第2話 山の上の館
「え?何?どうしたの?助けるって?」
僕は慌てた。たぶん僕じゃなくても同じだと思う。知らない女の子に袖を引っ張られ、しかも助けを求められたら…。彼女は左手で僕の袖をつかんだまま辺りを見回した。そして次の瞬間、
ピー!ピー!ピー!
突然、金属のリコーダーのような楽器を吹いた。どこから出したのかと思ったけど、どうやら首にかけていたみたいだ。僕はただただ呆然と彼女を見ていた。
「メイ!どうした?」
「何かあった?」
「何事~?メイちゃんが集合をかけるなんて。」
リコーダーのような楽器の音を聞き、テントに人が集まってきた。テントの裏の方から二人、祭りの会場の人混みから二人。 みんな僕と同じくらいの子供だった。そして会場にいる他の人は全く気にしていないのでどうやら仲間を集める合図だったらしい。集まった仲間たちが僕と彼女を交互に見る。みんなの不思議そうな目線の先が僕なのか僕の袖を掴んだ彼女なのかはわからない。彼女は右手に鉛筆を取りノートに大きな文字で、
「この人が解いたよ。これ全部。」
と書いた。それを見た瞬間、彼女の仲間の顔色が変わった。
「ホントに?これ全部この人が?」
眼鏡をかけ、いかにも勉強ができそうな感じの男の子が解けたパズルを持ち上げながら言った。
「すげー。しかもこの短時間でだろ?」
かっこいい男の子は、彼女がノートに書いた僕のクリアタイムを見ながら言った。
「すごいね~。私なんて全然解けなかったのに~。」
長いサラサラの髪、優しそうな感じの女の子が微笑んだ。
「あたしなんかもう少しで叩き壊そうかと思ってたくらいなのに。」
短い髪に焼けた肌、体育会系にしか見えない女の子もパズルを手に取りながら笑う。僕のとなりにいる女の子は仲間の方を見ながらニコッと微笑んだ。そしてこっちを見て、何かに気づいたかのように僕の袖を離した。
この子の仲間か…。何の グループなんだろう?
僕はとなりにいる女の子に質問をしようとした。しかし僕が質問するよりも僕への質問の方が早かった。
「っていうより、まずこの子は誰?」
「歳は同じくらいに見えるけど、うちの学校じゃないよね~?」
「それよりもまず名前を聞くべきだと思うよ。」
僕への質問よりも僕に質問することへの質問になってきていると僕が思ったそのとき、
「それより、まだ間に合うんじゃないか?」
かっこいい感じの男の子が言った。
「もう45分だよ。厳しいよ。」
時計を見た眼鏡の男の子が答えた。
「自転車で全力で走れば5分!10分あれば一回できるだろ!」
「コウちゃんの全力と私の全力は違うよ~。」
かっこいい男の子のさらなる提案に長い髪の女の子が反論する。どうやらあの男の子は「コウちゃん」というらしい。
「いや、頑張ればなんとかなる。というよりコウは言い出したら聞かないんだし。モタモタしてたらできることもできないだろ。」
「さすがセイはよくわかってるな。決定~!全員ダッシュ!」
体育会系っぽい「セイ」と呼ばれる女の子がコウちゃんと呼ばれる男の子の意見に賛成したことでどうやらどこかわからないとこれ行くことは「決定」になったらしい。このグループは多数決よりこの二人の決定が優先されるのだろうか?するとコウちゃんと呼ばれる男の子が僕の方を見て言った。
「20分くらい時間くれ。連れていきたい場所があるから。いいか?」
彼から「純粋」や「信頼」を感じる光みたいなものが見えた気がした。そしてそれは僕に「断ったら失礼だ」と思わせるようなものだった。
「うん。いいけど…。」
僕は小さく頷いて、そう答えた。
「よし。じゃあ行こう。お前自転車は?」
「僕、自転車で来てない。」
「マジで?じゃあ会場の前の道を先に上ってて。俺たち自転車で追い付くから。」
「うん。わかった。」
「じゃあ、頼む。少し急ぎ目に歩いてて。」
コウちゃんは笑ってそう言うと仲間たちと人混みの中へ消えていった。僕も会場の外へと急いだ。
山へ続く坂道は大きくカーブしていて傾斜も思ったよりもきつい。それなのに僕は「急ぎ目に歩いて」と言われたはずが気づくとかなり必死に走っていた。 運動は好きじゃないし、「きついこと」「つらいこと」からは避けようとしてきた。それなのに僕は走った。それはおそらくコウちゃんの言葉がそうさせたのだと思う。
「おーい。走らなくてもよかったのに。なかなか見えないからいなくなったかと思った。」
後ろからコウちゃんたちが自転車で走ってきた。先頭にコウちゃん、すぐ後ろを眼鏡の子と髪が長い女の子が続く。そして一番後ろにセイと呼ばれるスポーツ少女と僕の袖を掴んだ大人しそうなメイと呼ばれる子が二人乗りをしてついてきていた。さすがに二人乗りはつらそうだな。と思っていたらコウちゃんが言った。
「早く後ろに乗れ!」
「いいの?大丈夫なの?疲れない?警察に捕まらない?」
「心配多いな!いいから。早く。」
「うん。わかった。」
僕はコウちゃんの自転車を押しながら、勢いよく飛び乗った。
「やるな~。その乗り方なかなかやらないぞ。お陰でスピード落ちなかったから助かったけど。」
コウちゃんが笑う。ただそれでも二人乗りのためスピードが落ちる。
「どこまで行くの?」
「坂のてっぺんまで上がって少し進んだとこ。」
「僕乗せてて大丈夫?」
「大丈夫だって。任せとけぇ~。」
自転車はちゃんと進んでいるけどコウちゃんはかなりつらそいだ。
「ケンとユウ、先行って進めててくれ。」
「わかった。」
「無理しないでねコウちゃん。」
前を走る二人がそう言ってからスピードをあげた。さすがに一人は早い。カーブのせいもありあっという間に見えなくなった。
「セイ。お前は無理するなって言われなかったな。」
「あたしは慣れてるからね。あと少しだから頑張んな!」
「おう。」
コウちゃんとセイちゃんは話しながら必死にペダルをこいでいる。後ろに乗っている僕は少し気まずい。ふとメイちゃんを見るとノートに何か書いている。書き終えてから鉛筆と一緒に僕に渡そうとする。コウちゃんとセイちゃんの自転車が近くを走っていたので受けとることができた。そこにはたった一言。
「名前教えて。」
この状況で?僕は驚いてメイちゃんを見た。二人乗りの後ろの人がノートでやり取りしている上にこの質問?でも聞かれたことには答えないとと思い、ノートに名前を書きメイちゃんに渡した。セイちゃんが後ろをちらっと見ながら言った。
「コウ。あたしたちの後ろで手紙のやり取りしてるぞ。」
「もうすぐ坂終わるしそしたら着くから。暇だろうけど我慢して。」
コウちゃんは笑いながら答えた。
「暇なんかじゃないよ。ごめんなさい。」
「セイと俺の冗談をいちいち気にしたら身が持たないぞ。」
「うん。ごめん…。」
「それは癖なのか?謝るの。まあいいや。坂を上りきったからあと少しだよ。」
コウちゃんはそう言って坂道を上りきり一気にスピードを上げた。つられてセイちゃんもスピードを上げる。メイちゃんはまたノートに何かを書いている。僕はただどこへ行くのかわからない大きな不安と何が始まるのかという微かな不安を胸に自転車にしがみついていた。右側には地面が芝生でおおわれた公園みたいなスペース、左手には野球ができそうな広場が見える。
こんなとこに何があるのだろう?
と、僕が考えているとメイちゃんがノートに書いた文字をこっちに見せた。ノートの文字とコウちゃんの言葉がシンクロする。
「着いた~。」
自転車が右に曲がり、駐車場みたいな場所に入った。僕の目に飛び込んできたのは古びたホテルみたいな建物。回りの爽やかな空気とは真逆の雰囲気の建物。
「ここが目的地?」
自転車をこぐコウちゃんに僕は恐る恐る聞いた?コウちゃんが答える。
「そう。ここが目的地。アメイズだ。」
「アメイズ。」
僕がそう呟くと風が吹きあたりの木々がザァっと音をたてた。