第100話 練習と自信。
「キュウ、ボールを見るな!あともっと前につくように!」
「はい!」
僕はボールを前につく。それに追い付くように走る。体育館にボールの音と靴の音が響く。
朝ごはんを食べてからコウちゃんに連れられて体育館に向かった。コウちゃんがまず教えてくれたのはバスケだった。
「ドリブルとパス、あとはレイアップ。それだけできてれば、まず大丈夫だ。」
コウちゃんは僕の分の体育館シューズを借りながら言った。準備体操、パス練習とやって、今はドリブル練習に入っていた。
「ドリブルは目の前に相手がいてとられそうなときと相手を抜くときは低く、逆に相手が近くにいないときは高くてもいい。」
コウちゃんはセイちゃんを相手に抜くときのドリブルと抜いた後のドリブルを見せてくれた。
「ドリブルだけで場合によって使い分けなきゃいけない。それは朝やったサッカーのドリブルでわかっただろ?」
「うん。走るときと歩くときや障害物があるかないかで。なんとなくだけど。」
「よし。じゃあ、まずはできるだけ速く走りながらのドリブルをやろう。」
そう言ってコウちゃんは説明を始めた。コウちゃんは人に教えるのがすごく上手い。まずはやり方とコツを説明してお手本を見せ、そのあと僕にやらせる。僕の動きを見て、何ができていて何ができていないかを説明してくれる。決して頭ごなしに「何でできないんだ」とは言わない。「この部分はできてるから、こっちの動きに注意して。」と言ってくれる。特にできている箇所を教えてくれるのは、運動が苦手な僕みたいな人間には嬉しい。「ここが悪い。あれができてない。」と言われるとだんだんやる気がなくなるけど、「ここはできてるから。」と言ってもらえると頑張れると思う。
「よし。キュウ、やってみよう。」
「うん。」
僕は説明とお手本を頭にイメージしながら体育館をドリブルでまわる。グルグルとまわる。
「キュウ、ドリブルをもっと遠くにしてみてくれ。限界まで遠くにボールをつくように。」
僕は言われるままにボールを前につく。そのボールに追い付くように体を前に出す。
「よし。そのペースで三周。終わったら逆まわり。」
「はい。」
僕は言われるままにまわる。まわる。まわる。
「よし。少し休憩。」
「は、はーい…。」
僕は体育館の入り口を出たイスに倒れた。けっこうしんどい…。体育の授業でもこんなに疲れたことはなかったから。
「大丈夫?」
メイちゃんが目の前にしゃがみこんで僕を見ている。
「こんなに頑張って体を動かしたことなかったんだよね…。」
メイちゃんはリュックからコップと水筒を取りだした。僕は体を起こしてコップを受け取った。メイちゃんはうれしそうな笑顔でジャスミンをついでくれた。
「キュウ。大丈夫か?」
セイちゃんが僕の頭を叩きながら言った。
「うん。なんとか…。」
「コウのやつは笑顔で鬼のようなことやらせるからな。」
セイちゃんは笑う。すると体育館からケンちゃんが出てきた。かなり息があがっている。
「それはセイも同じだろ。いきなり練習相手にさせられた僕の身にもなってくれ。」
「あんたがキュウに負けたくないって言うからあたしが教えてやったんだろ?」
「教えるだけでよかったんだよ。」
ケンちゃんは僕の隣に座り、メイちゃんからジャスミンを受け取った。
「お?そっちも休憩か。」
コウちゃんが歩いてきた。隣にはユウちゃんもいる。
「コウ。キュウに厳しすぎないか?いくらなんでもハードだぞ。」
セイちゃんがメイちゃんからコップを受け取りながら言った。
「キュウならこれくらい大丈夫だ。」
コウちゃんは僕の前に立って笑った。
「キュウはたぶん持久力の塊だ。そうじゃないとアメイズで何日もあんなに動けないはずだからな。今疲れてるのも走ったりすることに慣れてないからだと思う。」
「そうなのか?」
セイちゃんは疑いの目でコウちゃんを見た。コウちゃんは僕を見て笑う。
「まあ一日俺を信じてやってみろ。そうすればわかるから。」
僕は笑顔でうなずいた。コウちゃんなら信じられる気がしたから。
「よし、あと少し休憩したらバレー。そのあとはサッカーの基礎だ。」
「うん。お願いします。」
僕はできるだけ大きな声で返事をした。
「頑張ってね~。」
「無理はするなよ。」
「頑張れ。でも僕も負けないようにしないと。」
みんなの応援から元気をもらい立ち上がった。ここに来るまで応援なんてされたことがなかったから嬉しい。心も体も軽くなった気がした。
「よし。じゃあ休憩終わり。次やるぞ。」
コウちゃんが体育館に向かう。僕はメイちゃんにコップを返してからコウちゃんのあとを追った。
そして1時間後…。
「キュウ。ちょっと来てくれ。」
コウちゃんが僕を呼んだ。僕はそのときセイちゃんにバレーのレシーブを習っていた。セイちゃんが「行け。」と合図をしてくれたので僕はコウちゃんのところへ走った。コウちゃんは知らない人と話していた。
「キュウ。今から5対5でバスケの試合やるから。お前も入れ。」
突然のことで驚いて言葉も出ない。
「コウ。チームはどうする?」
「俺とこのキュウは同じチームで。あとはハンデとして一番でかいやつをくれ。」
「わかった。」
僕が意見を出す前にあっという間に決まってしまった。
「コウちゃん。僕まだ自信ないよ。背も一番小さいし。」
コウちゃんは僕の肩をバシッと叩く。
「キュウ。何事も経験だ。俺の教えたことをやれるかどうか試すいい機会だから。」
僕はうなずいてみせるけどやっぱり自信がない。そんな僕の不安をよそに試合は始まった。
「キュウ。お前のマークは10番つけてるやつ。ディフェンスはとにかくドリブルで抜かれないことだけ考えて。シュートは最悪うたれてもいいから。」
「うん。わかった。」
「あと、オフェンスはなるべく止まるな。教えたように味方を見て動け。いいな。」
「はい。頑張ります。」
そう返事をした瞬間、さっそく僕のマークの10番にボールが渡った。僕はドリブルで抜かれないことだけを考えながら構えた。
抜かれないように相手と少し距離をとって…。なるべく内側に抜かれないように注意して…。ドリブルが止まったら距離を詰めて…。
相手が右にドリブルで抜きにくる。立ちふさがるようにそれを止める。相手が切り返す。それに合わせて止める。相手がパスを出す。僕はボールと相手が見える位置でマークを続ける。
「いいぞ。キュウ。それでいい。抜かれないことだけ考えろ。」
コウちゃんの指示に従って相手をしっかりしつこくマーク。相手チームがシュートして味方がボールを拾った。
「キュウ、走れ!」
僕は弾かれるように走る。すると僕の方へボールが飛んできた。
「キュウ。落ち着いてつかんでレイアップ!いけ!」
コウちゃんの言葉が僕の体を動かす。落ち着いてボールをつかむ。そしてレイアップ…。足が合わずに変なフォームになった。ただ、ボールはリングの上をまわってから入った。
「キュウちゃ~ん。ナイスシュ~ト~!」
「いいぞ!キュウ!」
みんなの声が聞こえた。ただそれ以上に僕はボールが入った感動で頭が真っ白になっていた。
「キュウ!急いで戻れ!」
コウちゃんが叫ぶ。僕は我にかえった。10番がドリブルで僕を抜いていく。
「抜かせない。ドリブルだけは。」
僕はぴったりマークして並走する。10番は急に止まりシュート。ボールはゴールに吸い込まれた。
「キュウ。マークの仕方は今のでいい。ただ、次は相手より早く戻ってくれ。」
「うん。ごめんなさい。次はちゃんと戻る。」
コウちゃんは僕の背中をバシッと叩いてからボールを持ってドリブルを始めた。僕はコウちゃんの指示だけを頼りに走り続けた。ただ、真剣に。ただ、必死に。
「試合終了!お疲れ!」
みんなが駆け寄ってきたけど、僕は動けない。試合は負けたし、10番の人に3本も決められた。そのうち1回はドリブルで抜かれてしまった。
「抜かれないように頑張ったのにな…。」
少し落ち込む僕の肩をメイちゃんがたたいた。
「頑張ったよ。かっこよかった。」
「そうかな…。頑張ったけど、かっこよくは…。」
すると相手の10番とコウちゃんが僕の前に来た。
「今、コウに聞いて驚いたよ。経験者じゃなかったんだな。ドリブルやシュートはまだまだだけど、ディフェンスの粘りはすごかった。あんなにしつこくされたらやりにくくて。」
「キュウ。ディフェンスは完璧だったぞ。相手にここまで言わせたんだから。」
二人は興奮しながら僕にそう言った。ただ、僕は信じられなかった。スポーツでほめられたことがなかったから。
「でも抜かれないことだけ考えてたのに抜かれちゃったし。」
自信なさげに僕は言った。すると10番の人が僕の頭をパシッと叩いた。
「お前がそんなこと言ったら、地区代表の俺の立場がないだろ。」
地区代表…?え…?
驚いてコウちゃんを見た。コウちゃんはうなずく。
「こいつは地区大会を必ず勝ち進むチームの一人。地区レベルで言えば、こいつを完璧にマークできるやつはいない。だからお前はディフェンスだけなら地区代表を争えるレベルだ。だからディフェンスだけは自信持っていい。」
コウちゃんがうれしそうに笑い、僕の手をつかんで起こした。あまりの驚きで体がフラフラする。メイちゃんが僕を支えながら口を動かす。
「キュウちゃん。かっこいいよ。すごいよ。自信持って!」
メイちゃんが両手をぎゅっと握ってぶんぶんと振った。真剣な目で僕を見る。
「自信…、持っていいのかな…。」
そうつぶやくとメイちゃんは大きくうなずいてはじけるような笑顔を見せた。




