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結社の妖怪あらわる!



 魔術師たちの囲みを抜け、なんとかエントランスから脱出した水明たちは、結社のとある研究室を訪れていた。



 古城(アルトシュロス)の西側の一室。そこにある『まったくもって無駄な隠し扉』を開けて、地下への階段を降りると、木製の古風な開き戸がある。



 その先が、結社最古参の一人、首魁級(マジェスタークラス)の魔術師がいる部屋だ。

 水明曰く、妖怪博士。いや、水明でなくとも、結社に所属する魔術師ならばそのほとんどが彼のことを妖怪と言うだろう。無論妖怪のようにおどろおどろしい見た目をしているわけではないのだが、人を驚かしたり、悪戯を働いたり、そのうえやたらマッドであるため、そんな印象に落ち着いている。



 ここを訪れたのは、先ほどロビーで水明が口にした通り、リリアナの目を治すためだ。デーモナイズされた目は水明の心霊治療によってある程度は癒したが、眼球は完全に変質してしまっているため、完全に治すことはできない。



 それゆえ、その道の専門家に、治療を依頼することにしたのだ。

 異世界にいるときから幾度かフェルメニアたちにも言ったが、結社では博士と呼ばれる魔術師だ。実力に関してはまったく心配ないのだが、ロビーの魔術師たちが反応したように、別の心配があったりする。



 ともあれ、水明が扉の前に立ち、尾を貪る蛇(ウロボロス)を象ったドアノッカーを叩くと、中から「どうぞであるからして」という男性の軽快な声が返って来る。異世界組は言語が妙な言い回しに変換されたようで眉をひそめるが、博士はこれで平常運転。水明もハイデマリーもおかしな顔を見せることはない。



 そして、水明たちが部屋に入った直後だった。



 いつもは水明をいじくり回す博士が、当然のようにレフィールに対し多大な興味を示した。

 さながらガッツポーズを取るかのように、拳を振り上げる部屋の主は――ふくよかな体型、マッシュルームヘアー、眼鏡という特徴的な見た目をした白衣の外国人男性。見た目は中年で、顔にイボがあるのが特徴だ。



「スピリットパワーぁあああああああああ! これに興奮しない魔術師はいないのであぁああああるっ!」



 そんなことを叫び宣った直後、手をワキワキさせ、レフィールを追いかけ回す結社の妖怪博士。




 ……現在はそんなことが始まってすでに数分のときが経っていたというところである。

 水明が異世界関連の話をしている間も、聞いているのかいないのか、レフィールのことを追いかけ回す始末。ふくよかな体型にはあるまじき軽妙な動きのせいで、レフィールも赤迅をまとうことを厭わない。



「すごい! すごいのである! その能力、詳しく! 詳しく調べさせて欲しいのであるからして!」


「ッ、この変態っ! まずその不穏当な手の動きを止めろ!」


「小局、君にひっじょーに興味がありまくりなのである。ちょっと、ほんのちょっとでいいから小局の実験台になって欲しい。あ、ちょっとの比率は当社比であるので悪しからず」


「誰が実験台になどなるものか!」


「そんな硬いことを言わずに。小局は優しいことに定評があるのだよ。主に自分の中でだけれども」


「対外的な指標のない優しさなど信頼できん!」



 レフィールが叫ぶが、もちろん博士は引き下がりそうにない。

 貯留タンクがところ狭しとならび、チューブが床をのたうった部屋の中で、意味の分からない追いかけっこをまだ続けたいようだが……さすがにいい加減にして欲しい水明が止めにかかる。



「……博士。冗談はそのくらいにしていただけませんか?」


「冗談ではないのだよ。小局はマジ。いつもマジなのであるからして」


「別に博士くらいになればそれほど気になるものでもないでしょう。彼女のことはいいから、俺の話を聞いてください」



 水明はそう言うが、博士の興味は削がれない。



「だって、だってなんだよ水明くん。彼女は生きている精霊! 半精半人! 夢が広がる超ミラクルではないかね!?」


「その、いつまで経っても本題に入れない、ですから……」



 水明が苛立ち始めると、妖怪博士は彼に向かい合ってファイティングポーズを取る。



「では水明くん。小局と勝負なのであるからして」


「あーもう! なんの勝負をするんだよ! なんの!」


「もちろん魔術勝負なのであるからして。それに勝てば、小局は水明くんのお話を聞く用意をしようかなと思う次第。ちなみにオッズは水明くんで大穴確定であるからして、その辺りよろしく張ってくれたまえなのであるよ」


「まず俺が勝てる要素が微塵もねぇんだよ!」



 当然だ。水明と博士では、魔術師としてのレベルが違う。彼は水明の十倍以上の年月を生きているのだ。魔術師にとって経験や歴史は強さだ。ならば、敵う要素がまったくもってなさすぎる。



 博士のあまりの怪奇っぷりに、フェルメニアもリリアナも言葉が出ない。レフィールを追いかけ回していたかと言えば、いつの間にか水明をおちょくっているっというジェットコースターのような目まぐるしさに、ぽかんと口を開けている。



 一方で水明は、はあはあと荒い呼吸。

 そんな彼を尻目に、博士は彼女たちの前に立った。



「改めて自己紹介をしようと思う次第。小局がこの地下研究室の主。結社では博士とかマスターとか呼ばれて親しまれているのだよ」


「よ、よろしくお願いします。フェルメニアと申します」


「リリアナ、です。よろしく、です」


「…………」



 フェルメニアとリリアナは自己紹介を受け取るも、レフィールは油断していない。



「赤い髪の美少女殿。そんなに警戒しないで欲しいのであるからして。あれは水明くんも言った通り冗談。ちょっとしたお茶目なのであるからして」


「……そうですか」


「いや、レフィール油断するな。そう言って油断させておいて何か仕掛けて来るのがこの妖怪の常套手段だ」


「いやぁ、そこでまぜっ返すのはなしなのであるよ水明くん」



 水明がレフィールを後ろにかばいたてると、ハイデマリーが感心したように、うんうん頷く。



「さすが水明君。毎度被害者なだけあるよね」


「そう思ってるんなら助けろよ」


「うん、ムリ」



 薄情な弟子に素気無く扱われるのも、水明にとってはいつものことだ。

 特に残念そうにするわけでもなく、水明は博士の方を向く。



「それで、博士」


「――みなまで言わずともわかるのであるからして。水明くんの相談っていうのは、おそらくもなにも確実に彼女のお目目のことだと思われる次第。いやぁ、なんともアレだねこれあれ……大変だったのではないかね?」



 気が付くと、博士はいつの間にかリリアナの頭を撫でていた。どのタイミングで移動したのか。警戒心の強いリリアナも反応できないのはさすがである。



 リリアナが、博士の顔を見上げる。



「わかるの、ですか?」


「わかるのですよ。水明くんがここに来るのは、挨拶に来るか、小局を頼りに来たか、小局が悪戯を仕掛けて呼び込んだかくらいしかないのである」


「大半は博士の悪戯だけどな」


「そんなの当然じゃないかぱんぱかぱん。……それで、今回そうなると、君のお目目しかないのである」



 なんだかんだ察しているところは、さすがである。年季の入った魔術師は、洞察力も並みではない。



「博士、できますか?」


「何を寝ぼけたことを言うのだね水明くん。小局の辞書に不可能はないのであるからして。しかもいまなら、オプションとして目から魔力ビームが出るのである!」


「ぶっ!? 付けんな! おかしな機能付けんな! カーショップか!」


「それは無理な相談であるからして。やる以上は全力を尽くすのが小局のポリシーであるのだよ。というか目からビームは腕にドリル、足が無限軌道に変形に次いで限りなくロマンだと思われるのであるが、その辺りはどう思うのか小局この上なく気になるところ。あ、武器が工具をモチーフも捨てがたいのであるな……」



 訊いてもいないのに、博士の口からやばい話がわんさか飛び出してくる。

 それを聞いたフェルメニアが、不安そうに訊ねてくる。



「……あのスイメイ殿。リリィは大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫だ。大丈夫じゃないけど」


「どっち、なのです、か」



 リリアナは不安そう……というか微妙そうな表情を見せる。それに関しては、水明もなんとも言えない。博士は真面目なときは誰よりも真面目なため大丈夫だとは思うのだが、普段がこうだから断言できない。



「じゃあ、ちょいちょとやってしまうのであるからして。なに、一時間もかからないのであるよ」


「検査の方は? 一応大方の診断を書いたものは持ってきましたが」


「大丈夫、いらないよ。診察はすでに終わったのであるからして。問題はナッシングなのだよ」



 いつの間にそんなことをしたのか。博士の手練は水明でもわからない。いや、水明程度ではわからないが正しいか。



「リリアナ、何かされたか?」


「……いえ、そんな気配は、まったく」


「小局を誰だと思っているのかね。眼鏡も白衣もテクノカットも伊達ではないのであるからして」


「伊達云々はそこじゃねぇだろ。っていうか挙げたの全部伊達なのばっかじゃねぇか。せめて魔術師としての経歴や実力を語ってくれよ」


「そんなのは無粋だと思う次第。あ、やっぱり水明くんの診察能力を評価したいので、診断書は貰っておくのである。机に適当に置いておいてくれたまえよ」



 水明は博士の言葉に従い、書類やペンで散らかり放題のデスクの上に、診察時の所見や治療の経過を記したメモを置く。あまりに乱雑で片づけたくなる衝動に駆られるが、こういった手合いは散らかっている方がいいということもあるので、特に手は出さない。



「では、眼帯ゴスロリツインテ少女」


「……出会ったばかりの、すいめーみたいな言い方は、やめて欲しい、です」


「それは失敬。同レベルであったか。ともあれ、向こうの部屋にどうぞなのである」


「……? お部屋、ですか?」



 リリアナが博士が示した方向を向くと、そこにはいつの間にか扉ができていた。

 あまりに胡乱な現象を目の当たりしたせいで、水明は眉間を揉みながら、



「……まさか、いま部屋を作ったとか言いませんよね?」


「それこそまさかなのであるよ」



 とは言うものの、真相は定かではない。一体どうなっているのか。ケラケラ笑う姿がやたらと胡散臭く感じられる。



「では博士、よろしくお願いします」


「任されよ、なのである」



 水明が念を押す中、ふと、隣にいたハイデマリーが視線を向けて来る。



「随分手厚いんだね。ボクとは大違いだ」


「なんだ?」



 ふと投げかけられたトゲのある声に対し、また憎まれ口かと思ってそちらを向くと、ハイデマリーが迫ってきていた。



「だってそうじゃないか。最近はボクの指導なんかそっちのけだし、代執行の依頼もちゃんと教えてくれないし」


「それは……指導が滞ってるのは悪いと思ってるが、依頼については俺に来たものだからな」


「言えないの? いつもはボクにお手伝いさせるのに?」


「いろいろあるんだ。ちゃんと教えるから、落ち着くまでもう少し我慢しててくれ」


「ほんとにそう? ボクのことなんてどうでもいいって思ってるんじゃないの?」


「そんなことねぇって……どうしたんだ一体?」



 あまりの食い下がりぶりを不思議がって訊ねても、ハイデマリーはまたそっぽを向く。



「ふんだ」


「おい……」



 不満があるのに、答えてくれない。そんな彼女の態度に困っていると、フェルメニアとレフィールも近付いてきた。



「あの、マリー殿?」


「どうしたんだ?」



 二人が訊ねるが、どうして答えたのは隣の部屋に向かう途中の博士だった。



「気にしないでいいのである。これはおなじみの痴話喧嘩であるからして」


「ちげぇっての! まぜっ返すんじゃねぇよ!」



 リリアナを奥の部屋へと連れて行く博士の背中に、水明がツッコミを叩きつける。やはり博士は水明をからかうの楽しいのか、やはりケラケラと笑うばかり。



 ともあれ、手術はすぐにでも始めてくれるらしい。

 これで彼女を苦しめていた呪いが取り除かれると思うと、水明も安堵の吐息を禁じ得なかった。





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