第63話 偵察と練習。
空が明るくなってきた。あたしは着替えて庭に出る。家族はすでに庭に出ていた。
「おはよう。」
「おはよう。セイ。」
準備体操をして家族でジョギング。これがあたしの毎日の日課だ。朝の風が気持ちいい。青空だとなおさらだ。あたしたち家族は土手を走って右に曲がり、学校の前の道を走る。そして国道を走りまた土手に戻る。これもいつものコースだ。帰ると朝食、父ちゃんは学校へ出発。あたしはいつもなら八時過ぎまで のんびりするけど、今日は七時前に家を出た。サッカーの朝練を見たいからだ。家から朝と同じコースを通り学校に着くと校庭ではサッカーの朝練が行われていた。コウは家が遠いから朝練には出られない。だからあたしが代わりに偵察をする予定だった。校庭を見ながらぐるっと回ると校舎の影に見たことのあるやつを発見した。
「おはよう。ケン。偵察か?」
「あー、びっくりした。おはよう。セイ。そうだよ。偵察だよ。気づかれたらどうするんだ。」
ケンはノートにメモしながら校庭を見ている。
「なあ。よく考えたら、あんたどれが誰だかわからないんじゃないか?」
「うん。わからない。だからコウちゃんが説明してくれた特徴から人を判断してメモしてるんだけど。何人か見当たらなくて…。」
あたしはノートをのぞきこみメモと人を確認する。大体はあってる。でも違う気がする人もいる。
「ケン、たぶんもうすぐ練習内容を変える時間だ。ここじゃ見にくいから場所を変えるぞ。」
「え?もっと見やすい場所あるのか?練習が始まる前からいろいろまわってみてここが一番よかったのに。」
「ああ。とっておきの場所だ。行くぞ。」
「わかった。」
あたしはケンを連れてこそこそと校舎の中に入った。二階に上がり廊下を進んで突き当たりの部屋に入る。理科室だ。
「おう。夏木。おはよう。どうした?こんなに朝早く。しかも転校生を連れて。」
先生が準備室から顔を出した。あたしとケンは挨拶する。
「先生おはようございます。ちょっとサッカーの練習を見られる場所を探してまして。」
「ああ。まあいいけど。物は壊すなよ。」
先生は準備室に戻っていった。
「確かに見やすいね。でも先生が来てなかったら入れなかっただろ?」
「あの先生はあたしの家のそばに住んでいて、あたしたち家族がジョギングしていると会うんだ。そしてこの時間には学校に必ず来てるから。」
「何で来てるんだ?あの先生。」
「ソフトボールのクラブの顧問なんだよ。」
「そっか。だからか。」
ケンは校庭を見ながらノートにメモを取り続ける。ときどきあたしに「あの人は誰?」とか「コウちゃんにはこのポジションだって聞いたけど。」とか質問をしてきた。あたしがわかる範囲で答えるとケンはそれも含めてメモを取る。それは練習が終わるまで続いた。
「よし。だいぶデータが取れた。この場所はいいね。明日もここで見させてもらおうかな。」
「いいんじゃないか?先生はサッカーの朝練の時間には来てるだろうから。」
あたしとケンはそんなことを話しながら理科室を出て教室に向かった。教室にはクラスのほとんどの人が揃っていてガヤガヤと話していた。
「おう。ケン、セイ。おはよう。どこに行ってたんだ?いつもはもう来てるのにいなかったから。」
コウがケンの席に座って待っていた。
「おはよう。セイと一緒にサッカーの朝練をずっと見てたよ。」
「偵察か。どうだった?何か収穫あったか?」
「うん。だいぶデータが取れたよ。」
コウはそれを聞いて笑顔でうなずいた。
「コウちゃん、今日の放課後は練習あるの?」
ケンが突然聞いた。
「ああ。今日はあるよ。」
「そっか。じゃあ頼みたいことがあるんだけど。」
ケンがコウを見た。コウは真剣な目でケンを見返す。
「何でも言ってくれ。」
「うん。じゃあ…、」
ケンの頼みは二つ。一つは六年生へのお願い、もう一つは…。
「わかった。両方とも任せとけ。」
コウは笑って席に戻った。あたしも戻りながらケンを見た。ケンは無表情に戻りノートに何かを書いていた。
放課後、ケンは理科室から見学。あたしはケンの横で説明をした。コウは練習に参加している。
「コウちゃんはやっぱり上手いね。あの中の誰よりも。」
ケンがコウの動きを見てつぶやいた。
「だろ?あいつはすごいんだ。どのポジションでもこなせるし、誰とでも相性がいい。チームに一番必要なプレイヤーだよ。」
ケンはそれを聞いてうなずく。
「何でかはわからないけど、コウちゃんが味方にいるだけで勝てる気がする。体育のときもそうだったけど。」
「じゃあ勝たせてやってくれ!あいつのためにもあんたのためにも!」
あたしはケンを見た。ケンは笑ってうなずいた。
「負けないよ。負けられないよ。」
ケンはそう言って練習を真剣な目で見ていた。怖いほど真剣な目で。
「おう。終わったぞ。六年生にもお願いしておいた。」
コウがあたしたちのところに戻ってきた。
「ありがとう。こっちも大体できた。」
「そっか。じゃあ、あとはあれだけか。」
ケンはコウを見て笑顔でうなずいた。
「よし。じゃあ移動しよう。」
コウが歩き出す。ケンとあたしもついていく。学校を出て目の前の道路を歩き、土手を歩いて…。
「おい!まさか目的地って…。」
「もちろんお前の家だよ。セイ。秘密の特訓といえばお前の家だろ!」
「おい!何を当然のように言ってんだよ!」
あたしの意見は完全に無視されてコウはあたしの家に入っていく。
「あら~。コウちゃん。お久しぶり~。」
「お久しぶりです。あっ、こっちはケン。転校生です。ちょっとサッカーの秘密の特訓をしたくて。」
「あらまあ。はじめまして。セイの母です。よろしく~。さあどうぞ~。好きに使ってちょうだいね~。あとでお茶を持っていくわね~。」
あたしが意見を挟む前に話がついてしまった。コウは裏の物置から簡易のサッカーゴールを運んできた。しかも勝手に。
「よし。じゃあやろう。」
「まったくコウときたら…。わかった。始めよう。」
あたしたちは秘密の特訓を始めた。内容はケンのレベルアップ。ドリブル、パス、シュートをそれなりにできるように。あたしが見本を見せてコウがやり方をわかりやすく説明する。コウの説明はわかりやすい。あたしはケンが言ってた「何でそんなこともできないんだ。」と言ってしまうタイプだけど、コウはできない理由を考えて初歩の初歩から教えるタイプ。ケンもそのせいかどんどん上手くなっている気がした。
「は~い。夕食の時間ですよ~。」
母ちゃんがあたしたちにそう告げた。
「あっ、しまった。つい集中しすぎた。もうそんな時間か。」
「僕、ばあちゃんに何も言ってないや。心配してるかな?」
ケンは不安そうな顔をしている。コウの場合は今に始まったことじゃないけど。
「二人ともお家には連絡しておいたから~。安心していいよ~。」
母ちゃんのその言葉にケンは驚いた。
「僕の家、知ってるんですか?」
「もちろん。セイのクラスメイトの連絡先は全部あるよ~。そうしないとセイに引っ張り回されて帰りが遅くなる子に申し訳ないから~。」
「母ちゃん!そんなことは言わなくていい!二人とも行くぞ!」
あたしは二人を連れて家に入った。順番に手を洗って席につく。
「いただきます。」
みんなが食べ始めた。コウはあたしの家族と仲が良いので遠慮なくどんどん食べている。ケンはキョロキョロとまわりを気にしながら食べている。
「ケン君は港東小のあの佐野君かい?」
父ちゃんが突然ケンに聞いた。
「はい。佐野は僕しかいなかったので。」
ケンは笑顔で答えた。
「父ちゃん。ケンのこと知ってるの?」
あたしが聞くと父ちゃんはうなずいた。
「読書感想文、自由研究、テスト。全てで教師を驚かせる秀才。そんな噂を聞いたよ。」
「あー、間違いなくケンのことだ。それ。」
あたしはそう言ってうなずいた。
「セイはケン君に勉強を教えてもらったら~?この前だって…。」
「母ちゃん!いいから!言わなくて!」
母ちゃんが余計なこと言う前に釘をさした。それを見ていたコウが笑っている。
「ケンに教わってもあたしじゃたぶんわからない!それはケンが一番わかってる!だろ?」
「だね。セイの説明で僕のサッカーが上達しないのと一緒。お互いに相手が何がわからないのかがわからないから。」
「なるほどな。だから二人は気があったんだな。」
コウの発言にあたしとケンは一瞬固まり、その後全く同じ言葉を口にした。
「気はあってないよ。ただ…。」
「ただ?なんだよ?」
あたしとケンは目を合わせた。
「何でもない!」
あたしたちの声がきれいにそろった。ある意味息はぴったりだった。
「おもしろいな。お前ら二人は。」
コウはそう言って笑った。あたしの親も笑っている。あたしとケンはちらっと目を合わせ、そして笑った。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。」
あたしたちは食べ終わり自分の食器を台所へ運んだ。時計を見ると八時前。ずいぶん練習してたらしい。コウとケンは外に出ていく。あたしもついていく。
「ケン。基礎は大体わかっただろうから、あとは練習あるのみだ。頑張れよ。」
「うん。どうにかそれなりにできるように頑張るよ。ありがとう。」
ケンは笑顔でコウにそう答えた。ここに来てからケンはずっと笑顔だった。あたしにはそれがとても嬉しかった。
「コウ君、ケン君。家まで送るから乗りなさい。忘れ物のないように。」
父ちゃんが車で現れた。コウはすぐにドアを開けて乗り込む。ケンが乗ろうとしているのをあたしが止めた。
「何だよ。セイ。」
「さっきの言いかけたこと小さな声で言ってみようか。」
ケンは少し恥ずかしそうに笑い、そしてうなずいた。二人で小さな声で言った。
「気は合ってないよ。ただ、コウ(コウちゃん)のために合わせてるだけ。」
あたしたちの声はぴったり合った。お互いの顔を見て笑った。
「おい。ケン。もう帰るぞ。それとも泊まっていく気か?」
「まさか。」
ケンは車に乗ってドアを閉めた。父ちゃんが車を発進させる。車の中で二人が手を振っていた。
「二人ともー、また明日なー。」
あたしはそう叫んで手を振った。そして車が見えなくなるまで手を振り続けていた。




