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休息だったはずが



 少し先の未来を体験するという奇妙なことはあったものの、黎二たちは素直にパーティーに参加することにした。



 今回の催しは疲れを癒すためというのを念頭に置いたものだが、やはりある程度の、体面は避けられなかったらしい。

 パーティーは立食形式でアステルの貴族たちも参加するという形に落ち着いた。



 グラツィエラいわく。



「ここに来た連中はお前に顔を売っておきたいというところだろう」



 らしい。どうやらパーティー開催にあたり横やりを食らったようで、貴族たちにごり押しされてやむなく……といったところなのだろう。

 正直なところを言うと。



「僕なんかに顔を売ってもどうしようもないと思うんだけどなぁ」



 グラツィエラの話を聞いた黎二は、苦笑が抑えられなかった。多少自虐のような部分もあったが、どう考えても自分と繋がりを持ったとしても、彼らの特になるようには思えなかったからだ。

 お金もなければ、権力もない。そんな人間と繋がりを持って一体どうするのか。

 そうでなくても自分は異世界の人間なのだ。いずれ帰ることを念頭に置けば、そこまで躍起になる必要はないだろうに、と。



 黎二がそんなことを考えていると、隣にいた瑞樹が口を開く。

 いつもは制服姿にマフラーだが、いまは顔に化粧を施しており、借り物のドレスを着用しているため一段大人びた風貌だ。友人の意外な一面を目の当たりにして一瞬ドキリとしてしまうが――着ているのが黒のドレスなのは、やはり趣味なのだろう。



「貴族さんたちは黎二くんがここに居付くって考えてるのかな?」


「僕がアステルに?」


「うん。そうじゃなかったら、こんな風にパーティーに参加なんてしないかなって思って」


「普通に考えれば、そうなんだろうね」



 確かに瑞樹の言う通り、そう思っていなければ、顔を売る、コネを作るなどのことはしないだろう。

 ふと、瑞樹が焦ったような素振りを見せる。



「れ、黎二くんはその辺のことどう考えてるの? や、やっぱりこの世界に残りたいって思う?」


「え? いや、僕は戻るつもりだよ? 家族もいるしね」


「だ、だよね! そうだよね!」



 瑞樹はどこか安堵したように声を上げ、胸を撫で下ろすかのように大きく息を吐いている。



「でも、月に何度かは顔を出そうかなとは考えてるよ。水明に行き来するための魔術を教えてもらえれば、行ったり来たりもできるだろうし」


「そうだね。あとは水明君に送り迎えしてもらうとか」


「そんなことさせたら、『俺をタクシー扱いするんじゃねえよ!』って言いそう」


「あ、わかるー」



 瑞樹と一緒に共通の友人のことを、きゃいきゃい言いながらイジリ倒す。

 黎二が、月に何度か訪れようと考えているのは本当のことだ。もちろんそれは魔族を倒してこの世界が平和になったらの話ではあるのだが。



「それに、ここで会った人たちとも、魔族を倒し終わったからはいさようなら……っていうのも寂しいからね」


「そうだよね。折角ティアやグラツィエラさんとも仲良くなったのに、お別れしなくちゃならないのは嫌だよね」


「うん」



 特にティータニアとはこれまでずっと一緒に旅をしてきたのだ。瑞樹共々三人、苦労を分かち合い支え合ってきた。会えなくなるというのはあまりにも寂しい。

 瑞樹とそんな話をしていた折、ふいに見覚えのある人たちが近づいてきていることに気が付いた。


 壮年の男性と凛々しい女性、年若い男性で、三人とも騎士の着る装束に身を包んでいる。

 護衛という形で付いてきてくれていた、グレゴリー、ルカ、ロフリーだった。



 黎二たちの目の前までくると、まずグレゴリーが敬礼を行う。

 まるで鋳型に嵌められたかのように、きっちりとした礼の執り方だ。



「勇者様、ご無沙汰しております」


「グレゴリーさん! ルカさんにロフリーさんも!」


「お久しぶりです」


「レイジ様! ご迷惑をおかけしました!」



 グレゴリーに続いて、ルカやロフリーも礼を執る。

 自治州の一件で療養のため離れていた三人だが、顔を出してくれたのだろう。



「そのお身体の方はどうです?」


「この通り、もう怪我も癒えてなんともありません」


「よかった」


「うん……みんな何事もなく治ってよかったよ」



 瑞樹は心底ほっとしたというように、安堵の表情を見せる。イオ・クザミという人格に変わったため、グレゴリーたちのことはあとから聞いた形だが、そのときもかなり心配していた様子だった。

 黎二も瑞樹がルカと手を握り合うのを見て、頬が緩む。

 そんな中、グレゴリーが頭を深々と下げた。



「この度のこと、お付きとして皆様のお傍にいながら、面目次第もございません」


「いえ、皆さんご無事で本当に良かった」



 黎二がそう声をかけると、三人は再び申し訳なさそうにして頭を下げる。

 三人とも真面目な気質であるため、心苦しく思っているのだろう。

 黎二が三人に訊ねる。



「グレゴリーさんたちもパーティーに参加するんですか?」


「いえ。我らはこれから会場の警備に当たります」


「うーん。もっとお話したかったのに」


「ははは、ありがとうございます。今後も話す機会もありましょう。それに、ここで私たちと話しては、口が疲れてしまいます」


「……そうですね」



 それは貴族たちと話をしなければならないからということか。

 察したというように微妙そうな顔をすると、瑞樹や三人が一斉に噴き出した。

 そんなやり取りのあと、グレゴリーたちは大広間を後にした。



「貴族の人たちとお話かぁ。瑞樹はどうするの?」


「私はオマケだから、あんまり気にしないことにしようかなって。緊張しちゃうし。黎二くんの隣で頷くだけの置物になってようかなー」



 瑞樹は明るく元気なイメージだが、どちらかというと人見知りな方だ。下手に対応すれば、パニックまではなくとも挙動不審を起こしてしまう可能性も否めない。そう言った失態を見せないよう、自衛しようというところだろう。



 そんな風に、貴族たちが近づいてきそうな雰囲気を感じ取っていた折のこと。

 別の方向から人影が現れる。

 すると、こちらに近付こうとしていた貴族たちはその人影に遠慮するかのように、不自然な様子で方向転換をしていった。



 しかしてふいに現れたその人物は、ドレスに身を包んだグラツィエラだった。

 彼女も瑞樹のように衣装を借り受けたのだろう。普段は白を基調とした軍服を羽織っているが、いまはボディラインをくっきりと強調する赤いドレスに身を包んでおり、ともすれば一国の姫という形容が似つかわしい。

 ギャザーグローブに髪飾り。どこかダンサーのような艶めかしさがある。



 迷いなく近づいてくるグラツィエラに対し、黎二たちも歩み寄った。



「グラツィエラさん」


「ドレスは着ないのだが、着替えのときにこの城の侍女たちがうるさくてな……あまり似合ってはいないだろう?」


「いいえ、とてもよく似合っていますよ」


「そ、そうか? うむ、なら良かった……」



 グラツィエラは面映ゆそうに頬を掻く。

 どうやら褒められたことで少し照れているらしい。


 するとふいに、彼女はいつもの調子で胸の下で腕を組んだ。手持ち無沙汰であったため、本当に何の気なくやってしまったのだろうが、ドレスのおかげで主張がさらに強まった胸が持ち上がって、黎二の目に飛び込んできた。


 ふよん。



「わっ!?」


「い、いやこれは……」



 グラツィエラはすぐに胸を隠すように腕の位置を変える。

 瑞樹の目が厳しいものになったが、それはともあれ。

 グラツィエラは一度咳払いを挟んだあと、何事もなかったように話題を変えた。



「主役がこんな端に居てどうするのだ? 壁の花を気取るにしても、それが男では恰好がつかんぞ?」


「でも、真ん中に行けば気が抜けませんし、どうしたものかと思いまして……」


「回数をこなせば慣れるものだ」



 グラツィエラがそう言うと、瑞樹が訊ねる。



「じゃあグラツィエラさんも、慣れてないときがあったの?」


「いいや。私にとってパーティーとは戦いの場の一つだからな。気を抜いていれば取って食われる。慣れる慣れない以前の問題だ」


「あうう、そんなの絶対慣れないよう……」



 瑞樹が絶望に嘆く。ハードルがさらに上がったが、しかしそんな機会も今回だけであり、サポートや配慮があるため、あまり気にすることもないだろう。



「それほどまでに嫌なのであれば、周囲を威圧していればいい。そうすればよほどの者しか寄ってこないからな。応対する回数は減るだろう」


「それって近づいてくる人は結構なくせ者だから、もっと疲れることになるんじゃ……」


「それは考え方次第だ」



 グラツィエラはそう言って、黎二の憂慮を流してしまう。

 そんな中、会場の入り口から見覚えのある姿が現れる。



 ドレスを着たティータニアだ。優雅な足取りで近づいてくる。



「お待たせしました」



 彼女はそう言って、遠慮がちに輪に加わる。すると、グラツィエラが苦言を漏らした。



「主役を待たせて最後に登場とは、開催国の王女の心構えとしてはどうなのだ?」


「あら、その分レイジ様を楽しませられるように準備してきたのです。その点は差し引きでちょうどよくなっているかと」


「ほう?」



 ティータニアが、その場でくるりと回って見せる。

 彼女が着ているのはグラツィエラとは対照的に、水色や青色を使ったドレスだ。ホルターネックのため、背中は大きく開かれており、スマートさや均整の取れたスタイルがよく際立っている。

 ティータニアは出で立ちを披露すると、目の前に滑り込むように歩み寄って上目遣いで訊ねてくる。



「ど、どうでしょうか?」


「う、うん。綺麗だよ……よく似合ってる」


「……! ありがとうございます!」



 さっきと似たような誉め言葉を口にすると、ティータニアの顔がぱあっと華やぐ。

 黎二が自分の語彙の少なさに反省していた折のこと、ふとグラツィエラが忍び笑いを漏らしていることに気付いた。

 ティータニアと共に怪訝な表情を向けると。



「くく、見事な背筋だな」


「え? え? せ、背中の筋肉はそれほど付いていないとっ!」


「そうか? 想像以上に瘤でごつごつとしていると思うが」


「そんなことはありません! レ、レイジ様! 筋肉は付いていませんよね?」



 ティータニアは焦ったように背中を向け、確認してくれというように突きつけてくる。



「あ、うん。大丈夫だよ。綺麗に引き締まった背中だなって」


「ほら! レイジ様もそうおっしゃっているではないですか!?」


「それは、場に合わせているだけに決まっているだろう」



 ティータニアと共に訴えるが、グラツィエラの笑みはそのままだ。

 どうやら背中が見えないのをいいことに、ティータニアをからかっているらしい。

 一方で瑞樹はと言えば「あー、またやってるこの二人ー」というような呆れの交じった視線を送っている。



 そんな中、ティータニアの反撃が炸裂する。



「ぐ、グラツィエラ殿下の見事な腹筋に比べれば、私の背中など、ものではないですか!?」


「わ、私は腹筋などついていない! そもそも見たこともないのに勝手なことを言うな!」


「あら? そうでしょうか? 近接戦対策のため、六つに割れているのではありませんか?」


「そ、そんなわけがっ……」



 グラツィエラは否定するが、しかし反応が思った以上に過剰だ。

 取り乱し方と誤魔化し方。そして、しっかりと据え付けられたコルセット。



 ティータニアの顔から笑みが消える。



「……もしかしてグラツィエラ殿下?」


「この話は終わりだ! もうするな!」



 グラツィエラは強引に会話を終わらせようとする。

 さすがに黎二もここで踏み込むほど鈍い男ではない。

 別の話題を探そうとした折、ふとグラツィエラが近づいてくる。



「その……お前は筋肉の付いた女は嫌いか?」


「え? いえ、良いと思いますよ?」


「そ、そうか! それは良かった……」


「え? 何か言いました?」


「いや、何でもない! ゴホン! そろそろ行くぞ」


「やっぱり行かなきゃいけないんですね……」



 黎二はグラツィエラに引きずられるようにして、会場の中心へと引っ張り出される。

 ともあれ、実際()()を目の当たりにしたら自分はどう思うのだろうか。

 黎二はそんなことを考えながら、胃の痛くなりそうな会食に臨むのだった。



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