第102話 勉強と対策。
「うん。それでいい。大丈夫。」
ケンちゃんはノートを見ながら僕に言った。
「よかった。じゃあ次の問題に進むね。」
僕はふぅーっと息を吐き、次の問題に取りかかった。外はさすがに暗い。夕食後にケンちゃんが家に来てくれた時間が7時30分、それから約二時間くらいたっていた。
「キュウ。今日の夜に勉強を教えに行くから。」
プールの特訓が終わり、セイちゃんの家で一休み。夕方になってセイちゃんの家を出るときケンちゃんが僕に言った。
「助かるけど、いいの?大丈夫なの?」
昨日セイちゃんの家に泊まったこともあり、正直許されない気がして僕は聞いた。
「さすがに泊まることはしないよ。10時くらいまで教えるだけ。おばあちゃんに車で送り迎えしてもらうから。」
「おばあさんに悪くない?」
「大丈夫だ。セイの家で何かご馳走になるとよくその時間に迎えに来てもらってるし。それに人のことより自分のことだろ?勉強も苦手って言ったんだからちゃんと克服しないと。」
ケンちゃんがいつになく真剣な目をしている。僕としてもありがたいことだから素直にうなずいた。
「じゃあ、お願いします。」
「了解。」
ケンちゃんは笑った。すると僕の肩をメイちゃんがたたく。振り向くとメイちゃんが口を動かした。
「私も…。」
「メイちゃんはダメよ~。」
メイちゃんが口を動かすよりも早くセイちゃんのお母さんの声が響いた。メイちゃんが「え?」と口を動かした。
「メイちゃんはセイと一緒に家の片付けをしてもらうからね~。」
セイちゃんのお母さんは笑顔でメイちゃんを見た。メイちゃんは目で何かを訴えている。
「メイちゃん。ただでさえ昨日はキュウちゃんと一緒に寝たんだから。ついていって『泊まる』なんて言い出しそうだからダメです。」
メイちゃんは下を向いてしまった。さすがに良くないことだ思っていたらしい。
「メイちゃん。明日また遊ぼう。」
僕の言葉にメイちゃんは小さくうなずいた。手を振るメイちゃんとセイちゃんに見送られ僕たちは家に向かって自転車を走らせた。
「あのままメイも来ることになったらどうしようかと思ったよ。」
ケンちゃんは思い出しながら呟いた。
「メイちゃんがいたら何かあった?」
そう聞くとケンちゃんは首を横に振った。
「メイが来たらセイも来るだろ。そしたら進むものも進まないだろうから。」
「うーん。確かにそうかも。」
「あっ、認めたな?明日セイに言ってやろう。」
「え?でもそしたらケンちゃんも同罪でしょ?」
言葉が一瞬止まり、そのあと二人で大笑い。ケンちゃんとこんなに仲良くなれるとは思わなかった。だから嬉しいし楽しい。笑い終えたとき、ケンちゃんが『あっ』と何かを思い出したように僕を見た。
「キュウ。例の学校の教科書見せて。」
昨日話した落書きされた教科書。僕は押し入れの奥からカバンを引っ張り出し、中からそれを探した。それはもしものことを考えて一番奥にしまってあった。目に入ったとき、教室の風景を思い出して体が震えた。ゆっくりとつかんでケンちゃんの前に置く。ケンちゃんは中をパラパラと確認する。
「これは…、思ったよりひどいね。ここまでやるんだ。」
ケンちゃんは独り言のように呟きながら全部の教科書に目を通した。
「キュウ、学校で使ってたノートもある?」
「うん。待って。」
僕はノートを取り出してケンちゃんに渡した。ケンちゃんは睨むように教科書とノートを見比べてから大きく息を吐いて言った。
「これなら立派な証拠になるね。」
「え?証拠?」
驚く僕を見てケンちゃんは笑顔でうなずいた。
「うん。いじめの、少なくともキュウが誰かにやられたいやがらせの証拠。これがあれば学校もキュウの言葉を信じる。だから先生からの疑いは晴らせるよ。」
「どうするの?」
ケンちゃんは飲み物を一気に飲んでから話し出した。
「この教科書を担任の先生に見せればいい。『僕はこんなことをされていました。』と言って。」
「でも先生は僕の自作自演を疑ってるよ?」
「いくら先生が疑ってても『自作自演でここまでしない』ってことぐらいわかるよ。大体自作自演をするなら、こんな状況になる前にもうやってるはずだし。」
「それでも疑われたらどうすれば?」
「そのときは『警察に筆跡鑑定を依頼します』と言えばいい。」
『警察』という言葉に僕はゴクッと唾を飲み込んでケンちゃんを見た。ケンちゃんは平然としている。
「キュウ、いじめの発覚を一番恐れてるのは先生たちなんだよ。いじめてる人間は謝れば済まされるけど先生は責任問題になるんだから。『警察』という覚悟をこっちが示せば先生も動くよ。自作自演で警察に依頼する人間はいないから。」
「でも誰がやったかはわからないんじゃないの?」
「君の場合は誰がやったかはどうでもいいんだよ。重要なのは『君がやってない』という証明、それだけあればいい。まあ誰がやったかは筆跡鑑定をやったら特定できるだろうけど。」
「僕がやってない証明だけでいいの?」
「ああ。君がやってないなら誰かがやったことになる。つまり誰かが君の教科書にそんなことをしたという証明になる。そしたら君への疑いは晴れる。同時に先生はこれ以上問題が大きくならないように君を守らないといけなくなる。」
ケンちゃんの言葉が体に染み込むように感じた。わかりやすく的確なアドバイスだ。
「ケンちゃん、いじめられないための心構えみたいなものはある?」
ケンちゃんは目を大きくして僕を見て、それから笑った。
「あるけど。ただ君には必要ないよ。もうわかってるはずだから。」
「え?そうなの?」
「うん。いじめられないようにするには相手に対して自信を持って対応すること。嫌なものは嫌だとはっきり伝えること。もう一つは一人でいることを恐れないこと。友達になれないような人もいることを知っておいて、むやみに友達になろうとしないことだね。」
確かに…。今の僕には備わっている。備わってきている。自信はまだあるか不安だけど、一人でいることには慣れたし。
「キュウ、もしも戦ってダメだったら逃げてきなよ。」
ケンちゃんが突然そう言った。ケンちゃんは真剣な顔をしていた。
「いじめられてる人は教室に自分の味方が一人もいないから、『自分は必要とされてない』と思い込んでしまうらしい。でも自分が暮らす地域の中の、しかも学校の中の一つのクラスでいじめられたからってそんなこと思うことはないんだ。もし君のクラスに居場所ができなかったら迷わずこっちに逃げてくればいい。僕が知る限り、いじめはいじめられた人に原因がある場合はほとんどない。少なくとも君の場合は君に原因はないから。こっちに僕たちがいることを絶対忘れないこと。いいね?」
僕はうなずく。涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。
「うん。大丈夫。こっちにこんなに素敵な友達が5人もいる。僕には十分過ぎるくらい幸せなことだから。」
ケンちゃんは僕を見て笑顔でうなずいた。
「じゃあ、勉強に戻ろうか。あと少しで帰らないといけないから。」
僕はうなずいて机に向かった。限られた時間に出来ることは何でもやらないと。学べることは全部吸収しないと。強くならないと…。




