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襲撃開始



 ホテルから迎えの車に乗った水明たちは、ハイデマリーの到着から少し遅れて、現場である人里離れた森林へと到着していた。



 ヨーロッパ地方では、ケルト文化の名残が強く、森は神聖なものとして見られ、特にドイツでは保護されている。メルヒェンの舞台としてもよく扱われ、赤ずきん、白雪姫、いばら姫、ヘンゼルとグレーテルなどが森にかかわるのは、特に有名だろう。

 いまは開発によって大きく削られてしまったが、北はラインハルトの森、西はトイトブルクの森、中部はテューリンゲンの森、そして黒い森として有名なシュバルツバルトなど、いまだドイツには広大な森林地帯が残っている。



 いま、水明の目の前に広がるのも、なだらかなウェーブを描くように広がった森林だ。木々は青々しく美麗で、自然を強く感じさせる。ところどころに小道が見え、その向こう谷間には白壁にオレンジの屋根といった西洋の色鮮やかな家々が身を寄せ合い、遠く向こうの尾根の上には、砦らしき建築物が建っている。



 これで快晴であれば最高のシチュエーションなのだが、いまは観光旅行に来たわけでは決してない。

 少し肌寒さを感じる風を受けながら、カシの木に登り、遠視の術で目的の場所を観察する。スケッチのアングル決めの要領で、指を使って四角い窓を切り取り、そこを覗くと、廃村とそれには似つかわしくない身綺麗なものたちの姿がちらほら。足取りの覚束ないものたちを集めて、何やら説法をしている様子が窺える。



 カシの幹を伝って下まで滑り降りると、レフィールが声をかけて来た。



「スイメイ君、どうだった?」


「ああ、間違いない。この先にいる。特に見張りとかは出してないみたいだ」


「……そうなのか。珍しいな」



 敵が警戒に力を入れていないことに、レフィールはきょとんとしている。だが、相手が魔術師ならば、よくあることだ。見張りを立てない代わりに他の小細工をしていることなど、よくある話。



 フェルメニア、レフィール、リリアナの三人が、さあ進もうとしたみぎり、水明が声をかける。



「あー、悪いんだけど、三人は先に行っていてくれ。俺はちょっと作業がある」


「作業ですか?」



 フェルメニアに訊ねに対し、水明はあごをしゃくって見せる。



「この周囲にも、ほら、結界かかってるだろ?」



 フェルメニアたちが視線を向けた場所には、陽炎のような境界と、結界の区切りを示す刻印があった。



「人除けの結界は先ほど通過してきましたし……これはどういった役割りを果たすものなのですか?」


「これは外敵の侵入を防ぐためのものじゃなくて、神格を呼び出すときにその規模を調整するためのものだ。自然の力を取り込み過ぎないようにするのと、あとは檻を作って抑え込むっていうイメージだな」


「どの程度の規模なんだ?」


「この辺一帯だ。かなり広く取ってある」


「つまり、すいめーはこれから、それを破却しにいく、というわけ、ですか?」


「そうだ。こういった案件を処理するのは、外堀を崩しながら相手の本丸に攻め込むのが定石なんだが……あいつめ罠の確認も怠って直接乗り込んだな」



 だろう。儀式の内容もそうだが、その準備の進行具合、規模の大きさを考えた末、ハイデマリーは焦ったのだと思われる。儀式の中心点さえ押さえればと、方針をそちらに切り替えたのだろう。



「スイメイ殿。我らだけで先に行くのは構いませんが、具体的に何をすればよろしいのでしょうか? 先行しているマリー殿に加勢……ですか?」



「いや、それよりも信徒もどき共を無力化してくれ。辺りにいるヤツらを片っ端から眠らせてやるだけでいい」



 水明がそう言うと、レフィールが訊ねる。



「いいのか? 彼女を先に助けなくて」


「そりゃあ助けたくはあるが……助けに行ってる間に神格を呼ばれちゃあ話にならん。同化されたらそれこそ俺たちだけじゃ手の付けようがないからな。ことを運ぶには念を入れて、まず数を減らして欲しい」


「わかった。任せてくれ」



 不敵に口にしたレフィールに、水明はまるで眩しいものでも見るように、



「いや頼もしいわ。逆に相手をしなきゃいけない連中が可哀そうになって来るよ」



 レフィールと相対しなければならない魔術師は、間違いなく恐怖を抱くことだろう。レフィールの神秘的な位格の高さを考えれば、専門的な対処をしなければならないため、大抵の魔術師は手も足も出ない。



「スイメイ殿。私も頑張りますよ。マリー殿にはいろいろとお世話になりましたから」


「ああ、よろしく頼む」


「はい」



 水明は言葉をかけると、フェルメニアはそう返事をする。

 そんなやり取りをしたあとすぐ、水明は再び廃村のある方角を見て、目を細めた。



「すいめー?」


「…………外の結界がこのままなら、あいつはきっと、ろくすっぽ確かめもせず、本丸に直に攻め込んでる。ぶっ壊せばすぐに済むと思ってるんだろ。まあ確かにそうなんだが、そうは甘くない。もうすでにある程度、外殻世界から力を取り込んでるはずだ」


「ハイデマリーは、どこにいると、思います、か?」


「……それは教会だな。ほらこれだ。十字架が飾られてる建物だな」



 水明は参考のため持って来た写真を、何枚か見せる。

 すると三人は、張り切っているような素振りを見せた。さっさと倒して、ハイデマリーを助けに行こうと考えているのだろう。こっちの世界に来て世話を焼いてもらった分、意気込んでいるのだろうが、それは見積もりが甘い。



「行くなよ? どうせあそこには罠が張られてる」


「では、彼女はすでに罠にはまっているというのか?」


「間違いなくな」



 ハイデマリーは、いまだあらゆる経験が少なく、それに反して知識ばかりが豊富であるため、セオリー通りに動くきらいがある。適切な行動を旨とし、また他者についても、自分と同じ目線で適切に動くものだと考える。意外性を考慮しない者は、総じて罠にはまりやすい傾向にあるのだ。



 そもそも、



「そうじゃなかったら、一人で解決できてるか、不利と見たら脱出してる。外をうろついている奴らもそのまま。何か動いた様子もないなら――バカ正直に罠にはまって、とっ捕まってるって考えるのが妥当だろうな」



 フェルメニアが心配そうに訊ねて来る。



「……マリー殿は大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫だ……そんなにヤワなヤツじゃないさ。薄いが……あいつの気配はちゃんとある」



 おそらくは、結界魔術に囚われているのだろう。依頼書には、幻覚系の結界に注意しろと記されていた。ならば幻術という性質上、閉塞型の拘束結界というのが最も考えやすい。

 身動きが取れないのか、彷徨っているのかはわからないが、できるだけ早く迎えに行った方がいいだろう。



「……心配かけやがって。これでいなくなってたときのことはチャラだかんな」



 水明がふと漏らしたそんな言葉には、多分にハイデマリーへの心配が含まれていた。



      ★

      


 水明と一時別れたフェルメニアたちは、一路廃村へと続く小道を行き、正面から堂々と乗り込もうとしていた。

 速攻でかたをつけるため、まどろっこしい手はなしだ。フェルメニアは加速の魔術で自らの移動速度を強化し、レフィールは赤迅をまとって、大剣の重量をまるで感じさせない速度を持続。リリアナは真性呪言(スペル・ゼノグラシア)を用い、『吠える(ハウラー)』を作り出して、いまはその背に跨っていた。



「作戦は、どうします、か?」


「私が前に出るのが一番だと思うが、フェルメニア殿はどう思う?」


「それが一番かと。敵方の魔術に関しては、私とリリアナで対処すればいいでしょう」


「決まり、です、ね」



 そんな要領で話を続け、打ち合わせの方はすぐに終わった。みな戦場を駆け抜けて来た玄人。話も早いし、的確だ。



 ともあれ、作戦はこうだ。レフィールを先陣にして、迎撃に出て来た魔術師をぶっ飛ばし、フェルメニアがフォローに入り、リリアナが後衛を倒しに暗躍するという電撃作戦。魔術師に対して絶対的な優位が取れる『最高のカード(スピリット)』がある以上、小細工などは不要。そもそも水明が結界を破却して合流するまでの時間を稼ぐだけでもいいのだ。



 ことは遥かに簡単である。

 あとは、それぞれの力量が、敵方の魔術師たちの力量を上回っていればいいだけ。

 廃村入り口正面に到着すると、すぐさま魔術師たちが集まって来た。

 中でも年長らしき男が、声を張り上げる。



「なんだ貴様ら!? 千夜会の人間か!?」


「我らはあなた方の邪魔させていただく者です!!」



 フェルメニアが大声で、その存在をアピールする。

 まずは注目を集め、相手の意識をコントロールするためだ。

 目論み通り、彼女に注目が集中し、魔術師たちがフェルメニアを排除しようと魔術行使を始める。



 無駄口は叩かない。即座に魔術行使に移る。しかも、行使速度に重きを置いた、手間の少ない速攻魔術。やはり、異世界にはない詠唱のないタイプの魔術である。



 フェルメニアもそれに応じようとしたところで――本命、レフィールが彼女の背後から飛び出した。

 しかして、それを見た魔術師の一人が嘲弄を浮かべる。



「バカめ! いい的だぞ!」



 一足早く、敵方の魔術が完成する。数秘術を利用した、火炎の術式。水明もよく使う魔術の『超劣化版』が多数、『赤迅をまとった』レフィールへと襲いかかった。



「まず一人だ!」


「後発! 助性魔術、防性魔術行使! 陣地の構築急げ!」



 歓声の間に、魔術行使の指示が飛ぶ。レフィールがいまので倒れたとみなして、次の行動に移ろうと言うのだろう。助性魔術によって他の魔術師に各種強化や対抗力向上を促し、防性魔術によって、守りを固める。陣地の構築はそのまま、魔法陣の敷設や簡易に儀式場を造ることによって、威力の高い魔術を使えるようにするのだ。



 だが、その目論見は潰える。その場の誰しもの視界が赤く輝く中、炎も熱も、そこから生まれる風圧も、すべてが一瞬で掻き消えた。



「おぉおおおおおおおおお!」



 直後、レフィールの雄叫びが周辺に鳴り渡る。

 ――半精霊(ハーフスピリット)であるレフィールには、低位の魔術は通じない。大抵の神秘に対して、自動的に位格差消滅(ディスパラティアウト)が発生するうえ、彼女の攻撃も精霊の力(スピリット)を利用したものであるがゆえに、力を高めるとそれだけで他の神秘を寄せ付けなくなる。



 それは魔術師たちの陣形を崩壊させる、第一撃だ。

 赤い輝きを散りばめた風、イシャクトニーの赤迅をまとった大剣の切っ先が、中天から地面へと突き立てられる。



四封剣(レーベ・ルヴァスト)!!」



 衝撃が駆け抜けると同時に、周辺の地面がひび割れる。そしてその稲妻のような亀裂の合間から、真紅の輝きが一気に溢れ出した。

 爆散の一瞬前。

 吹き飛ぶ直前。

 魔術師たちにそんな予感を与えた直後、四周に赤迅が渦巻いたかかと思うと、地面の閃光と竜巻さながらの旋風が周囲の魔術師たちを切り裂いて吹き飛ばした。



「――まずは四人」



 その言葉の通り、四名の魔術師たちが無力化された。いまは吹き飛ばされて地面に転がり、痙攣している。



「くっ……貫通力の高い光術を使え! 撃て!」



 魔術師の男の指示により、レフィールに向けて、光術が使用される。さながらレーザー光線のように、空を貫く眩い閃光。だが、一方のレフィールは、その場を動かず、防御の姿勢も取ることはない。

 高い熱量を持った光術が照射されるが――レフィールは至って平然としたまま。つばの広い帽子を被り心地を確かめつつ、大剣の切っ先を下げて彼らのもとへと近づいていく。



 まるで剣鬼のようなその姿に、怯えの声を禁じ得ない魔術師たち。



「ひっ、ひぃ……」


「きっ! 効かないだと……そんな……」


「あの力は……スピリットだと!? いや、そんなバカな!? あの女、人間じゃないのか!?」



 魔術師たちを、混乱が支配する。まさかこんな、魔術師の中でも常識外れの存在が現れるとは思わなかったのだろう。



 そんな彼らを、レフィールがゆっくりと攻め立てる中、暗躍する小さな影が一つ。



(建物の影に、いち、に……)



 吠える者(ハウラー)を脇に従え、身を潜めて攻撃の機会を窺っている魔術師たちを数え上げる。廃墟の壁に魔術をかけることにより、即席の防壁を構築。遮蔽物にしつつ、そこからレフィールやフェルメニアを狙うのだろう。



 やはり魔術による戦い方が洗練されているなと、リリアナは観察しつつ思う。彼女たちの世界の魔法の攻防は、もっと選択肢が少ない。真正面から堂々と魔法合戦になるか、前衛の戦士を置いて戦う程度に限られる。



 詠唱を基本とする魔法の特性上、陣地の構築などとは縁がないゆえ、仕方ないのかもしれないが、いま見ている戦術と比べるとあまりに無防備だろう。



「こっちだ! こっちにもいるぞ! ガキの魔術師だ!」



 どうやら、気付かれたらしい。向こうの世界では決してバレない隠形も絶気も、こちらの世界では完璧ではないようだ。



 だが、もうときすでに遅かった。

 リリアナは、まるで手を吐息で温めるかのようにして、両手の中に(まじな)いの言葉を呟いていく。



 ぼそ、ぼそと。陰気な者の独り言を思わせる仕草によって、手の中に目に見えて粘度の高い黒い塊が出来上がる。それは例えるなら、曝露された悪意を手づかみで扱っているようなものだ。触ればただで済まないそれも、彼女からすればさしたるものではない。呪いなど、粘土をこねる程度の労力だけで、好きなように形成することができる。



 ――リリアナは、悪意や呪いに身を浸して来た過去を持つ。幼いころは周囲の者や彼女の両親までもが、彼女に対し呪いの言葉を吐き続けてきた。それゆえ呪いには人一倍気付きやすく敏感であり、アストロソスと隣り合ってきたため多少の呪いなどへいっちゃらという鈍感さも併せ持つ。



「からすさん。からすさん」



 命を与えるように、そんな言葉を呟くと、こね回していた悪意がカラスの姿に変わっていく。



「からすさん。からすさん。あなたの名前は、『喧しい者(ノイジー)』ですよ」



 嘴も爪さえも、あらゆる場所が黒くなった『呪いのカラス』。ただその瞳だけが、青白い幽玄さを湛えている。



「バカな……どうしてそんな魔術を使って平気でいられるんだ……」



 魔術師たちは、リリアナの魔術行使を見て呆然としている。

 それもそのはず、いま目の前で起こっていることが、彼らにとってはあり得ないことなのだから。



 ……以前、水明がリリアナをアストロソスの魔の手から助けたときと同じだ。この世界では、すでに魔術の体系が整理され、異世界の闇魔法のような『悪意』を直接的に取り扱う諸刃の刃的な術はすでに使い古されているため、衝撃を受けているのだ。



 魔術師たちは防御に徹していた分、攻撃の手に遅れた。

 一方、一足先に出来上がったリリアナのノイジーと、そしてハウラーが動き出す。

 ハウラーが吠え声によって魔術の効果を打ち消すと、魔術師たちはすぐに次の魔術を使うのだが――



「――■ァ■■ョギ■■ッガ■アァ!!」



 ノイジーの、言葉では言い表せないけたたましい鳴き声が、魔術師の詠唱の邪魔をする。彼らが呪文を唱え切っても、何故か魔術が発動しない。



「なに……?」


「割り込みだ! カラスの鳴き声が句の間に割り入り込んで妨害しているんだ!」


「術式を動作のみに切り替えろ! 早くやれ!」



 魔術師たちは別の魔術を試みるが、しかし、いまもってハウラーとノイジーは動き回っている。ハウラーもノイジーも自立型だ。魔術行使を妨害するだけでなく、攻撃にも移ることができる。

 後衛の魔術師三人は使い魔たちの攻めに圧され、すぐに一か所へと追いやられた。



 そして、彼らを追い詰めたリリアナは、ふと冷たく言葉をこぼす。



「呪いとは、こう扱うのです、よ」



 リリアナはそう舌っ足らずに言い放ち、言葉を繰り、再び呪詛を練り上げる。その口ぶりのたどたどしさは、いつの間にかどこかに消え果ていた。



「――不食の大地。其は腐り溶け落ち荒れ果てて、再びは戻らず。願いは絶たれ、望みは失せて、呪う声の数だけ幾夜を、冬ざれの野をぬめりぬめりと砂漠する。奥底からは飢餓の声。奥底からは渇きの声。命は落ちた。佳人は泣いた。それでも、決して終わらない。其が立つ台地は、生者を引き込む死を告げぬま」



「――すそ渦巻くが足取沼(ヴォイドフット)



 口から吐き出された(まじな)いが、地面を黒く侵食する。やがて彼らの足元は黒い呪いに溶け落ちて、底なし沼のようにどろどろに。呪いに足を取られた魔術師たちは、そのまま穴のような沼の中に落ちて行った。



 呪術封印、『虚無なる足元(ヴォイドフット)』。呪いと大地の力を利用して、対象を封ずる魔術である。



「――土葬、です」



 そんな、終わりを告げる舌足らずな一言が、冷ややかに下された。









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