第49話 二人きりの坂道
「キュウ、メイ。あたしちょっとケンを追うから。先帰っていいからな。じゃあ。」
セイちゃんは僕たちにそう言うと風のように去っていった。残された僕とメイちゃん。
「さあ、帰ろうか。メイちゃん大丈夫?下まで歩ける?」
メイちゃんは笑顔でうなずく。そして口をゆっくり動かす。
「走らなければ平気だよ。」
「そっか。じゃあゆっくり帰ろう。」
僕とメイちゃんはゆっくり歩き始めた。アメイズの駐車場を出て、道を右に進む。人が全然来ないからメイちゃんの口の動きを見ながら歩ける。メイちゃんと話しながらゆっくりと歩く。
「風が気持ちいいね。夕方だから涼しいし。」
「うん。そうだね。でも川の近くの木の下にいたときも気持ちよかったよ。また行きたいな。」
「うん。私はキュウちゃんの家にまた遊びに行きたいな。畑も楽しかったしおばあさんも優しかったし。」
「うん。あのときはびっくりしたよ。おばあちゃんとメイちゃんが話してたから。」
あ…。そのとき泣いちゃったんだった…。
「キュウちゃんの優しさを感じたよ。あのときは。」
メイちゃんは口を動かしてから僕をじっと見た。
「え?どうしたの?」
僕は慌てた。顔に何かついてるのかな?それとも泣きそうだったりしてるのかな…?
「キュウちゃんはずっと優しいなーっと思って。」
メイちゃんはそう口を動かして笑った。
「よくわからないけど…。でもそれならメイちゃんはもっと優しいよ。それにかっこいい。」
「それならキュウちゃんの方がかっこいいよ。初めて私の前でパズルを解いたときなんて、輝いて見えたんだから。」
「それならメイちゃんだって僕の後ろを歩きながらメイズの図面を完成させちゃうんだから。それに昨日も一昨日も僕の手を引っ張って危ないところを助けてくれたよ。」
「それならキュウちゃんは昨日も今日も私をのせて走ってくれたよ。ムーヴでは私が落ちそうになったのを守ってくれたし。」
お互いを誉め合う感じになった。そしてそれに気づいて顔が熱くなった。でもメイちゃんがすごいのも僕が助けられたのも事実だから。
「メイちゃん。ありがとう。」
「キュウちゃん。ありがとう。」
僕が口に出して伝えた言葉とメイちゃんが口を動かして伝えた言葉が同じだった。恥ずかしくなった僕は少しだけ上を向いて歩いた。空の色がきれいだ。視線を前に向けると右側に下へ続く坂道が見えてきた。そこを下りれば階段に出て自転車を停めた広場に出られるけど…。
「メイちゃん。今は辛くない?まだ歩ける?」
「うん。大丈夫だけど。どうして?」
メイちゃんは首をかしげた。
「メイちゃんさえよければ約束通りここをまっすぐ行こうと思って?下から見たときの右側の道でしょ?」
メイちゃんの顔がぱあっと明るくなった。満面の笑みでうなずく。
「キュウちゃん。覚えててくれたんだ。うれしいです。」
「まだ約束してから2時間も経ってないよ。覚えてるに決まってるよ。」
「それでもうれしい。ありがとう。キュウちゃん。いこう。」
「うん。いこう。」
僕たちはまっすぐ歩いていく。僕はまだ歩いたことのない道、メイちゃんは何度か来たことがあるのかな?道は左に曲がり下り坂になった。まっすぐの坂道。自転車だったら上るのは大変だと思う。
「メイちゃんはこっちから自転車で来たことあるの?」
メイちゃんは首を横に振る。
「私は自転車で上まで来たことないよ。セイちゃんの後ろに乗って来たことがあるだけ。だから歩いてきたのは今日が初めて。」
「そうだったんだ。じゃあ一人でここに来たこともないんだ。」
「うん。ないよ。この道だってセイちゃんの後ろに乗ってて一気に下ったから。こんなにゆっくり歩いたことはないよ。初めてだよ。」
「そっか。いい景色だから一気に下っちゃったらもったいないね。」
メイちゃんはうなずいた。少しふらふらしてるように見える。
「メイちゃん。大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
「そうなの?疲れてるように見えたから。」
「そう…かな?」
「うん。ずっと一緒にいるからわかるよ。ずっとって言ってもまだ三日間だけど。」
「じゃあそうなのかもしれない…。」
メイちゃんはそう言ってうつむいた。
「少し休む?」
メイちゃんは首を横に振った。でもやっぱりふらふらしている。
「メイちゃん。僕の背中とそこの階段どっちがいい?」
「え…。どっちもキュウちゃんに迷惑かけちゃうから。じゃあ、一つお願いしていい?」
メイちゃんが顔をあげて僕を見た。
「うん。何でも言って。」
「じゃあ、キュウちゃん。前へならえ。」
「え?えーと、こうでいい?」
メイちゃんが何をしたいのかがわからないまま僕は音のない号令に従った。背の順なら僕は当然一番前。というより二番目になったことは一度もない…。両手を腰に当てるポーズをとった。
ギュッ。
「え?メ、メイちゃん?な、何を?」
僕は動揺した。メイちゃんが僕の右側に来て右腕にギュッとしがみついた。腕を組んだ状態になった。
「これならおぶってもらうよりキュウちゃんに迷惑かけなくてすむから。」
メイちゃんはニコッと笑った。僕は顔から湯気が出てる気がする。自分の心臓がこんなに早く動くとは思わなかった。胸が苦しい。顔だけでなく体中が熱い。メイちゃんにふれている右半分はさらに熱い。
「メイちゃん。ドキドキするんだけど。」
「キュウちゃんは嫌なの?」
「僕はいいんだけど…。メイちゃんはいいの?」
「うん。キュウちゃんが嫌じゃなければ。」
「そっか…。じゃあ行こうか…。」
僕とメイちゃんは坂を下る。こんな経験したことないし、すると思うはずもないし…。
メイちゃんがくっついてくれている。こんな僕に、しかも笑顔で。幸せだ。今までの人生で一番幸せかもしれない。でも、僕にこんなにくっついていいの?気持ち悪くないの?嫌じゃないの?嫌じゃないってメイちゃんは言ってるけど…。
頭の中に幸せと不安が現れては消えて。グチャグチャになっていく。そしてそれが頭の中から溢れだし、目から涙になってこぼれた。メイちゃんが驚いた顔で僕を見ている。早く言葉で伝えないと。メイちゃんが自分のせいだと考えてしまう前に…。
「ごめんね。メイちゃんのせいじゃないから。むしろメイちゃんのおかげでこんなに幸せなんだから。ただ、幸せすぎて…。誰かがこんなにもそばにいてくれたことはなかったから。誰かに頼られたことはなかったから。こんな僕を…。」
涙が止まらない。メイちゃんは僕の前に立って僕の頭をなでた。
「私も同じだよ。私も幸せだよ。だからいいんだよ。」
「ありがとう。ありがとう。メイちゃん…。」
僕はそう言ったまま、しゃがみこんでしまった。メイちゃんは僕の横に座り、やさしく頭をなでてくれた。僕が泣き止むまで。僕が落ち着くまでずっと…。ずっと…。
「ごめんね。メイちゃん。こんなところで時間をかけちゃって。」
ようやく泣き止めた僕は隣に座っているメイちゃんを見た。メイちゃんは首を横に振る。
「私も疲れてたから。それに…。」
「それに?」
「私も幸せだから。」
メイちゃんはそう口を動かしてから立ち上がって僕に右手を差し出した。僕はその手を握って立ち上がる。するとメイちゃんは僕の手を左手でにぎり直した。
「いこう。キュウちゃん。」
メイちゃんは僕の手をぎゅっと握って歩き出した。僕はまたドキドキする。でも一度泣いたせいか不安は消えて、今は幸せなドキドキを感じる。
「メイちゃんは人前で手をつないでても平気なの?恥ずかしくないの?」
メイちゃんは僕を見て笑った。
「恥ずかしいよ。でも、今は誰もいないから。坂を下りるまではこうしてていい?」
「うん。もちろん。」
「ありがとう。キュウちゃん。」
「そんな。こちらこそありがとう。メイちゃん。」
僕たちはゆっくりと坂を下っていく。まっすぐ進んだ先で右にぐるっと曲がる。するとまたまっすぐの下り坂が続いていた。さっきまでは山の中の道を歩いていたのが、今度は景色がひらけている。下には大きな道路とたくさんの車。その奥には緑色の牧草地や畑が見える。また大きな道路の先には大きな橋も見える。メイちゃんたちの家のそばを流れるあの川らしい。景色を見ているとだんだん低くなるのがわかる。坂の終わりも見えてきた。メイちゃんは手の力をゆっくりと緩めた。
「そろそろ人目につくから。」
僕を見てそう口を動かし手をはなした。さびしそうな笑顔を見ると胸をしめつけられるような感覚になる。こんな感覚は生まれてはじめてだ。
「メイちゃん。時間があったらまた二人で歩こうか。今日みたいに。」
そんなことを言ってよかったのかわからない。でも心の底からそう思った。ただ自信より不安が上回ったため、僕は小さく「もしメイちゃんがよければ…。」と付け足した。
「いいの?じゃあ約束だよ。また二人で。絶対だよ。絶対だからね。」
メイちゃんが僕の両肩に手をおいて正面に立ち、何度も何度も「絶対」と繰り返した。
「うん。絶対。約束するよ。」
僕もメイちゃんの両肩に手をおいてそう言った。メイちゃんと目があった。一瞬なのか長い時間なのかわからない感覚で目をあわせ続けた。そしてどちらからともなく恥ずかしくなって顔をそむけ、並んで坂を下りていく。坂が終わったとき、メイちゃんを見た。メイちゃんも僕を見た。
「約束だからね。」
そう口を動かして笑うメイちゃん。
「うん。絶対に。」
僕もうなずいてそう答えた。そして心の中で何度も誓った。
また二人で。絶対に。




