第43話 二人でのメイズ
「橋はかかったままなんだね。第1エリアと第2エリアはやらなくて済みそうだね。」
僕の言葉にメイちゃんは笑顔でうなずいた。迷路に続く階段の前に立つ僕たち。階段のすぐ横にはゴールへ続く橋、どうやら一度ゴールすればその日はずっとかかったままらしい。タイマーを見るとあと7分だった。さっきの休憩時間は意外と長かったらしい。
「メイちゃん、余裕はあるけど行こうか。タイマーは動いてるから水浸しの可能性もあるし。」
メイちゃんがうなずくのを見て、僕は橋を渡る。一応落ちないように手すりがあり、しかも下はネットがある。だけどそれでも少しスリルを感じる。後ろを見るとメイちゃんはすでに僕の服をつかんで歩いていた。
「もうスタート?」
メイちゃんは首を横に振った。
「ちょっと怖いの。」
そう口を動かしたメイちゃんを見て、僕は笑った。
「ははは。メイちゃん、ムーヴであんなにかっこよかったのに。意外だね。」
するとメイちゃんが僕の服を離した。同時に笑顔じゃなくなり、じっと僕を見た。
「じゃあ一人で歩く。」
僕は慌ててメイちゃんの手をつかんだ。
「ごめん。ごめんね。笑ったりして。つかんでいいから。ずっとつかんでていいから。」
僕は頭を深々と下げた。そしてそーっとメイちゃんを見るとメイちゃんは笑顔に戻っていた。
「じゃあ許してあげる。そのかわり、橋を渡るまでこのままね。」
「え?このまま?」
僕が聞くとメイちゃんは右手で僕の右手を指差した。メイちゃんの左手をつかんだ僕の手。
「このままって、このまま?」
僕も自分の左手を指差した。メイちゃんはうなずく。顔が赤く見える。けど、僕の顔はもっと赤いはず。なんてことをしてるんだろうと思った。女の子の手をつかむなんて。絶対に嫌がられることなのに。
「いいの?メイちゃんがいいならいいけど。」
メイちゃんは赤い顔のまま小さくうなずく。
「じ、じゃあいくよ。」
僕は歩き出す。前を向いて。心臓が爆発しそう…。体が熱くて蒸発しそう…。メイちゃんの手をどれくらいの力で握ればいいのかわからない…。力をいれないとはなしちゃいそうだし、力をいれたらいたいかもしれないし…。
ギュッ。
僕の手をメイちゃんが握った。痛くないようにやさしく、でも確かに『握ってる』という意思を相手に伝えるかのように。僕の手はすごく小さいのにそれよりもさらに小さいメイちゃんの手が握ってくれている。。まるで握り方がわからない僕の心を読んで、『こうやって、これくらいで握って』って教えてくれてるみたいに。
「ありがとう。」
僕はそう言ってメイちゃんと同じように握った。後ろは見れない。恥ずかしくて。メイちゃんの手を握る僕の手は汗でびっしょりだ。メイちゃんは嫌じゃないのかな…。気持ち悪いと思ったりしないのかな…。そんなことを考えたら、あっという間に橋を渡り終えた。僕はようやく振り返りメイちゃんを見た。メイちゃんは笑顔で僕を見ていた。
「着いたよ。」
そう言って僕は手の力をゆるめた。メイちゃんもゆるめた。そして僕たちの手がはなれた。
「ありがとう。」
メイちゃんが口を動かした。そして笑った。
「僕の方こそ。ありがとう。」
僕もそう言った。そして笑った。
「メイちゃん。じゃあ頑張ろうか。」
メイちゃんはうなずく。そして僕の後ろにくっついて服をつかむ。
「メイちゃん。まずは階段だから。下りるよ。」
僕は階段を下りる。メイちゃんも僕に合わせて下りる。そしてゴール側から迷路を進む。
「メイちゃん。まずはコウちゃんたちがたどった道を進んで、階段があったら一度降りて第3エリアに移動。第3エリアの図面を完成させたらまた戻ってきて残った第4エリアの道を通って図面を完成させる。それでいいよね?」
「うん。お願いします。私はキュウちゃんを信じてついていくから。」
メイちゃんは僕にそう伝えて、また下を向いた。
「じゃあ、いきます。」
僕は右手で壁をさわって歩き出す。メイちゃんが僕に引っ張られ進む。さっきコウちゃんたちが進んだ道。この道をたどると階段の前に着くはず。僕の手にはさっきケンちゃんが作った図面がある。ケンちゃんが間違えることはないだろうからこの図面のとおりに壁があるはず。だから早足で歩けた。
「メイちゃん、左に曲がるね。」
僕はケンちゃんの図面を確認しながらメイちゃんに曲がり方を教えて進む。どんどん進む。そしてあっという間に階段の前に着いた。
「メイちゃん、ストップで。階段下りて第3エリアに移動するよ。」
メイちゃんが顔をあげたのを見てから僕は階段を下りる。その先には第3エリアまで続く廊下がある。
「メイちゃん、目をつぶっていいよ。」
後ろを見るとメイちゃんは目をつぶっていた。メイちゃんが僕を信じてくれることがうれしい。そしてそれが僕に自信と勇気をくれる。僕は怖がることなく暗い廊下を進んだ。
「メイちゃん。階段だから目を開けていいよ。」
メイちゃんが目を開けたのを見て、階段を上る。第3エリアに入った。
「メイちゃん、スタートで。」
僕は左手で壁をさわって歩き出す。左に右に曲がりながら進む。ケンちゃんの図面を確認しながら進む。するとそんなに時間をかけずに第2エリアとの境目に着いた。
「メイちゃん、止まるよ。」
僕はゆっくり止まりメイちゃんのノートを見る。第3エリアの図面は完成していた。タイマーを見るとあと4分。
「メイちゃん、戻ろうか。」
メイちゃんはうなずく。僕たちは来た道を戻り階段を下りる。そして廊下を進む。メイちゃんはさっきと同じように僕の服をつかんで歩いている…?何かおかしい。メイちゃんの歩くのが遅くなった気がする。もしかして…。
「メイちゃん、止まるよ。」
僕は暗い廊下の真ん中で立ち止まる。
「メイちゃん、目をつぶったままでいいから聞いて。もしかしてつらいんじゃない?」
メイちゃんは目をつぶったまま首を小さくうなずいた。
「ごめんね。もっと早く気づくべきだったね。」
メイちゃんは首を横に振った。でも首を振るたびに体もゆれているように見える。
「メイちゃん。僕にのって。ゴールまでつれていくから。」
メイちゃんが首を横に振っている。口も動かしてる気がするけど暗いからわからない。
「メイちゃん。のって!いいから。」
メイちゃんはまだ首を振っている。このままじゃここから進めない。こうなったら!
「メイちゃん。」
僕はメイちゃんの両手をつかんだ。僕の肩の高さまで持ち上げ、そのまま肩にのせる。そしてメイちゃんの目の前まで歩き頭をなでる
「つらいときは頼って。つらいときだけでいいから。」
僕は振り返り、メイちゃんの両腕をつかみ前屈みになる。するとメイちゃんの体は僕の背中にのる。僕はそのままの状態で歩き出す。普通におぶっているよりはつらい。メイちゃんを背中にのせているだけだから手の力を緩めると落ちてしまう。だから僕は痛くないくらいに力をいれてメイちゃんの腕をつかむ。メイちゃんを落とさないように気を付けながら僕はゆっくり歩いた。
廊下を進み階段に着いたとき、メイちゃんの腕が動いた。僕の首に巻き付くように交差する。メイちゃんが僕におぶられることを許してくれた。僕はメイちゃんの腕から手をはなし、両足をかかえた。メイちゃんの体が僕にぴったりくっついて安定した。
「メイちゃん。ありがとう。」
僕はそう言って階段を上った。やっぱり思ったとおり上りはつらい。足にくる。でも僕を頼ってくれたメイちゃんのためにも諦めるわけにはいかない。一歩一歩足を進め階段を上り終えた。
「メイちゃん、ノート見せて。行ってない道を確認するから。」
メイちゃんの右手が僕の背中に移動し、ノートを持って戻ってきた。メイちゃんが広げてくれる。
「じゃあ行ってないのはここから左手法で進む壁だけだね。メイちゃんは僕の背中でケンちゃんの図面を確認して。」
メイちゃんが頭を僕の背中にコツンとぶつけた。そしてノートが背中に戻る。
「じゃあ、いくよ。」
僕は左手で壁をさわっているつもりで壁に沿って歩いた。後ろからはメイちゃんが線をひく音が聞こえる。僕の背中にいても図面を作れるのなら、やっぱりメイちゃんの才能はすごい。左、右と曲がり回転ドアを足で動かして…。まっすぐ歩いているとメイちゃんが肩をたたいた。僕は立ち止まる。すると背中に指で字を書いた。
「そこまででいいよ。次の角を右に曲がって進めばゴールだよ。」
「うん。わかった。」
僕は言われたとおり次の角を右に曲がった。そして道なりに進み目の前の回転ドアを通った。すると目の前にはゴールの階段があった。タイマーはあと1分。
「メイちゃん。やったね。全部の場所歩けたよ。図面はどう?完成した?」
階段を上りながら聞くと、後ろからノートが出てきて開かれた。図面は完成している。これでメイズは完全にクリアできた。
「さすがメイちゃん。お疲れさま。」
そのとき、ノートの上にぽつりと水滴が落ちた。上を見ても水が落ちてくる気配はない。ノートを見るとまたぽつりと水滴が。ゆっくりと横を見るとそこには涙を流すメイちゃんの顔があった。
「メイちゃん?どうしたの?」
慌てて階段をかけ上がる。そしてゴール地点でメイちゃんを下ろした。
「メイちゃん。どうしたの?もしかして僕がつかんだの痛かった?それともどこか他に…。」
メイちゃんは首を横に大きく振った。
「ごめんね。また迷惑かけちゃって。」
「え?迷惑って?」
そう聞くとメイちゃんは僕の顔をじっと見た。
「今日はキュウちゃんの迷惑にならないようにしようと思ってたのに。今日はキュウちゃんを助けたかったのに。恩返ししたかったのに。」
そこまで僕に口を動かして伝えるとメイちゃんはしゃがみこんだ。流れた涙がぽつりぽつりと降りだしたばかりの雨のように床を濡らす。
メイちゃん。そんなこと気にしてたんだ…。
僕はそう思いながらメイちゃんの前にしゃがみそっと頭をなでた。
「メイちゃん。メイちゃんは頑張ったよ。メイズと、ミラーの第2エリアまでの図面を完成させたんだから。それで疲れちゃったのは仕方ないことでしょ?みんなより頑張った結果でしょ?気にしちゃダメだよ。」
メイちゃんは少しだけ顔をあげて首を横に振った。
「それならキュウちゃんはもっと頑張ったでしょ?ムーヴの攻略法を考え出して、パズルも解いて、一階のゲームも解いて。しかも私に気を遣いながら引っ張ってくれて。ムーヴでは手を痛めながら私を助けてくれて。私なんて。私なんて全然。」
メイちゃんはまた下を向いてしまった。小さく丸くなって震えるメイちゃんを見ていたらいてもたってもいられず、僕は右手で頭を押さえ左手をメイちゃんの背中にまわしぎゅーっと抱き締めた。メイちゃんがビクッと動いた。でも僕は力を緩めない。するとメイちゃんの手が僕の背中にまわった。そして僕に負けないくらいぎゅーっと抱き締めてきた。メイちゃんの体温を感じる。鼓動を感じる。それよりも僕の胸がメイちゃんの涙で濡れる。
「メイちゃん。メイちゃんの能力はみんなが頼りにしてるんだよ。メイちゃんがいなかったらメイズはクリアできなかったかもしれないんだから。そのことでみんなが『メイちゃんに迷惑かけてる』って思ってたら嫌でしょ?」
メイちゃんは小さくうなずいた。
「でしょ?だったら僕も同じだよ。僕は疲れたメイちゃんに頼られてると思ってる。迷惑だなんて思ってないから。今まで頼られたことなんてなかったからすごく嬉しいんだから。」
そこまで言ったとき、僕の目から涙がこぼれた。泣きたくなかったのに…。メイちゃんに気づかれないように止めたかったけどやっぱり無理だった…。メイちゃんが顔をあげた。そして僕の涙をふく。
「キュウちゃん。ごめんね。これは私のせいだよね?」
メイちゃんが頭をなでてくれる。僕もメイちゃんの頭をなでる。テレパスのときと同じだ。
「メイちゃん。みんながメイちゃんに頼って、メイちゃんが僕に頼って。僕がみんなに頼るからじゃんけんみたいなものだと思って。」
メイちゃんは小さくうなずく。そして笑顔に戻った。
「じゃあ、泣き止んだら戻ろうか。もう時間だから。」
「泣き止むのはキュウちゃんの方だよ。」
メイちゃんは両手で僕の涙をふいた。
「ごめんね。泣き虫で。昔からなんだ。」
「私は最後に泣いたのは半年以上前だよ。」
「そうなんだ。メイちゃんは強いんだね。僕は泣くのが恥ずかしいから。うらやましいかな。」
「私は泣けないのが辛かったよ。でも…。」
メイちゃんはそこで口を動かすのをやめた。
「メイちゃん?」
メイちゃんはすっと立ち上がり両手を僕の方へ伸ばした。僕はつかまって立ち上がる。
「また今度話すよ。いこう。」
メイちゃんは口を動かして笑った。僕はうなずく。橋を渡ろうとすると僕の手をメイちゃんがにぎった。僕の涙をふいてくれた小さなあたたかい手が。僕はやさしくにぎった。橋を渡る渡り終わってメイちゃんを見た。
「ありがとう。キュウちゃん。」
「僕の方こそ。ありがとう。メイちゃん。」
僕たちは手をはなして歩き出した。廊下を歩きメイズのドアを開ける直前、メイちゃんを見た。メイちゃんは笑って口を動かす。
「キュウちゃんに会えてよかった。」
「え?どういう意味?」
「また今度。」
メイちゃんはそう笑ってドアを開けて出ていった。僕はその言葉の意味がわからないまま、メイちゃんを追いかけた。




