第60話 あたしとケン
「コウ。おはよう。今日から三年だな。」
小学校の入り口であたしはコウにあいさつした。
「おう。まあクラス替えもないからまた同じクラスだ。よろしくな。」
コウは爽やかな笑顔だ。なぜだかわからないけどコウが笑うとコウもそのまわりの景色も輝いて見えた。それは保育所で初めてあったときから変わらない。あたしはその頃からコウには不思議な力があると信じている。
「そういえば今日から転校生が来るらしい。どんな子かな?」
「あー、そうらしいな。あたしは一緒にサッカーとかしたいな。」
「そうだな。仲良くなれたらいいな。」
今日から三年生、そして新しい友達が増える。あたしは朝からワクワクしていた。新しい教室に入り、自分の席に座る。コウの言うとおりクラス替えはないからみんなそれぞれの友達と仲良く話している。ただあたしはあまり女の子たちとは仲良くなかった。特に仲が悪いわけじゃない。ただあたしは昔からきれいな服とスカートよりはシャツと短パン、ママゴトより野球やサッカーだった。そのせいか男の子と一緒に遊ぶことが多く、女の子と遊ぶことはほとんどなかった。
「はーい。みんな。席についてー。」
先生が教室に入るとみんなは席についた。そして朝のあいさつ、先生の話と続いた。
「はーい。じゃあ今から転校生を紹介しまーす。佐野君入ってー。」
ドアが開いて一人の男の子が入ってきた。背は普通、髪型も普通、服装も普通だった。眼鏡をかけた普通の少年。まるでまじめを人の形にしたらこうなりましたといった感じだ。
「港東小学校から来ました佐野賢人です。よろしくお願いします。」
まじめな人のまじめなあいさつ。お辞儀もまじめ。あたしとは正反対だと思った。あたしたちに見せた顔は笑いもせず緊張ともほど遠い無表情に近い顔だった。そして先生にすすめられるまま席についた。『まじめ』『無表情』これがあたしの佐野賢人に対する第一印象だった。
「なあ。ケン。スポーツ好きか?」
三日目の休み時間、転校生をケンと呼び捨てにして話しかけるコウの姿があった。コウは誰とでもすぐに友達になれる。逆にコウと仲良くなれないなら誰とも仲良くなれないとあたしは思う。
「スポーツは苦手なんだ。勉強の方が得意。」
ケンはコウの方をちらっと見てそう答え、また教科書を読み始めた。
「そっかー。すげーな。俺は勉強あんまり得意じゃないからな。」
コウは気にせず話しかけるがケンは軽く相づちを打ちつつ教科書を読んでいた。あたしはそれを見ててイライラした。
「おい。ケン。あんたはせっかくコウが話しかけてるんだから教科書を置いたらどうなんだ。」
ケンはあたしをちらっと見た。そして息をふぅーっと吐いた。
「僕は教科書を読んでる。彼が話しかけてきたから返事をした。教科書を置く理由はない。」
ケンはあたしを一切見ないでそう言うと、そのまま教科書を読んだ。
「だから人と話をするときは相手を見て話せよ!」
あたしはケンの教科書を取り上げて言った。するとケンは別の教科書を机から出し、そして広げた。
「僕は教科書を読んでるんだ。話をするつもりはない。」
あたしの中で何かが弾けそうになった。でもそれをコウが止めた。あたしの持つ教科書を取りケンの机に置いた。
「そっか。悪かったよ。邪魔して。セイも悪気があったわけじゃないから。許してやって。」
コウは笑ってそう言ったがケンは無表情でうなずいた。
「セイ。授業始まるから席に戻ろうぜ。」
「あ、うん。わかった。 」
コウに言われるままあたしは席に戻った。でもあたしはケンのコウに対する態度に怒りを覚えた。
なんだ。あいつは。せっかくコウが話しかけてやってるのに。
あたしは無意識にこぶしを握りしめていた。
「はーい。この問題がわかる人。じゃあ佐野くん。」
「答えは○×△です。」
「はい。正解です。よくできました。」
授業の回数が増えれば増えるほど、ケンという人間がわかるようになった。頭が良すぎる!ほぼすべての問題で手をあげて完璧に答える。あまりにもケンが答えすぎるから、先生も「たまには佐野くん以外の子。」というほどだった。そしてその反面、体育はやはり苦手らしい。どの種目、競技もほとんどダメ。だからサッカーだったらボールをさわれないし野球だったらバットに当たらない。しかもケンはそれを悔しがらない。だからスポーツができるやつからは嫌われていった。
「なあ。あんたはあんなに頭がいいだからスポーツもできるようになりたいと思わないのか?」
ケンは相変わらず教科書を見ながら答えた。
「昔はそう思った。けど無理だったから諦めたよ。それに…。」
「それになんだよ。」
「僕はスポーツができる人が好きになれないんだよ。野球でも何でもそうだけど、『何でまっすぐ投げられないんだ。』『何でそんなこともできないんだ。』とすぐに言うから。そして必ず『まじめにやれ!』だ。」
「それはまっすぐ投げろって言われてるんだからまっすぐ投げればいいだろ?それをまっすぐ投げなかったらまじめにやれって言われるだろ?」
「それはまっすぐ物を投げられる人の意見だろ。僕はまっすぐ投げられなかった。頑張ってやってもだ。それをまじめじゃないと言われたらまじめにやれるわけない。」
あたしにはケンの言ってることがわからなかった。まっすぐ投げたらまっすぐ投げられるからだ。ケンは本をパタンと閉じた。
「君にはわからないだろ。でも僕にもわからないよ。学校の授業の何がわからないのか。だからお互いそれでいいだろ。」
そう言ってからケンはどこかへ向かった。トイレかそれとも図書館か。ただ確かにケンの言うとおりに思えた。あたしが授業がさっぱりわからないのとケンがスポーツがさっぱりできないのは同じことなのかもしれない。
数日後、体育の時間に事件が起こった。この学校は人数が少ないため、三年生と四年生が一緒に体育の授業をすることになった。その日はサッカー。当然のようにケンのいるチームが負けた。ケンの場所が弱点になってそこから攻めこまれたからだった。四年生のサッカーがうまい人がケンにキレた。
「何でまじめにやらないんだ!お前がまじめにやらないから負けたんだ!」
服をつかまれたケンはその状態のまま言った。
「僕がいたから負けたなら、僕がいなければ負けないんですか?だったら僕は抜けてますから今からもう一度やってください。」
「てめえ!ふざけんな!」
先輩がケンを殴ろうとするのをみんなで止めた。でもケンはむしろ殴られる覚悟があったような顔で先輩に言った。
「僕が悪いのは認めます。ただそれなら先輩もシュートを四本外したことと攻めっぱなしで守りに戻らなかったことも認めてください。」
ケンの言葉は鋭く先輩の心を切り刻んだように見えた。先輩が泣きながら暴れるのをみんなが必死に止めた。ケンは無表情のまま頭を下げて校舎に戻っていった。




