作戦会議1
「では先ほどのパレードにいたあの連合の勇者が……」
「スイメイ殿の知り合いなのですか!?」
レフィールとフェルメニアの驚愕の訊ねが、室内に響く。
勇者凱旋のパレードのあと、水明たちは宵闇亭のギルドマスターの部屋に集まっていた。
ソファに腰かけた水明は、顔に険しいしわを深く刻む。
「あいつは俺の幼馴染みの朽葉初美に間違いない。まさかあいつまで召喚されてるとは」
そう、重苦しい息を吐いて、彼女たちの訊ねに答えた水明。連合の勇者が知り合いだと聞いたフェルメニアたちは、あまりの偶然を耳にして呆気に取られたような顔をしていた。
「友達の召喚に巻き込まれたうえ、幼馴染みまで同じ世界に召喚されているとは、また数奇なこともあったもんだねぇ」
巡り合わせの妙か、星の導きなのかと、片目つむりのルメイアが目を丸くして煙管をふかす。全く彼女の言う通りであった。これを数奇と言わずしてどう表現すると言うのか。縁同士が数珠つなぎになってこの世界に放り込まれたような気がしてならない。
すると、レフィールが先ほどの水明の行動を思い出す。
「それでさっきはあんなに呼び掛けていたというわけか」
「ああ。そうなんだが……それなのにどういうわけか、あいつは俺に反応してくれなかったんだよな」
「姿が似ているだけの別人ということはないのですか?」
「いや、そうなると顔だけならまだしも、服装も一緒だったところは説明が付かなくなる。それに名前も一致してる」
「ハツミ・クチバだね。確かに勇者の名前は、あんたの言っている名前と同じだね」
「ええ……」
水明が頭を抱えて苦しんでいると、リリアナが疑問を口にする。
「単純に、すいめーの声が届いていなかっただけ、なのでは?」
「そうかも知れんが、パレードの最中に俺はあいつと目が合った。あいつはこっちを向いて、俺を視界にい入れたんだ。それなのに気が付かないってのが、どうも腑に落ちなくてな」
「人が多すぎて、気付かなかったということも、考えられますよ?」
「そうか……やっぱりそうだよな」
水明は自分に言い聞かせるように頷く。確かにリリアナの提示した通り、数多くの人が集まっていたため視界に入っても認識できなかったという可能性はある。気付いた気付かなかったなどにこだわって議論していても、仕方ないことだ。
いずれにせよ――
「俺はあいつに会いにいかなきゃならないしな」
水明の言葉で、ルメイアは色々と察しがついたか。
「それで? あたしを話に呼んだわけか」
「ええ。ギルドマスターという立場なら、勇者とも渡りが付くのではないかと思いまして」
そう、水明がいくら彼女の友人でも、連合の人間たちからすればただの一般人だ。そんな人間が、簡単に勇者にお目通りが適うなど考えにくい。
そのため、高い地位を持つルメイアに頼めばこともすんなりと進むと考えたのだが。
そんな水明の期待に反し、ルメイアは渋い顔をして首を振る。
「すまないね。それがちょっと難しいんだよ」
「難しい、とは?」
「いやね、どうも王室の話じゃ、あの勇者は外にはあまり出たがらないらしいんだよ。こっちの世界に来てからまだ日が浅くて、慣れてないからってことなんだけど。で、それもあって勇者の負担になるから、謁見とかも禁止なんだとさ」
「なるほど。それでルメイア殿は勇者にまだ会っていないと言っていたのですね?」
「そういうこと。勇者関連の話についてはミアーゼンの王室がやたら神経質になってるんだ。あたしが持ってる権力を全部注ぎ込んでも、勇者との謁見はさせてはくれないだろうね」
「戦わせたりパレードに参加させたりしてるのに、おかしな話ですね」
「まったくだよ。なに考えてんだかねぇ連中はさ」
と言って、水明に同意するルメイア。彼女はこの件には少なからず不信感を持っているのか、不満顔で煙管をふかしている。狐なのにぶうぶうと言っているのはこれ如何に。
するとフェルメニアが、顔をにやにやさせて訊ねてくる。
「連合の勇者殿はスイメイ殿のご友人ですし、気になるのですか?」
「ん? そりゃあ……な」
水明が察しの悪い様子で首肯すると、今度はルメイアが援護射撃か。やにやと気味の悪い笑みを向けた。
「へぇー色男。こんだけ美人揃いなのにまだ女にコナ掛けようってのかい? あんたも隅におけないねぇ」
「は……? ち、ちがっ! 別に俺は……」
うり、うりと煙管の先でつついてくるルメイア。無論水明は別にそんなつもりではなく、否定するが、レフィールはそう捉えなかったらしい。
いつになく静謐で凄みのある表情を向けてくるレフィール。
「スイメイくん。君とはじっくり話す必要がありそうだな」
「ちょ、レフィさん!? 怖いです!? 怖いですって!?」
豹変するレフィールに水明が引け腰になって後退っていると、ルメイアがカラカラと勝気な笑い声を出す。
「まあそんな冗談はさておきだ」
「この、自分で爆弾投げ込んどいて……」
水明が恨めし気な視線を呉れると、ルメイアは新しいおもちゃでも見つけたかのような悪魔的な顔をする。
「スイメイ。あんたイジると面白いね。もといた世界でも、意外とそう言った役回りだったんじゃないかい?」
「ぐ……」
「っははは! いやその様子だと図星みたいだね。まああんたにとっちゃ難儀なことだが」
ルメイアは、こっちは楽しませてもらっているよと笑っている。水明は敵が増えたと内心嘆くが、彼女はすぐに巫山戯けの笑みを消して真面目な顔を見せた。
「友達だから、気になるのかい?」
「ええ。あいつとはホント小さな頃からの付き合いですし、どういった状況にあるのかは確認したい。無理やり戦わせられている可能性もないとは言えませんしね」
「ふむ……」
その意見には思うところがあるのか。こちらの世界の人々には、勇者は求めを快諾してくれるものだという偏った観念があるため、無理やり戦わせているかもしれないという憶測がいまいちピンと来ないのだろう。だが、その線は向こうの世界から来た水明には、十分考えられることでもある。
それに黎二やエリオットのように、戦わなければいけないと思うようになったその不可解な心境の変化についてもまだ答えが出ていないのだ。それら全てをひっくるめて見てみなければ、安心などできない状況にある。
フェルメニアが首を傾げ、疑問を口にする。
「ですがどうします? 正面から会いに行けないのですから、スイメイ殿は勇者殿と接触する手段がありませんよ?」
「まーそうなったら手なんて一つだよな……」
水明は顎をさすりながら、窓の外に目を向ける。
魔術師の時間である夜は、これから始まる。正攻法で会えないのなら、奇をてらうしか手段はない。




