第22話 メイズの迷路
薄暗いせまい廊下を進む。迷路に入るまではたくさんの電灯が部屋全体を照らしていたから明るかった。だから薄暗いように感じるのは廊下がせまいことと上に張ってあるネットがあることが原因だと思う。
「二人ともついてきてるか?」
セイちゃんはときどき後ろに声をかけながら進む。
「大丈夫だよ。ちゃんといるよ。」
僕はそう返事をしたが、セイちゃんのペースからは少し遅れている。その理由は僕の後ろにあった。
「メイちゃん、大丈夫?」
メイちゃんはうなずきながら僕の後ろを歩く。左手で僕の服を掴み、右手でノートに鉛筆で何か線を書いている。ノートは首にぶら下げるバインダーに挟んでいる。だから左手で僕を掴んでいられるみたいだ。メイちゃんが何をしているかはわからない。ただバインダーとかがリュックから出てきたり僕を掴みながら右手で線を書いたりできるのを見ると、その準備の良さや器用さには感心させられる。
「メイちゃん、少しスピード上げるね。」
僕はそう言って徐々に速度を上げる。メイちゃんは僕に合わせて速度を上げた。
「キュウちゃん。お願いがあるの。」
メイちゃんが僕にそう言ったのは、口を動かしてそう伝えたのは僕たちが迷路に入る直前だった。
「え?な、なに?どうしたの?」
誰かに頼られた経験がない僕はビックリしすぎて言葉が出にくくなった。でも…、
「僕ができることなら何でもするし、できそうなことなら何とか頑張ってみるよ。」
と、僕は答えてみた。自信はまったくなかったけど、無理とかダメとは言いたくなかった。メイちゃんは笑顔でうなずいき、僕の方を見た。そして口を動かす。
「迷路に入ったらキュウちゃんのこと、つかんで歩いていい?」
え?つかんで歩くって。
そんなこと頼まれたことがない。僕の心臓の鼓動が一瞬で早くなった。
「え?う、うん。もちろんいいよ。でも、どうして?」
メイちゃんは下を向いた。それを見て僕はテレパスのことを思い出した。僕はまわりを確認してから小さな声で聞いた。
「やっぱり怖い?せまいところや暗いところ。」
メイちゃんは顔をあげて小さくうなずいた。
「うん。それもあるけど…。ただ、迷路で試してみたいことがあるの。私もみんなの役に立ちたいから。でも一人じゃできなくて…。」
メイちゃんも僕と同じことを考えてるんだ。僕もできればみんなの役に立ちたいから。
「うん。わかった。どこつかんでもいいよ。」
「ありがとう。」
メイちゃんが笑って口を動かした。そして僕の後ろに立って服の下の方をちょっとだけつかんだ。
「もっとつかんでもいいよ。伸びても汚れてもいい服だから。」
メイちゃんはうなずいて手に握りこむようにつかんだ。僕の体が少しメイちゃんに引っ張られた。
「うん。それくらいつかんでくれた方がメイちゃんが後ろにいるって僕もわかるから。」
僕がそう言うと、メイちゃんはニコッと笑ってうなずいた。
「おい。行くぞ。」
セイちゃんが歩き出した。
「メイちゃん。前進するよ。」
メイちゃんはうなずいてから下を向いた。そしてノートに鉛筆をたてた。僕が歩き出すと僕に引っ張られるようにメイちゃんも歩き出した。
「お、行き止まり。」
セイちゃんの声に気づき前を見ると確かに行き止まりだった。セイちゃんがぐるっとまわる。よくわからないけどさっきまでと迷路の形が変わった。グルグル回っている。その先が行き止まりかどうかも歩いてみないとわからない。
「メイちゃん、行き止まりだからまわるよ。」
後ろを見るとメイちゃんはうなずいている。僕はぐるっとまわる。メイちゃんもまわる。
「なあ、メイ。何してるんだ?」
セイちゃんがメイちゃんに聞いた。メイちゃんの返事はない。集中しすぎて聞こえないんだと思う。だから僕が代わりに答えた。
「メイちゃんはメイズ攻略の手がかりを見つけてるんだよ。」
「メイがか?いったいどうやって?」
セイちゃんが驚いて僕に聞いた。僕は答えた。
「それは僕にもわからない。でもすごい集中しているから。」
「そうなのか?よくわからないけどすごいな。」
「うん。メイちゃんはすごいよ。僕じゃ思い付かない何かを…。」
「いや、すごいのはあんただよ。キュウ。」
僕の言葉を遮ってセイちゃんがそう言った。僕はびっくりして聞き返した。
「何で?僕はまだ何もすごいことはしてないよ。パズルを解いただけだよ。」
僕がそう言うとセイちゃんが笑いながら答えた。
「パズルを解けただけですごいけど、あたしが言ってるのはそこじゃないよ。メイのことだよ。」
「メイちゃんの?」
セイちゃんは少し歩く速さをおとして話した。
「さっきも言ったけど、メイは猫みたいなやつだから。それこそ最近まではコウにもユウにもなつかなかった。それが今はあんたに掴まって歩いてる。よっぽどあんたを信じてるんだな。」
「そうなの?僕の中のメイちゃんのイメージと違うよ?」
僕はメイちゃんをチラッと見る。真剣に鉛筆で線を引いている。前はまったく見ていない。確かに僕の動きを頼りに歩いている。
「あたしにもよくわからないけど。ただ少なくともこの二日間でメイに変化があったのは確かだよ。笛を吹くのも今みたいに何かをやってみるのもそうだけど。今まではあたしから離れるのも嫌がってたんだから。」
メイちゃんに何があったのだろう?僕の後ろにいるメイちゃんは、少なくとも僕よりは積極的で自分の意見や感情をノートなどに表している。ただ僕にはそれよりも聞きたいことが出てきた。
「セイちゃん、あの…、聞いていい?」
「ああ。その前にスピードアップな。タイマーがあと5分だから。」
セイちゃんに言われて僕もタイマーを見た。確かに5分を切った。セイちゃんはちゃんとタイマーを見ながら歩いていた。僕はメイちゃんに伝えた。
「メイちゃん、5分切ったからスピードアップだって。」
メイちゃんがうなずくのを見た僕の目にメイちゃんのノートが一瞬うつった。
「え?今のって。」
僕は驚いてもう一度メイちゃんのノートを見た。その内容は僕の予想をはるかにこえたものだった。
すごい。すごすぎるよメイちゃん。
僕はそう思いながらスピードアップした。僕に引っ張られるようにメイちゃんもスピードをあげた。セイちゃんは壁をさわりながらすごい速さで進む。僕も負けないように進む。迷路の形状も普通に戻ったみたいだ。
「あ、そういえば。キュウ。あんたも何やってるんだ?紙とペンで。」
急にセイちゃんが僕に聞いた。僕もメイちゃんに借りた紙とペンでいろいろと書いている。
「ああ、これは僕なりのメイズ攻略のヒント探しだよ。」
「あんたもやってたのか。すごいな。そういえばさっきコウたちと並走したときケンも何かやってたけど。」
僕はうなずいた。確かにケンちゃんも何かやっていたように見えた。
「うん。ケンちゃんもやってたね。たぶん僕とケンちゃんは同じようなことをしているんだと思う。」
「さすがだな。頼もしい。」
セイちゃんがそう言って笑った。僕は後ろをチラッと見た。
すごい。たぶん本当に頼もしいのは…。
僕が顔を前に戻した瞬間、セイちゃんの背中が目の前にあった。その理由はセイちゃんのスピードが急に落ちたからだった。
「メイちゃん、止まるかも。」
僕はそう言ってスピードを落とした。そしてセイちゃんにぶつからないようにギリギリで止まった。メイちゃんも僕の言葉でスピードを落とした。だけど間に合わなかったみたいで僕の背中に頭と左手がトンッと当たった。
「大丈夫だった?」
僕がそう聞くと、
「うん。ぶつかっちゃってごめんね。」
メイちゃんは僕を見てそう口を動かした。メイちゃんのノートを見ると右手の鉛筆で描いてきたノートの線が僕にぶつかっても一切ぶれていないのがわかる。それを見て僕はただただ驚かされるばかりだった。
「あれ?何でだ?」
セイちゃんの声を聞いて僕は顔を前に向けた。
「おかしいな。俺が間違えたのか?」
「え~。コウちゃんは間違えなかったよ~。私も後ろで同じように壁さわってきたんだし~。」
「うん。やっぱりさすがに一筋縄ではいかなかったか。」
セイちゃんの前にはコウちゃんたち三人の姿があった。
「あたしは間違えてないよな?キュウ。」
「うん。大丈夫だよ。間違えなかったしタイマーもちゃんと見てた。」
僕がそう答えるとセイちゃんはホッとしたようだ。
「さて、どうする?ケン。ここから。」
コウちゃんがケンちゃんに聞くと、ケンちゃんはタイマーを見てから少し考えた。そしてうなずいてからみんなに話した。
「今からゴールまでの道を探すのはかなり厳しいと思う。失敗したらずぶ濡れになるかもしれない。だから今回はゴールは諦めてスタート地点に無事に戻るのを目標にしよう。」
「おう。わかった。」
「りょ~か~い。」
「オッケー!了解!」
みんなのその返事を聞いてケンちゃんもホッとしたみたいだった。
「あ、それとー、」
「それぞれがこのままの道を進んで一周してみよう。で、いいんでしょ?ケンちゃん。」
ケンちゃんがいいかけた言葉に僕の言葉がかぶさった。ケンちゃんは僕の方を見た。
「さすがだな。キュウが言ったとおりで。このまま戻らずにお互い一周してみよう。ミスがなかったかの確認の意味もかねてね。」
「わかった。」
「いいと思いま~す。」
「了解!」
みんなが笑顔で返事をした。
「じゃあ、出発しよう。あと3分ちょっとだから急ぎ目にね。」
「了解。キュウ、メイ。ダッシュでいくぞ。ついてこいよ。」
「うん。お手柔らかにお願いします。」
僕はセイちゃんにそう返事してからメイちゃんに小さな声で伝えた。
「メイちゃん。ダッシュだそうです。大丈夫そう?」
メイちゃんは笑顔でうなずいた。
「よし。また後でな。」
「またね~。」
「スタート地点で会おう。」
三人がそう言って僕たちの横を走っていった。
「よし、いくぞ!」
「うん。いこう。」
そう言って僕たちも走り出した。セイちゃんのペースがジョギングくらいになった。僕は後ろにいるメイちゃんを気遣いながらセイちゃんに置いていかれないように走った。僕の手にペンと紙はもうない。メイちゃんのリュックにしまってもらった。ケンちゃんが半分まで同じことをやったはず。だから必要ないと思った。代わりに僕は声を出す。曲がるときの方向やスピードアップなど。メイちゃんが集中しながら走れるように。
「メイちゃん左に曲がるよ。」
メイちゃんはうなずいている。
大丈夫。このペースで最後までいける。僕がちゃんと走れれば。
僕は走った。セイちゃんを見失わないように。メイちゃんが集中できるように。不思議と疲れなかった。今日一日いろいろやったはずなのに。
誰かのために何かをすると、その人から力を分けてもらえている。そんな気がした。




