら返事をしなくてもいいから、ドアを叩いて。」
コン、コン。
部屋の中からドアが叩かれた。ケンちゃんの聞こえている意思が伝わった。
「ありがとう。じゃあ今から話すから、間違ってるか反論することがあったら今みたいに合図して。」
コン、コン。
中から合図。とりあえずケンちゃんが話を聞いてくれる状態にもってこれたことに僕はほっとした。
「じゃあ、始めるね。」
僕はおそらくケンちゃんが誤解しているムーヴでの会話を正確に話した。コウちゃんが何を思ってそう言ったのか、僕がどんなことを話したかを具体的に。静かな部屋の前で僕の声だけが響く。僕はただケンちゃんに知ってほしかった。コウちゃんやセイちゃんが言った『ケンはすごいやつ』という言葉を。みんながケンちゃんを認めているということを。僕の話が終わっても部屋の中からは返事がなかった。僕はドアを叩いた。
「ケンちゃん!今言ったけどコウちゃんはケンちゃんに期待してるんだよ!僕はいつまでここにいられるかわからない。僕がいなくなったとき、また先に進めなくなったらみんな困る。そうならない方法は僕のパズルや手品の情報を誰かが使えるようになるしかないんだよ!そしてそれが一番できるのはケンちゃんなんだよ!」
僕は叫んだ。僕が口を閉じるとまた何の音もしなくなった。僕は息を吸い込んで大声を出そうと思ったとき、
ドン!ドン!!
ドアの奥からすごい音が鳴った。僕はおどろいて少し後ずさった。
「キュウ!簡単に言うなよ!言っただろ!君には僕にはない才能があるんだよ!それは努力でどうにかなるものじゃないんだよ!」
ケンちゃんの怒りと悲しみに満ちた叫びが響いた。僕は恐怖で逃げ出したい気持ちになった。反射的に『ごめんなさい』という言葉が口から出そうになった。でもここで逃げ出したり謝ったりしても問題は解決しない。
「ケンちゃん。じゃあ僕の才能ってなに?それが僕にあるとして、ケンちゃんにはないってどうして言えるの?」
ケンちゃんからは反論がない。僕はさらに続けた。
「僕から言わせてもらうと僕がケンちゃんより優れていることなんてないよ。メイちゃんと話せることが才能なら、それはみんながメイちゃんと話そうとしなかっただけだと思うし。もしもパズルが才能だって言うならケンちゃんのゲームだって才能でしょ?聞いたよ。セイちゃんからコウちゃんとケンちゃんの話。人の動きを将棋に例えてしかもそれで試合に勝つなんて才能がなかったらできるわけないよ!」
「それは君がゲームをやらなかったからだろ!ゲームを僕ぐらいやれば君だってできるはずだ!」
「それならケンちゃんだって同じでしょ?僕はケンちゃんがゲームと勉強に使った時間をパズルと手品に使った。だから僕はパズルが解けてケンちゃんはゲームができる。僕だけ才能扱いされても困るよ!」
「だから君のは才能だって言ってるだろ!僕が君と同じ本を読んでも手品に時間を使っても僕は君と同じことはできない!」
「だから何で決めつけるの?それはやってみないとわからないでしょ?それにケンちゃんの意見が正しいなら僕がケンちゃんと同じことをやってもできないかもしれないでしょ?」
静まり返った。ケンちゃんからの反論が止まった。僕はケンちゃんからの反論を静かに待った。
「キュウ…。じゃあ、証明してみてくれ。君の才能が才能ではないということを…。」
ケンちゃんが小さな静かな声で僕に言った。本当に小さな声で。
「そしたら認めるよ…。君が正しかったと…。」
静かになった部屋の前で僕は悩んだ。『僕の才能が才能じゃない』、そんなことを証明する方法なんて…。でも、ここで引き下がったらダメだ。僕はドアのすぐそばに立ってケンちゃんに聞こえるような声で言った。
「わかったよ。証明して見せるよ。僕の才能が才能じゃないことを。』




