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謁見の間での絶対拒否



 異世界召喚ときて、王女様の登場に、世界救済の依頼である。あまりにテンプレートな展開に、表面上では取り繕いつつも、内面では諦めにも似た戸惑いを持たずにはいられない。


 そんな風に、ある意味で分かりきっていたショックに頭を抱える中、ティータニアは些か戸惑ったように訊ねかける。



「それと、急で申し訳ありませんが、どなた様が勇者様なのですか?」


「えっと……」


「それは……」


 問い掛けに、黎二と水樹が困ったように顔を見合わせる。まさか自分が勇者だと判るわけもない。さもありなん。元々はただの一般人なのだ。勇者なのかと問われれば、絶対に勇者ではないという答えが出るのは必定だろう。故に、そんな問いに意味はないのだが――だからと言って分からないのも困りもの。

 ここは少し呼んだ方からの情報が欲しいと立案。水明が訊ね掛ける。


「よろしいでしょうか?」


「はい、どうぞ」


「そちらが召喚対象を勇者と認めるための――そうですね、勇者の証とも言うべき兆しのようなものはあるのでしょうか?」


「勇者の……兆しですか」


「はい」



 すると、ティータニアは隣に控えたフェルメニアを窺うように見遣り、それに目を伏せ頷いたフェルメニアは、こちらに向き直って答える。



「それならばございます。英傑召喚の儀で呼ばれた勇者には、世界を越える際にエレメントから英傑の加護が与えられ、強大な力を身に宿すのです。貴殿方の中にその条件に該当する方はいらっしゃるでしょうか?」



「それなら、僕がそうなんだと思います。ここに来たとき、以前からは考えられないような力の漲りを感じました」


 黎二が答える。おお、とざわめく周囲の兵士達。そう、この場で力が現れたのは彼だけだ。水樹も水明と同じで、力の発現はなかった。


 それはそうとして。


(エレメントから、ねぇ……)


 水明はそう、心中胡乱げに呟く。エレメントはあちらの世界において、元素を、主に四大元素や五大元素を表す言葉だ。地、水、火、風。もしくはそれに空が当てはまる概念的な要素の事で、魔術にとっても重要な役割を示す言葉になる。

 しかし今のフェルメニアの口調では、まるで生きているものを示すようなものだったはずだ。精霊的な信仰の下にある魔術。精霊魔術を基盤に扱っているにしても、些かおかしい。


 或いは、こちらでは魔術とはそういったものなのか――。



「貴方が、勇者様なのですね……」


「え……あ、はい」


 水明が思考中、気が付くとティータニアが黎二に向かって陶酔したような視線を向けていた。勇者に対し、何らかの憧憬を抱いていたのかもしれない。その上眉目秀麗であればなおのことであろう。対する黎二は些か戸惑っていたようであった。

 そして、ティータニアが唐突に黎二の手を取る。


「勇者様。誠に勝手ながら、どうか、どうかよろしくお願いします」


「え、えええっ!?」


「ひ、姫殿下っ」



 突然の事にローブの彼女フェルメニアも驚いたか。性急過ぎると、焦ったようにティータニアに声を掛ける。

 するとティータニアは、はたと気付いたように、少し顔を紅潮させて手を放した。


「あ、いえ申し訳ございません勇者様。私としたことが先走ってしまい……。これから謁見の間で私の父上がご説明なさると思いますのでお答えはその時に」


「わ、わかりました」



「では、こちらにどうぞ。ご案内致します」


 ティータニアが口にすると、兵士たちは再び整然と並び、水明達に道を開いた。



       ☆



 兵士達に続きながら、見慣れぬ通路を歩く。ティータニアが謁見の間でといった通り、そこは近くなのだろう。ではここは城の内部のどこか。


 彼らに続いて歩いて行くと、薄暗い石造りの通路から、壁にかけられた燭台に照らされた、大理石製の明るい通路に出た。

 今まで通ってきた場所とは違い、凝った装飾もなされ小綺麗である。所々に配置された美術品も見たことのない生物の描かれた絵画や、初めて見る種の甲冑まで。やはり、ここは異世界。剣と魔法のファンタジー世界らしい。 さて、それに関しては周囲の物を見ての所感だが、一方で人物の方と言えば、こちらもまあ少ないとはいえ様々である。

 前後を守るように配置され、見事な足並みで歩く兵士達。彼らは訓練が行き届いているのか、私語は一切せず、こちらにも話し掛けてもこない。

 王女様に付いていると言うことは、所謂近衛兵と呼ばれる者達なのだろうか。見た目ごつごつとした感じは、(いわお)という言葉を想起させる。


 そしてティータニアはと言えば、先程の黎二の印象が良かったためか、彼の隣を歩き、ひっきりなしに話し掛けている。勇者様のいた世界はどんなところなのかから始まり、年は幾つなのかや、得意な事柄は何かなど。そのはしゃぎようはまるで、好きな男の子と一緒に歩く同年代の女の子と同じであった。黎二が羨ましく思う。


 しかし、それには黎二の隣を歩く水樹、彼女は心中穏やかではないだろう。黎二の恋人という訳ではないが、それに一番近しいもの。確実にいまそのポジションを狙っている、それが水樹なのだ。

 なら、美しく、しかも身分のある少女がくっついていれば、どう思うか。表情にはあまり出してはいないが、不機嫌そうである。



 そしてもう一人、宮廷魔導師フェルメニアと言えば……。



「……俺が何か?」



「……いや」


 先程から幾度か向けられていた、窺うような視線を据えかね、少しだけ険の混じった訊ねを投げる。しかしフェルメニアは何事もなかったかのように前を向いて、そのままだった。


 内心、呻く。


(……魔術を待機してたのは失敗だったか。あの様子だと、恐らくは魔術が使えることが見抜かれてるな)


 失態に続く失態である。とりあえず穴があったら入りたい心境なのだが、今はそんな訳にもいかないだろう。

 魔術や魔術師の存在は秘匿するべきものだ。それは科学が跋扈する現代ではどうしても魔術は異端とされ、封殺されてしまうが故の現代での常識なのだが、この世界での扱いでは果たしてどうなっているか。宮廷魔導師なるものが王女と共にあるなら社会的優位性もあるのだろうが、それは王宮レベルの話であって、一般レベルではまだ判然とはしていない。


 簡単に明かすは愚策だろうし、まず黎二、水樹の向こうで暮らす仲間にバレるのは頂けない。



 ――であるなら、先決はどうやってあの口を塞ぐか閉ざさせるかである。これは、しかと対策を練っておく必要があるだろう。


「――着きました。ここが父上のいらっしゃる謁見の間です。では、参りましょう」


 その言葉の通り、通路と部屋の境目に。巨人でも通れそうなほどに大きく、しかも華美で豪奢な扉の前に到着すると、ティータニアがそう促した。


 そしてすぐ兵士の内の一人が扉の番人に声を掛けると、扉の番人が何かを呟いた。


 やがて、ゆっくりとその豪奢な扉が開く。



「わっ!?」


「ええっ!?」


 俄に驚きの声を上げる黎二と水樹。何の行為もなく扉が突然開いたのが意外だったのだろう。

 番人は扉に触れてもいないし、当然自動で開閉する機構も見当たらないのだ。彼等には完全に何が起こったのか分からない。


 驚きを持ったまま、取り急ぎティータニアに訊ねる黎二。


「ど、どうやって開けたんですか?」


「……魔法ですが? それほど意外だったのですか?」


「あ……、僕たちのいた世界には魔法という力はなかったもので」


「そうなのですか。では初めて見るものだったのですね」


 勇者の感激の声が聞けたのが良かったか、ティータニアはにこやかに微笑む。

 一方で、

こちらも高く大きな扉を見ながら瞳を輝かせる水樹。


「……すごい。やっぱりあるんだ、魔法」


 魔法に興味があるらしい。あの手の小説が好きな少女なのだ。やはり、と言うべきか。



 ――しかして水明こちらは、当然のように魔法の行使には気付いていた。番人の呟いていた呪文(スペル)については聞き取ってはいないが、術の構成、式の展開、付与の有無、効果、発動までしっかりと。


(風、だな)


 扉を開けたのは、簡単な魔術だ。呪文の量は三節、風属性、物理的に押し退けるだけの魔術であった。だが――


(……しっかしまあ、扉開けるだけなのになんでいちいち属性を介するような手間を増やすかね? いくらなんでもその程度の魔術に詠唱が三節分とは実用性無視しすぎだろ……)


 水明はそう、今の魔術の過度とも言える穴の多さに、一人ただ呆れていた。

 要はあんなもの、何の変哲もない扉を開けるだけの単純な魔術なのだ。魔力を最適化させ、移動術式を構築して発動すれば、それで終わる。

 そうただそれだけの事なのに、無理に風の属性まで付与させている意味が分からなかった。エンチャントにはその分呪文の量が増えるし、必要魔力も増えるのだ。

 言い換えれば、時間も魔力も減る、デメリットだらけなのである。はっきりと言ってしまえばあんな魔術になど、実際は詠唱すら不要だろう。自分なら指を鳴らすだけで、扉を“動かさずに”開いた状態へ移動させられる事も可能だ。


 そんな扉を開けるだけの魔術行使に一体どれだけ無駄をつぎ込むのか。正直言って水明には理解不能だった。


(まぁ、あの扉係の趣味なのかね?)


 だから、結局そんな感想に落ち着いた。開閉の魔術に風属性を付けたのは、単に番人がやりたかっただけなのだ、と。


 水明がそんな事を考えていると、不意にティータニアに話し掛けられる。


「スイメイ様は、魔法に驚かれないのですね」


 ――しまった。


「え? ああ、俺はあんまりな事にビックリして固まってたんです。何が起こったのかって……ははは」

「あら、そうなのですか? でもこの程度で驚かれているようでは、宮廷魔導師の訓練など目の当たりにした時には、腰を抜かしてしまうかもしれませんよ?」


「そんなにすごいんですか? いや、参ったな〜」


「うふふ……」


 と、朗らかに、しかし淑女然と笑うティータニア。これでは違う意味で驚いていたなど、言えないだろう。


 開いた扉の前で時間を取っていたからだろう。フェルメニアがティータニアに声を掛ける。


「姫殿下、そろそろ」


「はい。では勇者様、ミズキ様、スイメイ様、私の後に」


 その言葉に促され、先頭に出たティータニアに続いて扉をくぐる。


 すると、そこには巨大な広間があった。

 長方形の巨大な広間は幾つもの太い石柱に貫かれ、通ってきた通路にあった部屋とは造りの力の入れようが一線を画してある。ここが、謁見の間か。


「うわぁ……」


「すごい……」


「おぉ……」


 これには三人とも、唸らざるを得なかった。それだけ、謁見の間は荘厳な造りをしていたのだから。先程まで魔術の事を考えていた水明もこれにはどうあっても見とれてしまう。



 しかして、謁見の間の中央奥にはきらびやかな王座があり、そこには一人の男性が腰掛けていた。恐らくはあれが国王、アルマディヤウス・ルート・アステルその人だろう。その脇には腹心と見られる初老の男性が控えており、周りには列をなすように幾人ものお偉方らしき人間が立ち並んでいた。


 周囲の人間を一瞥することなく、ただただ自分の前に座する者のみを見据え、前へ前へと突き進むティータニア。

 そして他よりも一段高い段上――王のその前に跪く。それに次いで跪くのはフェルメニア。彼女達が(かしず)いた事により、自分達もしなければならないかと、水明達は慌てて彼女達に倣う。


 国王の前で全員が膝を着いたのを見計らい、ティータニアは口上を述べた。



「ティータニア・ルート・アステル、召喚されし勇者を連れて参りました」




「よい、世話をかけたなティータニアよ。が……しかし、何故勇者が三人もおるのだ?」



 国王が怪訝そうに訊ねると、それには代わりにフェルメニアが答える。


「は。内のお二方は勇者殿のご友人で、どうやら召喚時に巻き込まれてしまったようなのです」


「なんと!? 巻き込まれたとな!?」


「はい。遺憾ながら」


 彼女がそう言うと、国王はその精悍な顔に驚きの表情を張り付ける。それに相次いで、周囲から「どうした事か」や「そんな話は聞いた事がないぞ」などと銘々ざわめきの声が上がった。


「しかし、本当にそのような事があるのか? 今まで英傑召喚は様々な国で行われたが、そのような話は一度も聞いた事がないぞ?」


「それは……私としても若輩ゆえ寡聞にして知りませぬが、実際、巻き込まれた者達がここに存在しています。ですので……」


「巻き込まれてしまったのは、事実。……と言う事か」


 フェルメニアとのやり取りで、国王の表情は険しく変わる。

 予想外の出来事に彼も戸惑っているのだろう。

 すると、水樹が小声で。


(様々なって言ってたけど、私たちの他にも色んなところで呼ばれた人がいるのかな?)


(あの言い様だから、そうかもな。てゆうかこの世界はどんだけ魔王が涌くんだよ……)


 水樹の訊ねに、水明は辟易と答える。突然召喚されて異世界難民になった人達もお気の毒だが、世界を滅ぼしてしまうと言われる存在が何度も勇者を呼ばないとならないくらいに出てくるのも、とんでもない話である。

(しかも、僕たちの場合は初めてのケースみたいだしね)


(俺達の方が気の毒だわ……)


 そんな小声のやり取りをしていると、国王はフェルメニアとの話が終わったらしい。誰が勇者か。勇者以外の者に加護はあったのか、などだ。

 そして、今度は険しい表情から一転、毅然と。王者の顔に戻して、話し始める。


「――勇者殿、突然このような場所に呼び立てて申し訳ない。私はアステル王国第十三代国王、アルマディヤウス・ルート・アステルと申す。そしてここは我が居城である、王城キャメリア。なんの知らせも一切なしでの登城、緊張も致し方なき事と存ずるが、どうか楽にして頂きたい」



 国王がそう労いを交えて口にすると、ティータニアが黎二に何かを囁いた。

 恐らく、何らかを指示したのだろう。直ぐに黎二が立ち上がった。


(あ――?)


 困惑する水明と、周囲のざわめき。はっきり言って有り得ない事態だ。現代では考えられない話だが、このような中世代の国家では王は王権を持つとされるため、彼らは神にも等しい存在とされる。そんな人間相手に、公の場において面と向かってしまうなど、不敬に当たり何か良からぬ事になるやも――


(大丈夫ですよ。レイジ様は、世を救うため呼ばれた勇者様故、こちらが譲らなければならないお相手になります。ですから、この場で父上と対等に話されても、なんら問題はありません)


(そ、そうなんですか……)


 水明の危惧を読み取ったティータニアが小声で伝えてくる。どうやら、問題はないらしい。一時はどうなることか不安だったが、一安心である。

 すると、黎二が国王に礼を取り、口を開く。


「レイジ・シャナと申します、陛下。この度はご拝謁に預かり、光栄と存じます」


「そなたが勇者殿であるか?」


「はい」



 国王の訊ねにレイジが首肯すると、おおと周囲がどよめいた。そして、「あの方が勇者様か」とか「神々しいご尊顔だ」とか口々に黎二に魅せられてしまったかのような言葉を垂れ流していた。

 そんな周囲の声が落ち着くのを見計らって、国王が今度はこちらに声を掛ける。


「では、後ろのお二人が勇者殿のご友人か?」


「はい。友人のミズキ・アノウです」


「スイメイ・ヤカギです」


 膝をついたまま、顔を上げて答える水樹と水明。勇者ではないため、黎二と同じはさすがに問題があるだろうと起立はなしだった。


「うむ。共に呼ばれた二人には、誠に申し訳なく思う。こちらの不備のせいな上、勝手だが、どうか容赦して欲しい」


「はい」


「は……」


 王座に座ったまま、そんな言葉を掛ける国王に短い返答。

 国王もこれはこれで彼なりにできる謝罪なのだろうが、それがまるで謝罪に聞こえないのが、どこか癪ではある。

 また周囲から聞こえる「そのようなお言葉、もったいない」、「格別の慈悲だ」など黎二の時とは上がる言葉も段違いであった。


「ごほん。――勇者殿とは交わしたい話も多くあるが、今日のところはこれまでにしようと思う。突然の召喚だ。勇者殿もまだ戸惑っておられるだろうからな」


「え――」


「勇者殿と、そのご友人方。このあと、キャメリアの大広間にて夜会の席を設けてある。準備が終わり次第出席し、本題についてはまた明日としよう」






 もてなしと、一晩の有余。これは、国王の特別の気遣いだろう。突然の召喚に対しては、やはり彼も幾ばくかは気にしているのかもしれない。



 宴席の言葉に、場の雰囲気が和らぐ。だがしかし、それに待ったを掛けた者が一人、いた。


「いえ、陛下。できれば本題については今この場でお話しして頂きたいのですが」


「勇者殿、よろしいのか? 勇者殿はここに来たばかりで、まだ心の準備もなかろう?」


「はい。ですが、結局それは僕達が直面する事柄。早めにお伺いしておきたいのです」


「……分かった。勇者殿がそう望むなら、お話しよう」





 黎二の要望に、国王は一度深く思案したあと、諾意を示す。

 だがそれは、展開が早すぎる。性急だと言えるほどに。当然だ。まだこの件について三人で話し合っていないのだから。

 焦燥に駆られた水明は黎二に小声で詰め寄る。


(お、おい黎二! どうするつもりだよ! これ聞いたら答え出さなくちゃならないんだぞ? つーか当然――)


(水明。いいから、僕に任せて)


(いや、任せるもなにもってえ――黎二ぃいいいい!)


 話し合う前に一歩歩み出てしまう黎二に、水明は追い縋るような叫びを浴びせる。一応、小声の。

 これは、水明としては絶対に引き受けたくはない話だ。異世界で魔王討伐など、一体どんな夢物語か。戦力も戦闘能力もまるで知れない相手に、ケンカを吹っ掛けに行くなど、正気の沙汰ではないし、まず第一に自分達がそんなことをしなければならない理由がない。


 それに、水明自身にさっさと戻りたい理由がある。そう、自分にはまだ、亡き師――父と固く約束した魔術の命題が残されているのだ。命を懸けることは魔術師には宿命とも言えるが、だからといって何にでも命を投げ出す気はない。


 そんな考えの下、不安げに黎二の背中を見遣る。真っ当に考えれば引き受ける訳はないのだが、あの尋常を逸脱したお人好しの事だ。頷くことも否定できない。


 前に出た黎二に、国王が訊ねる。


「話はどこまで聞いておる?」




「先程、王女殿下から魔王を討って欲しいと求められました。それ以外は、何も」


「そうか。では――グレス」


 国王は頷くと隣に控えていた初老の男に軽く視線を寄越す。それが合図か、グレス――呼ばれた男が前に出た。


「アステル王国宰相、グレス・ディレスと申します。ではまず現在の状況から、ご説明しましょう」


「お願いします」


「ここアステルより更に北、国を三つほど隔てた場所に、極寒の国と呼ばれるノーシアスが有りました。北方のノーシアスは魔族領と人間領とに境界に位置し、長らく魔族の侵攻を阻み人類最北の砦と呼ばれてきたのですが、約半年ほど前です。魔族の電撃的な襲撃を受け王都は陥落、ノーシアスは滅亡しました」


 宰相グレスが険しさを顔に滲ませながら、話し続ける。


「ノーシアスの民はその極限の気候の中にも関わらず、平地と比べても遜色ない強さを誇り、国軍も精強で知られておりましたが、百万を超える魔族軍の襲撃にはまるで歯が立たず、滅亡するまで一ヶ月も持たなかったそうです」



 すると、水樹が訊ね難そうに、しかしその細部を訊ねる。


「あの、滅亡ってその、ノーシアスの人達は……」


「魔族は人間の捕虜を必要とは致しません。襲撃時にノーシアス国民の殆んどは魔族に殺され、その時生き延びた者も魔族の人狩りに遭い、生き残った者は運の良かった極少数。ノーシアス人はもう数える程しかおらぬでしょう」


「人狩りって、そんな……」


「それが、魔族という者なのです。人間をどこまでも見下し、虫けらのように扱う、力のみでしか他との優劣をつけられない魔性。こちらが譲歩しても対話のテーブルどころか、それを利用して逆に打ってくるような連中です」


 グレスの話を聞いた水樹は、顔を青くしている。もしかしたら彼女は、そこまで酷い話ではないと思っていたのかもしれない。彼女が見せてくれた小説に登場する魔族は、よくある仲間になるような奴もいれば、底無しの外道もいるような、救いがある生き物だった。


 現状、展開は小説のように進んでいる状態だ。自分も含めてそうだが、小説のように救いがあると内心まだ楽観があった。

 だが、この世界にいる魔族はそんな小説の中に登場するものとは全くの別物のようだ。

 話を全て鵜呑みにするわけにはいかないが、虐殺や滅亡までの事をした事実がある以上、どこまでいっても道が交わることのない連中に違いない。


「……その後、救世教会の神託により、今まで魔族領を治めていた魔王が代替わりしたこと、その魔王の名はナクシャトラだと言うこと、魔王を野放しにしていれば人類はいずれ滅ぶことが分かりました」




「そして、人類滅亡の託宣に事態を重くみた各国は魔族侵攻への対策を協議。しかしノーシアスが破れた事と、想定される魔族軍の規模により、提示された打開案はいくつも消えていきました。それだけ我ら人類には、我らの遥か上をいく力を持つ魔族軍に対抗する術を持ち得ていなかったのです」


 そこで、一度区切ったグレスは、ふと黎二に眼差しを向ける。


「そこで各国は、この世界に古来より伝えられている、異世界より勇者を召喚する術にすがる事にしたのです。本来、英傑召喚の儀と言うのは、魔法使いギルドと救世教会にのみ伝えられ、彼らの合意の下、人類が危機に陥った時に初めてその儀を執り行える厳重な戒めが有りました。各国が己の国益のみを優先して見境なく英傑召喚の儀を行えば、世界中の人間が混乱してしまうからですな」


「この世界の危機というのはそんなに沢山……」

 黎二が眉間にシワを寄せる。彼も魔王涌きすぎだろと叫びたいのかもしれない。


「はい。伝えられている限りでは、あらゆる生物を喰らう巨人が現れた時に二度。世界の全てを手に入れようとした暴君が現れた時に三度。今回のように魔王を討つ時に一度の、計六回。そしてこの度も、この危機を回避するために、アステル王国を含む四つの国が英傑召喚の儀を行う運びとなったのです」


「四つの国……」


 意外な事実に、水明は呟きを漏らす。まさか自分達以外にも、魔王討伐などと言う馬鹿げた頼みを押し付けられた気の毒な人間がいようとは。断られた時の安全策だと思われるが、それならば無理に自分達が引き受けなくてもよさそうである。

「そして、呼ばれたのが僕達だったんですね?」

 黎二が分かりきった核心を口にすると、グレスは瞑目し首肯した。


「その通りでございます」


 そして、グレスはまた険しい顔を更に険しいものへと変える。


「現在、魔族軍の侵攻はゆっくりしたものとなっていますが、近い将来、この世界にある人間の国が、ひいては我が国も魔族の大軍に蹂躙される事になるでしょう。それこそ、ノーシアスのように」


 グレスの顔から色みが失せ、声も重苦しくなる。同情を誘う演技でも織り混ぜたか。狡っ辛く嫌らしいが、召喚が国家間で決められたものと考えるならば、失敗は面子に関わり、ひいてはアステルの信用の失墜に繋がるのだろう。国家を憂えなけばならない宰相としては致し方ないとも言える策なのだろうが、それでも心情には苛立ちの芽生えが抑えられない。


 そんなグレスの話が終わった頃合いを見て、国王が口を開く。


「勇者殿。この件、別の世界に生きる貴公にはまるで関係のない話だが、この世界の人間を救うため、どうか引き受けてはくれまいか?」


「…………」


「どうか?」


 思案するように俯いた黎二に、国王が再度訊ねかけた。


(そんなの決まってるよな、黎二。もちろん頼むぞ……)


 当然、そんなのには絶対関わりたくない水明は、人知れず黎二に祈る。自分は魔術師ゆえ、自身や自身の研究を守るため、戦闘技術を身につけてはいるが、あまりに無茶な戦いになんて行きたくはない。当たり前だが死にたくない。

 水明はそんな一縷の不安を掻き消さんとするように、ひたすら遮那黎二大明神に祈りを捧げる。


 そして、誰もが勇者の答えを固唾を飲んで待つ中、暫しの静寂のあと、黎二は毅然と顔を上げた。


 そして――


「そのお話、お引き受けします」



(だよな。しないよな。お引き受け――はい?)


 ――承諾した。してしまった。水明はその言葉を気のせいだと一度疑って反芻するも、やはりそれは変わらず承諾で。


「そうか! それは――」


「ちょっと待てぇええええい!!」



 だからそんなの許せない。国王の嬉しそうな声を掻き消すように、水明の絶叫が謁見の間に鳴り渡った。


 水明自身も自分はこんな声が出せるのかと、内心で驚くほどの大音声に、呆けてしまう謁見の間に揃った一同。国王の声に声を被せた無礼もあったが、唐突と想定外の重なった事態過ぎて誰も咎めはしなかった。


 そして一方、承諾してしまったお人好しと言えば、全く心当たりがないという顔で。

「きゅ、急にどうしたんだ水明? 大きな声を上げるなんて」


「急でもないし大きな声も上げるわこのノータリンが! 引き受けるとか脳味噌腐ってんのかお前はっ! お前はいま世界を滅ぼしてしまうとかゆう非常に危険な奴をぶっ殺せって言われてんだぞ!? そいつの部下の何百万って言う大軍と戦わなきゃいけないんだぞ!? それを相談もなしに引き受けておいて大声出すなって方がおかしいわっ!」


 そう、黎二に一気に捲し立てた水明。はあはあと息も荒く、猛っている様子が伺えるのだが、そんな彼に黎二は彼らしいどこまでも真っ直ぐな瞳を携え、口にする。


「でも、その魔王のせいで色んな人が大変な目に遭ってるし、これから遭うかもしれないんだ。それでこの世界の人達は勇者を最後の頼みにして、僕を呼んだんだ。だから、出来る限りの事はしなきゃならないと思ってる」


「どーしてそうなるっ!? 俺達には何の義理もないだろうが!」


「うん。確かに今日僕達は初めてこの世界に来た。水明の言う通り義理なんてあるわけない。でも縁はある。人の生は縁だ。人は縁を重ねながら生きていくものだろ? それに義理は最初からあるものじゃなくて、作るものじゃないのか?」


 哲学的で少し格好いい言い回しをする黎二。何でこうこの男は、こう言う大事な場面でやたらと口が回るのか、小一時間問い質したい水明だが――。


「そりゃあ確かにそうだが……てか今はそんな話関係ない! つーかまず大前提として、お前だけで出来るわけないだろ!?」


 つい真っ当な言い分に感心して認めそうになったが、寸でで踏みとどまって当たり前の事を突き付ける。黎二は学生だ。彼の場合は自分と違い、荒事なんて不良とケンカした事くらいしかないはずだ。戦えないとは言えないが、いくらなんでもにも勝ちが見えない。



 だがそれでも、黎二は首を横に振る。


「それは分からないよ。いま、僕にはすごい力が宿ってるんだ。もしかしたらこの力があれば、魔王を倒せるのかもしれない」


 だから、こんな戯けた事をほざく始末。


「何ぁああにがすごい力だボケっ! 倒せるかもしれなくもないわ! お前は“戦いは数だよ兄貴!”って偉大な言葉を知らんのかっ! お前がどんなに強くなったって、普通に考えれば数百万の軍勢相手に勝てる訳ないだろうが!」


「いや、やってみなくちゃわからない。現に今まで召喚された人達は、この世界を救えてるんだ」

 確かに、言われればそうだ。だが、結局それは勝った人間だけが話として伝わっているだけかもしれない。


 だから。


「んなもんは結果だ」



「その結果こそ、揺るがない事実だ。それに僕は、正直困ってる人を見捨てたくなんてない。利口じゃないかもしれないけど、この世界の人達に協力したいんだ」


「黎二。お前はまた……」


 水明は黎二の真摯な言葉に、少しだけ語気を落とす。あとは、もしかしたら哀れみか。これは、黎二の病気だ。彼は困っている人を見れば放り出してはおけない男。昔からそうだ。水明が黎二と知り合ったあの日から、ずっとそう。

 誰かを助けるために奔走して、自分みたいな奴を巻き込んで、でも結局みんな助けてしまう。弱さを切り捨てられない弱さを持った強者。それが遮那黎二。


 それに付き合ってきた水明は、この男の性格がよくわかっていた。


「……水明。水明が嫌なら無理はしなくていい。正直水明がいれば僕は心強いけど、力を手に入れた勇者は僕だけだ。付いてこなくていい」


「お前……、確かに俺は大前提は行きたくないだけど、別にそれだけじゃ……!」


「うん。分かってる。僕の事を心配してくれてるんだろう? 僕の考えが足らない時はいつもフォローしてくれるのが水明だからね」


 そう、優しげに言うのはずるかった。そんな奴だからこそ、放っては置けなくて、結局気が付くと黎二のやることに付き合っていたのだ。


 だがそれでも、今回ばかりは――


「……俺は絶対に行かないからな。こんな話に巻き込まれたくはないし、まだ死にたくない」


 やはりダメだ。ついていく選択肢はない。どう考えても無謀すぎる。


「うん。ごめん、水明」

「謝るくらいなら引き受けるんじゃねえっての」

 済まなそうに謝罪する黎二に、水明は呆れと諦めがない交ぜになったような声を返す。


 そして、黎二は今度は水樹に向かい合う。


「僕は魔王を倒しに行く。だから、水樹も水明と一緒に残ってて欲しいんだ」


 決意を示した黎二の前に、水樹は俯き、震えていた。そんな彼女は一体何を考えるのか。

 暫し返事のないまま、やがて何かに恐れるようであった震えを止めた水樹は、決然と顔を上げて黎二に告げた。


「……ううん、私も黎二くんと一緒に行く」


「水樹……」


「お前もかよ、水樹……」


 水明は困惑を口にする。まさかもう一人の友人までこんな非現実的なことを言うとは、思っていなかった。

 そして、それは黎二も同じ。


「水樹、ダメだ。これから僕が受けようとしてることは命がけなんだ。だから君を連れてはいけない。僕は君を危険な目に遭わせたくないんだ」


 黎二がそう水樹の求めを拒むと、彼女は首をぶんぶんと横に振た。


「魔王を倒さないと平和にならないんなら、結局どこにいてもおんなじだよ。だから、私は少しでも黎二くんの役に立ちたいの。私に何ができるか分からないし、黎二くんみたいにこの世界の人達を助けたいって気持ちも有るのかどうか分からないけど、それでも私は黎二くんについて行きたい」


「……危ないよ。僕じゃ水樹を守りきれないかもしれない」


「うん。いざとなったら見捨てもらっても構わない。だから……」


 そうであって欲しくはないだろう。大事な人に付いて行くため、水樹が本心を偽り辛そうに口にすると、黎二は少しの思案ののち、口を開いた。


「……分かった。水樹がそこまで言うなら、一緒に行こう。だけど、僕は絶対、何があっても水樹を見捨てないからね」


「うん……」


 首肯する水樹。黎二にいいと認められた故か。どこか嬉しそうであったが、勇気を振り絞ったその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「国王陛下。魔王討伐の件、お引き受けします。魔王討伐に向かうのは僕と水樹の二人です」


「あい分かった。ミズキ殿も、本当によろしいのだな?」


「はい!」


 元気よく返答した水樹に嬉しそうな視線を送った国王は、次いで水明に視線を寄越す。


「スイメイ殿は、やはり……」


「俺はそんな馬鹿げた量の軍勢となんて、戦えません。だから、二人にはついていかない」


「そうか……」


 残念そう、と言うよりは申し訳なさそうな音色の声。やはり呼び出した手前、気に病んでくれているのだろう。

 そんな国王の反応とは裏腹に、しかし周囲の反応は水明に対し冷たかった。「女の子が付いていくと決めたのに、あの少年ときたら……」や、「まるで意気地の無い」などの声が聞こえる。


(安全な所から動かないような奴らのくせに、好き勝手言いやがるよ。ま、そりゃあ付いて行かないって決めた俺が言える立場じゃないが……っとだ、そんな事より大事な事があるんだ)



 水明は内心でうんざりとした溜め息を吐くのも束の間、どうしても国王に頼まなければならない事を口にする。



「国王陛下。私から一つ、お願いが有るのですが、よろしいでしょうか?」


 周囲から「なんたる厚かましさか!」や「貴様など国王陛下に請える立場ではないわ!」などという声が上がるが、黙殺。


 国王も特に声を荒げることなく応える。


「申してみよ」


「はい。俺は魔王討伐には行かないので、元いた世界に返して欲しいのです」


 そう、自分は戦いには向かわない。ならば、この世界に止まる必要はないのだ。また英傑召喚の儀とやらを使って、手っ取り早く返して欲しかった。


 だがしかし、何故か国王から返事か来ない。


「…………」


 代わりに場を席巻したのは、重苦しい沈黙だった。周囲を見ると、何の事やら分からず戸惑った顔の黎二と、心当たりに行き着いたような顔をする水樹。ティータニアとフェルメニアに至っては、苦虫を噛み潰したような芳しくない顔色だ。


 血色の悪さの出所は、何か良くない事に他ならない。自分は先程、帰らせてくれと頼んだのだ。そこでこんな顔をされるのは、つまり、だ。


 そんな事実に、とある仮説が浮かび上がる。


「おい、まてよ。まさか……」


 もはや水明に、敬語を使う余裕はなかった。当然だった。その推測が当たれば、それどころではないのだから。


 やがて、国王が決心したように口を開く。


「済まないが、そなたを元いた世界に戻すことはできない。そなたを戻したくないのではないのだ。そなたを戻すための方法が、ここには存在しない」


「ちょ、それふざけんなぁああああああああ!!」


 この日二度目の水明の絶叫が、謁見の間に響き渡った。

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