第33話 川の近くの木
「あら食べ終わったの?」
「うん。ごちそうさまでした。」
僕とメイちゃんは手を合わせた。そして食器を台所に運んだ。涙は止まっていた…。というよりおばあちゃんが電話をしにいってから戻るまでにずいぶん時間があった。むしろおばあちゃんが気をつかって居間に入らなかったのかと疑えてしまう。
「午後はどうするの?遊びにいくの?」
おばあちゃんが僕に聞いた。
「うん。みんなと約束があるんだ。」
僕が答えるとおばあちゃんが笑った。
「いい友達ができてよかったね~。たくさん遊んでらっしゃい。お金はみんなでアイスでも食べなさい。」
「うん。ありがとう。そうするよ。」
僕はそう答えてからメイちゃんを見た。
「メイちゃん。そろそろいこうか?」
メイちゃんはうなずく。僕のせいで泣かせてしまったから、今の笑顔を見るとほっとする。
「じゃあ、おばあちゃんいってきまーす。」
「いってらっしゃい。」
おばあちゃんは僕を見てそう言ったあと、メイちゃんを見て笑った。
「モトムちゃんをよろしくね。仲良くしてあげてね。」
おばあちゃんの言葉に対してメイちゃんは笑顔で口を動かした。僕の角度からは何て言ったかわからなかった。
「はい。また遊びに来てね。待ってるよ~。」
おばあちゃんは笑ってそう答えた。メイちゃんは僕を見て「いこう。」と伝えた。僕はうなずいた。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
おばあちゃんはわざわざ玄関まで来てくれた。僕とメイちゃんは手をふって家を出た。そして自転車にまたがって…。
「メイちゃん。午後はどこいく?」
僕はメイちゃんに聞いた。全く予定を立てずに家を出たから次の目的地も決まってない。メイちゃんは笑顔で口を動かす。
「あと一つだけキュウちゃんと一緒に行きたいところがあるんだけど。そこでいい?」
「うん。もちろん。」
僕は笑顔で答えた。メイちゃんは笑顔でうなずくと自転車を走らせた。僕もついていく。まっすぐ走り、左に曲がり。メイちゃんの自転車は町に入った。さすがに昼間だから車が多い。メイちゃんも僕も気を付けながら進む。メイちゃんは道路を右に曲がり、橋を渡り、右に曲がり土手を走り…。
メイちゃん、家に一旦帰るのかな?
僕がそう思っていると、メイちゃんは家には向かわずそのまま土手を進んでいく。そして家みたいな建物のそばで自転車を停めた。メイちゃんたちの家から5分くらいの場所だ。
「メイちゃん。目的地ってここ?」
僕は自転車を停めてメイちゃんに聞いた。するとメイちゃんは川の方を指差した。
「あっち。あの木だよ。」
メイちゃんの指差す先、緑が鮮やかな河川敷に大きな木が二本立っていた。メイちゃんはゆっくりと河川敷に続く階段を下りていく。僕もメイちゃんのとなりに並んで一緒に下りていった。河川敷を覆うような植物の緑。そこに芝刈機で刈って作ったような一本の道があり、二本の木がある方へまっすぐ続いている。メイちゃんはゆっくり木に向かって歩いた。道は途中で二つに分かれ、それぞれの木に向かってのびていた。
「前に見える木が町のシンボルにもなってる木。左にあるのも同じ種類の木。」
メイちゃんがそう口を動かした。そして左の木に向かって歩いていく。そして木を下から見上げた。
「メイちゃん。好きなんだね。この木。」
僕がメイちゃんに聞くとメイちゃんはうなずいた。
「私はこっちの木の方が好きなんだ。例え町のシンボルじゃなくても。」
メイちゃんは木の下に座った。下にはウッドチップが敷かれていた。僕もとなりに座る。メイちゃんが口を動かした。
「この木は昔からここにあって、雨にも風にも雪にも負けずにここに立ってるんだって。もちろんあっちの木も。すごいよね。」
「うん。すごい。立派だよね。ずっとここにあるって。」
僕はそう答えた。もし僕が木だったとしたら一年も持たずに倒れてしまうと思うから。
「私はこっちの木みたいになりたいんだ。注目もされずに、ただそこに立っているだけの木に。それでもいろんなことに耐えてまっすぐ伸びていけるそんな木に。」
メイちゃんはそう口を動かした。でも見ているのはなぜか向こうの木だった。メイちゃんが僕の方を見た。そして口をゆっくり動かした。
「キュウちゃん。私に質問してもいいよ。今なら、この木の下でなら。あとキュウちゃんの質問になら答えられる気がするから。」
メイちゃんが真剣な眼差しで僕を見た。ここに来てからメイちゃんは寂しそうな顔をしている。悲しそうな顔をしている。僕は聞きたいことはたくさんある。でもこんな今のメイちゃんに僕が聞けることは何もなかった。
「メイちゃん。2時くらいまでのんびりしよう。そのあとメイちゃんたちの家で最後の調整をして、アメイズにいこう。」
「キュウちゃんはやさしいね。」
メイちゃんはそう口を動かしてから木に寄りかかり目を閉じた。僕も真似して寄りかかって目を閉じる。風がまわりの草木をゆらして音をたてる。木が夏の直射日光から守ってくれている。すごく心地よい。気づくととなりからはスー、スーという音が。メイちゃんはまた寝てしまったみたいだ。僕もメイちゃんの寝息を聞いていたら眠くなり、そのまま眠った。
どれくらいたったのかわからない。意識がなくなったのは確かだけど…。メイちゃんを見るとまだ寝てるみたいだ。でも手に時計を持っているところはメイちゃんらしい。僕は時計を見た。時間は2時20分。ここから山の下まで10分、アメイズへの坂道に一応20分とっておくとして3時には出発したいから…。
「メイちゃん。そろそろ起きましょう。」
僕の声でメイちゃんが目を開けた。そしてぐーっと体を伸ばす。
「一時間後にアメイズだから、メイちゃんたちの家で少し練習しようと思って。」
メイちゃんはうなずいて笑顔になった。二人そろって立ち上がり土手に向かって歩き出す。風で木がザアーッと音をたてた。メイちゃんは振り返り「また来ます。」と口を動かした。
「また来ようね。」
僕がそう言うとメイちゃんが驚いた顔で口を動かした。
「今の、よくわかったね。」
「もう何度も見てるから。メイちゃんの口の動き。だからかな。」
僕が笑ってそう答えるとメイちゃんも笑ってうなずいた。
階段を上って自転車で走り出す。少し走るとセイちゃんの家が見えてきた。土手を右に下りて自転車を停める。メイちゃんはストラックアウトの方へ歩いていく。
「すいませーん。おじゃましまーす。」
僕は中に聞こえるくらいの声でそう言った。誰も出てこない。どうやら家には誰もいないみたいだ。僕はメイちゃんのそばまで歩いていった。メイちゃんは的を用意してから家の裏にまわり、ボールを入れたかごを持って戻ってきた。
「じゃあ、本番のつもりで…。」
メイちゃんはノートを用意してうなずいた。
「いきます!」
僕はボールを持って投げる。またボールを持って投げる。それを繰り返すこと10球。的はボールに当たって全部地面に落ちた。
「一回ミスしたね。もう一回やってみるよ。」
僕はボールを集める。メイちゃんは的を直す。そしてまたやってみる。二回目も10球、三回目は9球で完璧。十回繰り返してみたけど、少なくとも15球以内で全部の的に当てることができている。
「メイちゃん。いけるよね?ムーヴ。クリアできるよね?」
メイちゃんは笑顔でうなずく。
「メイちゃん。今何時?」
メイちゃんは走ってきて時計を見せる。2時50分。出発するのにちょうどいい時間。
「メイちゃん。片付けしていこうか。」
メイちゃんはうなずいて的を直し始めた。僕もボールをかごに入れて家の裏に運ぶ。そこには大きな物置があった。メイちゃんが扉を開けて片付ける場所をジェスチャーで示す。僕はそれに従ってかごを定位置に戻した。物置を閉めて庭を出て自転車に乗る。メイちゃんも僕の横に並ぶ。
「メイちゃん。いこう!アメイズ!ムーヴ攻略に!」
僕はアニメのキャラみたいにそう言った。
「おー。」
メイちゃんは右手を上に突き上げて、口を動かした。たぶん僕の変なノリに合わせてくれたんだと思う。
「いこうか。」
僕は恥ずかしそうにメイちゃんに言った。メイちゃんはうなずいた。そして僕たちは自転車を走らせた。今日何度も通った土手、橋を通って。
「クリアしないと。頑張らないと。」
僕が呟くとメイちゃんは「絶対大丈夫。」と口を動かした。
頑張ろう。集まってくれる仲間のために。僕を信じて練習に付き合ってくれたセイちゃんとメイちゃんのために。




