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呼びかけの予兆



 黎二の頭が冷静さを取り戻したあと。



 すでに八鍵邸のリビングには、全員が集合していた。

 みなテーブルに就いており、それぞれ紅茶を飲んだり、爪を研いだり、手鏡を覗いていたりと、思い思いのことをしている。



 安濃瑞樹(あのうみずき)。自身や水明と同じく、この世界に召喚された友人だ。

 王城で一緒に召喚されてからこれまで行動を共にし、魔法を使って助けてくれた。

 穏やかさを与えてくれる柔和な表情。よく手入れされた長い黒髪。季節外れの赤いマフラー。出所不明の品である指ぬきグローブなどなど。特徴に欠かない少女で、少し前までとんでもないトラブルを頻発させていたが、いまは至って元通り。天真爛漫な性格で、彼女の笑顔を見ていると自然と元気が湧いてくる。



 ティータニア・ルート・アステル。自分たちを召喚した国である、アステル王国の王女だ。

 王国にいたときはドレスばかりだったが、旅に出てからは動きやすそうな服装を好んで着用している。

 少し前までは、控えめさやおしとやかさが全面に出ていたが、剣士ということを告白してからは、常に夜の湖面の如き静けさと、カミソリのような切れ味が同居しているといった佇まい。

 先ほどのどたばたのせいで、まだ顔が赤みを帯びているようにも見えるが。

 お互い、視線を合わせるのがやけに難しく感じられる。



 グラツィエラ・フィフィス・ライゼルド。いま自分たちが逗留している、ネルフェリア帝国の皇女だ。性格は高貴な人間にありがちな尊大さと好戦的さを持ち合わせ、どことなく野性味があるが、その反面、強い責任感と優しさを持ち合わせる。

 大人びた顔立ちと眼差し、ウェーブの入った金色の髪。服装は帝国の軍服の上に魔法陣を組み込んだコートを肩に引っかけているという出で立ちだ。

 武威が交じった威厳を常に身体の外に放っている。



 これがいつもの面子だが、この日リビングに集まっていたのは、彼女たちだけではなかった。

 聖庁エル・メイデで呼ばれた勇者エリオット、そして彼のお付きをしているクリスタだ。



 テーブルに歩み寄ると、まずティータニアが挨拶をする。



「れ、れれ、レイジ様、おはようございます?」


「お、おはよう、ティア! 今日もいい朝だね!」


「ええ! とても清々しくていい朝ですね!」



 そう言い合って、お互い何もなかったように取り繕う。

 当然、それが涙ぐましいまでの努力であるということに気付かない察しの悪い者はこの場にはいないわけで。



「いい朝にしては、随分な騒ぎだったようだが?」


「そうだよね。もう一体何事かと思ったよー」



 グラツィエラと瑞樹が、そんな手厳しい言葉を掛けてくる。

 二人が向けてくる非難するような視線に、黎二は焦った顔を見せた。



「いや、あれはね、その」


「その? なに? なんなのかな?」


「いや、えっと……」



 言い訳を考えるも、まるで言葉が続かない。不幸な事故だとただ一言言えばいいのだが、そんな言葉は許されないのか、口を開こうとするたびに瑞樹のジト目が非難の色を強めていく。



 そんな中、エリオットがほうっと紅茶の香りが混じった息を吐いた。



「君にあるまじき失態だね」


「うぅ……返す言葉もないよ」


「レイジ。レディの部屋に行くのはきちんと段階を踏むものだよ? 酔ったときとかその場の勢いに任せてなんて無責任なやり方じゃいけない。きちんと押し倒しに行く気で臨まないと、ティータニア殿下に失礼だ」


「ちょ、君は一体何を言っているんだ!?」


「当然レディに対する心構えのことだけど?」


「僕はそんなつもりじゃなくて!」


「それならもっとダメじゃないか。男としてきちんと責任を取らないと」


「それは……」



 エリオットからそんな話をされたあと、黎二はティータニアの方を向く。



「れ、レイジ様……」


「ティア、その……」



 黎二がティータニアと見つめ合い何かしら雰囲気が高まった折のこと。

 瑞樹とグラツィエラは何を思ったのか、すかさずくちばしを突っ込んだ。



「ま、まあ別に? そこまで責め立ててやることもあるまい」



 どこか上擦った調子で言うのは、グラツィエラ。



「そうだよ。不幸な事故事故。わざとじゃないんだから許してあげないと」



 焦った様子で話を終わらせに掛かったのは、瑞樹。

 どちらも、先ほど責めていたとは思えないような手のひらの返しぶりだ。



「っ、お二人とも! 折角雰囲気がよくなったというのにっ!」


「ティア、いまも雰囲気いいままだよ? なにか勘違いしてない?」


「そうだぞティータニア殿下。被害妄想はやめてもらおう」



 瑞樹は突然機嫌をもとに戻し、グラツィエラに至ってはなぜかしてやったりと言った笑みを浮かべている。その一方で、ティータニアは悔しげだ。まるで重要なシュートの場面を邪魔されたときのように、歯の音を鳴らしている。



 グラツィエラが再び黎二の顔を見る。



「それにしても、本当にひどい寝ぼすけだな。いままでそんなことはなかったのに一体どうしたのだ?」


「まったくグラツィエラさんの言う通りだよ。本当に今日はどうしたんだか」



 眠気が取れず、頭もぼうっとしたまま。覚醒したのにそれとはまるで程遠い頭の調子。

 そんなこちらの困惑から、グラツィエラは何かを感じ取ったのか。



「……ふむ、受け答えはきちんとしているのに、顔色が冴えないのはどういうわけだ?」


「うん、ちょっとね」



 寝不足の理由は黎二自身もわからないため、ここは適当に濁すしかない。

 そんな話をしている中、ふとグラツィエラの身綺麗さに気付く。髪はしっかりと整えられ、薄く化粧も乗っているという具合。朝の手入れに時間を掛けていることが窺えるということは、かなり早起きをしているのだろう。

 寝起きで簡単にまとめてきただけのこちらとしては、頭が下がる思いだ。



 瑞樹が可愛らしく小首を傾げる。



「黎二くん、寝不足なの?」


「うん、そうみたいなんだ。十分寝ているはずなんだけどね」


「あ! もしかしたらそれ、スリープアプニアシンドロームかもしれないよ? スリープアプニアシンドローム!」


「はい?」



 こちらがピンと来ないでいる一方で、瑞樹は腕を組んで軽く反り返り、ドヤ顔を見せる。

 ふいに彼女の口から飛び出してきた外来語。はて、その難解な言葉は一体なんだろうか。それに当てはまりそうな文言をしばし考えてみる。

 横文字が飛び出してきたということは、きちんと日本語訳があるはずだとあたりを付けて。



「……もしかしてそれ、睡眠時無呼吸症候群のこと?」


「さすが黎二くん博識だね! その通りだよ!」


「というか瑞樹、単に横文字言いたかっただけじゃない?」


「えへへ……だってここにいるとそんなに言える機会ないから」



 瑞樹は、バレたか……というように誤魔化し笑いをする。こうして時折中二病の名残が出て来るのは、なんとも彼女らしい。



 ……それが全面的に出てきた場合の恐怖は、少し前に嫌というほど味わったが。



 だが、こちらとしてもそんな成人病の代表的な病気に罹ったという心当たりはない。

 年齢も若いし、そもそも原因になるような生活習慣をしているわけではないのだ。

 太っている痩せているなどは関係ないが、この病気は首回り顔回りなどの肉の付き方が関係していると聞く。



 再び思い悩んでいると、グラツィエラが隣の椅子を引いて声を掛けてくる。



「レイジ、そろそろ座ったらどうだ? こっちへ来い」


「え? ええ……」



 グラツィエラに誘われ、彼女の隣の椅子に赴こうとすると、一瞬ティータニアの瞳が鋭い光を帯びた気がした。



「レイジ様、こちらも空いていますよ。どうぞ」


「え? え? えっと……」



 ティータニアが、静々と自分の隣の椅子を引く。

 これはどちらの席に行けばいいのか。一瞬では判断付かず戸惑っていると、何故か二人は視線をぶつけ合って、火花を激しく散らし始めた。



 それを見かねた瑞樹が、すぐに間に割って入る。



「二人とも、黎二くんが困るようなことしたらダメだよ」


「ミズキ。そんなことを言っているだけで良いのか? お前はいま、競争に出遅れているのだぞ?」


「そうですよミズキ。その鷹揚さは褒められる美点とは思いますが、いささか悠長すぎるのでは?」



 二人は、そう言って余裕そうな顔を瑞樹に見せ付ける。



「べ、べべべべ別に私はききき気にしてないもん! そんな隣に座るか座らないか程度のことで周回遅れになっちゃうとかないもん!」


「……そんな狼狽した調子でそんなことを言うのか」


「っていうか二人とも、そんなので気が引けるくらい簡単だったら、いまごろ取り合いしてるような余地なんてないでしょ?」


「…………」


「…………」


「そうでしょ? 二人だってそう思うよね?」


「……確かにそうだな。この辺り手ごわい相手ということを失念していた」


「……ですね。これについては私たちの方が浅はかだったかもしれません」



 何故かその主語のない曖昧な説明で、ティータニアもグラツィエラも納得している様子。



「ねえ三人とも、なんの話?」


「常に鈍感な寝ぼすけには一生理解できん話だ。気にするな」


「うん。気にしないで」


「そうですね。お気になさらず、レイジ様」


「えぇ……」



 何故かそんな風に、手厳しく返された。

 こちらが責められる口実が増えたような気がしてならない。

 助けを求めてエリオットの方を向くと、彼は紅茶の入ったカップを優雅に一口。



 その後、ふっと嘲笑めいた息を吐き出す。



「あれかな、実は君とあの男って、血のつながった兄弟とかなんじゃないかな?」


「それ、もしかして水明のこと? いや、なんでそうなるのさ?」


「いや……うん、いま言ったことは気にしないでくれ」



 エリオットは大きなため息を吐いてから、「これは相当だね」「みんな苦労しそうだ」などとぶつぶつ独り言を口にする。

 一体全体なんのことか。頭が上手く働いていないせいか、さっきから何の話をしているのかまったくもってよくわからない。



 適当な椅子に腰を掛けると、ティータニアもグラツィエラも不満そうな顔を見せる。

 ティータニアがこちらを向き、畏まった様子で切り出した。



「レイジ様に一つ提案……と言いますか、お願いしたいことがあります」


「お願い? あっ……」



 お願いと聞いて、すぐに思いたる。やっぱり、先ほどのことだろう、と。



「いやごめん! 本当にごめん! 今度から気を付けるから! 開ける前はきちんとノックして確認する! もし間違ったらすぐに出て行くから!」


「そっ! そちらの話ではありません! それとは別の話です!」


「ご、ごめん!」


「あのことは私は気にしていませんから!」



 ティータニアは話を切り替えるため、咳ばらいを一つしてから再び口を開く。



「その、なるべく早く、我が国へ……メテールに戻っていただきたいのです」


「王都に?」


「はい。私はハドリアス公爵の件を、お父様にご報告しなければなりません。それに関係して、レイジ様にもご足労していただければと思いまして」


「確かに、それは必要だよね」



 そう、今回エリオットが不当に拘束されたということで、水明たちと一緒にハドリアス公爵邸に乗り込むことになったのだが、そこで公爵が普遍の鍵(ウニベルシタス)なる集団と繋がりを持っていたことが判明した。

 これについては、上位者である国王に報告しておかなければならないことだし、公爵のことも彼から聞いておく必要がある。

 遠方との通信手段がない以上、一度王都メテールに戻る必要があるのだ。



「取って返す形になり、申し訳ございませんが、何卒」


「うん。構わないよ。むしろ、なるべく早く行かないといけないね」



 一方で、グラツィエラが忌々しそうに呟く。



「ルーカス・ド・ハドリアスか。厄介な相手だ」



 テーブルに人差し指をしきりに打ち付ける仕草から、相当に苛立っていると言うことが窺える。彼女も公爵にしてやられたことがあるため、他人事ではないのだろう。



「帝国と隣接する領主で、大きな軍事力を有し、おまけに本人も強いときた。正直、厄介な相手だね。向こうを張るのは並大抵のことじゃない」


「えっと確か……ティアと同じ七剣の一人だったっけ?」


「はい。舞踏剣を操る七剣最優の剣士。『七葉の刃爵』の異名を持つ男です」


「……あのときは水明がいたから押せてたけど」


「敵に回せば相当厄介な相手だ。帝国が大きく出られないのも、あの男の力が大きいせいだからな」



 クラント市はアステルとネルフェリアの境にある防衛の要だ。そこを任されているということを考えれば、侯爵の有能さも容易に想像がつく。

 グラツィエラも、公爵のことをかなり評価しているらしい。



「ティア。あのときは、裏切りは絶対にないって話だったけど、本当に大丈夫なのかな?」


「ええ。それは私が保証いたします。あの男に限って裏切りなどはないでしょう」


「勇者の動きを縛ったうえ、別の勇者にも刃を向けた相手を随分信頼しているのだな」


「いえ。信頼というよりは、これは剣士としての確信です」


「ほう?」


「ティア、それは?」


「心に迷いや曇りがあれば、剣にそれが反映されます。それが二君を戴くとなればなおのこと。ですが、あの男が剣を曇らせたことは、これまでに一度もありません」



 ティータニアはそう言って、言葉を続ける。



「あの男が普遍の鍵(ウニベルシタス)と繋がりがあるというのなら、ここ二、三年の話ではないでしょう。もっと前に接触していたはずです。私はその間に何度かあの男と剣を合わせていますが」


「剣を合わせたとき、公爵にそんな素振りはなかったってこと?」


「はい。あの男の剣閃は、それは澄み切ったものでした……私としては腹立たしいことではありますが」



 その感覚は、剣士同士にしかわからないものなのだろう。戦いに身を置いたばかりの自分では、まだまだ理解できないものだ。

 ティータニアはハドリアスへの対抗心を燃やしているらしく、利き手を強く握りしめている。

 そんな中、エリオットが口を開いた。



「それで、レイジ。メテールにはいつ向かうんだい?」


「そうだね。相談する必要が出て来たから、すぐにでも向かおうと思うよ」


「なら、僕たちも報告が終わったら追い駆けることにしようか」


「え? エリオットたちもアステルに?」


「僕たちも本来なら、アステルの王様に挨拶しに行く予定でもあったしね」



 そう言えば、そうだ。エリオットはメテールに向かう道中で、ハドリアス公爵に捕まってしまったのだ。

 そのため、救出後はアステル行きを一時取りやめて西に引き返し、帝国に留まっていたのだ。



「……ハドリアス公爵の処遇がどうなるであれ、僕もこの件でアステルの王様に話を聞いておかないといけない。あの男が何者で、どういった考えを持つ者なのか、僕も知る必要があるからさ」


「……そうだね」



 思うことは、彼も同じなのだろう。情報を集めなければ、その人物の人間性は見えてこないし、それが見えなければ、相手の目的にも辿り付くことはできないからだ。



「落ち着けるところに戻ってきたばかりなのにね」


「それは君たちだって同じだ。王国から戻って、また王国へとんぼ返りだ」



 そんな話をする中、ふと瑞樹が何かに気付いたように手を叩く。



「あ! でもそうなると猫ちゃんたちの面倒を見る人がいなくなっちゃうよ! どうしよう……」


「そっか。猫のことはリリアナちゃんに頼まれてたよね」



 家の周り住みつく猫たちの面倒は、リリアナ・ザンダイクから頼まれていたことだ。

 猫たちは元々野良であり、無理に世話をしなくてもいいということだったが、協力者であるためできる限り見ておいて欲しいとは言われていた。

 瑞樹と共にどうしようかと考えを巡らせるに難渋していると、グラツィエラが口を開く。



「なら、それは私の方で手配しておこう」


「いいの?」


「ここに通うのは数匹ほどだろう? なんのことはない」


「さすがグラツィエラさん! 頼りになる!」


「当然だ」



 そんな風に話が決着した折、エリオットが視線を向けてくる。

 それは、いつも以上に真剣なまなざしだった。



「レイジ。これは僕のお節介みたいなものだけどさ」


「なにか?」


「最近、魔族の方に動きがない。念のため気を付けておいた方がいい」


「鳴りを潜めてるときこそ、裏で動いているってこと?」


「常に動けるのに、動かないっていうのはやっぱり不気味なことだからね」


「やっぱりそういうのって、実際あるものなんだ」


「相手が小物であれば無駄に時間を費やしている……なんてこともあるけど、魔族のバックに邪神なんてものが控えている以上、油断はできない。きちんとした鋳型を持っている場合に限るけど、そう言った連中は碌でもないことばかり考える」


「碌でもないこと?」


「真綿で首を絞めるようにじわじわととか、一気に叩き潰そうとして力を溜めているとかさ」


「だから、裏で動いていることは間違いない、か」


「そうだ。なら、その暗躍はなんなのかということになるんだけど……」



 そこで、ふとしたとっかかりを覚える。



(ん? あれ……?)



 そう、自分にはいまのエリオットの発言に関して、思い当たることがあったはずだ、と。

 以前誰かとそんな話をして、何をしているかについても答えを得られていたはずだ、と。



 そう考えて、記憶の奥底を浚おうとした折――ふいに意識が飛んだ。



「黎二くん!?」


「レイジ様!?」


「おい、レイジ!」



 ……ふとした暗闇に襲われる。


 目蓋が帳のように閉じられ、さながら深い水底に吸い込まれるように意識が沈んでいく。


 そのただ中にあって、どこからともなく悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。


 自分の名前を呼ぶ声が、どこか遠くから、何度も、何度も、繰り返し。



 やがて、グラツィエラに抱えられていることに気が付いた。

 聞こえていた悲鳴さながらの呼び声は、彼女たちのものだったのだ。

 どうやらバランスを崩して、椅子から落ちてしまっていたらしい。



「気を付けろ。一体どうした?」


「え? ああ、すみません」


「いや、構わないが。本当に大丈夫か?」


「大丈夫。ちょっと目眩がしたくらいだから」



 グラツィエラに支えられながら立ち上がると、ティータニアが心配そうな視線を向けてくる。



「レイジ様、少しお休みになられた方がいいかもしれません」


「いや、大丈夫だよ。本当に、いまのはなんでもないんだ」


「黎二くん、ホントに? 貧血みたいな倒れ方には見えなかったよ? なんていうか、電池が切れたって言うか、スイッチがオンだったのを急にオフに切り替えたような……」


「大丈夫だって。ほら、いまはもうなんともないし」



 少女たちを心配させまいと、腕を大きく広げて笑顔を見せる。

 そんな中、自分が何かを握っていることに気が付いた。



(え――?)



 手のひらに感じられる固い感触。言い知れぬ不安に襲われ、視線をゆっくりと手元へ動かしていく。その動作は、まさに油を差し忘れたブリキの人形が如くというほど、ぎこちなかったのではなかろうか。

 目の焦点を合わせ、手をゆっくりと開いていくとやがて、指の隙間から白い金属質の部分と、蒼い輝きを放つ宝石が見えてくる。



「黎二くん。それって、イシャールクラスタ?」


「……うん」


「いつの間に持ってたの?」


「それは……」



 瑞樹の疑問の通り、いまのいままで手に持ってはいなかった。

 ずっと上着のポケットにしまってあったはずなのだ。

 そのはずなのに、いまはこうして手元にある。

 その蒼い輝きに、視線を落とした。



 ――その話は水明としたはずだ。



 そんな誰かの囁きが、自分の声でどこからともなく聞こえてくる。

 あのとき、彼とした話を思い出せと言うように。

 それがいまの自分には最も重要なのではないのかと言うように。



「……エリオット」


「なんだい?」


「魔族に大きな動きがないのは、彼らが新しい魔族を創っているからなんだ。強い魔族を生み出すために、弱い魔族を減らして、邪神が力を注ぎ込む分の枠を空けているんだ」


「それは本当かい?」


「うん。いまはまだ準備期間で、そのうちそれが投入される。それを行っている魔族が、水明にそう語っていたんだ」



 その話は、以前に魔族が帝国に攻め込んだときに聞いたものだ。

 水明の推測もそうだったし、リシャバームとかいう魔族の言っていた話とも辻褄が合う。

 エリオットのお付きであるクリスタが、不安そうに瞳を揺らす。



「エリオットさま。いまのお話は、どういう……?」


「魔族は邪神の力で生み出され、その数も質も邪神の力の容量によって決定される。邪神の力っていうのは限られているから、それを既存の『相応しくないもの』から、相応しくなるよう再設計して投入しようってことなんだろう。すでに粗雑な兵隊が大量にいるよりも、もっと規模が少なくても質のいい魔族を生み出す段階にきているんだろうね」


「では、今後もっと強力な魔族が現れるということなのですか!?」


「そうだ」



 このことについて、あの魔族は戦争ゲームなどと言っていた。

 確かに、開発費がかかるユニットには相応の資金(リソース)をつぎ込まなければならないし、マップに台数制限があればその枠を空けなければならない。ある意味、いい得て妙ではないか。



 ふと、瑞樹が万歳をするかのように両手を挙げて、疑問を口にする。



「でもでも、どうして質にこだわるのかな? こういうスケールの大きな戦いなら、数の有利の方が強そうに思うけど」


「国はすでに三つほど落ちているということを考えれば、そこまで物量を頼みにしなくてもいいと判断したんだろうね。雑魚は手に余るけど、質のいい兵はやり方次第では工夫が利く」



 エリオットはそう推測を述べて、改めてその危機感をあらわにする。



「……マズい話だ。そうなると僕たちは彼らの思惑に協力しているということになる」


「だからといって倒さないわけにもいくまい。思惑に乗るのが癪だからと言って、やり過ごしていれば被害が増えるばかりだ」


「そうですね。今後は一層上手く立ち回らなければならないでしょう」


「だけど、悪いことばかりじゃないよ。量から質に転じるってことは、手が回らない場所が減ることになる。各個撃破できるようになるのなら、やりようだと思う」



 だがそれには、相応の力が必要になる。自分の力が、質の良くなった魔族を圧倒できるのか。



「だが、その質のいい魔族が増えればそうも言っていられないだろう」


「まだその魔族を揃えられていない、いまが勝負ってわけだね」


「軍備を整えて、備えておかないといけませんね」


「もっと迅速にやりたいところだけど、実際僕らは魔族の本拠地すらわからないわけだし」



 それも今後調べる必要があるだろう。根っこを断つのが一番良い。

 それをどうやってやるのかと訊ねられれば、まだ案らしい案は出せないのだが。



「……今後は、戦いがより厳しくなるだろうね」


「ああ。お互い」



 黎二はエリオットと握手をして、それぞれ準備に取り掛かった。




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