第32話 僕たちの昼食
「メイちゃん。今何時かわかる?」
メイちゃんに時間を聞いた。それがゆっくり歩いて話しかける言葉に迷った結果、やっと僕の口から出た言葉だった。メイちゃんはリュックの中からキーホルダーを取り出した。それにはいくつかの鍵と十徳ナイフみたいなもの、そしておもちゃみたいな小さな時計がくっついている。メイちゃんは時計を持って僕に見せた。時計は11時を差していた。
「メイちゃん。お昼どうする?」
ようやく顔の火照りもとれて落ち着いたので、僕はメイちゃんの方を見た。メイちゃんも「どうしよう?」と僕を見た。メイちゃんも僕もようやく普通の状態に戻った。
僕たちは昨日の坂道の途中に曲がる道があったのでそっちに曲がってみた。その道はサイクリングロードだったみたいで舗装された道路がアップダウンを繰り返していた。たぶん自転車が来ることもないと思い僕たちは空を見たり森の木々を見たりしてのんびり歩いていた。僕が時間を聞いたのは道がどこまで続くのかわからなかったことと、『12時前に連絡します。』とセイちゃんのお母さんに言ったことを思い出したからだった。
メイちゃんはどこでお昼にするか真剣に悩んでいる。僕も悩みたいところだけどこの町のことはほとんど知らないから悩むこともできない…。僕が知ってるのはパン屋さんとその近くにあった定食屋さんくらい。あとは…。
「メイちゃん。うちに行こうよ。昨日はセイちゃんちでごちそうになったから。今日は僕の家で。どう?」
僕の提案にメイちゃんは少し驚いたみたいだ。
「でも、迷惑じゃない?」
メイちゃんの言葉に僕は首を振った。
「大丈夫だよ。おばあちゃんはいつも12時に作り始めるから。」
「でも料理の材料とか足りなかったら…。」
メイちゃんが不安そうに聞いた。
「大丈夫だよ。野菜は畑に僕が取りにいくから。安心して。」
メイちゃんはまだ悩んでいるみたいだ。でも話してるうちにサイクリングロードは終わり、僕たちが行きに入った遊歩道のすぐそばに出てきた。坂を下れば僕たちの自転車があるはず。
「メイちゃん。まず僕の家に行ってみようよ。おばあちゃんに聞いてみて、万が一ダメだったらそのときまた考えよう。」
僕のどこから出たかわからない粘り強さに負けたのか、メイちゃんはうなずいた。
「でも、無理に頼んだらダメだからね。」
メイちゃんは僕にそう念を押した。僕は何度もうなずく。そして僕たちはあっという間に自転車を置いた図書館前に戻ってきた。僕たちは自転車に乗り走り出す。帰りは下り坂だから楽だけどこわい。この道は車が多いから、僕たちはゆっくり下った。坂を下りきったら右に曲がりずっとまっすぐ。その先で右に曲がりさらにまっすぐ。畑のトラクターを横目に見ながら走った。メイちゃんは不安そうな緊張しているような顔をしている。僕は何度も「大丈夫だよ。」と言った。
「ただいま。」
僕が家のドアを開けるとおばあちゃんが中から顔を出した。
「おかえり。お昼はうちで食べるのね。今準備するね。」
「あ、そのことなんだけど。」
家の奥に行こうとするおばあちゃんを呼び止めた。おばあちゃんが振り返る。メイちゃんは自転車を停めて僕の横に立って深々とお辞儀をした。
「メイちゃんっていうんだ。昨日も来たでしょ?今日一緒に遊んでて、」
「あらあら。どうも。モトムちゃんがお世話になって。お昼すぐに用意するからね。モトムちゃん。あがってもらって。」
おばあちゃんは説明不要という感じで僕たちにそう言うと家の奥に消えた。
「ね。大丈夫だったでしょ?」
そう言って僕がメイちゃんを見ると、メイちゃんは小さくうなずいた。二人で家にあがる。メイちゃんを居間に案内するとすでに麦茶が用意されていた。二人で座って飲んでいるとおばあちゃんが僕を呼んだ。
「モトムちゃん。トマトとナスとってきてくれる?」
「はーい。ちょっと待って。今いくから。」
僕が立ち上がるとメイちゃんが僕の袖をつかんだ。
「私も行きたいな。一緒についてっていい?」
もしかしたら一人でいるのが不安なのかも…。それともただ畑が見たいのかも…。
「じゃあ行こうか。」
いろいろ考えてみた上で僕はメイちゃんに言った。メイちゃんは笑顔でうなずき立ち上がった。
「おばあちゃん。二人で畑に行ってくるね。」
僕はそう言ってメイちゃんと一緒に畑に出た。メイちゃんは目を輝かせながらキョロキョロしている。
やっぱり、こっちにずっと住んでたわけじゃないのかな…。
僕はそんなことを考えながらもメイちゃんに野菜のとり方を教えた。メイちゃんはうれしそうに野菜をかごに入れていった。
「おばあちゃん。とってきたよ。」
居間に戻った僕たちはおばあちゃんに野菜を渡した。
「じゃあモトムちゃんご飯よそって。今野菜を炒めちゃうから。」
僕がご飯をよそうとメイちゃんが横で手を差し出した。僕はメイちゃんにご飯を渡す。メイちゃんはそれを運ぶ。
「あら。手伝ってもらってわるいわねー。」
おばあちゃんがそう言うとメイちゃんは首を横に振って笑った。メイちゃんが手伝ってくれたおかげであっという間に準備が終わった。そこにちょうどいいタイミングでおばあちゃんが野菜炒めを運んできた。
「いただきます。」
おばあちゃんが手を合わせて言った。
「いただきます。」
僕とメイちゃんも手を合わせた。みんなで食べ始める。僕は食べながらメイちゃんをちらっと見た。すごく美味しそうに食べているのを見てほっとした。そして僕はあることを思い出した。
「メイちゃん。電話するの忘れてた。12時前に電話するって言っちゃったから電話しないと。電話番号教えて。」
メイちゃんはノートに番号を書いて僕にノートごと渡した。僕は玄関前の電話へ急いだ。時計を見ると11時45分。なんとか12時前ではあるはず。
「はい。もしもし。」
セイちゃんのお母さんの声だ。
「あ、名園です。」
僕は慌てて名字を名乗ってしまった。
「あ~、キュウちゃんね。お昼どうすることにしたの?」
「僕の家で食べることになりまして、今食べてます。」
「あらあら。わるいわね~。」
僕はセイちゃんのお母さんと話している最中にさらに重要なことを思い出した。
メイちゃんしゃべれないのにおばあちゃんと二人で大丈夫かな?あっ、ノートも僕が持ってるし。どうしよう…。
そんなことを考えているとセイちゃんのお母さんが僕に言った。
「キュウちゃん。おばあさんにかわってもらえる?挨拶とお礼が言いたいから。」
すごい助け船だ。僕の考えを読まれているみたいだった。
「すぐかわります。ちょっと待っててください。」
僕は受話器を置き、居間へ急いだ。本当は電話を持って行きたいけど、おばあちゃんの家の電話は昔ながらのダイヤルを回すタイプで電話線の長さにも限界があるため諦めた。僕が居間に入ろうとしたとき、おばあちゃんの声が聞こえてきた。
「そう。三人兄弟の末っ子なの~。」
「え…?どうして…?」
おばあちゃんがメイちゃんと話をしている。でも、どうやって…?僕が居間に入るとおばあちゃんとメイちゃんがこっちを見た。
「どうしたの?不思議そうな顔して。」
おばあちゃんが僕に言った。
「おばあちゃん。メイちゃんが言ってることわかるの?」
僕がそう聞くとおばあちゃんは笑った。
「歳だから耳が悪くてね~。そのかわりに口の動きで相手の話していることがわかるんだよ。」
さらにこう続けた。
「それに最初の頃のモトムちゃんの方がよっぽど難しかったのよ。口をあまり開けずに話すから。メイちゃんの方がはっきり伝えてくれてるよ。」
「そうなんだ…。」
僕はほっとした。メイちゃんとおばあちゃんが仲良く話ができたことに。でも少しショックだった。メイちゃんの言葉がわかるのは僕だけだと思ってたから…。
「モトムちゃん、どうしたの?そんなところに立って。」
おばあちゃんにそう言われて僕は我に返った。
「あっ、セイちゃんのお母さんがおばあちゃんに電話かわってほしいって。」
「あら。大変。」
おばあちゃんは急いで居間を出ていった。僕はメイちゃんの横に座った。
「やさしいおばあちゃんだね。」
メイちゃんがそう口を動かす。僕はうなずく。
「メイちゃんは三人兄弟なんだね。知らなかった…。」
僕がそうつぶやくとメイちゃんが口をゆっくり動かした。
「キュウちゃんもやさしいね。聞きたいことたくさんあったはずなのに、聞かないでくれて。我慢してくれてたんでしょ?ありがとう。」
僕は体の中が熱くなるのを感じた。メイちゃんが僕をわかってくれてたことに…。僕が聞かないで我慢してたことに…。僕の目から涙がこぼれた。あわてて止めようとしたけど、もうダメだった。恥ずかしい…。こんなことで泣いている自分が恥ずかしい。でも抑えていた何かが壊れてしまったみたいで止めようがなかった。僕の頭をメイちゃんがそっとなでた。メイちゃんを見ると、メイちゃんの目から涙がこぼれ落ちるのが見えた。
「ごめんね。メイちゃんが悪いんじゃないよ。僕が勝手に泣いてるんだから。」
僕がそう言うとメイちゃんは首を横に振った。
「ごめんね。我慢させちゃって。ごめんね。私話すから。ちゃんと話すから。」
僕はうなずいた。メイちゃんもうなずいた。
「食べよう。お昼。」
メイちゃんに促され僕は食べた。メイちゃんも食べた。味がわからないけど冷めてはいなかった。
知りたい。メイちゃんのことをもっと…。




