第41話 ミラー
鏡、鏡、鏡。辺り一面鏡。こんなにたくさんの鏡をどうやって?と思うほどだ。縦横1メートルくらいの鏡が左右に並ぶ。ケンちゃんの言ってたとおりで鏡の中の自分の奥に自分がいる。クラクラする。
「メイちゃん、左手法でいくよ。」
メイちゃんがうなずく。僕はゆっくりと歩き出した。スタート直後こそ天井と床は普通だったが、曲がり角を曲がると上下にも鏡が現れて完全に鏡の中を歩くことになっていた。景色はどこまで進んでも鏡だらけだからかなりつらい。そして行き止まりも曲がり角もわかりにくいからゆっくり進むしかない。ときどきメイちゃんをチラッと見ると相変わらず真剣な顔で線をひいている。そしてノートの線を見る限り僕たちは迷路を進んでいるみたいだ。
メイちゃんが頑張ってるんだから、僕も頑張らなきゃ。
自分に何度もそう言い聞かせながら僕は進む。慎重に進む。ただ僕には一つ不安があった。それはタイマーが見当たらないこと。今までのテクニックやムーヴやメイズはどこかにタイマーがあった。少なくともどこかに見えた。でもこのミラーは文字通り鏡しかない。だから今どれくらい時間がたったかわからない。タイムアップになってしまったら…。かなり不安だ。
グイッグイ。
ふいに僕の服が引っ張られた。僕がチラッと後ろを見るとメイちゃんが顔をあげていた。
「止まるよー。」
僕はそう言ってゆっくりと止まった。メイちゃんはスピードを落としながら、しかも僕の顔を見ながらもノートに図面を書き続けていた。本当にすごい才能だと思う。
「メイちゃん。どうしたの?」
僕が聞くとメイちゃんはゆっくり口を動かした。
「あのね…。できたらでいいんだけど…。」
メイちゃんはそこまでで口を止めた。
「え?な、なに?なんでも言ってよ。」
僕がそう言うとメイちゃんは一度恥ずかしそうに下を向いた。そして少しして顔をあげて口を動かした。
「キュウちゃんの背中に頭をくっつけて歩いていい?」
頭をくっつけて…?僕にはなんでそうしたいのかもわからないし、なんでそれをためらうのかもわからなかった。
「う、うん。別にいいけど。どうして?」
僕が聞くとメイちゃんはゆっくり口を動かした。
「下を見てたら気持ち悪くなっちゃったから。だからキュウちゃんにくっついて歩けるなら目をつぶって歩きたいの。」
「うん。わかった。じゃあそれでいこう。」
メイちゃんは僕のその言葉を聞くと大きくうなずいた。そして頭を僕の背中にコツンとぶつけるようにくっつけた。メイちゃんの体温が僕の背中に伝わる。
あっ、確かにちょっと恥ずかしい…。
自分の顔が熱くなったことに気づく。でもそれ以上にメイちゃんに聞かなきゃいけないことに気づいた。
「メイちゃん。ちょっといい?」
僕がそう聞くとメイちゃんが顔をあげた。メイちゃんは頭をくっつけるために僕にぴったりくっついていた。だから僕の顔のすぐ目の前にメイちゃんの顔がきた。
これは…。さっき以上に恥ずかしい…。
「どうしたの?キュウちゃん。」
目の前のメイちゃんの口がそう動いて僕は我に返った。
「あっ、そうだった。メイちゃん時計貸して。あと何分にここに入ったかわかる?」
メイちゃんは僕を見てクスッと笑い、首に引っ掻けてあるひもに指をかけた。よく見ると笛の他にもう一つひもがある。そのひもの先には、なんとタイマーが。メイちゃんはそのひもをスーッと首からはずし、僕の頭から通した。
「10分でセットしたから。今が4分だからあと6分だね。」
「うん。わかった。じゃあ時間見て僕が判断するから。メイちゃんはそっちをお願いね。」
メイちゃんは小さくうなずき、僕の背中に頭をつけた。
「じゃあ出発するね。」
僕はゆっくりと歩き出した。メイちゃんも僕にぴったりくっついて歩く。左に曲がり右に曲がり。僕はときどき時間を見ながらできる限り早足でできる限り慎重に歩いた。
あと5分。そろそろ戻るかな…。
僕はタイマーを見てそう思った。そして次に曲がったらメイちゃんにそう提案しようと考えていた。そして左に曲がる。すると…、目の前にはドアがあった。
「メイちゃん。ドアがあるから。とりあえず開けてみる。」
僕はそう言ってドアを押した。そこはさっきまでの通路と比べると目の前の鏡までの間隔が広い。どうやら部屋のような場所についたみたいだ。僕は左手法でゆっくりまわってみる。左に曲がって少し歩き、右に曲がって長く歩き、右に曲がって少し歩き…。さっきまでと違い自分がどこから来たのかがドアを見ればわかる。と思ったら急に見えなくなった。目の前に鏡がある。さっきからずっと右手側に壁があるから、もしここが部屋ならたぶんその真ん中に柱みたいなものがあるんだと思う。歩いた先を右に曲がって少し、左に曲がって少し歩く。そこからさらに右に曲がって長く歩くとたぶんさっきのだと思うドアが見えてきた。メイちゃんのノートをチラッと見るとやっぱりここは四角っぽい部屋で見えるドアは入ってきたドアらしい。そのまま壁に沿って歩き僕たちは部屋を一周した。
「メイちゃん。止まります。」
僕はゆっくり止まった。そして後ろを見るとメイちゃんはまだ頭をくっつけている。
「メイちゃん。少し休憩しよう。」
僕の声でメイちゃんはゆっくり顔をあげて、その後ゆっくり目を開けた。メイちゃんの顔を見て僕はまたドキッとして少し固まった。
「どうしたの?」
メイちゃんが口を動かす。
「うん。ノートを見るとわかるけど、ここは部屋みたいなんだ。そして真ん中に柱みたいなものがあるみたい。」
メイちゃんはうなずいた。
「今の時間が3分。かなりギリギリ。でも真ん中の部分の形だけは知りたい。だから今回は今から真ん中をぐるっとまわってからまた左手法でスタートまで戻ろうと思う。いいかな?」
メイちゃんは大きくうなずいた。そして笑顔で口を動かした。
「キュウちゃんに任せるよ。だから私を引っ張っていって。線もいらなければストップって言ってくれればやめるから。」
「うん。わかった。じゃあ今からまた進むよ。線はスタートって言ったらひき始めて。」
メイちゃんはうなずいて頭を僕にくっつけた。僕はゆっくり歩き出す。そして部屋の真ん中に移動し、真ん中にある柱の鏡に左手をつけた。
「メイちゃん。左手法で一周するから。スタートで。」
僕は歩き出した。柱の形は少なくとも四角じゃない。部屋の形も四角っぽいけど四隅に柱があるような形だと思う。そんなことを考えながら歩いていくとどうやら一周したみたいだ。ここは鏡だらけの廊下と違い、目の前に鏡があってぶつかる心配がないからかなり早足でまわれた。
「メイちゃん。一周したからストップで。まっすぐドアに向かいます。」
僕は壁から手を離しまっすぐドアに向かった。そして左手を壁についた。
「メイちゃん。スタートで。あと二分だから早足でいきます。」
僕はドアから廊下に戻る。また頭がクラクラする。けど時間がないから急いだ。左手は壁をさわり、右手は正面に突き出した形で歩く。そうすると前に壁があった場合は右手がぶつかりそれで判断して曲がれるから。ただタイマーが見れないから少し怖い。だから焦る。
「まだか?まだか?」
右に左に曲がりながら、僕は呪文のようにそう唱えていた。そしてまたすぐ進んで右に曲がるとドアがあった。
「メイちゃん。ドアがあったから開けるよ。」
僕はドアを開けた。広い空間だ。すぐ右側にはさっき解いたパズルの台がある。
「メイちゃん。無事に戻ったよ。もう大丈夫だよ。」
メイちゃんはゆっくり顔をあげてゆっくり目を開けた。それと同時に僕の首にかかったタイマーがピピピピッと鳴った。
「よかった。間に合って。水浸しになってメイちゃんが濡れたらどうしようかと思った。」
メイちゃんは僕の服をはなし、僕の前にまわってきた。
「キュウちゃん。お疲れさま。そしてありがとう。おかげで集中できたよ。」
メイちゃんはニコッと笑った。
「メイちゃんもお疲れさま。おかげでミラーの中が少しわかったよ。」
僕もそう言って笑った。そして僕は聞いてみたかったことを聞いてみた。
「メイちゃん。どうして僕をそこまで信じてくれるの?」
メイちゃんは驚いた顔で僕を見て、そして口を動かした。
「わからない。ただ、キュウちゃんだからだと思う。キュウちゃんだから信じられるんだと思うよ。」
「そうなの?そんなに信じていいの?」
僕がそう聞くとメイちゃんはうなずいた。
「いいの。キュウちゃんだからいいの。」
そう口を動かしてからメイちゃんは何かに気づいて手をあげた。メイちゃんの見てる先にはテレパスの部屋のドアがあり、そこからみんながちょうど出てきたらしい。
メイちゃんは何で信じてくれるんだろう?
僕はそれが全くわからないまま、みんなに向かって手を振った。




