第29話 攻略の糸口
コケコッコー。
目覚ましのように鳴くニワトリも今日は声が小さい気がする。僕がもうエサをやったからエサを食べることに夢中だ。
「おはよう。おばあちゃん。」
家から出てきたおばあちゃんは僕を見て驚いた。
「あら。モトムちゃん。今朝は早いのね。昨日は帰るの遅かったのに。」
「うん。早く起きたから。トマトとナスとピーマンはもうとったよ。あと卵も。何すればいい?」
「あらあら。もう仕事がないわね。じゃあ、庭の花に水をやっておいて。おばあちゃんは朝御飯を作るから。」
「はーい。」
僕は水をやりながら空を見た。雲ひとつない青空だ。僕は大きく息を吸い込んだ。
「モトムちゃん。もう食べるの?」
おばあちゃんが僕に聞いた。それもそのはず。まだ5時40分。いつもならまだ畑にいる時間だ。
「うん。6時から昨日の友達の練習に付き合いたいんだ。いただきます。」
僕はそう言いながらも食べ始めた。
「あら、そうなの?ずいぶん仲良くなったのね。」
おばあちゃんもそう言いながら食べ始めた。
「うん。だから今日も出掛けるね。ごちそうさま。」
僕はそう言って食器を台所に運んだ。
「お昼はどうするの?食べてくる?」
「うーん。食べてくるなら電話するよ。」
「そう。じゃあ、これ一応お昼代ね。」
おばあちゃんは財布から千円札を取り出して僕に渡した。
「うん。ありがとう。いってきまーす。」
「いってらっしゃい。気をつけてね。」
僕は勢いよく家を出て自転車にまたがった。そして急いで出発する。6時には間に合わないけど少しでも早く着きたいから。そして昨日の夜に思い付いたことを試したいから。
昨日の夜。僕はみんなを見送った後、おばあちゃんと少し話をしてから風呂に入った。『体をマッサージすると疲れがとれる。』とセイちゃんのお父さんが言っていたので念入りにやった。手を見るとところどころ皮がむけている。たぶん慣れない運動をしたせいだと思う。風呂から出るとおばあちゃんはすでに寝ているみたいで電気が消えていた。僕は音をなるべくたてないように階段を上がり部屋に戻った。そして布団に横になりながらメイちゃんのメモを見返した。
確かに上の段は当てられてる。真ん中もそれなり。でも下の段はひどい。ほとんど当たっていない。メモを見ると的の前でバウンドしたのを『バ』と表記さているみたいだけど、その『バ』の数はかなり多い。
「何で上は当たるんだろう…。」
僕はそう呟いてから体を起こし、投げる真似をしてみる。上の段に投げるイメージをしてみると体のあちこちが痛い。下の段をイメージして投げる動きをすると痛いところと痛くないところがあることに気づいた。
「何が違うんだろう?」
僕はまた横になり、メモを見た。このメモでは僕がどこをねらった結果どこを当てたかはわからない。でもメイちゃんは5球おきに的を直していた。だから5球までは当てた的は外れたままのはず。
「2、5、バ、4、バ。1、4、バ、3、5。」
僕は呪文のように読みあげた。そして気づいた。
「上段と中段を当てたあとはバウンドさせてる。たぶん一番下をねらってるからだ。でも何でバウンドさせるんだろう?」
僕はまたメモを見ながら目をつぶった。僕の投げたボールの飛ぶ先をイメージする。
「あれ?的の上を越えたときは何てメモされてるんだろう?」
僕はその表記をメモの中から探した。
「ない。ってことは…、僕の力では的を越えることはないのか。力ないなー。……!」
その瞬間、僕は一つの法則を思い付いた。それが正しければ、なぜ的の上の段は当たるのかがわかるはず。
よし。やってみよう。明日試してみよう。
その後、僕は死んだように眠ってしまった。目覚めたとき、窓の外は明るく時計は5時をまわったところだった。
僕の自転車は出したことのないスピードで町を走り抜けた。車に注意すれば、人はほとんど歩いていない。昨日の記憶を頼りに道を曲がり橋を渡る。風が気持ちいい。僕の実家近くの川の両側は公園みたいにきれいに整備されているが、ここには自然があふれていた。橋を渡って右に曲がり土手を走るとセイちゃんの家が見えてきた。土手を左に下りて自転車を静かに停める。そしてそーっとのぞくとセイちゃんが見えた。時間は6時を少し過ぎた頃。すでにボールを投げていた。
「おはよう。セイちゃん。」
僕はセイちゃんに聞こえるくらいの小さな声でそう言って静かに庭に入った。
「おう!おはよう!本当に来たんだな!」
僕の気遣いは無用だったと言わんばかりにセイちゃんが大きな声で僕に挨拶をした。
「そんな大きな声を出したら家族のみんなやメイちゃんが起きちゃうよ。」
僕があわてて小さな声でそう言うとセイちゃんは大きな声で笑った。
「大丈夫。すでにみんな起きてるから。うちの両親とあたしは5時からのジョギングが日課だよ。ほら。見てみな。」
セイちゃんの指差す先にはセイちゃんのお母さんがお茶を飲みながら手を振っていた。
「ちなみに父ちゃんは中学の部活の朝練を見に行った。サッカー部の顧問だから。」
「すごい。先生だったんだ。だから昨日のアドバイスもすごかったんだね。」
セイちゃんはお父さんを誉められたのが嬉しかったのか照れながら笑った。すると家の方からパタパタと走る音が聞こえた。見るとメイちゃんが走ってきていた。
「メイはいつもは起きないくせに、今日に限ってはあたしたちのジョギングを見送る始末だよ。」
メイちゃんは少し恥ずかしそうだ。
「メイちゃん。おはよう。」
僕が挨拶するとメイちゃんも笑顔で頭を下げた。そして「おはよう。」と口を動かした。
「よし。挨拶はそれくらいにして、昨日のメイのメモとかで何かわかったのか?」
セイちゃんが僕に聞いた。僕はうなずく。
「ちょっと見てて。まずは2番に当てるよ。」
僕は的の前に立ち、ボールを持った。そして昨日練習したスローインの投げ方でボールを投げる。ボールは2番の的に当たった。
「おー。宣言通り!」
セイちゃんとメイちゃんが拍手した。
「次は1番。」
僕はそう言って左に少し歩き1番の的の正面に立った。そしてボールを投げる。ボールは1番に当たった。
「おー。すごいな。」
二人はまた拍手した。
「次は3番ね。」
僕はそう言って3番の正面に立ってボールを投げた。ボールはしっかりと3番に当たった。
「何でだ?昨日の今日で何で宣言通りに当てられるようになったんだ?」
セイちゃんは驚いて僕に聞いた。僕はポケットから昨日のメモを取り出して二人に見せた。
「このメモを見てわかったんだ。僕には力がないって。だから的の上はよく当たるんだよ。」
「キュウ。さっぱりわからん。力がないから的に当たる?どういうことだ?」
僕は笑って説明を続けた。
「つまり僕はあの投げ方でここから思いっきり投げると的の上の段にちょうど当たるんだよ。だから正面に立ってまっすぐ思いっきり投げると正面の的の上の段に当たるってわけ。あのストラックアウトは投げる場所が決まってないはずだから、これで上の段は大丈夫なはずだよ。」
「すごい!キュウ。あんたすごいな!力がないことを利用するなんて考えられないぞ!普通。」
セイちゃんは僕の肩をバシバシ叩きながら言った。
「うん。僕もそう思う。ただメイちゃんのメモを見てたら、力も運動神経もない僕だから考えられることもあるのかなって思ったんだよ。」
「いや、でもすごい。今までそんなこと考えなかったけど、初めてだよ。運動神経のないやつを運動の分野で尊敬したの。」
セイちゃんは僕にそう言ったあと何かに気づいたように、
「あ、そうでもないか。二人目か。」
と、つぶやいた。
「キュウちゃんすごい。すごいよ。」
僕が横を見るとメイちゃんが満面の笑みで口をそう動かした。
「よし。キュウ。次は真ん中の段だな。」
セイちゃんがそう言って僕にボールを渡した。僕は的の真ん中の正面に立った。
「一応、4と6は当たる気がするから。やってみるね。」
僕はそう言ってボール を投げた。ボールは4番に当たった。僕はセイちゃんから次のボールを受け取り、そして投げた。ボールは6番に当たった。
「あと5番も当たるはず。ボールちょうだい。」
僕はボールを受けとると左側に少し歩く。1番を当てた場所に立った。そして5番に向かって投げた。ボールは見事に5番に当たった。
「すごい!これはどういう理屈なんだ?」
セイちゃんはすごく驚いて興奮している。
「さっきのと同じ理由だよ。真っ正面に投げると上段の的に当たるけど斜めを向いて投げるとその分だけ下に落ちるから中段の的に当たるんだ。これもメイちゃんのメモを見て思い付いたよ。」
「なるほど。だから5番をねらうのにわざわざ左にずれたんだな。考えたなー。」
セイちゃんは腕を組んでうなずきながら言った。
「あとは一番下の段を当てる方法が思い付けばいいんだけど…。」
僕はボールを拾って投げてみる。ボールは中段を通り抜けていく。次のボールを投げてみると今度は届かずにバウンドした。
「僕のこの方法は思いっきり投げて初めてうまくいくから。力を抜くと当たらないんだよ。」
僕はそう言って頭をかいた。
「でも、そこまでやったらあとは『数うち当たる』でいいんじゃないのか?」
「うーん。いいのかな?明日とかならいいと思うけど、今日みんなに集まってもらうなら『数うち当たる』はまずい気がするよ。」
「そっかー。確かにそうかもだなー。」
僕とセイちゃんは腕を組んで悩んでいた。すると僕の肩をメイちゃんがトントンとたたいた。
「どうしたの?メイちゃん。」
僕が振り向くとメイちゃんはノートを開いて僕たちに見せた。ムーブの中の様子が細かく描かれている。そしてメイちゃんはストラックアウトの絵を指差した。
「ストラックアウトだな。これがどうしたんだ?メイ。」
セイちゃんがメイちゃんにそう聞いた。僕もわからないからメイちゃんの指差す先を注意深く見る。そして気づいた。
「メイちゃん。本当にこうなってた?」
メイちゃんはニコッと笑ってうなずく。
「メイちゃん!これ、ここに再現できる?なるべく正確に!」
メイちゃんはうなずく。そして地面に足で線を引き始めた。
「おい!なんだ?説明してくれ!」
セイちゃんが僕に向かって聞いた。
「まずはメイちゃんが完成させるまで待とう。たぶんメイちゃんならそんなにかからないから。」
「ああ。わかった。」
メイちゃんは真剣な表情で的や僕が投げていた位置を見て、足で線をひく。定規も使わないのに本当にまっすぐで正確な線。それがどんどん増えていく。
「メイちゃん。そこまででいいよ。」
僕の声を聞き、メイちゃんが止まった。少しフラッとしたように見えたが僕がそばにいこうとしたら口を「大丈夫。」と動かして笑った。
「これなんなんだ?マス目みたいなの。これで何がわかるんだ?」
「ちょっと見ててね。やって見せるから。」
僕はボールを全部足元に集めた。メイちゃんは的を全部はめて、僕の方を見てうなずいた。僕はボールを拾って投げる。次のボールを拾ってまた投げる。それを繰り返した。そして9個のボールを投げたとき、数字の書かれた的は全て地面に落ちていた。
「す、すごい!完璧じゃないか!いけるぞ!これ!」
僕とメイちゃんもうなずく。そして僕はセイちゃんに言った。
「セイちゃん。みんなに3時30分アメイズ集合って連絡して。」
「よし!わかった!」
セイちゃんは走って家の中に入っていった。
「メイちゃん。もう一度やりたいから準備しよう。」
メイちゃんはうなずいて的の方に走った。僕もボールを集めていく。
いける!これでムーヴをクリアできる!
僕は自分にそう言い聞かせたあと、メイちゃんに大きな声で聞いた。
「メイちゃん!いけるよね?この方法で。」
メイちゃんは笑顔で大きくうなずいた。それを見て僕も大きくうなずいた。




