第23話 脱出。
「あぶねー。ギリギリだったな。」
セイちゃんがメイズの入り口、迷路を出て階段を上りきったところでそう言った。僕も息切れしてしゃがみこんでいる。メイちゃんを見るとまだノートを見つめていた。
「キュウ。最後のかっこよさはいったいなんだ?どこにそんな力が残ってた?」
「僕にもわからない。でも、ああするしかない気がしたから。」
僕は息を整えながらセイちゃんに答えた。
「え~。かっこよかったよ~。映画のワンシーンみたいだったよ~。」
「そうだな。上から見てた俺たちにもそう見えたんだから。セイから見たらもっとすごかったんだろ?」
「しかもあれはメイも協力しないとできない動きだったから。どうやったんだ?メイとの意思疏通。そっちの方が気になったよ。」
みんなからの質問責めに僕は魂の抜けたような声で答えた。
「必死だっただけだよ。ただ無意識に…。」
無意識だった。本当に無意識だった。僕の頭にあったのはメイちゃんとメイちゃんのノートが濡れない方法。ただそれだけだった。
あのとき僕たちは、少なくとも僕はほぼ全力で走っていた。
「キュウ、メイ。あと少しだぞ。タイマーもあと少しだ。」
「う、うん。わかってる。」
かなりのハイペースで僕も限界に近い。後ろにいるメイちゃんはハイペースの中で鉛筆を走らせている。その集中力はもはや神業だと思う。
タイマーが残り30秒になったとき、ようやくゴールが見えた。そこがゴールだとわかったのはコウちゃんたちが駆け込んだのが見えたから。
「どうする?そのままいくか?それとも一応壁沿いにいくか?」
セイちゃんが僕にそう聞いた。意味は僕にもわかっている。僕たちの目の前にはゴールがある。でもセイちゃんの右手がさわっている壁は右に曲がっている。最後までやりきるか、そのままゴールに駆け込むか。その選択だった。
「メイちゃん。壁沿いとまっすぐゴール、どっちがいい?」
僕がそう聞くと、メイちゃんは顔をあげて口の動きで答えた。
「できれば壁沿い。」
僕はうなずいく。
「セイちゃん!最後までやろう!メイちゃんもそう言ってるし。」
「了解!ずぶ濡れ覚悟だ!突っ込め!」
僕たちは勢いよく右に曲がった。まっすぐ進み右に曲がって行き止まり、そこをUターン。左に曲がってあとは直線。あとは次の角を右に曲がってゴール…。間に合ったと思った瞬間、タイマーがゼロになり警報音がビーッと鳴り響いた。
「やべえな。水がくるぞ!」
「うん。それよりも早くしないと入り口が閉じるよ。たぶん。」
「マジか?もしかしてあれがそうなのか?」
セイちゃんが指差す先、入り口の上から別の扉がゆっくり下りてきていた。扉は僕たちがいる迷路側から入り口側へ閉まるもの。おそらくあの扉が下りてからから水が出るんだと思う。
「うん。あれだね。あれが閉まったらずぶ濡れ覚悟だね。」
「マジか!キュウ、メイ。ダッシュだ。」
セイちゃんがペースをあげた。僕もペースをあげたけど、さすがに限界がある。何より僕の中では後ろのメイちゃんに最後にどう動いてもらうかが悩みだ。
方法は今考えているのは二つ。今すぐノートを閉じてもらうか、階段の前で二人とも止まってから階段を駆け上がるか。ノートを閉じてもらう方が簡単だけど、メイちゃんは最後までやりきりたいと思ってるはず。だから提案しにくい。二人で止まる方法は、おそらく急ブレーキでメイちゃんが僕にぶつかると思う。その場合、メイちゃんかノートがどうにかなってしまうことも考えられる。他にメイちゃんに「曲がってすぐ階段があるから。」と言っておく方法も考えた。だけどいくら僕とメイちゃんの息があっていても、二人が縦に並んだ状態で右に曲がって階段をかけ上がるのは危険だと思ったのでやめた。そこでなるべくペースを落とさずにメイちゃんとノートを無事に運ぶ方法を考えていた。そして思い付いた。ただやっぱりメイちゃんとの呼吸が合うかが大事だ。
「セイちゃん。先に階段上がって。で、もし僕が階段で転びそうになったら引っ張って。」
「なんだそれ?わかんないけど、わかった。階段上がってればいいんだな?」
セイちゃんはさらにペースをあげて走っていった。そして僕はメイちゃんに作戦を伝えた。
「メイちゃん。僕が三秒数えたら背中に飛び乗って。そしたらメイちゃん背負って階段上るから。」
メイちゃんはビックリした顔でうなずいた。それを確認したときには、あと少しで入り口につくタイミングだった。
「いくよ。1、2、3!飛んで!」
僕はそう言いながら急ブレーキ、メイちゃんはそのまま僕の背中にぶつかるようにジャンプした。ドンッという衝撃で倒れないように耐えながらも、僕は体を右に向けて階段をかけ上がる。メイちゃんは左手で僕の肩をぎゅっとつかみ、右手には鉛筆とノートを握っていた。僕は両手でメイちゃんの両足を抱えた。セイちゃんも僕たちの動きを見てとっさに自分の判断で動いた。僕を引っ張るよりメイちゃんが後ろに倒れないようにした方がいいと思ったらしく、僕たちの後ろに素早くまわり僕と同じペースで階段をかけ上がった。僕もそれがわかったから前を見てメイちゃんを落とさないことだけを考えて走れた…。
かけ上がったところで僕はメイちゃんを下ろしてそのまま倒れた。自分でもよく体力が持ったと思う。
「だいじょうぶ?」
メイちゃんは僕の顔をのぞきこみながら言った。
「大丈夫だよ。だからメイちゃんはノートを完成させちゃって。」
メイちゃんの目が大きく開いた。思いっきりおどろいたらしい。そしてその顔のまま大きくうなずき、笑顔になってノートに向かった。
「さて、攻略法がダメだった理由を考えてみるか。」
コウちゃんがみんなを見回してからそう言った。どうやらみんなが落ち着くのを待っていたみたいだ。
「その前に、とりあえずやることがあるよ。」
そう言ったのはケンちゃんだった。みんながケンちゃんを注目した。
「ここから、アメイズから出よう。あと3分で5時だから。」
「あっ、そうか。そうだな。まずはここを出てからだな。」
「うん。まずは出ようか~。」
「おう。脱出、脱出。」
みんながそう言って歩き出した。僕も立ち上がりメイちゃんを見た。メイちゃんは持っていた鉛筆をおいてノートを眺めている。
「メイちゃん。時間だって。いける?」
メイちゃんは顔をあげてから大きくうなずいた。メイちゃんのその笑顔からノートが完成したことを見て取れた。
「じゃあ、いこう。」
僕とメイちゃんはみんなの後ろを歩いた。メイズを出て、螺旋階段を下りて…。
あれ…?何かまずいことがあったような…。
「ねえ。コウちゃん。5時を過ぎるとどうなるんだっけ?」
僕がそう聞くと先頭を歩くコウちゃんから答えが返ってきた。
「水に沈むんじゃなかったか?たしか。」
「一階の部屋も沈んだよね?」
「ああ。沈んだな。」
「僕たちその横の通路からこっちに来たよね?」
「あっ…。」
先頭のコウちゃんが走った。みんなも追いかけるように走った。
「あー。こうなるのか。助かった。」
コウちゃんのその声を聞いてみんながコウちゃんの横に立った。
「なるほど。うまくできてるね。」
ケンちゃんもうなずいた。僕も見てみた。そして納得した。
僕の予想通りでムーヴを含む一階の部屋は水に沈んでいた。そして僕たちの前には木でできた橋がパソコンのある場所まで斜めに続いていた。その橋は水に浮いている。それを渡ればたぶん濡れずに帰れると思う。
「よし。じゃあ渡ろう。ちなみに渡るのこわい人~。挙手!」
「は~い。」
「僕も沈みそうだから一応。」
「はい。僕もケンちゃんと同意見です。」
手を挙げたのはユウちゃん、ケンちゃん、そして僕の三人だ。
「おい!男二人!情けないぞ!」
セイちゃんが笑いながら言った。
「僕は人数制限で沈みそうだと言ったんだ。」
ケンちゃんがセイちゃんに言い返した。
「よ~し。じゃあ先頭はケンだな。こわいんじゃないんだろ?ほらいけ。いきなさい。」
セイちゃんが揚げ足を取る形でケンちゃんを押した。
「おい、お、押すなよ。ちゃんといくから。」
ケンちゃんがゆっくり一歩一歩進んでいく。ややへっぴり腰に見える。たぶん沈むのがこわいんだと思う。僕も気持ちがよくわかる…。そして半分くらいに進んだとき、僕の中からまた不安が出てきた。
「ねえ、この廊下と沈んだ階段って一階をクリアしたら出てきたんだよね?」
「ああ、そうだったな。たしか。」
コウちゃんがそう答えた。
「どうやって出てきたか誰か見てた?」
「俺見てたぞ。確か階段が下からせり上がってきて、廊下は逆に壁がバターンって倒れた感じだった。」
「ってことは、僕たちの乗ってる床が逆に浮き上がるんじゃない?そうしないとこの通路閉じないんだから。」
「なるほど!」
コウちゃんが僕の方を見た。
「そうだな。そうらしいな。浮き上がってきてるなー。」
僕はコウちゃんにつられて後ろを見た。すると廊下の奥が見えなくなっていた。どうやら僕の予想通りで僕たちの立っている場所が少しずつ斜めに傾いてきているらしい。
「ケン!ダッシュ!」
コウちゃんが叫んだ。
「急に言われても無理だよ。」
ケンちゃんはまだ橋の真ん中から少し進んだくらいだった。
「ったく。コウ。先行くぞ!二人なら大丈夫みたいだから。」
橋にのったセイちゃんがそう言ってから走り出した。あっという間にケンちゃんに追い付く。そしてケンちゃんの背中を押した。
「ほら、走れ!あんたのせいで全員沈むぞ!」
「お、おい。わかったから。」
「わかったなら走れ!走れ!」
セイちゃんに追いたてられてケンちゃんはあっという間に橋を渡りきった。セイちゃんもその後すぐに橋を渡りきった。
「おい!渡ったぞ!」
「おう。次は誰が渡る?」
「僕は最後でいいよ。」
僕はコウちゃんにそう言った。
「私も最後でいいよ。」
メイちゃんも口をそう動かした。
「じゃあ、私たち先渡るね~。」
「おう。渡ろう。」
コウちゃんがユウちゃんに手を差し出した。ユウちゃんがその手を握る。そして二人で走って…、早足で渡っていく。走ると橋がゆれるからだろう。
「なんか絵になるね。」
僕がそうつぶやいてメイちゃんを見るとメイちゃんは笑顔で口を動かした。
「私たちもやる?」
僕はビックリして少し後ずさった。心臓の鼓動が早くなった。顔が赤くなったのもわかる。
「メイちゃんはかわいいからいいけど、僕にはコウちゃんの真似なんて無理だよ。」
僕がそう言うとメイちゃんが首を大きく横に振った。そして口を動かした。
「そんなことないよ。キュウちゃんならできるよ。だってキュウちゃんは、キュウちゃんは…、」
「キュウ!メイ!何やってんだ!早く橋にのれ!」
メイちゃんが何かを言うまえにセイちゃんの声が響いた。気がつくと僕たちのいる場所がだいぶ傾いていた。そして橋はゆっくりと少しずつ離れていっている。今はその距離が1メートルくらいに見える。
いきなりメイちゃんが僕の手をギュッと握った。そして僕を見て口を動かす。
「少し後ろから助走をつけて跳ぼう。」
僕もうなずく。そして二人で少し後ろに下がった。
「せーの!で走って跳ぼう。いい?」
僕が聞くとメイちゃんがうなずいた。
「じゃあ、いくよー。せーの!」
僕たちは一緒に走り、そして跳んだ…つもりだった。でも実際はメイちゃんの方が少し足が速かった。だから跳ぶのもメイちゃんが少し先に跳んだ。で、着地したメイちゃんがあと少しで落ちそうな僕を空中で引っ張って橋にのせてくれた。僕はメイちゃんに抱きつくような形で着地し、メイちゃんを巻き込む形で倒れた。唯一僕にできたことはメイちゃんを下敷きにしなかったこと、それだけだった。
「ね。やっぱりキュウちゃんはかっこいい。」
そう言いながら手を差し出すメイちゃん。
「ね。コウちゃんのようにはならないでしょ?」
僕はそう言ってメイちゃんの手を借りて体を起こした。そして二人で笑った。
「何やってんだよ。あんたらは!」
「ただ橋に移るのになんであんなドラマが起きるんだ?」
「うん。確かに映画のワンシーンだった。」
「すごいよ~。目が離せないよ~。」
気がつくと僕たちの横にみんながいた。僕たちはまだ橋を渡ってないのに。
「何でみんながここにいるの?」
それを聞いてみんなが笑った。大爆笑だ。僕には何が起きたかわからない。
「今いる場所を見てみなよ。キュウ。」
ケンちゃんに言われて僕はまわりを見回す。そして気づいた。橋が階段に横付けされた形で止まっていることに。
「キュウたちがのった勢いで橋がここに流れ着いたんだよ。で、僕たちがここまで歩いてきたってわけ。」
ケンちゃんがさっきいた場所と今いる場所を交互に指差した。
「なんだ。そうだったんだ。びっくりした。」
そう言って立ち上がった僕を見てコウちゃんが言った。
「よし。映画のワンシーンも見れたことだし、さっさと脱出だ。もうすぐ水が溢れるぞ。」
そう言われてよく見ると階段ギリギリまで水が上がっている。確かにもうすぐ溢れそうだ。
「全員ダッシュ!」
「お~!」
「うん。わかった。」
「ダッシュな。了解。キュウ、メイ。急げよ。」
みんなが返事とともに走り出した。
「メイちゃん、いこうか。」
メイちゃんがうなずいて走り出した。僕も走った。出口を目指して。最後の力を振り絞って。




