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宵闇亭支部のギルドマスター

 レフィールの知る辺を頼りに、連合宗主国はミアーゼンの首都に到着した水明たち一行。

 ここに着くまで、最初の街を含めて二、三大きな街を経由したが、ミアーゼンは宗主国とあって、首都たる街の規模はそれらと比較しても大きいものであった。街を囲む城壁はそう高くはないが、外周はフィラス・フィリアよりも一回りは大きい。その分なのか、他の連合の街と同じように家と家との間隔が広く

取られており、窮屈さはない。



 そしてこの街は剣士の他に、亜人が多いのも特徴的だった。剣の都と言うだけあって、それを作るドワーフが集まっており、国の気風からか獣人たちも多くいた。

 真っ昼間なのにもかかわらず店で酒を呷るドワーフや、陽気のせいか憩いの場で日向ぼっこに興じる獣人など、人の入り交じる帝国よりもよく見かける。



 街に到着するなり、すぐに宵闇亭に入った水明たち。受付嬢にギルドマスターの知り合いだと伝えると、彼女はすぐに確認を取ってくれ、スムーズに二階にあるギルドマスターの執務室へと入ることができた。

 ――部屋に入ると、ギルドマスターらしい人物が革張りのソファにどっかりと腰かけ、くつろいでいた。

 性別は女。歳の頃は妙齢と言った具合の若々しさを持っており、ソファから背中が余るほど大柄である。どこか和装にも似た服を着こんでおり、煙管をスパスパふかしていた。

 しかし、特徴的だったのは金色の髪に狐の耳がにょきっと生えていることと、臀部から尻尾が花咲くように一、二、三……計七本もの狐の尾が生えていることか。



 存在感を感じさせる泰然さと、麗しさ華やかさを合わせ持った狐の獣人であった。

 レフィールは既知にまみえたときの快い笑みを浮かべ、フェルメニアは多少なり緊張した様子。一方でリリアナは、「しっぽ……いっぱい」と陶然とした言葉を漏らし、彼女の金毛の尾に目が釘づけになっていた。

 獣人の女性の対面に全員が席に掛けると、彼女は喜びを堪えるのももう限界いっぱいだと言うように忍び笑いを漏らす。そしてひとしきり笑いをかみ殺すと、



「――まさか生きていたとはねレフィ。くっ、ふふふ……何というか思い掛けない好事もあったもんだねぇ」



 宵闇亭ミアーゼン支部代表であるルメイアが、まさに勿怪の幸いと言うように、そう声高に快哉を上げた。



「ご無沙汰しておりますルメイア殿。この度は突然の来訪を快く迎えて下さり、感謝の言葉もございません」



 レフィールが畏まった態度で礼を取ると、獣人の女性――ルメイアは「はっ……?」とおかしなものでも目の当たりにしたように胡乱げに口を開けた。



「何だい何だい? 初めて会ったわけでもないのに随分と他人行儀な物言いだねぇ。こんな場所だろうと、あたしは別に気にしないよ?」


「久しぶりなのですから最初の挨拶くらいきちんとした礼に則るのが筋でしょう?」


「カタいねぇ。獣人相手に何を今更」



 難儀そうな顔をするレフィールに、肩を竦めるルメイア。よく言えばおおらか、悪く言えば大雑把と言われて久しい獣人の大半は、人間の礼節が苦手と聞く。彼女もそう言ったクチなのだろう。格式ばったのはおよしとでも言うように、辟易とした顔をする。



「ところでそれは何です?」



 レフィールは、ルメイアの手元にあった焼き物の器に視線を向ける。するとルメイアはあっけらかんとした様子で、



「決まってるだろ? 酒だよ。さ、け」


「い、いまは職務中でしょう……」


「構うもんか。これはあんたが生きてたことの祝い酒だよ」



 そう言って盃を持ち上げ、ぐびりと中身を呷るルメイア。しかし、嬉々としている彼女とは対照的に、レフィールはどこか浮かない顔を見せる。

 すると、その表情の翳りの意味を察したか。ルメイアは一転、静かに目を伏せる。



「……やっぱり父親(アーディファイズ)はダメだったか」


「はい。私を逃がすため、陛下や団長と一緒に兵を率い、時間稼ぎを。おそらくは命はないでしょう……」


「惜しい男を亡くしたねぇ……」


「ルメイア殿にそう言っていただけると、娘として光栄に思います」



 畏まって頭を下げるレフィール。彼女とルメイア双方、しばらく沈黙に徹したのは、死者に祈りを捧げたからか。

 ひとしきり静かな時間が過ぎると、ルメイアは煙管を咥え、ふうと煙を吐き出した。



「ふ、しんみりなんぞいつまでも引きずってるようなもんじゃないね。じゃあそろそろ連れのお友達を紹介してもらおうか」



 とんとん、と煙管の灰を落とし、ルメイアはゆっくりと視線を一巡させる。彼女の要望に応え、手短に水明たちのことをルメイアに紹介するレフィール。

 彼女の紹介が終わると、それぞれが名乗り始めた。



「いま紹介に与ったスイメイ・ヤカギと申します」


「フェルメニア・スティングレイと申します」


「リリアナ・ザンダイク、です」



 ルメイアの口から、「ほう……」と興の乗った声が漏れたのは、聞き覚えのある名があったからだろう。フェルメニアもリリアナも、それぞれ音に聞こえた名前なのだ。

 するとルメイアは、先ほどはカタいと言ってレフィールを腐していたにもかかわらず、持っていた煙管を置き、居住まいを正して名を名乗る。



「あたしの名はルメイア。金狐(テイル)族のルメイアだ。承知済みだろうが、ここのギルドマスターをやっている」



 自己紹介を耳にして、フェルメニアの表情が緊張でわずか固まったのが、水明には見て取れた。その名乗りだけで、普通は萎縮してしまうようなものだろう。

 一方で異世界の勇名など知らぬ水明には、衝撃はない。そんな彼にフェルメニアが耳打ちする。ルメイアは薄明、孤影に並ぶ七剣の一人、山茶花(さざんか)と呼ばれる剣士であると。



(やっぱ強いのか)


(山茶花の剣舞后(けんぶこう)は七剣の中でもとりわけの強さです。わかりにくければ、姫殿下と同格かそれ以上の力量と思っていただければよいと思われます)


(ああそうなの……怖ぇこって)



 げっそりと肩を竦めた水明。こうとんでもない者がぽんぽんと出てくると、名状しがたい蟠りが胸の中にできる。実際ティータニアは脅威だったし、ローグもかなりの力量だった。とまれそれと同格かそれ以上ということは、恐ろしい力量を持った剣士なのだろう。



 ルメイアの視線が不意に水明の方を向く。しかし何か言葉が掛けられることもなく、彼女の視線はすぐにレフィールの顔へと移った。



「そっちの兄さんの方は聞かない名前だけど、まあ他二人は随分と有名どころ引き連れてきたじゃないかい? アステルの天才魔導師に――」



 わずかな間ののち、リリアナに向けられる鋭い視線。



「帝国十二優傑の一人、孤影の剣将殿の娘とは」


「いまは十二優傑では、ありません。そして、帝国の軍人でも」


「確か何とか事件の犯人に仕立て上げられたとか聞いたけど、それで懲戒喰らって辞めたのかい?」


「事情はありますが、似たようなものと言えば、似たようなものでしょうか」


「ふむ、事情がありそうだね。まーあたしんとこにケンカ吹っ掛けるわけじゃなけりゃどうでもいいんだけどさ」



 そう気にした風もなくしているが実際にはどうなのか。それを察して、レフィールが念押すように、力強く言う。



「大丈夫です。リリアナは私たちの仲間です」


「ふ、そうかい」



 レフィールの明言に気風の良さを感じたか、笑んで八重歯を見せるルメイア。一方、仲間と力強く断言してくれたことが嬉しかったか、リリアナはレフィールの腕にぎゅっと抱き付きその喜びを表した。

 仲の良さそうな様子に、再びルメイアの表情が柔らかくなる。



「あたし孤影殿とは勝負したことはないんだよねぇ」


「大佐も、そう言っていました。一度、手合せしてみたいとも」


「そういやレフィ、あんたもうあたしよりヤットウは強くなってるだろ?」


「いいえ、そんなことはありません。私の剣の腕などまだまだです」


「ふぅん……あんた本当にそう思ってるのかい?」



 静かに謙遜するレフィールに、ルメイアは意地の悪そうな笑みを向ける。行動の端々を見ただけで、現在の彼女の力量を見抜いているのだろう。熟練の剣士の慧眼は恐れ入る。



 さりとてレフィールが七剣に匹敵する力を持っているのは疑いようもないのだが――



「そういや、なんでレフィールはその七剣とやらじゃないんだ? それくらい強いだろ?」



 以前から思っていたことだが、ふと思い出された水明の疑問に、応えたのはレフィール。



「北方では五年に一度、七剣の称号を持つ剣士を決める大会があってね。それに出て勝たなければ、称号はもらえないんだ」


「じゃあ出なかったのか? どうして?」


「私には精霊の力があるからな。それがあると試合が公正ではなくなるだろう?」


「そんなのあたしゃあ関係ないと思うんだがねぇ。そういう理由でレフィもアーディファイズも大会には出なかった。頑固なもんだよ」



 ふぅと、ルメイアはまた煙を吐き出す。確かに彼女の吐息通り、精霊の力も己の力と見做すなら、不正ではないだろう。だがそれは、本人たちが不公平と思っていればその限りではないとも思う。勝ったところでつまるところ結局は、自分が納得せねばならないのだから。



 帝国でレフィールの力を目の当たりにしたフェルメニアが、低く唸る。



「あの力です。大会に出ればおそらく七剣の中でもかなり上位に食い込む……いえ、七剣の頂にさえ届く可能性もあるかと」


「私も勝ち上がる自信はあるぞ」


「だろうなぁ」



 彼女の自信に、文句の付けどころはない。もともと、アステルの宵闇亭で出会った当初からレフィールの力量は相当なものだったのに加え、ラジャスと戦った折に、最終的には奴を圧倒するまでに力が跳ね上がったのだ。身体が小さくなった期間にブランクが発生していたとしても、誤差の範囲と呼べるほど小さな影響でしかないだろう。



 七剣に名を連ねる全ての剣士を知るわけではないが、いまその全て集め、戦わせたのなら、順位が変わることは間違いないはずだ。


 水明がそんなことを考えていると、レフィールが彼の方を向く。



「だがスイメイくんも魔術を駆使すれば、剣技だろうと追随できるのではないか?」


「俺が? いや……それは厳しいな。俺みたいなハンパ剣士が相手の土俵に入り込んで勝つのはかなり無理があることだ」


「半端? 剣術を習っていたのではないのか?」


「途中からまともに覚えることができなくなったからな。ほとんど基礎だけみたいなモンだよ。まあ師範(せんせい)に言えば教えてくれてたんだろうが……」



 師範――朽葉鏡四朗。水明が通う道場で剣術を教える古流の剣士であり、日本有数の剣豪だ。水明の父とは古くからの知り合いで、その伝手もあって水明も幼少のころから彼のもとで剣の稽古に励んでいた。

 途中から魔術に専念するため、剣を学ぶ方がおろそかになったのが本人としても惜しむらくところではあるが、それについては彼も事情を知っているため、おそらく朽葉の剣を教えてくれと頼めば今更だろうと快く引き受けてくれるだろう。



 ……ただ、「いっぺんは全力で死合おうぜ」などと無体な条件を付けられるのは目に見えているが。



「ふむ……ラジャスと殴りあったり斬り結んだりしていたのを見る限りでは、決して劣るとも思えないが……」



 と、レフィールは思いのほかいい評価を口にしてくれる。一方そんな話を聞いていたルメイアは目をぱちくりさせて、



「なんだ、兄さんスイメイって言ったかい? あんたそんなに強いのか? 見た目は随分なよーっとして、ひょろっちいし、まあ魔法使いだってのはわかるけど……」


「む……まあ、体格については否定しませんけど……」



 渋い声で同意とも取れる言葉を放つ水明。確かに筋骨隆々と言ったわけでもないため、見た目は頼りないかもしれないが……しかし、さすがに食事処から散々である。

 すると、何故かそこでレフィールが不敵に笑って――



「彼は強いですよ」


「ほんとかい? 話を聞く限りじゃ、魔法使いみたいだが……」


「スイメイ殿は英傑召喚で私が勇者以外に呼び出してしまった、異世界の魔法使い……魔術師なのです」


「ほう! 名高き勇者様たちのいる世界の魔法使いなのか。なるほど、それであんたたちが強いって言うんじゃ、ほんとに強いんだろうね」



 ルメイアは感心した息を吐き出したあと、盃をぐびりと呷る。



「やれやれすごいもんだね。異世界の人間ってのは強い奴ばっかりなのかい?」


「いえ。そういうわけではありませんが」


「ふん? そうなのかい? 今回英傑召喚で呼ばれた勇者たちは珍しいことに、ほとんどがかなりの強さを持っていたって話だよ?」



 そんな話があるのか。初めて聞く話に水明は、指折り数えて照らし合わせる。



「……黎二は外れるとして、エル・メイデのナンパ勇者は結構なものだったしな。あとは」


「トリアで呼ばれた勇者の話はあたしも詳しくは知らないけど、連合(ウチ)で呼ばれた勇者は凄腕の剣士だよ。戦場に立ったおかげで、魔族の軍団を押し返したくらいだ。私はまだ会ったことはないんだけどね」


「そう言えば最初の街でも、連合の勇者殿が魔族を押し返した、と聞きましたね」


「……やはり、英傑召喚で呼ばれた者は違うな」



 不意にレフィールが気落ちしたような言葉を漏らして、表情に翳りを作った。自分の国が襲われたときと比べて、不甲斐なさを感じたのだろう。



連合(ウチ)に来たのは、ノーシアスを攻めた魔族の三分の一だろうって話だよ? そうじゃなきゃあたしだって今頃、こうしてのんきにタバコなんて吸ってられない」



 落ち込むことではない。ルメイアはそう彼女を励ます。

 その案じの言葉に、レフィールの表情が幾分晴れると、ルメイアは気風の良い顔をしながらスパスパと煙管を吹かす。そして、ずいとテーブルの上に身を乗り出した。



「ねぇスイメイ。結局、あんたってどのくらい強いんだい?」


「まあ人に自慢できる程度には」



 水明が控えめにそう言うと、レフィールとリリアナが呆れた顔を見せる。



「よく言う。相変わらず胡散臭い口だ」


「まったく、です。それは虚偽の発言に、あたります。訴えられるに足る案件、です」


「おいおい、なんだよ二人して」



 レフィールとリリアナの非難めいた言葉と視線を受け、水明は戸惑いを口にする。普通に謙遜を口にしたつもりだったが、彼女たちにはそう聞こえなかったのか。すると、フェルメニアまで、呆れたため息を吐いた。



「帝都にいたときは姫殿下も倒したでしょう?」


「ほう? 白炎殿が姫殿下ということは、薄明の斬姫のことか。そりゃあすごいな」



 からからと笑い出すルメイア。ティータニアの実力も、彼女は知っているのだろう。

 フェルメニアから、再度非難に満ちた視線が向けられる。



「……やっぱりスイメイ殿が魔王を倒しに行けば全て丸く収まるのではないのですか?」


「いやいやいくらなんでも無理だっての。数が厳しいって前に言っただろう?」


「それについては、兵を集めれば解決できるのではないですか?」


「そうなったら、支援に出された兵士たちは俺の魔術に巻き込まれるの覚悟だな」


「む……しかしスイメイ殿の技量ならば」



 可能性を提示し、なおも食い下がるフェルメニアに、水明は不意に魔術師の顔を見せる。



「フェルメニア、アンタ戦場で魔術を使うってその話はこっちの世界単位で考えてるな? この前俺は隠秘学的エントロピーの話をしただろ? この世界の魔法使いはエントロピーの増大量の少なさのお陰で、戦場単位で魔法を使っても問題ないが、俺はそういった場では無暗に魔術の連発が出来ない。加えて戦場で沢山の人間がバカスカ魔術を撃つ羽目になるんだ。絶対かみ合わなくなるぞ?」


「あ……」


「だがスイメイくん。君は大きな魔術を使わなくても戦えているだろう?」


「あのときか。あのときは確かに一万倒したらしいが、引き換えに随分とボロボロになった。俺が怒りで周りや自分のことに気を配ってなかったってのもあるが、エントロピーの調整時間の戦いのせいだ」



 すると、論破したいのかルメイアは、鬼の首でも取ったように、しかしそれにしては嫌みのない嘲笑を浮かべ、



「ふふん。なら、単純に将だけ倒して回ればいいんじゃないのかい? それだけで戦いはかなり楽になるはずだ」



 確かに彼女の言う通り、頭を討つのはセオリーだ。だが、魔族との争いに限っては、その手は効果が薄いと言える。



「無理でしょう。将を討てば確かにその戦場では優位に立てるでしょうが、長い目で見ればあまり効果があるとは言えません。魔族の将を倒したところで、すぐ次の邪神の加護を大きく受けた魔族が出てくるだけでしょうから」


「……それはどういうことだい?」


「魔族はその個体の持つ力以外に、邪神の持つ力を分けてもらっているのだと考えられます。そのため、力の強い魔族を倒しても、邪神が分け与える対象が変化するだけで、戦力が大きく減るわけじゃない。まあ倒したのがとんでもない知恵者なら変わるのでしょうが……」



 人間の平均的な力と魔族の力、およびその数を比べれば、おそらくは誤差の範囲内にとどまる程度。圧倒的な物量と力の前では、効果が薄いと思われる。



「ではスイメイ殿、魔族の脅威を排除するにはどうすればよいのでしょう?」


「推測だが、単純に魔族の数を減らすしかないだろうな」


「魔族の数をですか?」


「要はここで問題になるのは、邪神の干渉能力と、その容量(キャパシティ)だ。まず、世界の外側に存在する神格は、世界に直接干渉できないという大原則が存在する。そのため、その世界存在するものに働きかけて、その相手に自分のやりたいことを代行させるといった形をとらなければならない。まあ誰ぞに召喚されるっていう例外はあるが、それでも内側からの干渉という間接的なプロセスを必要とするため、まず神格がその世界を自分のものにしたい場合は、邪神の意志と同調したものを大量に作るという回りくどい作業をしなければならない」



 水明は一度言葉を切り、彼なりの説き明かしを述べていく。



「夢やウィスパーによる洗脳や落とし子の懐胎。それによって神格は自分の手駒を増やしてゆく。そして神格の持つ力を求める者が大量に生まれれば、神格も干渉しやすくなり、それだけ神格が干渉できる対象が増えていくし、多くの者に力を分け与えることができる。そうなると世界の内部に干渉する力も増え、その力で手駒も多く増やすことができ――」


「ふむ。繰り返しだな、それは」



 唸るルメイアに、水明は頷く。



「そう、だからそういったものが世界に多く存在する限り、神格の影響力も減らない。だから結果として、解決するには邪神とやらを直接どうにかするか、邪神の干渉能力を脅威以下まで下げるため同調する者、つまり魔族の数を減らさなきゃならない。といってもいきなり邪神を相手にするのはまず間違いなく無謀な話だから――」



 ――この話は将を討たんとするならまず馬を射よ的な話になる。水明はそう言って、説き明かしを締めくくった。



「まあ、魔族の力の根源が、本当に俺の世界で言う邪神の括りに入るものであるとすればって前提だが」


「つまりスイメイ殿の言うことを要約すると、魔族をどうにかするには邪神をどうにかしなければならないのであり、邪神をどうにかするには、魔族をどうにかしないとならない……」


「面倒くさい、です」


「まったくだ」



 リリアナの疲れたため息に、水明は同じく疲れたため息で同意する。しかし――



(しかしそう考えると、陣取り合戦をしているようにしか思えないな。まあ神や精霊への依存から人々が解き放たれない限り、考え方は結局そうなっちまうんだろうが……あ?)



 そう言えば、連合の最初の街でそんな話を聞いた覚えがある。反女神教団と言ったか、確か彼らも、女神から解き放たれなければならないと言っていたはずだ。

 もし彼ら真実そのことに気付いていて、ああいった行動を取っているのだとすれば――



(まさか、な……)



 行き過ぎた思考を嫌い、水明は頭を振って考えを散逸させる。考え過ぎだ。神格に対する知識がないこの世界では、そんな考えに行き着く土壌がないため、神々の争いという答えにたどり着くことはできるはずもない。



 そう水明が思考を振り払っていると、ルメイアが思い出したように切り出す。



「なんか話がだいぶ逸れちまったね。最初は何の話をしてたんだったか」


「すいめーが、嘘つきかどうかという話ですね」


「おいリリアナ、さりげなく嘘つかないでくれよ」


「申し訳ありません。大嘘つきの、まちがいでした」


「おい……」



 冗談を口にして愛らしい笑みを向けてくるリリアナに、水明は困ったようにうな垂れる。

 すると、レフィールとフェルメニアも同調するような姿勢を見せ、



「リリィの言うことは、あながち間違いではないな」


「ですね」


「ひでぇ」



 結局、水明に味方はいなかった。



「――でだ、まだ聞いてなかったけど、あんたたちはどうして連合に来たんだい?」


「俺が異世界から呼ばれた者ということは先ほどお話ししましたが、それでもとの世界に帰るための手掛かりを探しに来たんです。アステルにあった古い書物によると、一番初めに英傑召喚が行われたのがこの連合がある地方だと書かれていましたので」


「当たってみることにしたと。確かに、儀式をした場所は残ってるね」



 心当たりがあるのか、ルメイアは神妙な面持ちで答えた。



「本当ですか?」


「ああ、だが場所が場所でね。いまそこは魔族の勢力圏の内側にあるんだ」


「連合が魔族に攻められているのは、連合にいる時点でどこかしらで聞いてるだろうから余計な話は飛ばすけど、最初に奴らに攻め込まれたときにだいぶ領土を持ってかれちまってね。そのときに、儀式を行ったっていう遺跡のある場所も持っていかれちまったのさ」


「む。ではそうなると……」


「そこに行きたいんなら、居座っている魔族をどうにかしなきゃなんないよ」



 と、脅し付けるかの如く真剣な表情で言って退けたルメイア。彼女なりに大変だと示唆してくれているのだろう。それを聞いた水明は、盛大なため息を吐く。



「はぁ……やっぱりこうなるのか……」



 ソファの背もたれに首を預けて天井を仰ぐ水明。結局魔族との規模の大きな戦闘が避けられないことがわかり、気が萎える。そんな彼に、レフィールが心得顔で言ってくる。



「スイメイくん。君は戦いから逃れられない運命にあるんだろう」


「よしてくれレフィ。よく言われる言葉なんだよそれマジで」



 レフィールにそううんざりとした言葉を返して、水明はそのよく言われる言葉を思い出す。




 ――君もMr.カザミツも、運命は戦いの歯車で回されているのかもしれないね。



 ――少年、人の生とはつまり、戦場の逍遥(しょうよう)だ。この世界に住むあらゆる者は戦地を彷徨わねばならない(ことわり)がある。どんな戦場かは人それぞれだがね、君はそれが人より多いようだ。




 それらは、盟主ネステハイム、そしてヴォルフガングの言った言葉だ。皮肉なのか、訓示なのか、導きなのかは知らないが、ああいったとんでもない化け物共にそんなことを言われれば、頭の痛いことである。

 すると、フェルメニアもしたり顔になって、



「それに、スイメイ殿は自分から戦いに首を突っ込みますしね」


「です」


「う……」



 フェルメニアの言葉とリリアナの首肯に、水明は何も言い返せなかった。

 ……そして、しばらく五人で他愛ない話をしたあと、水明は頼もうとしていたもう一つの事柄をルメイアに切り出す。



「ときに厚かましい限りですが、当分の泊まるところを紹介して頂けないでしょうか?」


「ああ、いいよそれくらい。そうだね……いい宿も知ってるけど、あんたたちにも懐事情があるだろうしね。宵闇亭の宿舎に空き部屋がある。そこなんてどうだい? タダだよ?」


「使わせていただけるのであれば、是非にでも」



 水明はルメイアに頭を下げ、謝意を見せる。単に宿泊施設を紹介してもらうつもりだったが、望外用意してもらえるとは。ありがたい限りである。



「そういやあんたたちはどのくらいミアーゼンに滞在するつもりだい?」


「長くご迷惑をかけるつもりはありません。終わればすぐにでも戻ろうと思いますが……」


「ああ、悪い悪い。出てけってことじゃなくてね。できればここにいる期間を長めにした方が良いんじゃないかと思ってね」


「何故です?」


「いやね、どうも最近連合でも……いやここだけじゃなくてアステルや自治州でも、帝国に対する感情が悪化しているらしくってさ。いろいろ不穏なんだよ。まあ戦になるほどではないみたいだけどね。帝国よりもここにいた方が良いんじゃないかって思ったのさ」



 その話か。最初の街の食事処でも、ガイアスから同じようなことを聞いたばかりである。ということは、現状相当連合の対ネルフェリア感情が悪化しているのだろう。だからといって、戦争が起こることはないが、念のため気遣ってくれているのだと思われる。

 そして、ルメイアは忌々しいとでも言うように煙管を吹かす。



「他には反女神教団なんて瀆神(とくしん)的な連中も出てきてる。まったくどいつもこいつも魔族の侵攻に合わせて動き出すなんて、碌でもないったらありゃしない……」



 それは宵闇亭の長としての言葉だろう。気苦労が多いのは心中察するに余りある。

 彼女が愚痴る一方で、フェルメニア、レフィール、リリアナが水明の方を向く。

 指針を決めるのは水明だ。彼女たちは、彼の考えを待っている。



「で、スイメイ。どうするんだい?」


「それに関しましては、様子を見つつということにしておきます。いずれにせよ、いろいろと道具を置いて来てあるので一度戻らなければいけませんし」


「わかった。ま、あんたたちの腕があれば心配するようなことでもないんだろうけどさ」



 と言って、ルメイアはこの話はお節介が利きすぎた杞憂だろうと話を終えた。

 そんな折、ふと水明はリリアナの視線に落ち着きのなさを見て取った。



「……リリアナ、どうした」


「え、ええと……」



 返事を濁すリリアナは、どこかうずうずしているようにも思える。やがて意を決したのか、緊迫した表情で、ルメイアの方に向き直った。



「ルメイアさんに、少しお願いがあるの、です」


「なんだい?」



 至極真剣な顔で頼みがあると伝えたリリアナは、一度深呼吸をしたあと――



「しっぽを、モフモフさせて欲しい、です」


「は?」


「で、ですから、その、しっぽを触りたい、と……」


「あ、ああ……」



 再びおずおずと頼み込むリリアナに対し、ルメイアはようやっと声を出す。それでも困惑気味だったが、呆気に取られたのは水明たちも同じだった。まさか、そんな真剣な顔をしての頼みごとが、よもやそんなことだったとは。

 呆気にとられた表情を見せるルメイアのもとに、リリアナはとてとてと歩いて行った。



 そして、



「ふみゅう~」


「…………」



 一本のしっぽに狙いを定め抱き付きつつ、他のしっぽにも頬ずりをするリリアナ。とろけた笑顔が満開の彼女を見て、ルメイアはギャップに驚いたとでも言うように、



「あらゆる任務を忠実に遂行することから、帝国の人間兵器なんてあだ名が付けられたって聞いてたが――存外実物は可愛いモンだったんだね……」



 しかして、リリアナがふさふさのしっぽに満足するまで、水明たちは会話に興じることになった。





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