第5話 失敗と仲間
ハァッハァッ。
みんな息切れするほど走った。階段を上りきったところに座っている。こんなに真剣に走ったことは運動会でも経験がない。ある意味「命がけ」に近い全力疾走だった。
「みんな無事か~?」
コウちゃんが呼び掛ける。
「全員いるよ。でも、いったい何が起きたんだ?何であんなに水が?」
セイちゃんが呼吸を整えながら返事をした。
「クリアしたんじゃなかったの?」
「あ~、びっくりしたよ~。あれは。」
ケンちゃんとユウちゃんはまだ息が荒い。
「大丈夫?ケガはない?」
メイちゃんがノートにそう書いて僕に見せた。
「大丈夫。たぶん。ごめんね。助かったよ。」
僕は返事をするのが精一杯だった。
コウちゃんが「逃げろ!」と叫んだときには、すでに換気口みたいな場所から大量の水が流れ込んできていた。みんなコウちゃんの声に反応し走って階段をかけ上った。あまりの水の勢いに一瞬足が動かなかった僕をメイちゃんが引っ張って走ってくれた。出口から一番遠かったコウちゃんだけ水の被害を少し受け、靴と靴下が水浸しになった。あっという間に僕たちのいた部屋は水に沈んだ。
「悪い。俺のせいだ。パズルを解けたのを見てクリアできたと勘違いした。たぶん解いたあとのパズルをガラスケースに並べたりしないといけなかったんじゃないか?」
「そっか。それで5時になって時間切れで水が入ってきたんだ。」
コウちゃんとケンちゃんが話している。ただ、そのときの僕の耳には入って来なかった。
僕は目の前に散らばる事実だけを見ていた。
「結果としてクリアできていなかったこと」「メイちゃんが助けてくれなかったら危なかったこと」そして「コウちゃんが濡れてしまったということ」。
そして自分の中からマイナスの考えが吹き出す。
もしパズルを解いたときにクリアって言わなかったらコウちゃんもあんなに喜ばなかったかもしれない。そしたらコウちゃんがみんなを呼ぶこともなかったかもしれない。そしたらみんながこんなに疲れることもなかった。コウちゃんも濡れることもなかった。僕のせいで、僕のせいで…。
僕は急に立ち上がり、みんなの方へ頭を下げて言った。
「みんな、僕のせいで。本当にごめんなさい。僕のせいで、僕のせいで…。」
「おい。どうした?」
コウちゃんが話しかけてくれた。でも頭の中のマイナスの感情を自分でも抑えられなかった。
「僕のせいで…、僕のせいで…。ごめんなさい。ごめんなさい…。」
そして気づくと僕は泣きながら走り出していた。みんなが何か叫んでいる気がした。でも何も聞こえない。
「何でちゃんとできないんだ。何で誰かに迷惑をかけるんだ。何で何で何で……。」
頭の中でいろんな感情がグルグル回り気持ちが悪くなる。涙で目の前が滲んでどこを走っているかわからない。むしろどこから来たかもあまり覚えてない。ただ走った。頭の中が真っ白になるまで…。ただひたすらに…。ただ無意識に…。
気づいたらおばあちゃんの家の前に立っていた。涙も走ったせいで乾いていた。
「ただいま。」
「あら早かったね。まだ5時半よ。花火は?」
「うん。早く帰ってきちゃった。ごめんなさい。花火はここから見るよ。」
そのあとのことはあまり覚えてない。あとでおばあちゃんに聞いたら、夕御飯を食べてお風呂に入り花火を待たずに寝てしまったらしい。
その夜、僕は夢を見た。みんなと笑いながらどこかへ向かって歩いている夢。ささやかな夢だった。
コケコッコー!
ニワトリの声で目が覚めた。ふとんをたたみ、服に着替えて階段を降りて畑へ。
「おばあちゃん、おはよう。」
いつもと変わらない朝の風景。全てが夢だったような気がした。長い夢を見ていた気がした。
朝御飯を食べてから二階に上がる。なぜか昨日と同じように眠くなってきた。
「昨日は楽しかったな…。夢みたいだったな…。夢だったのかな?」
そして僕は眠った。また昨日みたいな夢を見たくて。楽しい夢を見たくて…。
昨日と同じ夢を見た。昨日のみんなと自転車で走っている。みんな笑っている。僕も笑えている。昨日の建物に到着する。キキィーッとブレーキをかけて自転車が止まる。メイちゃんがなぜか笛を持った。そして吹いた。初めて会ったときと同じ音で。
「ピー!ピー!ピー!」
そしてみんなが建物に入っていく…?あれ…?建物の形がおばあちゃんの家に変わった…。みんながおばあちゃんの家に、僕の住むこの家に入っていく…。おばあちゃんに挨拶して、階段を上って僕の部屋に入る…。ふとんの上で寝ている僕を見ている…。セイちゃんが息を大きく吸って…、
「おはよーーー!!!」
「!?」
僕はガバッと起き上がった。目の前には夢の続きが広がっていた。
「あれ?みんな?どうして…?」
まだ夢の中にいるような気がしている僕にセイちゃんが、
「まず起きて、ふとんをたたみ、顔を洗ってこい!」
「はい。ごめんなさい。」
僕は急いで部屋を出て洗面所へ。顔を洗いながら考える。
何でみんながここにいるの?何でみんなが家を知ってるの?何でセイちゃんは命令口調なの?とりあえず夢ではないことは、顔を洗ったことでわかったけど…。
タオルで顔をふいて、二階に上がる。みんなが円を描くように座っている。みんなの前には飲み物がある。おばあちゃんがいつのまにか持ってきたらしい。僕の座るべき場所が飲み物の位置でわかったので、その場所に座った。なぜかみんな何も話さない。部屋の空気が重く感じる。
みんな怒ってるのかな?昨日勝手に一人で帰っちゃったし…。怒られるのかな…。
僕がそう思っていると
「じゃあ、まずあたしから聞く。」
セイちゃんが口を開いた。
「あんたはあたしたちに何かしたのか!?」
「……。」
僕は恐怖のあまり言葉が出ない。
「黙ってたらわからないだろ!なあ。」
「……。ぼ、ぼくのせいで、み、みんなに、め、めいわくをかけたから…。」
「迷惑?何を迷惑かけたと思ってんの!?」
「僕がパズルを解いたときクリアとか言わなければコウちゃんがみんなを呼ぶこともなかったし…。そのせいでコウちゃんの靴が濡れちゃったし…。」
僕の声だけが部屋に響く。僕の涙が床に落ちた。
「……。」
部屋がシーンと静まり返った。僕は顔をあげることができない。
と、次の瞬間!
「あんたはバカか!」
セイちゃんが叫ぶ。僕は驚いてセイちゃんを見た。
「あんたはパズルを解いた。だからクリアと言った。何も間違ってないだろ!コウがみんなを呼んだのはあんたが解けたパズルを見せたかったからだろ!そして何よりコウが濡れたのは、コウが一番部屋の奥にいたせいだし、それ以前にただコウがトロかっただけだろ!あんたのせいじゃない!!」
「……。」
「その辺でいいか~?セイ。このままじゃ何しに来たのかわからずに終わりそうだ。」
コウちゃんが話に割って入ってきた。
「何でだよ!あたし何か間違ってるか?」
「言ってることは間違ってないけど言い方が完全に喧嘩腰だ。相手を怖がらせてどうする。」
「え?あたし怖がらせてた?」
セイちゃんが驚いたようにこっちを見た。どうやら喧嘩腰に見えたのは素だったらしい。
「うん。すこし。」
僕が答えた。
「マジで?そんなつもりなかったのに。」
「セイちゃん、初対面の時は私も怖かったよ~。」
ユウちゃんが笑いながら言った。
「うん。彼の気持ちはよくわかるよ。僕も最初に話したときは正直からまれてるって感じがしたし。」
ケンちゃんも話に入ってきた。
「みんなひどい!これじゃあ、まるであたしが怖い人みたいだろ?」
「そうだよ。セイちゃんはこれでも怖くなくなったんだから。」
メイちゃんがノートに書いた文字を見せた。
「メイ。フォローになってないだろ。じゃあ昔のあたしは何だったんだよ?っていうかそんなことにノートを使うな!」
「メイ。ナイス!」
そう言ったコウちゃんが大声で笑った。気づいたらみんな笑っていた。僕も笑っていた。さっきの思い空気は何だったのか?
みんなが笑い終えたころ、コウちゃんが話し出した。
「まあ、とりあえず俺たちは怒りに来たわけじゃない。勧誘に来たんだ。」
「勧誘?」
「そう。勧誘。俺たちの仲間になってくれ。アメイズをクリアするために力を貸してくれ!」
僕は驚いてうまく言葉が出てこない。
「っていうか、あんたがいないとあたしたち先に進めないから。」
セイちゃんが言った。
「そうだよ~。私たちはあのパズルが解けなくて困ってたんだから~。」
ユウちゃんが言った。
「うん。少なくとも、君にはあの部屋の攻略方法を僕たちに教える義務はあるね。」
ケンちゃんが言った。
「お願い。私たちを助けて。」
メイちゃんはノートの一番最初のページを見せている。昨日と同じ、まっすぐに僕を見て。
「な?どうだ?」
コウちゃんが僕を見てに言った。
昨日と同じだ。コウちゃんの後ろに光が見える。断れない。いや、断っちゃだめだと思った。こんなに僕を必要としてくれる人たちに会ったことがない。これからも会えない気がするから。逃げ出した僕を探して家まで来てくれたんだから。
「お願いします。僕を仲間に入れてください。」
僕は頭を下げてそう言った。
「こちらこそ頼む。これからよろしく。」
「よろしく~。」
「よろしく!」
「よろしくな!」
コウちゃんの言葉に反応するかのようにみんなの「よろしく」の声がとんだ。
うれしかった。本当にうれしかった。僕はうれしくて、また涙がこぼれた。
「だから泣くなって!」
セイちゃんが僕に言った。
「うん。ごめんなさい。」
「うん。わかった。謝る癖が直らないのはわかったから。とりあえず泣き止め。また加害者扱いされたら困る。」
「うん。ごめんなさい。」
長年の癖はそう簡単には治せない。僕はごめんなさいを繰り返している。そして気づいた。涙を流していても笑顔でこの言葉を使ったのは初めてだということに。
僕の横でメイちゃんが僕にノートを見せている。
それは僕に勇気を与えた言葉、パズルの部屋に入るときに見せてくれた言葉だった。
「大丈夫。頑張って。」