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アメイズ  作者: D-magician
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第59話 ケンの涙。

 とっさのとき、人は頭でいくら考えていてもそれを行動に移せない。今の僕もそう。どうすればいいかを考えるけど体が動かない。


 叫び声とともに誰かが階段を後ろ向きに下りてきた。いや、誰かに押された別の誰かがバランスを崩して階段から落ちそうになっていた。倒れないように足を動かしているけど体はだんだん僕の方に傾いてきている。このままじゃ転げ落ちてしまう。そこまでわかっているのに僕の体は動かない。


「キャー!」


 誰かの悲鳴が響いた。そして次の瞬間!誰かが横から階段をかけ下りて落ちそうな人の手をつかんだ。その人は手を引っ張るのではなく相手の手を持ちながら階段を下りるようにした。落ちそうな人は手を引っ張られたので体の向きが変わり二人で階段をかけ下りるような感じになった。


「キュウ!メイを!」


 その声でようやく落ちそうになった人がコウちゃんで、助けようと手をつかんだのがメイちゃんだとわかった。コウちゃんは階段をかけ下りているように見えるけど、メイちゃんは少しバランスを崩し転げ落ちそうに見える。僕は体を少し横に移動させて手を広げた。メイちゃんは転ぶぎりぎりで体を僕の方へ向け、まっすぐ飛び込んできた。メイちゃんが僕にぶつかる。僕は両手でメイちゃんを抱き締める。一応倒れないように構えてはみたけど、やっぱり耐えきれず後ろに倒れた。運良くパズルの部屋のドアが開いたままだったので僕は壁に頭を打たずに済んだ。


「キュウちゃん。大丈夫?」


 メイちゃんの口が僕の目の前でそう動いた。怖かったのか僕を心配してくれたのか、目には涙がうかんでいた。


「大丈夫。メイちゃんは?ケガしなかった?どこかぶつけなかった?」


 メイちゃんは首を横に何度も振る。


「大丈夫か?キュウ!メイ!」


 コウちゃんが僕たちに駆け寄った。


「大丈夫。二人とも無事です。」


 それを聞いたコウちゃんはその場に座り込んだ。


「よかったー。メイ。ありがとな。」


 メイちゃんはコウちゃんを見てうなずいた。


「ケンちゃん!何てことするの!」


 その大きな声に驚いて僕は体を起こした。階段の上を見ると人影が三つ。そのうちの一人が言った。


「ごめん。こんなことするつもりはなかったんだ。ぶつかった拍子で。本当にごめん。」


 今にも泣き出しそうな、悲しみと怒りに満ちた声。いつもの冷静さが嘘のようなケンちゃんの声だった。


「いい加減にしろよ!ケガさせたらどうするつもりだ!」


 セイちゃんが叫びながらケンちゃんの服をつかんだ。


「お前が手を放さないからこうなったんだろ!僕はただ帰ろうとしただけだ。」


「だから何で帰るんだよ!」


「僕は必要ないだろ!キュウがいるんだから!」


 ケンちゃんの叫びが僕の心をぶんなぐった。僕はケンちゃんを見上げた。ケンちゃんは涙を流しながら僕を見ていた。


「キュウ!君はすごいよ!パズルや手品の知識だけじゃない!メイとの意思疏通にしてもムーヴの攻略法の発見にしても!天才だよ!!君は!全部、僕にはない才能だ!」


 廊下の光でケンちゃんの涙が落ちるのが見えた。ケンちゃんは涙をぬぐってから言葉を続けた。


「それでもこのゲームを解けるのが僕だけだったらまだ救われたかもしれない。でも、このゲームもみんなで解いた。だから僕がいる必要はない。だから帰る。」


 ケンちゃんはポケットから何かを出して僕に向かって投げる。チャリーンという音をたてて階段で弾んで僕の前に落ちた。僕はそれを拾った。


「ケンちゃん…。どうして?」


「それがなければみんなは先に進めないから。本当は君がクリアできないのを見てから僕が落ちてたのを拾ったことにしたかったけど。もういいや。」


 ケンちゃんの顔は笑っているようにも泣いてるようにも見えた。そしてケンちゃんは出口に向かって走り出した。


「おい!待てよ!ケン!」


「ケンちゃ~ん!待って!」


「おい!逃げるな!」


 みんなの叫び声が廊下に響いた。でも次の瞬間、バターン!と大きな音が響いた。それは入り口のドアをケンちゃんが勢いよく閉めた音だった。僕にはケンちゃんの心のドアの音に聞こえた。


「俺がケンを連れ戻しに行く!みんなは入り口で待っててくれ!」


 そう言ってコウちゃんは入り口に走っていった。その場に立ち尽くすセイちゃんと力なく座り込むユウちゃん。僕はケンちゃんの言葉で心を激しく揺さぶられて放心状態に近い。倒れそうになるのをメイちゃんが支えてくれた。僕はメイちゃんの肩を借りてゆっくり階段を上りみんなのそばまで歩き、そして座った。


「なんで…?ケンちゃんに何があったの…?」


 ユウちゃんの涙がポタポタと床に落ちる。


「あのバカは…。」


 セイちゃんはそう呟いて下を向いた。


 僕はいまだに放心状態。メイちゃんが僕の手をぎゅっと握ってくれているおかげで何とか意識を保てている。


 僕のせい…。僕のせいでケンちゃんが…。僕のせいでみんなが…。


 負の感情が心の中から溢れだす。体がガクガクと震え、目からは涙が溢れた。メイちゃんが僕をぎゅっと抱き締めてくれた。それでも体の震えは止まらない。心が負の感情でおしつぶされそうになる。


「おい!みんな、一度ここから出よう!」


 セイちゃんが僕たちを見て言った。僕たちはうなずき立ち上がる。ふらふらしているユウちゃんをセイちゃんが支えて歩く。僕はメイちゃんと一緒に歩く。まだ何もしてないのに体が重い。メイちゃんが心配そうに僕を見ている。僕はメイちゃんに笑顔でうなずいてみせた。でも実際に笑顔だったかは、笑顔になれていたかはわからない。それはメイちゃんしかわからないことだった。




「キュウちゃん、これ。落ち着くよ。」


 外に出て座り込んだ僕にメイちゃんが飲み物を差し出した。僕はうなずいて受け取り、ゆっくり飲んだ。いつものメイちゃんのジャスミンが僕の体に染み渡る。涙を流したせいで乾いた体に水分が吸収されていくような感覚。そしてジャスミンの香りが僕の意識を正常に戻していく。


「メイちゃん。ごちそうさま。ありがとう。」


 コップをメイちゃんに返しながら僕は笑顔でそう言った。今度はちゃんと笑顔になれていると思う。メイちゃんは笑顔でうなずいた。


「ユウ。ほら。あんたも飲め。」


 横を見ると体育座りで顔をふせているユウちゃんにセイちゃんが飲み物を渡そうとしていた。


「…。メイちゃんのジャスミン?これ。」


 ユウちゃんがセイちゃんに聞いた。


「ああ。今日はみんなも飲めるようにメイが水筒2本分用意したんだ。」


「じゃあ、いただきま~す。」


 ユウちゃんはゆっくりと飲んだ。そしてふぅ~っと息を吐いてメイちゃんを見た。


「メイちゃんのジャスミンは心が落ち着く味がするね~。キュウちゃんは幸福者だね~。」


 ユウちゃんは幸せそうな顔で笑った。メイちゃんも笑顔でうなずいてみせた。


「おい!ユウ!さっきから微妙にあたしのジャスミンをけなしてるだろ!それじゃあ、あたしのジャスミンの味はどんなだったんだよ!」


 セイちゃんがユウちゃんを見下ろしながら言った。ユウちゃんはセイちゃんの顔を見上げながら答える。


「セイちゃんのジャスミンは人を興奮させる効果があったから~。ジャスミンよりもジャスミーって感じだったから~。」


「待て!ジャスミーって何だ?何でジャスミーなんだよ!」


「人を興奮させる飲み物。『ジャストミート』を略して『ジャスミー』。」


 ユウちゃんの答えを聞いて僕は吹き出した。我慢できないほど、体の奥から笑いが溢れてきた。隣のメイちゃんも僕にすがりついて笑っている。


「おい!あんたら!」


 セイちゃんが僕たちをにらむ。僕たちはとっさに笑うのをやめてみた。笑いそうな何かを飲み込んで体の奥に戻す。そして冷静な顔でセイちゃんを見た。このまま笑いを封印できそうだと思ったそのとき。


「ジャスミー…。」


 ユウちゃんがボソッと呟いた。そして自分の言った言葉がツボに入ったらしく笑いだした。何かにとりつかれたかのように笑うユウちゃんにつられて僕とメイちゃんも笑いだした。今度は止められる自信がない。いつのまにかセイちゃんも笑っていた。


「ねえ…。セイちゃん。昨日ケンちゃんと何があったの?何を話したの?」


 みんなが笑い終わって落ち着いたところで僕はそう切り出した。


「何で知ってるんだ?」


 セイちゃんが驚いて僕を見る。僕は少し下を向いて話した。


「知ってたわけじゃないけど、セイちゃんとケンちゃんに何かあったのはわかってた。今日セイちゃんはケンちゃんの話題になるたびに『あのバカ』って言ってたから。それに昨日ケンちゃんが帰ってすぐにセイちゃんは追いかけた。セイちゃんの運動神経とあの坂道を考えればケンちゃんに追いつけないはずはないから。」


 セイちゃんは少しうつむいてからまた僕を見た。


「あたしそんなに『あのバカ』って言ってたか?そもそも口に出した記憶はないんだけど…。」


「メイちゃんと口の動きで話せるようになってから、みんなの一人言が口の動きでわかるようになっちゃって。それでかな。」


 セイちゃんはそれを聞いて「嫌な能力だな。」と笑った。


「まあ隠しても意味のないことだからな。その前にキュウに聞きたいんだけど、昨日ムーヴでコウとケンについて何か話したか?」


 セイちゃんに聞かれた僕は『もしかしてあれが原因か?』と思い当たる節があった。


「コウちゃんに僕のパズルとかは誰でもできるようになるのかを聞かれたから、僕と同じ本や説明書を読めばできるようになるって答えたよ。」


「それだけか?」


「いや、そのあとコウちゃんは『ケンに貸してやってくれ。』って言ってた。俺よりも頭がいいからって。」


「そうか。コウはケンに期待してたんだな。じゃあケンは何を聞いてあんなに怒ってたんだ?」


 セイちゃんが腕を組んで悩んでいる。


「『本をケンに貸してやってくれ。その間はセイに右腕、キュウに左腕をやってもらうかな。』たぶん誤解の原因はコウちゃんが僕に言ったこの言葉だと思う。」


「あー、絶対それだ!」


 セイちゃんが叫んだ。


「しかもケンちゃんはドアの外にいて全部聞こえてたわけじゃないと思う。『セイに右腕、キュウに左腕を』の部分だけしか聞こえなかったんじゃないかな。だから僕への対抗心が強かったんだと思う。」


 僕がそう言うとセイちゃんがうなずいた。


「昨日あたしがケンに追いついたとき、あいつはあたしにこう言ったんだ。『僕はもっと勉強しないといけないんだ。才能だけでコウちゃんの隣にいられるお前とは違うんだ。このままじゃコウちゃんの隣に居場所がなくなる。そしたら僕はみんなと一緒にいる理由もなくなるんだ。』ってな。コウの隣にいるということ、コウに左腕と認めてもらえてることがあいつのいろんなものを支えているから。」


「ねえ。セイちゃ~ん。右腕左腕ってそんなに重要なことなの~?私の中のコウちゃんにはそんなイメージないよ~。少なくともそんなにこだわってるようには見えないよ~。」


 ユウちゃんがセイちゃんに聞いた。話し方がいつものユウちゃんに戻っていた。


「コウにとってはな。でもケンにとっては重要なんだよ。」


 セイちゃんはそう答えてからふぅーっとため息をついた。


「昔、何かあったんでしょ?コウちゃんとケンちゃん。それにたぶんセイちゃんも。」


 僕はそう言ってセイちゃんを見た。ユウちゃんもメイちゃんもセイちゃんに注目する。


「キュウ。それも誰かに聞いたのか?」


 僕は首を横に振った。


「コウちゃんが『右腕左腕』って表現を簡単に受け入れたことと、セイちゃんとケンちゃんが妙なライバル関係にあるみたいだったこと。あとはケンちゃんが一昨日『運動も勉強も才能があるかどうか。』ってセイちゃんに言われたって言ってから。『だからムーヴは運動ができる人が考えればいい。』とも言ってたし。」


 セイちゃんはふぅーっと息をはいた。


「あのバカは…。昔のことを根に持ちやがって…。」


 セイちゃんは水筒のジャスミンをコップにいれてかぱっと一気に飲んだ。


「じゃあ少し長くなるけど話すか。あたしとコウがケンに会ったのは小3だった。」


「ちょっと待って。セイちゃん、話を進める前に聞きたいんだけど。」


「なんだよ。まだ始まったばかりだぞ。昔話なら『昔々あるところに』くらいだぞ。」


 セイちゃんのつっこみは的確だけど、僕には気になることがあった。


「メイちゃんが東京に住んでて最近こっちに来たのは知ってるけど、他のみんなは幼馴染みとかじゃないの?」


 僕の質問にユウちゃんとセイちゃんが顔を見合わせた。


「そうだね~。言ってなかったね~。というより言う必要がないことだったから~。私は4年生のときに引っ越してきたんだよ~。だからセイちゃんたちの物語は知らないので~す。」


 ユウちゃんはそう言って笑った。


「ちなみにコウとあたしは幼馴染みかな。保育所から同じだから。」


「そうだったんだ。」


 僕がそう言うと、隣のメイちゃんの口も同じように動いた。


「メイちゃんも知らなかったの?」


 メイちゃんはうなずく。


「そうだな。メイにも話してなかった。メイが来たときにはもうあたしたち4人は仲良しグループだったからな。」


「そうだね~。今のスタイルになってたね~。セイちゃんが暴走するのをコウちゃんが止めるのも~、ケンちゃんがコウちゃんにアドバイスするのも~。それを見て私が笑うのも~。」


「おい!誰が暴走した!あとあんたは何で笑ってる役なんだ!」


「私は笑うのが仕事だと思ってるよ~。適材適所で~す。」


 ユウちゃんの『適材適所』という言葉が一番納得できる。そしてその場所に僕が割り込んでしまったのもわかる。それでケンちゃんを悲しませたことも。


「セイちゃん。話を進めて。聞かせてよ。」


 セイちゃんが僕を見てうなずいた。


「ああ。じゃあ話を続ける。」


 セイちゃんが話し始めた。今から3年前、みんなが3年生の頃の話。僕とメイちゃんとユウちゃんが知らない話を。

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