基本方針(ペンギンを含む)
ともあれ、模擬戦が終わったあと。
作戦室へと戻った水明たちは、現状を確認し合っていた。
「――それで、魔族が突然現れたってのはマジな話なのか?」
「うん。本当に突然だった」
「もう迎撃の準備やなんやでてんやわんやだったよー」
黎二と瑞樹が当時のあわただしさを教えてくれる。
そんな中、水明が瑞樹に訊ねる。
「お前、大丈夫だったのか?」
「私? 私はなんていうか目を回してただけだから」
瑞樹は周りに流されていただけとそう言うが、疲れが見えるということは、彼女もしっかりと戦っていたのだろう。やはり強がりが垣間見える。
「突然現れた、ねぇ……」
「あり得ない話ではありますが」
「いや、それがそんなことがあり得るんだよな」
水明がティータニアにそう言うと、黎二も心当たりがあるというように反応する。
「水明、やっぱり?」
「ああ、前にお前には話してるよな。出来る奴がそっちの陣営についたって」
「えっと、名前はなんだったっけ? 僕が聞いたのはリシャバームだけど、水明が知ってるのは違うんだよね?」
「ああ、クドラックって名前だ」
すると、その名前を聞いたハイデマリーが、いつになく神妙な声を上げる。
「……ちょっと水明君それ、聞き捨てならない話なんだけど」
「おう。マジだぞ」
「ウソでしょ? あの魔人生きてるの? 市長の溶血魔術を受けてひん死になったあと、水明君の神聖魔術で位相の彼方に吹っ飛ばされたはずでしょ?」
「そのはずだが、どういうわけか生きてるんだよ。あの状況でどうすりゃそんなことになるんだか。運がいいとかそんなレベルの話じゃねえってのに……」
「うーん。さすがのボクでも頭痛がしてくるよ……」
ハイデマリーはおでこにステッキの柄部分を当てて、ぐりぐりともみほぐしている。
「いまじゃ悪趣味なことに角まで生やしてるぜ?」
「なにそれ? 絶対魔王とかいう胡散臭いのよりも強いでしょ? 今回は何回殺さなきゃいけなくなるのさ」
「……さてなその辺の対策もされてるだろ。もしかしたら神格と紐づけされてるんじゃ……」
「ちょっとそういう破滅レベルの想像やめなよ。水明君が口にすると現実になるよ?」
「うぐ……確かにこういうのは、父さんも敢えて口にしなかったな」
「その辺は水明君のお父さんもわかってたんだね。やっぱり経験上かな」
水明は「かもしれん」と一言言って、脱線した軌道の修正を試みる。
「まあ、そんな与太話は挟んだが、どうする?」
水明の問いかけには、エリオットが答える。
「魔族たちは体勢を立て直してるのか、一度引いているからね」
「妙なやり口だよなぁ」
「何かしら考えがあるんだろうね。だけど向こうが予測できない戦術を取ってきている以上は、こちらも場当たり的な手法でしか対処できない」
「どうしましょう。このまま打って出ますか?」
「この状況で野戦に挑むのはいいとは言えないね。援軍が到着するまで極力消耗は押さえるべきだ」
「援軍の到着はどれくらいになるかな?」
黎二の問いかけには、ティータニアが答える。
「魔族の妨害がなければ、最低でもあと三日は待たないといけないでしょう」
「その間に向こうが攻撃を仕掛けてくる可能性は?」
「ほぼ、間違いないかと」
魔族に都市を攻め落とそうという意志があるのなら、間違いなくそうするはずだ。
「レフィは何か意見はあるか?」
「方針については異論はない。だが引き際が良かったのなら、何らかの仕掛けを施していると見るべきだな。偽りの安心を抱かせて、一網打尽にするというのはよくやる手だ」
レフィールが戦術的な懸念点を口にすると、ティータニアが訊ねる。
「具体的には何が挙がるでしょうか?」
「考えられるのは、一部の敵が偽装して隠れていて、戦いが始まると同時に内部から攻撃を開始する。といったところか」
「僕も一通り見て回ったけど、それらしいものは見なかった。姿形を変えられたらまた話は違うけど」
確かに黎二の言う通り、姿を変えられれば、ぱっと見の判別は困難になる。
紛れ込んでいる可能性も、否定できない。
「なるほど。じゃあまずはそっちをあぶり出して綺麗にしようか。そういうのはいまの内にしかできないだろうからな」
「どうやって?」
「もちろん魔術で」
水明が当たり前のようにそう言うと、瑞樹が感嘆の表情を見せる。
「便利だね。なんでも魔術って言えば解決しそうだよ」
「そういうもんだ。まあできないことも沢山あるから、そのたびに色々思わせられるんだけどな……」
水明はそんな言葉をため息のように漏らしたあと。
「よし、まずは内部の状況の把握だ。目を飛ばすぞ」
場所を城外に移し、城壁内部の魔族の掃討に乗り出した。
●
城外に出た折、まず水明が取った行動は、石畳に魔法陣を描くことだった。
紙で厳重に封印された包みの中から赤黒いチョークを取り出し、綺麗な円を描いていく。
目測にもかかわらず、真円に近い円陣を描く水明に、一同が舌を巻く中、やがて陣を構築した水明が詠唱を開始する。
「――黒き翼がばさりとはためく。からすよからす。我が口先から生れ落ちよ。零れ落ちよ。混沌より生まれ出で、その赤き瞳を我が目と成せ。呼べ。集え。呪う言葉を頼りにして。夕闇の上、電線の上、視線の上、からすが列をなしてお前を見る」
水明は冬先の冷気から、かじかんだ手を温めるようなふとした仕種を見せると、そんな言葉を口ずさむ。呪いの言葉だ。呪詛を直接操る古い魔術、真性呪言。
やがて彼の指の隙間から、コールタールを思わせるどろりとした黒い液体が染み出てくる。いまにも油の臭さを発しそうなそれが地面に落ちると、漆のように真っ黒な水溜まりとなって広がった。
そこから、小さな赤い輝きがぽつりぽつりと生まれ始める。やがて湧き出すように、呪詛の泥が盛り上がった。
ろくろの上に置かれた成型前の粘土さながらのそれが自ら形を整え、やがて形を見せる。
しかして、そこに生まれたのは、沢山のカラスだった。以前にリリアナが生み出したカラスと似たようなものが、数十羽という規模になったものである。
それを見た初美が、まるでばっちいものでも見たかのように身を引く。
「うわぁ、なんか魔術って感じね」
「すごーい! 不気味な感じがすごくいいよ!」
初美は瑞樹がまったく反対の反応を見せたことで、困惑を顔に出す。
目をキラキラさせている瑞樹に、初美が幾分引いた様子で訊ねた。
「え? 安濃さん、あの、それ、なんです?」
「こういう不気味さ、不思議さがオカルトの醍醐味なんだよ?」
「もっとかっこよかったり、マリーちゃんみたく可愛かったりした方がいいんじゃないですか?」
「それもそうなんだけど、そうじゃないの!」
「???」
瑞樹が初美に向かってオカルトに侵蝕された思考を力説するが、初美は感覚がわからないというように頭に疑問符を浮かべている。
一方で、水明の魔術を見ていたリリアナがぷっくりと頬を膨らませた。
「……むう。見せつけられているよう、です。嫌み、です」
「なんか最近なんでも不機嫌になるな。あれか? お兄ちゃんに対する反抗期か?」
「違い、ます!」
水明が煽ると、リリアナはさらにぷりぷりする。その割にはフェルメニアと一緒になって魔術をじっと見つめてよく観察しているのだが。「こういうのは――」とか「やはり容量が――」とかそんな話が聞こえてくる。
なんだかんだ言って、魔術を心得る者はみな勉強家なのだ。
やがて呪詛で作ったカラスの群れが、一斉に曇り空へと飛び立った。
レフィールが空を見上げながら、ふとした疑問を口にする。
「スイメイ君。このカラスにはどんな効果があるんだ?」
「式を組み込んでるから、自動で動いておかしなものを見つけたら俺の目に見せてくれるようになってるんだ」
「すごいな。捜索だけではなく、そんなことまでさせられるのか」
「ほんと良くやるよね。フツーはこれ使い魔使うんだよ? それを全部呪詛と魔力だけでどうにかしちゃうんなんてさ」
「エコだエコ」
「こんなの魔力お化けの水明君だからできる芸当だよね」
ふと、フェルメニアがハイデマリーに訊ねる。
「確かにスイメイ殿の魔力はすごいですね。やはり向こうの世界でも、そういった認識なのでしょうか?」
「そうだよ? やる気になればかなりすごいことできるんじゃない? 魔力炉心も特上の部類でしょ?」
「まあ……解決しなきゃならん条件が結構あるが、まあな」
「そんなに力を持ってるだね。うーん、水明くんがどんどんとんでもない感じになってる……」
瑞樹が言うと、水明はあっけらかんとした様子で答える。
「そりゃあ、俺は魔術師になるために作られたモンだからな」
「え?」
「それって」
「そのまんまの意味だ。父さんは最初から俺のことを魔術師にするつもりだったからな」
水明の発言に、その場にいた面々が驚いたような顔を見せる。
デリケートな話だと思ったのだろう。黎二がどこか訊き出しにくそうに訊ねた。
「それさ、水明としては、どう思ってるの?」
「いや、別に。必要なことだと思ってるからな。魔術の秘伝を残すためっていうのも重要だろ? 長い間培った技術を終わらせるなんて俺だって嫌だしさ。まあだからって悪いことは……」
水明がそう言い掛けた折、すかさずハイデマリーが指摘する。
「それ、ないとは言えないよね? おかげさまで毎度の如く厄介事が舞い込んでくるんだしさ」
「…………誰かたすけて」
水明は一瞬身体が軋んだかのようにピシリと硬直し、やがて顔を両手で覆う。
ハイデマリーの言うことは、確かにそうなのだ。
だが、水明が助けを求めても、誰もどうすることもできない。
彼の受難を解決することは、彼にしかできないのだから。
ともあれ、そんな話をしていた折のこと。
水明の目に、カラスの目を通して情報が伝えられる。
兵士でもない、かといって避難の遅れた住民でもない、妙な集団だ。
カラスの目を通してよく見ると、邪神の力がまとわりついているのに気付いた。
「……いたぞ」
「もう見つけたのかい?」
「範囲はそう広くないからな。大都市でネズミ一匹探すよりも簡単さ」
「たとえがアレだね。もしかしてやったことあるのかい?」
「……まあ、前にちょっと」
水明は思い出したくない記憶だとでも言うように言い淀む。
だが、そのことについて根掘り葉掘り聞こうとする者は誰もおらず、すぐに話の路線を修正。
ティータニアが提案する。
「戦力も十分あることですし、振り分けましょう」
「そうだな。俺としてはチーム一つに必ず魔術師が一人いるようにしたいな。そんで、魔術師は俺、マリー、フェルメニア、リリアナの四人だ。チームに一人いれば。それとは別に、勇者の力を持ってる黎二、エリオット、初美……うーん、なんか結局いつもの面々で振り分けることになりそうだな」
「でも、その方がいいかもね。連携も取りやすいし」
水明はそんな話をしたあと、リリアナの方を向く。
正確にはリリアナの持っているぬいぐるみなのだが。
「あと、リリアナ、ぬいぐるみは置いて行った方がいいんじゃないか?」
「ダメ、です。ぺんぎんさんも、一緒、です」
「いやいやこれから戦闘なんだからさ。犠牲に遭うのはぬいぐるみだぞ?」
「魔術を掛けて、厳重に保護しているので、問題ありま、せん。頑丈、です」
そう言って自信満々にペンギンのぬいぐるみを掲げて見せるリリアナに、水明は堪らず叫んだ。
「おい変なところに魔力のリソース使うな!」
「背負える、ように、はあねすも、付けてもらい、ました」
「そう言う問題じゃねえから!」
「いざとなれば、ぺんぎんさんミサイルの発射も、厭いま、せん……」
「怖い怖いなにこの子っ! 誰!? この子をこんな風にしたのは!」
「スイメイ殿です」
「スイメイ君だな」
「それ以外にないよね」
そんな突っ込みを入れたのは、フェルメニア、レフィール、瑞樹である。
水明がそちらを見ると、呆れたようなジト目が返ってくる。
「ねえ、そろそろいいかな?」
「……はい。スミマセン」
水明はハイデマリーに茶番じみたやり取りを注意され、振り分けの相談に戻るのだった。




