第65話 僕に任せて…。
「へ~。そんなことがあったんだ~。知らなかったよ~。」
セイちゃんにユウちゃんが相槌を打った。
「ああ。懐かしいな…。ところでキュウ。あんたは何で泣いてるんだ?そんなに感動する話はしてないぞ?」
確かに僕は泣いていた。我ながらよく涙が出るなと思う。メイちゃんはハンカチを取り出して僕に渡した。本当は手で拭えばいいと思ったけど、メイちゃんがせっかく出してくれたのでありがたく使わせてもらった。
「いや、ケンちゃんの気持ちがすごくよくわかるから…。」
「だろうな。あんたとケンはあまりにも似すぎてるからな。あたしもびっくりしたよ。」
セイちゃんが僕を見ている。
「セイちゃん。ケンちゃんが前に言ってた『ムーヴは運動ができる人が考えればいい』って言葉の意味がまだわからないんだけど。」
僕が聞くとセイちゃんは空を見上げた。
「あれはなー。一度ケンと勝負することになったんだよ。ケンが考えた作戦をあたしが破れるかどうかで。」
「結果は…?」
セイちゃんはこっちを見た。
「あたしが勝った。意外とあっさり。」
「やっぱり。」
僕には理由がなんとなくわかる。セイちゃんはまた空を見て言った。
「だってさー。ケンの作戦がいくら完璧でも、それはケンや他の人が完璧に動ければってことだからさー。」
「ケンちゃんの作戦以上の動きをセイちゃんができれば負けないからね。」
「まあ、そうだな。しかもケンがいるってことは、ケンのいる場所が穴だろ?ケンのいる場所から攻めてカバーに入った人を抜きにいく。そのカバーに入った人が来たらまたその人を抜きにいくって繰り返したら自然と陣形が崩れるから。」
「セイちゃんと対等の勝負ができる人がいない限りケンちゃんの勝ちはない。」
セイちゃんは静かにうなずいた。
「実はあのとき負けてやるかどうか悩んだんだ。だけどやっぱり負けるわけにはいかなかった。だってそれはあたしの分野だから。あいつにもし負けたら、あたしは今のケンみたいになってたと思う。」
セイちゃんはため息をついた。
「その勝負が終わった後、あたしはケンに言ったんだ。『あたしの分野であんたに負けることはない。それはあたしがあんたの分野で勝てないのと一緒だ。運動も才能、勉強も才能。お互いに才能のある分野を磨けばいいんじゃないか。』と。ケンはその後あたしに勝負を挑むことはなかった。そしてケンは運動の分野では作戦を立てることはあっても自分でやることはなかった。」
「それでケンちゃんはあんな言い方をしてたんだ。」
セイちゃんはうなずいてからジャスミンを飲んだ。
「キュウ、あんたにムーヴで言われた言葉は昔ケンに言われたのと全く同じだった。『才能で投げてる?』とあたしに聞くあんたを見て、初めて会ったときのケンを思い出した。」
「だからケンちゃんはあんなに対抗心持ってたんだね~。セイちゃんの分野のムーヴでセイちゃんに認められたり、自分の解けなかったパズルを解いちゃったキュウちゃんに~。同族嫌悪って言うのかな~?」
ユウちゃんはジャスミンを飲みながらそう言った。
「あー!あたしがバカだったのかなー。変なこと言ったかなー。」
頭を抱えるセイちゃんにメイちゃんはノートを見せた。
「セイちゃんが頭を使ったらそれはそれで怖いから。セイちゃんは本能のままに動かないと。」
「そうだね~。メイちゃんの言うとおりだよ~。」
「うん。慣れないことはしない方が…。」
「おい!何で全員納得してるんだ!あたしだって頭を使うこともある!」
セイちゃんがメイちゃんに叫んだ。でもそのときにはメイちゃんは先読みして次のページを開いていた。
「たまにでしょ?」
メイちゃんの的確な読みに僕とユウちゃんは大爆笑だ。
「た、確かにたまにだけど…。くっそー。なんかくやしいな。」
メイちゃんは笑顔でセイちゃんを見ていた。
「おーい。」
誰かの呼ぶ声がした。声のした方を見るとコウちゃんが自転車で走ってきた。
「はぁー。ダメだった。あいつ、部屋のカギをかけちゃったから。あー、どうするかなー。」
コウちゃんは自転車から降りて座り込んだ。メイちゃんがさっと飲み物を差し出す。コウちゃんはゆっくりとそれを飲んだ。
「ケンはあの状態になると話し合いにも応じないからな。説得する以前の問題だから。」
「コウちゃん、前にもこんなことあったの?」
僕が聞くとコウちゃんは空を見ながら答えた。
「あれは…、いつだったかな?一度だけこんな感じになったことがある。そのときはケンの夕飯時を狙って押し掛けた。で、部屋に入る前に捕まえたんだよ。」
「あたしがな!あんたは不用意に玄関を開けた上に靴を丁寧に脱いでたからあたしが追いかけて捕まえたんだよ。」
セイちゃんは腕を組んでコウちゃんを見下ろしている。
「そうだったか?でもあのときの原因はお前だった気がするけど。」
セイちゃんはコウちゃんの言葉でまた頭を抱えた。どうやらコウちゃんの記憶は正しかったらしい。
「コウちゃん、ケンちゃんの夕食は何時くらいなの?」
「え?確か七時だったはず。時間には正確だから。」
七時か…。
僕は少し考え、そして口を開いた。
「コウちゃん、ケンちゃんの説得は僕がやりたいんだけど。」
コウちゃんは驚いた顔でこっちを見た。
「いいけど、いいのか?」
僕はうなずく。
「ケンちゃんの怒りや憎しみは僕に向いてると思う。だから僕以外の人が何を言ってもケンちゃんには届かないと思う。」
「でも、ケンがお前の言葉を冷静に聞くか?」
コウちゃんは腕を組んで疑問を投げ掛けた。僕はうなずいて答えた。
「ケンちゃんは頭がいい。だから話し合いになれば相手の言葉をちゃんと聞いてから冷静に言い返すはず。」
「なるほど。」
コウちゃんは納得したようにうなずいた。
「あたしはキュウに任せるべきだと思う。」
セイちゃんが小さな声で呟いた。コウちゃんがセイちゃんを見た。
「コウがいない間にケンのことを話してたんだ。その中でわかったことは『ケンとキュウは似てる』ってこと。ケンは似てるからこそキュウに勝ちたいと思ったはず。だったら説得はキュウが一番だと思う。」
「は~い。あたしもさんせ~い。」
ユウちゃんが手をあげた。
「私も賛成。キュウちゃんならできると思う。」
メイちゃんもノートにそう書いた。
「そうか。じゃあ今日はキュウに任せた。頼んだぞ。」
コウちゃんは真剣な目で僕を見た。僕はうなずく。
「うん。わかった。どうなったかは夜に電話するよ。」
みんながうなずく。メイちゃんはノートにみんなの電話番号をメモしてくれた。
「よし。じゃあ今日は帰るか。」
「は~い。」
コウちゃんとユウちゃんが自転車にまたがった。セイちゃんも自転車の横に立った。
「じゃあ、また明日。連絡待ってるから。」
「お願いね~。キュウちゃん。」
コウちゃんとユウちゃんは手を振りながら走っていった。
「あたしは…、」
セイちゃんは僕とメイちゃんをじーっと見た。
「お邪魔みたいだから先に帰るな。よく考えたらまだ四時半だし。二人っきりにしてやろう。」
「え?ちょっと…、」
僕が口を動かすよりも早くセイちゃんは自転車で走っていく。そして駐車場を出るところで一度止まりこっちを見た。
「キュウ!ケンを頼んだぞ!助けてやってくれ!」
セイちゃんの本気の言葉だった。本気の頼み事だった。
「うん。頑張るよ。」
そう叫ぶとセイちゃんは手を振った。
「あとメイも頼んだぞー!じゃあなー!」
そして風のように走り去ってしまった。昨日と同じように僕たち二人が残った。




