第20話 セイからの頼み
「どこまで行くの?」
僕の声が響く。それに対するセイちゃんの言葉は、
「黙ってあたしについてこい!」
なんて男らしい…。男じゃないのに…。
階段を一気に下って、今は廊下を歩いている。ズンズン進むセイちゃんに対して僕は早足でついていくので精一杯だ。ただセイちゃんが腕を掴んでいるので僕には止まる選択肢がない。
どこまで行くんだろう?何をするんだろう?僕は何かしたっけ?怒られることしたっけ?
僕の中で不安が膨らむ。そうすると物事を悪い方へ考えてしまう。どんどん悪い方へ…。
もしかして、メイちゃんのことかな…?僕がメイちゃんを泣かせたと思ってるのかな…?それで怒ってるとしたら…。どうしよう。何て謝ろう?どうやったら許してくれるだろう…。
「キュウ。着いたぞ。早く入れ。」
「…?ここって…。」
セイちゃんが僕を引っ張っていった先は、ムーヴの部屋だった。ドアを開けて中に入ると、つい一時間くらい前なのに懐かしく感じた。一度クリアしたのでストラックアウトの部屋のドアが開いていた。セイちゃんは僕をそこに連れ込んだ。
「さてと。キュウ!」
「はい。ごめんなさい。」
セイちゃんに名前を呼ばれて、僕はとっさに謝ってしまった。セイちゃんが不思議そうな顔をしている。
「何のことだ?謝るようなことしたのか?」
「いや、つい条件反射で。怒ってる訳じゃないの?」
セイちゃんは、はぁ~っとため息をついた。
「ったく。あたしを何だと思ってんだよ。」
「じゃあ、僕をここに連れてきた理由って?」
「あんたに頼みがあるからだ!」
え?頼み?セイちゃんが僕に?何の?
僕の頭は混乱している。まったく想定していなかった事態だから。そもそも人に頼まれること自体が想定外だった。
「おい!キュウ!聞いてるか?」
セイちゃんの声でようやく我に返った。
「頼みって何?僕は何をどうすればいいの?」
セイちゃんはストラックアウトの前に立ち、ボールを持って言った。
「あたしと一緒にこの部屋の、このストラックアウトの攻略法を探してくれ。」
僕はますます混乱した。さっきここで僕が挑戦したとき、セイちゃんは一緒にいた。僕が的に当てられなかったのを見てたはず。
「何で僕に?運動神経ならコウちゃんだし、頭の良さならケンちゃんじゃないの?」
セイちゃんはボールを投げ、見事に的に当てた。そして次のボールを取りながら言った。
「さっきユウから聞いたように、ムーヴをクリアできるのはコウとあたしだけなんだ。でもストラックアウトさえ無ければユウもメイもクリアできるはずなんだよ。」
「ユウちゃんもメイちゃんもアスレチックはクリアできるんだ…。」
「ああ。そうなんだよ。これさえなければ!」
セイちゃんが再びボールを投げ、的に当てた。そしてボールを拾った。
「明日の午後3時から、あたしは地区の野球の試合があるんだ。どんなに順調に進んでも4時を過ぎちゃうんだよ。だからこのままだと明日はアメイズ探検を中止しなきゃいけなくなる。」
「そっか…。セイちゃんがいなかったらムーヴがクリアできないから…。そしたら2階に上がれないんだ。」
「そうなんだよ!あたしのせいで中止なんてダメだ!せっかくキュウが、あんたがいるんだから!」
セイちゃんの叫びが部屋に響いた。怒りと悲しみに満ちていた。
「今までみたいにパズルが解けなくて悩んでたら、あたしも気にしなかったけど。でも少しでも先に進める可能性があるんだ。あたしのせいで時間を無駄にしてほしくない。」
セイちゃんの言葉が僕の心に響いた。響きすぎて心臓を握られているような感覚に陥った。
セイちゃんは僕に期待してくれている。僕が加わったことで先に進めると信じてくれている。こんなに期待されたことは今までない。こたえなきゃ!期待に!出来るかはわからないけど!
「うん。わかったよ。セイちゃん。この部屋の、ストラックアウトの攻略法を探す。やってみる。やってみるよ。」
「よし。サンキュ~。よかった~。キュウなら引き受けてくれると信じてたよ。」
セイちゃんが満面の笑みで僕の両肩をバシバシ叩いた。
「じゃあ時間ないし、あたしがどんどん投げるから。何かわかったら教えてくれ。」
そう言ってセイちゃんはボールを投げ始めた。拾って投げ、また拾って投げた。的にどんどん当たり、あっさりクリアしてしまった。
「どうだ?何かわかったか?」
「…。セイちゃんがすごすぎるってことしかわからないよ。」
僕はそう言ってボールを拾った。そして的に向かって投げてみる。ボールは的どころか枠にも当たらない。
「セイちゃんって本能で投げてる?どうやったらまっすぐ投げられるかわかる?」
僕が聞くとセイちゃんは悩みながら言った。
「そうだな。確かにまっすぐ投げようとすればボールはまっすぐ飛ぶな。何も考えてない…。」
「だよね…。」
少なくとも僕には参考にならない。僕はまっすぐ的に向けて投げても的に当たらないんだから。僕は次のボールを拾って投げた。ボールは枠の右へ抜けていった。
「まずはまっすぐ投げなられないと。どうすればまっすぐ投げられるの?セイちゃん。」
セイちゃんは頭をかいて言った。
「そうだな。どうすればいいんだろう?」
セイちゃんは困っている。本気で困っている。これがセイちゃんと僕の、本能や感覚で動く人とそうじゃない人の差だと思う。
トン、トン。
僕の肩をたたく。そのたたき方でもう誰だかわかった。
「メイちゃん…。いつからいたの?」
振り向いてメイちゃんを見る。メイちゃんは笑っている。
「ほんとだ!いつからいたんだ?しかもキュウはどうしてわかったんだ?」
「たたき方がいつも同じだったからだよ。」
メイちゃんは笑顔でノートを見せた。
「セイちゃんは投げる姿勢がいつも同じだけど、キュウちゃんは毎回違うからだと思うよ。」
なるほど。そうなんだ。メイちゃんの発見や指摘は納得するしかないほどの正しさを感じる。
「メイちゃんはいつもすごいね。僕はまだ二回しか投げてないのに。」
「なるほど。そうだったのか。あたしは同じ姿勢で投げられてたのか。よし。キュウ。そこに気を付けて投げてみろ。」
「うん。わかった。やってみる。」
僕はボールを持って投げてみた。一個目はわからなかったけど、二個目、三個目と投げてみると確かに体がぶれているらしい…。僕自身はわからないけど見てる二人からは一目瞭然らしい。
「けっこう難しいね。ただボールを投げるだけなのに。」
「ああ。みたいだな。あたしにはわからないけどな。」
「あと力を入れすぎるとコントロールが悪くなる。これは自分でもわかるよ。でも力を入れないと僕の場合は届かないこともあるから難しい。」
「なるほど。」
セイちゃんは僕の言葉を聞くたびに、感心しているみたいだ。でも笑顔が悲しげに見える。
「お~い。いる~?そろそろ二階に集合する時間だよ~。」
ユウちゃんの声がする。ドアの方を見ると僕たちを見つけて手を振っている。
「もう時間か。仕方ない。キュウ、メイ。行くか。」
「う、うん。」
僕は解決の糸口も見つけられなかったから、戸惑い気味な返事をした。メイちゃんは僕の隣でうなずいた。
「キュウ。悪かったな。何かいろいろ。」
「セイちゃん…。」
セイちゃんは残念そうな悲しそうな顔をしていた。でも急に笑顔になって叫んだ。
「しょうがない。明日は休みで明後日以降にまた頑張ろう!明日が終わればしばらく何もないから。」
急にセイちゃんは走り出した。僕とメイちゃんは早足でそれを追った。でもムーヴのドアを出たときにはセイちゃんは見えなくなっていた。そしてなぜかケンちゃんが立っていた。
「キュウ。お疲れ。」
「ケンちゃん。僕たちがここにいるって知ってたの?」
ケンちゃんは笑って答えた。
「セイにムーヴの攻略法を考えろって言われたんだろ?僕も前に言われたから。」
「そうだったんだ。」
ケンちゃんは歩きながら話した。
「自分がいないから進まないのが嫌なのはわかるけど、キュウや僕に聞かれてもな~。」
「自分で投げてみたけど全然わからなかった。最初はどこが悪いのかもわからなかったよ。」
「だろ?僕だってさっぱりだったよ。」
「そっか。ケンちゃんもさっぱりだったんだ…。」
僕たちは階段を上る。ケンちゃんは階段を後ろ向きに上りながら言った。
「テレビゲームみたいに自分の力が数値とかになってて、しかも数値で物がどこまで飛ぶかや逆にどこ以上までは絶対に飛ばないかとかがわかれば解決できるのかもしれないけどね。そんなことは不可能だし。だから僕は無理だって言ったんだ。だからセイはキュウに頼みにいったんだよ。」
「そうだったんだ。ケンちゃんは無理だと思う?あのストラックアウトの攻略法を考えるの。」
「少なくとも僕には不可能だよ。それに僕はムーヴは運動神経のいい人が考えればいいと思ってるし。」
え?何で?
ケンちゃんの言葉に違和感を覚えた。ケンちゃんみたいな人は不可能なんて言わないと思っていた。むしろ不可能と思われることほど燃えるのかと思っていた。
何より今の言葉。「運動神経のいい人が考えればいい」という言い方は投げやりすぎる気がする。
「そうなの?それがわからないからケンちゃんに聞いたんじゃないの?セイちゃんは。」
僕がケンちゃんにぶつけたその言葉は、ケンちゃんの中のスイッチを押したみたいだ。ケンちゃんは立ち止まって僕を上から見て言った。
「キュウ。運動も勉強も才能があるかないかだ。そう言ったのはセイなんだ。だから僕はここに来てから運動系には手を出さない。セイも頭を使うのには手を出さない。僕はこれからもそれでいいんだと思う。」
ケンちゃんは階段を早足で上がっていった。
「メイちゃん。二人には昔何かあったの?」
メイちゃんは首を振った。
「そっか。僕の気のせいか。」
その言葉を聞いてメイちゃんがもう一度首を振った。そして口をゆっくり動かした。
「違うの。私は知らないの。何も。でもキュウちゃんの言うように何かあったんだと私も思う。私もそう感じたよ。」
メイちゃんもそう感じたなら僕の予想は正しいんだと思う。何があったんだろう?あの二人には。
「おーい。キュウ、メイ。まだか?」
階段の上からコウちゃんの声が聞こえる。
「メイちゃん、今の話は後にしてとりあえず急ごう。」
僕たちは階段を急いで上った。みんながメイズの部屋の前に集まっていた。
「よし!じゃあ入るか。メイズの水がなくなったらすぐに始められるように。」
「は~い。」
「うん。そうだね。」
「おう。行こう。」
みんなは笑顔だった。でも僕にはケンちゃんの笑顔はどこか不機嫌で、セイちゃんの笑顔はどこか悲しげに見えた。




