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竜路、最大輝煌



 ――お前は必要ない。


 ――お前は要らないものだ。


 ――誰もお前を必要としない。



 ……聞き覚えのある声が、そんなことを言ってくる。


 要らないものだと。

 不要だと。

 誰もがみな、そう思っているのだと。


 言い聞かせて来るのは、影だ。見覚えのある影。父と慕う老人や、姉たちの輪郭によく似た、影である。



「もうやめて、もうやめてよ……」



 聞きたくなかった。そんな声で、そんな言葉は。

 自分が捨てられたなどということは、いままで一度も思ったことはない。

 自分にも、誰かに必要とされているという自負はあったし、現に他人も自分を必要としていた。



 それでも、心のどこかに「なぜ?」という疑問があったのは確かだ。

 お父様は他の姉たち――意思を持った自動人形たちに教育を施し、独り立ちさせていったのに、自分には特段何かを教え伝えることもなく、すぐに他人に預けた。



 金髪の少年が言ったように、要らなくなったのではないかと思ったこともある。

 親は子を自分のもとで育てるのが普通だ。その期間は、四年や五年程度のものではない。

 にもかかわらず、すぐに手放してしまうのは、育てる必要がないからなのではないか。

 注ぐべき愛情も、なにもなかったからではないか。



 そんな風に、不安がどんどん、どんどんと折り重なって膨れていく。

 聞き覚えのある声が、それを助長させるから。

 あの人たちの声で、そんな言葉を口にするから。

 要らないと。

 捨てたのだと。

 この赤紫色に閉じた世界の中で、伸び上がった影たちが、上から押さえつけるようにして。



 ふと、影が囁くそんな言葉に耳を塞いで屈み込んでいる、その最中だった。



「……やれやれ」



 呆れたような声と共に、自身を取り囲んでいた影が、魔術によって切り裂かれる。




「――なにやってんだ天才。こんな術に引っ掛かるなんて、らしくないないじゃねぇか」



 この声も、聞き覚えのあるものだ。

 これは、自分もよく知る魔術師の少年のもの。



 そう、この影しかいない世界にあって現れたのは、結社の魔術師、八鍵水明だった。



「…………そう、今度はキミなんだ。水明君」


「ん?」


「君もボクを要らないものだって言いにきたんだろう?」



 呪うようにそう吐き棄てると、彼はいつもするように、肩をすくめてため息を吐いた。



「おい、ボケてんじゃねぇよ。俺は実物だぞ? 俺はお前がいままで見てた影じゃない」


「一度希望を持たせて、すぐに手のひらを返して、その落差で痛めつける。さっきからずっとしてきた手口だ」


「やれやれやさぐれ度合い極まってんな。まったく、こっち見ろ。こっち。このプリプリお肌が影かよ? ええ?」


「……ほんとだ」



 よくよく見ると、確かに影ではなく本物の水明だった。さっきまでは影だったのに、今度は色味のある実物である。どういう趣向なのかはわからないが、この影でない彼は、自分を貶める者ではないらしい。



 この水明は「まったく……」と呆れたように肩を落とす。


 そんな彼に、訊ねた。



「……ねぇ水明君。ボクってさ、要らない子なのかな?」


「は? 要らない子だって?」


「そうだよ。お父様はボクが要らなくなったから、ボクを手放したんじゃないの?」



 そう問いかけると、水明は首を横に振った。



「そんなわけあるか。本気でマイスターがお前を要らないって思ったんなら、結社になんか寄こすはずないだろうが」


「じゃあその理由は? ボクには別の魔術があるのに、それ以外の魔術を覚えて、それが意味のあるものなの?」


「それは……」



 やはり、答えられないか。自分は、魔術を得てこの世に生まれているのだ。本当は無理に別の魔術を覚える必要はない。そんなことをしなくても、魔術師としてはすでに出来上がっているのだ。ならばやはり、結社に、水明のもとに、弟子として送り出されたことには意味がなかったと、そうなるはずだ。



「……やっぱりボクは、お父様に造られて、それで終わりだったんだよ。そうじゃなかったら、お父様がボクを手放すはずないじゃいないか。お姉さまたちは、みんなお父様のもとで育ったのにさ……」



 すると、水明は軽口でも叩くように、



「おいおい、いつものふてぶてしさは一体どうしたよ? なんだ? さてはお前、そういうこと言われ慣れてないから、ちょっと言われただけで腐っちまったんだろ? まったくそれでこんなのに引っ掛かったんだな?」


「ボクはっ……ボクは真面目に言ってるんだ!」



 彼の何気ない軽口があまりに腹立たしくて、叫び声を叩きつける。

 それがきっかけのように、腹の底から、黒くどろどろとしたものがどんどんと溢れてきた。



「ボクはお父様に造られてから、さしたる仕事も目的も与えられずに手放された。ホムンクルスとして役に立てとも、魔術師として役に立てとも言われたことなんかない……そんなボクに、ほんとうに価値なんてあるって言えるの!?」


「天才のお前に価値がなかったら、平凡で俗っぽい俺なんかどうするんだよ?」


「何が平凡だよ! キミはなんでもできるじゃないか! いろんなことをして、みんなから認められてる! でも、ボクにはそれがないんだ!」



 そう、経験はない。なしたこともない。天才だなんだとは言うものの、結局誇る部分はホムンクルスだという一点のみしかないのだ。そんな自分の一体どこに価値があるのか。



 そうでなくとも、そのホムンクルスだという部分も、誰かに与えられたものにすぎないというのに。



「ボクは作られた存在なんだ! 持ってる力も知識も才能も、何もかも全部誰かに与えられたもので、ボクが手に入れたものじゃない! ぜんぶぜんぶ、代用の利くものなんだよ!」



 息を切らせ、肩が上下する。

 自分でも、まさかこんな激情があったのかと半ば驚くほどに、彼に向かって叫んでいた。

 誰かに造られた。与えられた。そう、つまりはまた同じようなものを造ることができるということなのだ。なら、そんな数物の一つに、価値などあるのか。本当に、必要とされるものなのか。



 それがわかるはずもないだろう。

 誰からも必要とされる人間には。



 ……それらをすべて吐き出し切ったあとは、嗚咽しか溢れてこなかった。



 ふと、肩に手が触れる。



「少しは吐き出せたか?」


「ボク、は……」


「……マリー。確かにお前は俺たちとは違うさ。生まれたときからあらゆるものを持っていて、大抵のことは一人できる。でも、それだけですべてってわけじゃないだろう? 人間だって、その価値は生まれたときに全部決まるわけじゃない。長い時間を過ごしてことを成していく中で、徐々に徐々に定まるモンだ」


「長い、時間?」


「そうだ。どんなヤツだって長い時間がかかるのに、お前だけそれが短いなんてことはない」


「でも、これからできる保障なんてないんだよ?」


「だからマイスターは、お前を俺のところに遣わしたんだ。お前にはないものを、お前が欲しがるものを、自分で手に入れられるようにするためにな。だから決して、お前がいらなくなったわけじゃない」



 そうかもしれない。確かにそれも、可能性の一つではある。

 だが、もし違ったら。本当はあの影たちの言うことがすべて正しくて、本当に自分は要らないものであったなら。



 自分の居場所なんて、この世のどこにも、ないのではないか。



 そんな不安に揺れる視界のまま、水明の方を見つめると、彼は優しく微笑んだ。



「だけど、それでも。それでも誰もがお前を必要としないって言うんなら――」



 ……夢を追いかけ、救われない誰かを助けようとする少年。

 いつも眩しく、ただひたすら走り続けて来た少年。

 そんな彼だからこそ、こうして自分に手を差し伸べて来るのだ。



「――俺が、お前を必要とする。だから、そんな風に自分を卑下する必要はないんだ」



 へたりこんだ自分に対し、片膝を突いて、一緒に来いと、そんな風に。



「ほんとに? ほんとに必要としてくれる?」


「ああ」


「もうどこにも行かない? 勝手にいなくなったりしない?」


「ああ」


「嫌だよ? 置いていくなんて。ほったらかしにされたら、寂しいんだからね?」


「心配するな。俺は確かにここにいる。だから――」



 この手を取れと。

 掴んで決して放すなと。

 お前の行くべき場所へ、必ず連れて行ってやるからと。



 彼の言葉を聞いて、胸の内から、温かいものが溢れて来る。

 気付けばあれほど自分の心を苛んでいた不安は、もとからなにもなかったかのように消えていた。



「……うん!」



 彼の言葉に大きく頷き、その手を取る。引っ張り起こす力は強く、頼りがいがあり、自信に満ち溢れていた。



 そう、これだ。彼が、こんな人間だからこそ、自分は付いて行くことに決めたのではないか。そうだ。どうして気付けなかったのだろうか。らしい言葉に踊らされ、勝手に腐って、まんまと相手の術中にはまっていた。情けない。情けないが、仕方がない。



 だって自分には、彼が、八鍵水明が必要なのだから。



 ……しばらくの間、水明に頭を撫でられていた。まるで幼子をあやすような、慈しみぶり。だが、それが何故だか心地よくて、なすがままにされていた。



「――落ち着いたか?」


「うん。まあね、まったくとんだ失態を演じたものだよ。ボクにあるまじき格好の悪さだね」


「そうだな。それくらいふてぶてしいのがお前らしいわ」



 ぶっきらぼうに言うと、水明は快さそうに笑う。

 そして、



「いま、どうなってるのかわかるか?」


「これは……うん、精神作用系の結界だね。閉塞型の幻影結界?」


「大丈夫そうだな。ほんと、こんなのに引っ掛かるなんてどうかしてるぜ?」


「まったくだね。ほんとボクらしくない失態だよ」


 先ほどまで腐っていたとは思えないような口の利き方。

 だが、彼に対する口の利き方はこれでいいのだ。それでも、彼は受け入れてくれる。



 そして、彼は、いつものようにこう言うのだ。



「行こうぜ。こんな結界さっさとぶち破って、おかしなことを吹き込んだヤツに一発くれてやれ」


「うん。当然だね。ボクにこんな失態を演じさせたツケは、絶対に払わせてやるんだ」



 そう言い放って、結界の破却に取り掛かる水明のあとを追う。



 見えるのは、背中だ。

 どこか眩しさを覚える、彼の背中。

 それを見据えて、しばし思う。


 いつか自分も、この少年のように誰しもの夢を追いかけられるような魔術師になってみせるのだと。



 誰かを助けられる魔術師に。


 誰かから必要とされる魔術師に。



 だからこうして、口にするのだ。



 ――|竜路最大輝煌(kun=rei Maximumlicht)、と。



 魔力炉解放の、文言を。







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