第10話 ムーヴ
「これ…、何…?」
部屋に入った僕は呆然とした。目の前に広がるの光景に。
「ムーヴってタイトルの部屋らしいぞ。ここ。で、その名前のままの意味の部屋。」
「ね!あたしのためにあるような部屋だろ?」
確かに名前の通りの部屋に見える。そしてセイちゃんのための部屋だと思う。
僕たちの目の前には下へ続く階段、その先には部屋の天井まで届くほどのジャングルジムっぽい鉄の柵。その奥にはターザンロープやうんていっぽい物まで。体育館の中に色々な遊具を無理矢理詰め込んだような状態。「ムーヴ」つまりは動くこと。僕の苦手な運動の分野の部屋だ。
「セイ、見本として中間地点までダッシュ!」
「了解!キュウ見とけよ!あたしの動きを!」
セイちゃんはそう言って階段を下りてジャングルジムみたいな柵の中に入った。そしてすごい早さで上に上がっていく。そして一番上へ到着した。
「まずはジャングルジムを一番上まで上がる。その次はあれだ!」
コウちゃんが指差す先にはロープがある。セイちゃんがロープに捕まり勢いよくジャンプした。ロープが滑車の力で横に移動し、隣の登り棒みたいな場所に移動する。セイちゃんはその棒につかまり下に下りてきた。僕たちのいる場所とセイちゃんの場所の間にはガラスみたいな透明の壁があり、セイちゃんは上に上がってそれを越えてきた感じになった。
「よし、キュウ行くぞ。まずはセイのいる壁の向こう側まで。」
「う、うん。」
コウちゃんは僕の方を見て笑い、そして階段を下ってジャングルジムの中に入っていく。僕もコウちゃんを追ってジャングルジムに入った。
ジャングルジムは正方形を縦に7個重ね、横に5個、奥行きに5個並べた形だった。1個の正方形は1メートルくらいで普通のよりかなり大きい。そして偶数の段にはネットが張ってあり下に落ちないためと上にスムーズに上がれないための仕掛けになっていた。でもネットの穴を目指せば上に上がるのも簡単…そうに見えた。僕の運動神経があれば…。
「はあ、コウちゃん、けっこう疲れるんだけど…。何でセイちゃんはあんなに早く上れたの?」
3段目を移動して穴を見つけて、ネットのある4段目を抜けて5段目へ。僕はこの時点ですでに疲れていた。
「セイは運動能力が高いからな。あと高いところが好きだからかな。キュウ、頑張れ。あと少しだぞ。」
「うん…。」
疲れているといっても息切れするほど疲れてるわけじゃない。ただ高いから怖いのは確か。下にはネットがあるから落ちない…、でも下まで見えるから怖い。やっぱり上へ上がれば上がるほど足が震える。そんな僕を見てコウちゃんが言った。
「下を見るな。見るなら俺の背中だけ見てればいいって。」
「うん。」
言われた通りコウちゃんの後ろ姿を見てついていく。コウちゃんに言われると不思議とそうしてしまう。そうできてしまう。だからコウちゃんはかっこいいと思う。そしていつのまにかジャングルジムの一番上にたどり着いた。よく見ると一番上には透明な板がはってあり、その上には立つことができる。コウちゃんは普通に立っているけど僕の足は震えている。
「よし。あとはロープにつかまってあっちに移動すればいいから。」
「コウちゃん…、もし手が滑ったりして落ちたらどうなるの…?」
「あ~、大丈夫だ。透明な壁の手前で落ちてもネットに引っ掛かるし、向こう側は向こう側で…、まあ大丈夫だから。行ってこい。」
「え、向こう側は?大丈夫なの?」
「ああ、行ってこい!あ、でも勢いつけないと向こうにたどり着けないからな~。俺が押すか。」
僕はコウちゃんに言われた通りロープにぶら下がった。と、次の瞬間、コウちゃんは僕とロープを持ち、勢いよく投げるように押し出した。僕の体が空中を走る。下が見れないほど高い。僕はロープをつかんだ手をしっかり握る。ロープは僕を乗せて透明な壁を越えて反対側へ。怖すぎて景色が回っているように見える。
「キュウ!今だ!鉄棒をつかめ!」
「え?」
コウちゃんに言われ気づくと目の前には登り棒みたいな鉄の棒があった。
手を伸ばさなきゃ。つかまなきゃ。 僕の思いとは裏腹にロープをつかんだ手は緩まない。
「あっ。」
僕の手がロープからはなれ棒をつかもうとしたとき、すでにロープはコウちゃんのいる側に戻る途中だった。
「あ~、なにやってんだよ。キュウは。」
セイちゃんの声がなぜか大きく聞こえた。僕の中のマイナスの感情が溢れ出す。
やっぱり無理だった。足手まといにしかなってない。僕が来なければ今ごろ…。
「お、悪い。俺のせいだ。運動神経悪いって言ってるやつに初めてやらせることじゃなかったな。大丈夫か?」
戻ってきてしまった僕にコウちゃんはそう言って心配してくれた。
「ごめん。怖くて手がはなせなかった。ごめん。」
「だから初めてやってみて、できないことってあるもんだから。」
コウちゃんのこの優しさが僕にはうれしかった。僕の周りのスポーツができる人はみんな、この優しさがなかった。できない人に厳しかったから…。
「おーい。セイ。上まで上がってキュウを受け止めてくれ!」
「あいよ~。」
セイちゃんが棒をつかんで上へ上がってきた。
「さあ、キュウ。今度は大丈夫だから。セイがつかんでくれるから。」
「う、うん。わかった。」
僕はもう一度ロープをつかんだ。さっきより怖く感じないのは、一度目の流れが頭に入ったからなのか、セイちゃんが向こうでかまえててくれているからなのかはわからないけど。
ロープをつかむ手の力には少し余裕がある。
「いくぞ!セイ。」
「はいよ~。」
コウちゃんが僕を投げるように押し出した。僕を乗せたロープが勢いよく進む。透明な壁を越えてセイちゃんが待つ登り棒みたいな棒のところへ。
「オーライ!」
セイちゃんが大きな声を出し、片手を伸ばした。
「ぼ、僕はどうすれば?」
「遅い!いいからしがみついてろ~!」
確かに僕の質問は遅すぎた。答えるよりも早く僕の乗ったロープをセイちゃんの手がつかんだ。セイちゃんがグイッと引っ張るとロープが止まり、僕は釣られた魚みたいになった。セイちゃんは僕がぶつからないように棒の上の方にいたみたいだ。
「キュウ。棒、つかめるか?」
「う、うん。ちょっと待って。」
僕は恐る恐る片手を伸ばし棒をつかむ。そしてもう片方の手も棒をつかんだ。後は棒に足をからめて…、しがみついて…。僕はロープから棒に移動できた。でもまだ怖い…。地面はずいぶん下に見える。もし落ちたら…。落ちてしまったら…。
「キュウ、コウから何も聞いてないのか?」
頭上からセイちゃんの声が聞こえる。
「え。な、なにを?」
「足伸ばしてみな。ネットがあるから。」
「え?ネ、ネット?」
僕は恐る恐る足を伸ばした。すると確かに足元にネットがある。目を凝らしてみると、ネットがまるでクモの巣みたいに張り巡らされている。
落下防止の役目をしているみたいだ。
「は、早く言ってくれれば…。先に言ってくれてれば、一回目でロープつかめたかも…。」
「コウ!ちゃんと言っておけよ!そしたらキュウがここまで怖がらずに済んだだろ!」
「悪い悪い。でもそれも必要な経験ってことで。」
コウちゃんは返事をしながらロープでこっちに渡ってきた。そして僕の横に立った。
「この経験って必要だった?」
「ああ、たぶん必要だったよ!」
僕の質問にコウちゃんは笑って答えた。僕には何が必要だったかわからない。
「おい。とりあえず下りてくれ。あたしだけ棒につかまったままなんだから。」
セイちゃんの声が上から聞こえた。
「ああ。わかった。キュウ、下りるぞ。ゆっくり下りれば大丈夫だ。下まで一気に落ちないようにネットがあるから。」
そう言ってコウちゃんは先に下りていく。僕もゆっくり下りていく。ある程度の間隔でネットがある。ネットの一部に穴がありそこを棒が通っている。棒につかまりながら穴を通り下を目指す。よくわからないけど、やる人の安全を考えて作られているみたいだ。無事に下まで来てホッとしていると、
「キュウ!下りたならどいてくれ!」
セイちゃんの声が聞こえた。そして次の瞬間、
ドーン!
すごい音とともにセイちゃんが落ちてきた。いや、下りてきた。
「セイちゃん…。今、どうやって下りたの?」
「棒をつたいながらなるべくネットにぶつからないように落下?」
「何で無事なの?7メートルくらいから落ちたんでしょ?」
「落ちたんじゃないし。登り棒を勢いよく下りたようなもんだよ。しかもこの床は落ちても大丈夫になってるみたいだから。」
「…。すごいね…。セイちゃん。」
「いや~、それほどでも。」
「よし。次行くぞ。時間かなりかかったから。」
僕たちのやり取りを見ながらコウちゃんが言った。
「あいよ~。了解。」
「う、うん。」
コウちゃんが進む。僕とセイちゃんも続く…。といってもほんの3メートルほど歩くと、目の前にロープが現れた。
ロープは右と左に1本ずつ。左のロープはまっすぐ天井まで伸びている。右のロープは2メートルくらいで休憩できそうな足場があり、また2メートル上がったところに足場がある。初心者用と上級者用に分けてあるように見える。そしてロープで上がった先には足場が見える。
「上るの…?やっぱり…。」
「うん。俺とセイは一気に上がるから左。キュウは一応右で。」
「うん。わかった。頑張るよ。」
「コウ。時間的にあたしは先に最後まで行った方がいいだろ?」
「ああ。確かに。あと5分くらいしかないからな。先に行っててくれ。何とか3分以内に行くから。」
「了解。じゃあ先行くぞ。」
セイちゃんは左のロープをつかみ上り始めた。予想はしていたけど、あっという間に上ってしまった。
「俺もいくか。キュウも上ってくれ。」
「うん。焦らないように急ぎます。」
「焦らないように急ぐか~。いいね。そうしてくれ!」
コウちゃんは左のロープを、僕は右のロープを上る。当たり前だけど慣れてないから手が痛い。けど2メートルくらいずつだからそんなにつらくない。高さもさっきのロープのおかげで最初の頃に比べたら怖く感じなかった。気づいたらコウちゃんはもう上りきっていた。僕も急いで上り、コウちゃんの隣に立った。
「お、キュウ。意外と早かったな。」
「うん。たぶん高さに慣れたからかな?」
「そうか。ちなみに次はこれなんだけど。」
「これ…ですか…。」
僕の目の前には小学校とかにある「うんてい」がある。長さは10メートルくらいで、その先には足場が見える。下には安全のためのネットがある。ネットは手前側はうんていのすぐ下にあるけど奥に行くほど低くなっているみたい。うんていのゴールの足場までの高さは3メートル以上ありそうでネットから足場へ上がるのは無理。また、うんていのすぐ上には天井があるから上を歩いて進むのは無理そうだ。
「キュウ、まず聞くけど…。できる?」
「半分くらいまではいけそうだけど…。」
コウちゃんの質問に僕は自信無さげに答えた。小学校ではうんていをすることはほとんどなかったし。
「そっか。じゃあ、あの方法でいくかな。」
「あの方法?」
僕が聞き返したとき、コウちゃんは急にうんていの下のネットに下りた。そして真ん中くらいまで歩き振り返って言った。
「最初の方は足がつくから大丈夫。真ん中くらいは俺が下から支えてやるから。で、ラストは自力で気合いで頑張れ!」
「そっか。下を人が歩けるから支えられるんだ。じゃあ僕は靴脱がなきゃ。」
「いいって。気にしないし。時間ないから始めてくれ。」
「え、うん。わかった。やってみる。」
僕はうんていに手をかけ、そしてぶら下がる。ロープを上ったりしたせいでかなり疲れた手に全体重がかかった。
「キュウ。一気に進め。でないとどんどんつらくなるぞ。」
「うん。」
僕は右、左、右と手を進めた。手が徐々に痛くなる。腕もしびれてくる。すると、急に足に浮いたような感覚が。見ると下からコウちゃんが僕の足を手で支えてくれていた。
「よし。俺が支えるから行けるところまで進もう。」
「う、うん。」
僕の手が前へ進む。コウちゃんが足を支えてくれているから手はそんなに疲れないで済んだ。そしてあと3メートルくらいのところでコウちゃんが言った。
「ここが俺の限界かな。だからここからは頑張ってくれ。」
「うん。ごめんね。ありがとう。頑張るよ。」
「ああ。頼むぞ。大丈夫だ。絶対いけるから!」
「うん!」
コウちゃんに元気をもらい、僕は進み始めた。右、左、右。だんだんゴールが、足場が近くなってきた。
あと少し。あと少しで…。
僕は心の中でそう言いながら進んだ。あと二回手を動かせば足が届く。そう思って手を伸ばしたとき、
「あっ。」
僕の左手がうんていをつかみそこなった。僕は右手だけでぶら下がってしまった。
「キュウ!大丈夫か!」
「…。無理かも…。」
「待ってろ!すぐ行くから!」
コウちゃんがうんていのスタート地点まで戻った。そしてすごい勢いでこっちに向かってくる。でも僕の力も限界に近い。右手がしびれて感覚がなくなってきた。左手でうんていをつかむ力もない。
「ごめん…。だめみたい…。」
僕の握りしめた右手が開きかけた。
そのとき、
「左手伸ばせ!」
ゴール地点にセイちゃんが現れた。ゴールの足場に立ち、左手でうんていをつかんで斜めになって右手を僕の方に伸ばしてた。
「セイちゃん。」
僕は最後の力を振り絞って左手を前に出す。セイちゃんが僕の左手をつかんだ。
「セーフ!間に合った。よかった。」
セイちゃんは僕の左手を引っ張りうんていをつかませた。
「あたしがつかんでやるから、右手はなしてこっちにこい。」
「うん。わかった。」
僕は右手をはなしてセイちゃんの方へ手を伸ばす。セイちゃんは僕の右手をつかみ、引っ張る。僕の足が足場にのった。
「セイちゃん。ごめんなさい。」
僕は足場にしゃがみこんで言った。するとセイちゃんが僕を見下ろしながら言った。
「はい、助けてもらったときの言葉は?」
僕は恐る恐る答えた。
「…。ありがとう。」
「どういたしまして。キュウ、よく頑張ったな~。はははは。」
セイちゃんは笑った。
「おー、セイ。助かったよ。」
コウちゃんがたどり着いて言った。
「いやいや、コウの叫び声聞いて上みたらキュウがぶら下がってたから。ダッシュで上がってきたよ。」
セイちゃんの奥には縄ばしごが見える。セイちゃん恐るべし…。
「じゃあ、さっさと下りるか。セイ、最後のどうなってる?」
「あ~、あたし今日調子いいみたいであと一つで終わりだ。」
「マジ?すげーな!じゃあ急いでクリアしよう。キュウ。ゆっくりでいいから気を付けて下りてこいよ。」
「うん。わかった。」
コウちゃんとセイちゃんは縄ばしごを下りていく。縄ばしごも右と左に分かれている。初心者用に途中足場がある右と、一気に下まで続く左。僕は右でゆっくり下りた。疲れで体がだるい。こんなにたくさんのアスレチックを一日でやったことは今までなかったから。それでもゆっくり確実に下りた。
「よし。クリア!」
僕が下まで下りたときセイちゃんの声が響いた。
「終わったの?クリアしたの?」
僕は静かに話しかけた。疲れと今までの恐怖で大きな声を出す元気はない。
「おう。キュウ。終わったぞ。あとはスイッチ押すだけ。」
セイちゃんの後ろにはテレビで昔やっていたストラックアウトみたいなものが見える。
「ストラックアウトだ。たぶん。ボールを投げて的に全部当てればいい。それを3回できればいいらしい。」
「球数は?」
「一回に15球。ボールの大きさで的も変わる。俺たちは野球ボールでやってるけど、サッカーボールでもできるらしい。」
見ると確かにスペースは3面用意されている。3人同時にできるみたいだ。
「失敗したらまた新しい的が出てくるから、最初のアスレチックをいかに早く終わらせられるかがこの部屋の攻略の鍵だな。」
コウちゃんが笑いながら言った。
「じゃあ、僕のせいでクリアできないかもしれなかったの?」
「時間見てたから大丈夫だったんだよ。」
セイちゃんがそう言って壁を指差す。そこにはデジタルの時計があり、1分30秒と表示されている。
「クリアしたら時計は止まる。このスイッチはあの扉を開けて入り口に戻るためのものだよ。」
見ると小さな扉がありその奥には階段、その上には入ってきた入り口が見える。
「あとは帰るだけ。でもせっかくだから、キュウ。一回やってみな。」
セイちゃんが笑いながら言った。
「そうだな。もう失敗しても大丈夫だから。軽くやってみろよ。」
コウちゃんも促す。
「うん。わかった。」
僕は野球ボールでやる方に入った。横にはボールがあり、前には飛び越えられないくらいの柵がある。
「柵から前に出なければどこから投げても大丈夫だぞ。」
「うん…。わかった…。じゃあ、やってみるね。」
僕は柵のギリギリから球を投げた。一球、また一球と。終わったときには、というよりやる前から結果はわかってたけど…。
「キュウ。向いてないな。お前は。」
「そうだな。一球くらい当たるはずなんだけどな。まあ疲れてるだろうし。」
「たぶん疲れてなくても同じだよ。僕の一番苦手なことだから…。」
僕は投げるのが一番苦手だった。でも一球くらい当たってほしかった…。
「じゃあ戻るぞ。」
コウちゃんがスイッチを押して歩き出した。
「キュウ。気にするな。人には向き不向きはあるって。」
セイちゃんに励まされながら僕は歩いた。階段を上るときはフラフラしていた。
たぶん10分しかたってないはず。でも僕にはもう1時間くらいたったような感覚だった。疲れた。本当に疲れた。手も足も痛い。ただ僕は嫌な気持ちにはならなかった。
向き不向き。向いてないことができなくても、ここにいる仲間は怒らないでくれたから。
もっと早く出会いたかった…。




