第64話 知将と最終兵器
一週間がこんなに短く感じたことはなかった。毎日何かに一生懸命取り組んだせいだと思う。朝起きて日課のジョギングをしてから学校の理科室からケンと一緒に朝練を見学。短い休み時間はコウを加えた三人で作戦会議、長い休み時間は校庭でサッカーの練習。夕方はコウが練習の日は理科室から見学、練習のない日は三人であたしの家で練習。平日は毎日この流れが繰り返された。土日はあたしの家で集まり練習した。この一週間はサッカー漬けの毎日だった。
そして当日。体育の時間は無理なので授業が終わった放課後。コウがわざわざ先生に頼んで校庭の使用許可を取りさらに審判まで頼んだ。
「おい!約束は守れよ!」
先輩は笑いながら言った。
「はい。わかってます。」
コウも笑顔で答えた。
そして試合は始まった。最初は相手チームのボール、先輩が持ってドリブルしてくる。するとケンが立ちはだかった。
「てめえは調子乗りやがって!俺がいつまでも自分の弱点に気づかないわけないだろ!」
先輩は左のドリブルででケンをぬいた。あたしたちにケンが説明してくれた先輩の弱点は左ドリブルが苦手なこと。先輩はその弱点に気づき克服してきた……が、
「カットー!」
六年がカバーに入りそれをカット。そのまま前線にパスを出した。それをコウが受けてドリブル、ディフェンスの四年生二人を鮮やかに抜き去る。そして五年生の目の前まで来て六年生にパス。六年生がゴールを決めた。
「まずは一点。」
ケンはそうつぶやいてゴールを決めた六年生とコウとハイタッチをしてからディフェンスの位置に戻った。
「あの野郎!」
先輩は再びケンの方へドリブルで攻める。そしてまたケンが立ちはだかった。
「なめんなよ!」
先輩は左足からのフェイントでケンの左側をぬこうとする。しかし次の瞬間!
パシーン!
ケンの足にボールが当たる。相手チームの五年生がボールを取ってパスをつなぐ。先輩はゴール前に走りパスを受ける。先輩の前にはケンが立つ。先輩はそのままシュート!ゴールの右の角へ。それを六年生のゴールキーパーがキャッチした。
「ちっ。六年生に助けられたな。」
先輩が戻っていく。ケンは息をふぅーっと吐いた。
「佐野、お前の作戦通りだな。すごいな。」
ケンの横にきた六年生が小さな声でそう言った。ケンはうなずく。
「先輩たちのおかげです。このままお願いします。」
「任せとけ!」
六年生はケンの背中をたたきながら前へ走っていった。見てるあたしに気づいたのかケンはこっちに向かって小さくピース。こっちもピースで返した。
「やべぇ!ケン!カウンターだ!」
コウが叫んだ。相手チームがボールをカットして先輩にパス。今度はケンの後ろにはキーパーしかいない。ケンの左右前方にはそれぞれ相手チームの四年生と五年生が見える。その二人に味方の三年生がマークしている。
「行くぞ!」
先輩はドリブルで突っ込んでくる。ケンは先輩の前に立つ。先輩はそのままのスピードでケンの左側をぬこうとした。
「カット―!」
ボールを味方の三年生のクラスメイトがカットした。そして前線にパスを出す。
「おい!俺がフリーだったぞ!」
五年生が先輩に言った。先輩は小さく「すいません」とつぶやいた。
「ケン。よく止めたな。」
クラスメイトがケンの肩をたたいた。
「君こそさすがだよ。あの場面でしっかりカットしてくれるんだから。」
「お前の作戦通りだからな。」
クラスメイトは笑って前線へ走っていった。
ピィー!
「前半終了!五分休憩!」
審判の先生が叫ぶ。それぞれのチームに分かれて集まった。あたしはコウたちのチームのそばへ駆け寄った。
「お疲れさま!順調だな!ケン、大丈夫か?」
「僕はそんなに動いてないよ。」
ケンはそう言ってあたしを見て笑った。
「佐野の作戦はすごいな。ここまで完璧だと笑いが止まらない。」
ゴールを決めた先輩がケンの肩に手をおいて言った。
「ホントだよ。俺なんてまだ一回しかボールさわってない。しかも佐野の作戦通りだからさ。捕れなかったら恥だし。」
キーパーの六年生も笑っている。
「ここまでは予定通りです。ただ…、」
ケンはそこまで言ってから相手チームの方を見た。何やらもめているように見える。
「ここからはあの四年生の先輩以外の攻撃が増えるはずです。なので、」
「ああ。わかってる。お前の作戦は全部頭に入ってる。なんたってお前が予習させてくれたからな。ここからは俺が作戦の指示を出す。お前はあいつのマークをしててくれ。で、あいつがパスを受けたらまた前半のようにやるさ。」
ディフェンスの六年生がそう言ってみんなにこれからの作戦を指示していく。コウとオフェンスの六年生はパスの練習を始めた。
「ケン。今は2ー0だけど、後半は大丈夫か?」
あたしが聞くとケンは腕を組んだ。
「うーん。あの感じだと僕のマークするあの先輩は何もできないだろうから、他のみんな次第かな。ただみんな作戦が頭に入ってるから大丈夫だと思う。」
ケンの顔には自信が見える。前半同様ケンの作戦勝ちだと思う。
「ケン、頑張れ!」
「うん。頑張るよ。」
ケンはあたしを見て笑ってからみんなと一緒に後半戦へ向かった。そして後半戦がスタートした。
「右!そこぬかれるな!真ん中マークしっかり!逆サイド!走られてるぞ!」
六年生が走りながら指示を出す。後半はケンの予想通りの展開だった。五年生と四年生何人かが攻撃、ケンのマークしてる先輩には全くパスがまわってこない。先輩はへこんでいるように見える。
「ちくしょう。」
先輩はその場から動かない。ケンは先輩をマークしつつ他の人をカバーしたりしていた。
ピィ―!
審判の先生が試合終了を告げた。2ー1。点は入れられたけどコウたちは勝った。
「ケン!やったな!」
コウが笑顔でケンに駆け寄る。
「コウちゃん、ありがとう。」
ケンはほっとした顔でそう言ってコウとハイタッチを交わした。
「悪かった。俺の敗けだよ。」
先輩がコウとケンに頭を下げた。
「もういいです。僕も悪かったので。」
ケンは先輩にそう言ってその場にしゃがみこんだ。
「なあ、俺の弱点は何だったんだ?」
先輩がケンに聞いた。
「先輩の弱点は集中しすぎてまわりが見えなくなることです。僕の作戦は全てそれを考えて立てましたから。」
ケンがあたしを手招きした。あたしはうなずいてノートを持ってケンのもとへ走った。ケンはあたしからノートを受け取り先輩に見せた。
「こ、これは…。」
先輩は驚きのあまり声も出せずにいた。先輩と同じチームの四年生と五年生もノートを見て言葉を失った。
「先輩の動きは僕のまとめだと、前、右前、右、左前。左の動きはドリブルがあまり上手くないのもあり僕が抜かれてもカバーされやすい。右側も少し時間をかせげれば他の人がカバーに入れるはずです。そして先輩は僕が見ている間、一度もパスを出さなかった。もしパスがあれば作戦を少し変えなければならなかったでしょう。」
ケンが説明しながら指差すノートの図は例えるならサッカーを将棋で表したものだった。先輩の動く可能性のある方向とそのときに動くと思われる距離が矢印の向きと長さで表されていた。そして味方がどのくらいの位置からならカバーに入れるかも予測されていた。
「僕は先輩とコウちゃんが勝負すると言った日から、毎朝ずっと朝練を偵察していました。ここにいる敵味方全部のデータを集め、敵チームのフォーメーションから攻撃パターンまであり得る可能性は全部まとめた上でその対策を考えました。さらにクラスの人には前日の休み時間、六年生には放課後や空いた時間に僕が直接説明しました。」
「ああ。俺なんてコウと一緒に家まで来たからな。あのときはびっくりしたよ。わざわざ来るとは思わなかったから。」
キーパーの六年生が笑いながら言った。
「じゃあ、俺のシュートが止められたのも。」
「佐野のノートに書いてあったとおりだ。佐野がマークの仕方を工夫してあの方向にしか打てなくしてたから。俺はお前の敗因は弱点のせいじゃないと思う。相手が悪かったんだ。たかが学校での試合のためにここまで研究するやつにはたぶん俺も勝てないよ。」
六年生は笑った。つられてみんな笑いだした。ケンは先輩の前に座った。
「先輩は攻撃向きですから、これとこれをできるようになれば格段に上手くなるはずです。あとはパスを少し…。」
「わかったよ。次はお前に捕られないようにするよ。」
先輩もそう言ってからやっと笑顔になった。ケンもほっとした顔で笑った。
「ところでコウ、もし佐野の作戦が全然通用しなかったらどうするつもりだったんだ?」
六年生がコウに聞いた。
「そのときは最終兵器を 投入する予定でした。」
「コウちゃん、最終兵器って誰のこと?」
ケンがコウに聞いた。みんながコウを見る。
「んー。じゃあ今からあと10分だけ試合をやりましょう。三年四年チーム対五年六年チームでいいですから。」
「おい!それで勝てるのか?」
先輩が大きな声で聞いた。
「まあ、やってみればわかります。ケン、お前は疲れてるだろうから休んでていいぞ。」
「え?じゃあ誰が出るの?」
コウはあたしを見た。そして笑う。
「セイ。久々に本気でやっていいぞ!」
「マジで?いいの?よし!やるか!」
あたしは走ってコウの横に立った。みんなの顔に「え?こいつ?」って書いてあるように見える。
ピィー!
試合が始まった。あたしは力一杯走りボールを蹴った。
「あー、スッキリした!もう一回やろう!」
試合が終わりあたしはそう叫んで振り返った。そこにはぐったりとした相手チームの姿があった。
「コウちゃん…。セイは何者?この化け物みたいな力は何?」
ケンがコウのところへかけよって聞いた。
「あー。セイの親は両方とも体育会系なんだよ。セイの父さんは野球とサッカー、母さんはソフトボールとバレーで全国大会に出たことがあるんだ。才能と英才教育の成果だな。ちなみに俺が上手い理由もセイの父さんに習ったからだし。」
「そうなんだ…。上級生相手に4ー0。しかも全部セイの得点。さすがは最終兵器だ。」
ケンはあたしを見て笑った。コウも笑った。こうしてサッカー漬けの一週間は無事に終わりをつげた。
その後、みんなのケンの見方は変わった。『策士』『知将』などと呼ばれ、授業やテストなどの勉強から野球などの試合の戦略まで幅広く頼られるようになった。ただケンに直接頼んでも「僕には無理」「今は忙しい」などの理由で断られることが多く、そんなときみんなは必ずコウに頼んだ。コウは人に頼まれればほとんど断らないし、わからないことがあればケンに頼る。ケンはコウの頼みは断らないので結果的にはケンの力を利用して解決することになる。
そしていつからかケンはみんなから『コウの左腕』と呼ばれるようになった。




