第56話 不在…。
「よし。出発だ。」
「は~い。」
ユウちゃんが明るい声で返事をした。コウちゃんは僕たちを見てからうなずき、自転車に乗って走り出した。僕たちも続く。僕たちは3時前にセイちゃんの家を出た。いつものように土手を走り橋を渡り…。町に入るとコウちゃんはいつも渡る信号を渡らずに右に曲がった。
「コウちゃん。どこいくの?」
僕が聞くとコウちゃんは横を見た。
「ああ。ケンを迎えに行こうかと思って。その先なんだよ。ケンの家。」
コウちゃんは少し進んだ先で右に曲がった。そして少し進んだところで自転車を停めた。ケンちゃんの家は普通の二階建て。本当にどこにでもあるような家に見える。コウちゃんはドアをトントンと叩く。そして家の外から叫んだ。
「ケントくーん。」
しかし返事はない。
「すいませーん。ケント君いますか?」
コウちゃんはケンちゃんの家の中に向かって叫んだ。インターホンは壊れているのか、それとも最初から押す気がなかったのかはわからないけど。
「留守かな~?おかしいね~。」
ユウちゃんがコウちゃんの横で首をかしげている。
「先にアメイズに向かったのかもしれないな。置き手紙だけ残していくか。」
コウちゃんはメイちゃんからノートを一枚受け取り『先に行ってます。コウ。』と書いて玄関に置いた。
「よし。どこからいこう?」
コウちゃんがみんなに聞いた。
「このまま進んでそこの坂を上がればいいんじゃないのか?」
セイちゃんが指差す先には昨日メイちゃんと歩いた坂。ただあの坂がけっこう急なのは昨日歩いて十分にわかった。
「う~ん。自転車なら向こうからの方が疲れないかな~。こっちだと少し不安~。」
「そうなのか?あたしは余裕だけど。」
「セイちゃんの基準は一般の基準と開きがあるから。無理強いはダメだよ。」
メイちゃんがノートを見せた。そして僕を見て口を動かす。
「キュウちゃんの意見は?」
「うーん。確かに体力に余裕がないと困るね。ミラーの部屋がまだわからない範囲が多いし…。僕は真ん中から階段がいいかな。」
「なるほど。キュウが言うと説得力があるな。コウ。どうする?」
セイちゃんがコウちゃんに意見を求めた。というより最終決定権はいつもコウちゃんにあるから。
「そうだな。じゃあこっちの坂と階段でそれぞれ好きな方から上ろう。自分の体力は自分が一番わかるだろうから。」
「は~い。」
「了解。」
みんなが返事をした。
「じゃあ3時30分には着くようにな。」
コウちゃんは坂道に向かって走っていく。それをセイちゃんと、なぜかユウちゃんも追いかけていった。
「メイちゃん。階段に向かおうか。」
メイちゃんはうなずく。僕たちはコウちゃんたちとは逆に進み、いつもの広場に自転車を停めて階段を上った。
「メイちゃん。昨日の疲れはとれてるの?」
メイちゃんは笑顔でうなずく。
「セイちゃんと一緒にいろいろやったから大丈夫。今日も頑張れる。」
「そっか。今日も頑張ろうね。」
僕たちは早足で階段をどんどん上った。今日もいい天気。だから気分もいい。そのせいか、メイちゃんと話をすることもなく山の上にたどり着いた。
「みんな、もう着いてるかな?」
「うん。たぶん。」
僕たちはアメイズに向かって早足で歩いた。
「あれ~?私、そんなにゆっくり上ったかな~?」
僕たちの後ろからユウちゃんが来た。その横にはコウちゃんの姿も。
「途中で止まるともう歩くしかないからな。一気に上れるセイはすごいよ。」
「コウちゃんも一気に上れたくせに~。無理に私に合わせなくてもいいんだよ~?」
「無理に合わせたわけじゃないって。」
二人が笑いながら僕たちを追い抜いた。僕たちも早足で追いかける。
「二人とも素直じゃないよね。」
メイちゃんが笑顔で僕に口でそう伝えた。
「うん。コウちゃんもユウちゃんも。」
僕も笑って言った。『コウちゃんはユウちゃんのために自転車を降りて一緒に歩き、ユウちゃんはそうしてくれたコウちゃんの優しさが嬉しかった』と誰が見てもそう見えたはずだから。
「二人とも素直になればいいのにね。」
「うん。キュウちゃんみたいに『ありがとう』って言えばいいのにね。」
「そんなに『ありがとう』って言ってる?」
メイちゃんは笑顔でうなずいた。
「そうなの?メイちゃんの方が言ってると思うけど。」
メイちゃんは首を横に振った。僕はメイちゃんとどっちがありがとうと言ったかを思い出してみようとした。でもそのとき僕たちを呼ぶ声が遠くから聞こえた。
「おーい。もう開くぞー。急げー。」
コウちゃんの声だ。僕たちは急いでアメイズへ向かった。建物の前には3人の人影。ケンちゃんの姿は見えない。
「ケンちゃんは?」
「いねーんだよ。おかしいな。あいつが時間に遅れるなんて。」
コウちゃんはそう答えてキョロキョロとまわりを見た。僕たちも見回してみたけど、やっぱりケンちゃんはいないみたいだ。
「どうする?コウ。待つか?」
「いや、しょうがないから先に入ろう。ユウ。鍵を開けてくれ。」
「は~い。」
みんなで裏口に移動してユウちゃんが鍵を開けた。コウちゃんを先頭にしてみんなが入っていく。僕は入る前にもう一度ケンちゃんがいないか確認した。やはりいない。
ケンちゃん。どうしたんだろう…。何があったんだろう…。
僕はそんなことを考えながら中に入った。みんなが廊下を進んでいく。いつもなら先頭はコウちゃんとユウちゃん。その後ろにセイちゃんとケンちゃん。でも今日はセイちゃんの隣が誰もいない。心なしか寂しそうに見えるセイちゃんの背中を見ながら僕とメイちゃんは歩いた。やがて廊下は終わりいつもの玄関ロビーみたいな場所に着いた。いつもならケンちゃんがイスに座ってパソコンをいじるはず。でも今日はまだ誰もイスに座らない。
「さて、誰かできるやついる?」
コウちゃんは僕たちを見た。誰も手をあげない。
「そうか。じゃあ、俺がやる。キュウ、画面に問題が出て、わかるやつがあったら頼むな。」
コウちゃんはそう言ってパソコンに向かった。カタカタとキーボードをたたく。ケンちゃんほどじゃないけど速い。
「コウちゃんもできたんだね。」
僕は驚いた声でそう言った。
「ケンほどじゃないけどね。ケンに習っておいたんだ。使うとは思わなかったけど。」
コウちゃんは画面を見ながら言った。そして力なく笑った。
「あっ、あとユウが持ってるノートも見ておいてくれ。ケンが俺のために作ってくれたこのゲームの攻略法だよ。」
ユウちゃんがノートを取り出して僕に渡した。そこには今までゲームで出た問題と解き方がびっしり書かれていた。そしてその次のページを見ると…。
「すごい。初心者のリバーシ攻略法だって。」
僕は暗いこの建物内で目を凝らしてノートの内容を頭に入れていった。
「ケンちゃんはやっぱりすごい。」
僕がそうつぶやくとコウちゃんは静かにうなずいた。
「ああ。ケンはすごいやつなんだよ。」
そうつぶやいたコウちゃんはキーボードをたたき続ける。カタカタとキーボードの音だけが静かな建物内に響いていた。




