帰還というよりは出戻りです
現代日本への帰還を成功させた水明一行。
新たな仲間であるハイデマリーを加え、八鍵邸の庭に作った転移の魔法陣から再度異世界への転移を試みた。
魔力が電流のように陣の線を辿って流れ、ふとした発光に包まれた直後、水明、フェルメニア、レフィール、リリアナ、初美、ハイデマリーの六人は、暗がりの中に放り込まれた。
転移は……成功した。間違いなく。なのだが、なぜかやけに周囲が暗い。
水明は「はてこれはどういうことか……」と思いつつも、すぐに指先に火を灯す。
暖色の明かりが照らし出すのは、石造りの壁だ。まるで石レンガで作ったドームのような内観であり、上部には鉄製の燭台が打ち付けられている。
すぐに燭台に火を移し、視界を確保する。
「えっと、ここってどこ……」
「ふむ、家の前の転移陣ではないな」
「猫さんの、お出迎えが、ありま、せん……」
初美はきょろきょろと周りを見回しつつ、刀の柄に手を掛けて周囲を警戒。
レフィールはどっしりと構えており、この中では誰よりも落ち着いた様子。
ペンギンのぬいぐるみを抱きしめるリリアナは、まったく別のことで嘆いている様子。
猫がいないことに俯いてしょんぼりしながら、ぬいぐるみに慰めを求めていた。
そんな中、ハイデマリーがステッキをくるくると弄んで、口を開く。
「場所に関してはボクにはわからないけど、ここが別の世界ってことはわかるね」
「そうなの? マリーちゃん」
「うん。大気中のエーテル濃度が随分違うから。すごいね。エントロピーが違うから、法則バランスだいぶ変わりそう。これは再計算しとかないといけないね。三十秒で終わるけど」
「早い、です」
「だってボク、天才だから」
ハイデマリーはそう言って、『えっへん』とでもいうように胸を張る。表情の動きに乏しい彼女がやると、あまり自慢しているようには見えないため少し不思議に見えるのだが。
「ヘリオミット係数が√2-2.02だからっと。そこに現状のエーテル量、マナ量を……」
「ヘリオミットの理論値は-0.63にしとけ。安定するぞ」
「むー。答えを先に言わないでよー」
水明が先に答えを言ったためか、ハイデマリーは子どものように頬っぺたを膨らませる。
そんなやり取りのせいか、彼女は細かな部分の計算を取りやめて、答えを聞きに走る。
「エントロピーはどう? 情報量はおんなじ?」
「それに関しては再計算が必要だ。ただ一定空間内の情報限界はどこも変わらないから、エーテル基礎値と神秘総量を変更してそっちも再計算する必要がある」
「…………」
「…………」
神秘関連の用語で話しているせいか、わからない者はちんぷんかんぷんの様子。特にレフィールと初美は『なにがなんだか』という感じらしい。
「うーん、基礎値が大きいね。これで安定してるとか文明的な進化できないよ?」
「ん? 進化?」
「そうでしょ? 文明の進化っていうのは科学的な側面のものなんだから、科学技術が進歩できなかったら文明は停滞しちゃうでしょ? 閉じてるんじゃないの?」
「あー、まあ、そうだな。これだけ世界が神秘に満ちてたら、科学的な原理も安定しないよな……」
水明がハイデマリーとそんな話をし続けていると、初美が非難がましい視線を向けてくる。別の場所に出たという危機感を置いてきぼりに、いつまでも別路線の話をしていたためだろう。
「ねえ水明」
「悪い悪い。魔術を使うにも、いろいろ必要な計算があるんだよ。すぐ終わるからもうちょっとだけ待っててくれ」
水明は初美を宥めながら、周囲を見回す。
すると、すぐに気付いたことがあった。
「……っていうかなんかすごく見覚えがあるなここ」
「はい、ここはキャメリアにある召喚室です。私が以前に使用した召喚陣に間違いありません」
「なるほどな。どうりで見覚えがあるはずだ。でも、残しておいてよかったのかこれ?」
「何かあったときのために残しておけというのが陛下の御威光でしたので」
「ははーん。自分の失敗を残しておかざるをえなかった、と」
「そ、そうです! これが私の戒めなのです!」
水明のイジるような発言に、フェルメニアはやけになったように叫ぶ。
そんなやり取りをしていると、ふと、ハイデマリーがしゃがみながら召喚陣を人差し指でツンツン。
「つまり、これって引っ張られたってことかな?」
「だな。もしかしたら俺がここに紐づけされてるんだろ。次からはこれも念頭に入れて転移の魔術を設計しないといけないな……」
すると、初美が疑問を口にする。
「でもそれならどうして私までここに? こういった現象が起こるんなら、私は呼び出された縁のあるサーディアス連合に行くんじゃない?」
「いや、これは術を使ったのが俺だからだ。俺を起点にして、全員まとまって転移する方式にしたから、みんな一緒にここに来たんだ」
水明はそう言いながら、自分の尻をさすり始める。
「……? 急にお尻なんかさすってどうしたの?」
「いや、呼び出されたときの記憶がなぁ……お前よりはだいぶマシだけど俺も痛い目に遭ったんだよ」
「巻き込まれたってだけじゃなくて?」
「そうそう」
そう、半年前に黎二や瑞樹と共に呼び出され、尻をしこたまぶつけた記憶が蘇る。
あれはなかなか痛かった。尻が余計に割れてしまうところだった。
初美とそんな話をしていた折のこと、ふいにフェルメニアが声を上げる。
「ですがこれは重大事件です!」
「ん? なんかマズかったか? まあ、帝国までの移動がめんどくさいだろうけど。問題って言ったらそれくらいじゃないか?」
「いえ姫殿下に献上するお菓子の数々がですね」
「あ、うん、そっちね」
あまり緊急でない憂慮に、水明は拍子抜けする。
確かにフェルメニアはついさっき、お菓子をティータニアに献上すると言って張り切っていた。転移すればすぐに渡せると思っていた手前、賞味期限や消費期限の危機に怯える必要が出てきたわけだ。
「生モノは廃棄するか魔術で保護するしかないな」
「これを破棄するなんてとんでもないことです!」
「そう、です!」
「そうね。食べ物を粗末にするのはいけないわ」
「お、おう……」
廃棄案は、三対一で否決された。まあ水明も本気で廃棄しようと思っていたわけではないため、別に構わないのだが。ともあれそういうわけで、ハイデマリーと手分けして食材を保存する魔術を掛けておくことになった。
「大丈夫なの?」
「腐敗を遅らせる魔術っていうのは、魔術師たちが昔に取り組んだものだからね。それに、ボクのはドクター直伝だから」
「コーヒーを三十年取っておいてヴィンテージ物って言い張る妖怪直伝か。なんか別の不安が湧き上がってくるんだが?」
「大丈夫だよ。それに風味の方もきちんと保存するから、任せておいてよ」
ハイデマリーとそんな話をしつつ、一通り作業を終わらせる。
そうしてやっと、ここから出るということになったわけだが。
「じゃメニア、案内の方よろしく頼む」
「お任せください。ではみなさん、こちらへ」
フェルメニアを先導役にして、英傑召喚に使われた部屋から出る。
部屋から出ると打って変わって、西洋風の廊下の内装が現れる。
大きな窓が並ぶ通路にはシックな壁紙が貼られており、調度品も綺麗に揃っている。
それを見たハイデマリーが、なぜか意外そうな声を出した。
「なんていうか、dasお城って感じだね」
「そりゃ城だからな」
「だって結社の古城はもっとこうアレな感じが満載だよ? 奇抜って言うか、奇矯っていうかさ」
「あっちは魔術師に改造されまくった城だぞ? そりゃ印象は違うだろうよ。あんなの魔境だ魔境。一緒にしたら他に申し訳が立たんて」
結社の拠点のことを思い出すハイデマリーに対し、水明はそう告げる。
そんな中、ふとレフィールが神妙そうな声を上げた。
「――何かおかしいな」
「ん? おかしい? どういうことだレフィ?」
「城の雰囲気というかな。誰もいないが、なんとなく伝わってくるものがある」
「……?」
彼がはっきしりないその物言いにが困惑していると、追ってリリアナが口を開いた。
「空気が、ピリついている、感じが、します」
「まるで戦の最中のようだ。外の雰囲気も普通とは違うようだ」
「そうか?」
水明はリリアナとレフィールの話を聞いて、窓の外に視線を向ける。
外はどんよりとした曇り空だ。街が主に石畳や石壁などで構成されているせいもあって、やけに灰色に見える。
そんな風に外を遠目に眺めていると、城下町に人がほとんど出歩いていないことに気付く。以前はもっと活気に溢れていたはずだ。これは確かにおかしい。しかも、外壁がところどころ破壊されているようにも見える。
すると、初美が何かに気付いたのか、焦ったように窓台に乗り出した。
「水明、あれ! 窓の外! 一番近い城壁! 見て!」
「城壁って――あ? なんだありゃ」
初美の声を追って目を向けると、城壁に旗が立っているのが見えた。
遅ればせてそれを見たフェルメニアが声を上げる。
「塔に翼旗が立っています! これは……防衛!?」
「あれ、サーディアスが攻められたときと同じよ……前もあんな感じで旗が立ってたわ」
「じゃあつまり、王都で防衛戦を行っているということか?」
突然のことに焦りの声を上げたのは、水明、フェルメニア、初美の三人。
一方で平静としているのは、あまり焦りを顔に出さないリリアナと、表情に乏しいハイデマリー、予感があったレフィール程度のもの。
防衛戦とは言うものの、では一体何と戦っているのか……と訊ねるまでもない。
人間が攻めてくることがほぼない以上、魔族しかないからだ。
フェルメニアの硬い表情と「急ぎましょう」という言葉で、一同は急ぎ足で廊下を進む。
城の人間を見つけた折、フェルメニアが凛々しい声で呼びつけた。
「そこの者! 状況はどうなっているか!?」
「こ、これは白炎様!? いつお戻りになられたのですか!?」
「その話はいまはどうでもいい! 簡潔に状況を述べよ! アルマディヤウス陛下はご健在か!?」
「はっ! 魔族が我が国内部に侵攻し、王都にまで到達! 現在その防衛の最中です! 国王陛下は作戦室に! レイジ様やティータニア殿下、エル・メイデの勇者様もご一緒です!」
「魔族の侵攻だと!?」
「はい! 魔族が突然国内に攻め入ったのです!」
「北の辺境伯は何をしていたのだ?」
「街道を迂回して報告に来た者によりますと、領内を通った形跡はないとのこと」
「そんなバカな……」
「魔族は王都から十八里ほどの地点に突然出現したのです。それにより、現在王都が直接攻められているという事態に……」
魔族が突然出現した。
あまりに突飛で無理筋な話だが――あり得ないことではない。
そう、魔族側にはあの男がいるのだから。
フェルメニアは城の者に「承知した。仕事に戻れ」と言葉をかける。
一方で城の者は軽く礼を執り、自分の持ち場へと戻っていった。
「やれやれ、とんだことになってるらしいな」
「……アステルでも他国との小規模な競り合いなどはありましたが、ここまでのことはありません」
フェルメニアが、事態を重く見る最中、レフィールと初美がそれぞれ覇気をにじませる。
「帰ってきてすぐに魔族を斬る機会が来るとはな」
「修練の期間は短かったけど、成果が出せますね」
「ああ」
二人が随分と頼もしい一方で、リリアナが心配そうな声を漏らす。
「みずき、が心配、です……」
「そうだな。あいつはこういうの初めてだろうからな……」
そうでなくても、彼女はあの状態から戻ったばかりなのだ。心身への負担が強く心配される。
だが、明るい話がないわけではない。
「エリオットの奴がいるのは心強いな。あいつがいれば、まあ何とかなってるだろ」
「そうですね。エリオット殿であれば頼りになります」
水明とフェルメニアがそんな話をしていると、リリアナが彼にジト目を向ける。
「すいめーが、エル・メイデの勇者のことを評価、するのは、意外、です。いつもは、憎まれ口を、叩き合っている、のに」
「それとこれとは話は別だ。実力に関しては間違いないからな――それで、作戦室は?」
「はい、こちらです」
水明たちは、フェルメニアを先導にして、黎二たちがいるという作戦室に向かう。
やがて一行は作戦室の前に到着。フェルメニアという礼状を盾に、近衛兵に入室を迫る。
「白炎殿!」
「任務ご苦労。陛下もレイジ様も中においでだな?」
「は、はい!」
「では私も中に入れてもらうぞ」
「いえ、その、白炎殿は構いませんが……他の方々は」
「問題ない。責任は私が持つ。何か問われれば私に押し切られたと言い訳しろ」
近衛兵たちを前に、フェルメニアにはいつになく威厳がある。
そんな姿に一同感心しながら、水明たちはそのまま押し切って入室した。
しかして、作戦室内には、国王アルマディヤウスの他に、黎二、瑞樹、ティータニア、グラツィエラ。そしてエリオットとそのお付きの神官、武官らしき者たちが揃っていた。
王都の地図が乗せられた大きなテーブルを囲んでいる。
「陛下! フェルメニア・スティングレイ、ただいま帰参いたしました!」
「おお、フェルメニア。戻って来てくれたか」
「は。城の者に聞きましたが何やら一大事とか」
「うむ……予断を許さない状況だ」
フェルメニアとアルマディヤウスがそんな会話をしている一方、水明はまだ状況が掴めず目を白黒させている黎二たちに声をかける。
「よ、ただいま?」
「え!? す、水明!?」
「水明君!? どうしてアステルに!?」
「ちょっと予定外のことがあってな。ほい、お土産」
水明はそう言って、呑みの帰りのお父さんよろしく、お土産を提げて見せる。
「あ、うん。ありがとう……っていまはそんな場合じゃないよ!」
「らしいな。なんでも防衛戦してるとかって聞いたが?」
「そうなんだ。突然魔族が王都の近くに現れて……」
「まあ、なんだ。二人とも無事そうで何よりだ」
そう言うと、グラツィエラが憎まれ口を叩く。
「にしても、随分と遅い到着だ」
「こっちはこっちでいろいろあったんだよ。それに、向こうに行った成果ってのも必要だろ。ま、息抜きはしてたわけだけどよ」
「なるほど。英気は十分ということか。なら遠慮はいらんな」
「ですが、まさかグラツィエラ殿下がアステルの作戦室にいらっしゃるとは」
「私もだ。まったく魔族の連中は見境というものがない」
フェルメニアのあとに次いで、グラツィエラに声をかけたのはリリアナだ。
「グラツィエラ様。ご無沙汰、しており、ます」
「うむ。リリアナ・ザンダイクも壮健そうでなによりだ…………だが、そのぬいぐるみはなんだ?」
「これは、ぺんぎんさん、です。とても重要なの、です」
「あ、ああ。やたら可愛らしいが、魔法に使う何かしらの道具なのか? そういう術もあると聞く」
「え? あ、はい。そう、です……」
「そうか。やはりか」
リリアナが所在なげに視線を逸らす中、グラツィエラは妙な納得をしたらしい。彼女の実力を認めているため、そう誤解したのだろう。ペンギンが重要なのは魔術の方ではなく、主に心の安寧の方なのだが。
グラツィエラが差し出されたペンギンを撫で撫でする中、黎二が追加で増えた存在に気付いた。
瑞樹共々、マジシャン姿のハイデマリーに視線を向ける。
「あれ? 君は確か水明の知り合いの……」
「マリーちゃん、だったよね?」
「うん。二人は久しぶりだね。前にマジックを披露して以来かな?」
「えーっと、君がここに居るってことは」
「まあ、そういうことだね。説明もする必要はないかな」
「うう……私の周りにこんなにオカルトがいっぱいあったなんて……ずるいずるいずるい」
瑞樹が文句を言いながら嘆く中、エリオットが口を開く。
「また、にぎやかになったようだね」
「いまはありがたいだろ」
「確かにそうだね。援軍はいま一番に必要なものだ」
「あと、それと……なんだ。その、黎二たちのこと、ありがとうな」
水明が照れ臭そうに言うと、エリオットはひどくおかしな顔を見せる。
「……なんだよ?」
「いや、君の口からそんな殊勝な言葉が出るなんて。今日は空から槍が降るかな」
「お礼くらいでそんな魔族に厳しい神秘が働くならいくらでも言ってやるよ。だが、そんなありがたいこと都合よく起こるわけないな」
「そうだね。魔族たちに突き刺さる槍は自分たちで降らせるしかない」
そんな中、武官の一人が声を上げる。
いきり立っている様子。それは彼だけなく、他の者も同じらしい。
「陛下! もしやこの者たちを参加させるのですか!?」
「そうだが?」
「その男は、戦いが嫌で逃げた者ではありませんか!? それに、そこにいるのは帝国の魔導師では……」
「それを言うなら私も帝国の者だ。むしろその親玉に近い人間だが?」
「いえ、それは……」
グラツィエラの冷静な指摘に、武官はたじろぐ。
降って湧いた反対の声に、これまで黙って推移を見ていた初美が首を傾げた。
「水明、どういうこと?」
「あー」
「……?」
水明は手早く話を整理して、初美に手短に説明する。
「いやな召喚されたとき、俺そんなことしねえって駄々こねたんだよ」
「ちょ、水明あなたちょっとそれ……」
「ふうん? なんだかんだお人よしの君らしくないね」
初美に次いで、そんなことを口にしたのはエリオットだ。
「俺はそんなお人よしをしてるつもりはないが」
「よく言うね。誰かのために女神にケンカを売るようなことや、リリアナちゃんにお節介を焼いているような時点でお人よしじゃないか」
「なんかお前に言うと馬鹿にされてるみたいで腹立つな」
「でも、何故やらなかったんだい?」
「何故も何も拉致だぞ? 俺たちは拉致されたんだぞ? なんの契約もなしに突然召喚されるとか俺の世界じゃぶっ飛ばされてもおかしくねえって」
水明に同調するように、ハイデマリーがうんうんと頷く。
「むしろそれって第二級神秘犯罪で水明君がしょっ引く対象だよね」
「ん? ああ、そうだな。そういう考えで言うなら、かかわった連中まとめて封印措置だな」
水明がそう言うと、フェルメニアが振り向く。
「え!? では私は魔法が使えなくなるとか処置をされていた可能性が!?」
「まあな。だからこそ俺もそんな感じで厳しく臨んだわけだが」
「あわわわわ……」
水明の言葉にフェルメニアは顔を蒼褪めさせる。それは当然、地球世界での水明の立ち位置を知ったからであるのだが。
「へえ、何? 君って向こうじゃ警察的な仕事してるのかい?」
「どっちかって言うと始末屋だな。魔術界って言う巨大な組織の枠組みの、自浄作用の一部だ」
「真面目なことに従事してるのは意外だね」
「うるせえよ。いちいち茶化すな」
水明がエリオットと憎まれ口を叩き合っていると、初美が口を開く。
「ふうん。水明、それで良い印象持たれてないんだ」
「そういうことだ」
そんな内緒話のようなそうでいような会話のあと。
武官たちは再度水明に「出て行け!」と言う。
だが、こちらには勇者である初美、そして精霊の神子であるレフィールもいるのだ。
彼女たちは彼らにとっても大戦力であるのだが、やはりそれは知らないからだろう。
初美は特に説明することもなくつーんとしており、レフィールは静かに目を瞑って黙ったまま。他の人間も積極的に説明するつもりはないらしい。
ティータニアやグラツィエラなどは、水明に向かって「自分が蒔いた種だ」とでも言うように、視線を送っている始末。
ともあれ、武官たちの声に、アルマディヤウスが待ったをかける。
「いや、スイメイ殿たちには戦いに加わってもらう」
「陛下! ですが!」
「いまはそんな話をしている場合ではない。魔族の攻めが緩んだ折角の機会を、そんな益体のない話で消費するわけにはいかぬ」
「それは……ですが!」
「納得がいかぬと申すか……ふむ、ならばどうしたものかな」
アルマディヤウスはそう意味深に口にしたあと、水明の方にちらりと視線を向ける。
「であれば、参戦しても問題ないことを証明すればいいということになりますね」
「……そうだな。手間をかけるが、やってもらえるか?」
「下手に説得するより、腕っぷしでどうこうした方が手っ取り早くてわかりやすいですし、そうしましょうか」
水明はアルマディヤウスとそんなやり取りを終えると、ハイデマリーの方を向いた。
「というわけで、マリー。ちょっと遊んでやってやれ」
「え? なに? ボクがやるの?」
「ちょうどいいだろ。魔術が上手く働くかどうか試せるし。適当にあしらってやれ」
「まあいいけどさ。尻ぬぐいさせるんだったら、あとで埋め合わせはしてよね」
弟子の苦言に水明は「へいへい」とやる気のない返事をして、改めてアルマディヤウスの方を向く。
「これでよろしいですか?」
「すまぬな」
水明がアルマディヤウスとそんなやり取りをすると、武官たちが彼を睨む。
「女を使うなど……」
「なんと見下げ果てた奴だ」
それぞれ水明をこき下ろすが、しかし彼には効いた様子もない。それどころか、何を思ったのか、武官たちの方を向いて一転表情を悪魔的なものに変えた。
「ふははは! 俺と戦いたければまずこいつを倒してからにするがいい!」
「舐めるなよ!!」
「貴様のような者、すぐに追い出してくれる!」
やはり戦争のせいで苛立っているのだろう。ささいな挑発でも激発する。
他方、そんな喧々諤々を見た一部がひそひそ話。
「……こう、水明ってなんで三下の真似が上手いのかしら」
「いや、水明は演技力高いと思うよ。僕たちもずっと騙されてたんだし」
「あっ……そうですね。確かにそうです」
「そうそう! そうだよ! 水明君のオタンコナスー!」
「お前ら揃いも揃って胡散臭い視線を向けるのをやめやがれ!」
そんな突っ込みのあと、水明たちの参加に納得できない者たちと移動となった。