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実家に帰らせていただきました



 ――この世界には、ソードオブソードと呼ばれる剣豪たちの階級がある。

 それは剣士たちがあまねくその名を連ねる、武界という名の集合の中にあり、『剣の中の(ソードオブソード)』を頂点として、(ワン)から十二(トゥエルブ)までの数字を振られているのだという。


 そこに名を連ねる者はただ一つの例外なく強者であり、最強の頂に手が届くほど、剣に狂っているのだと言われている。それぞれがそれぞれ、理外にある剣の技術を継承、もしくは自らの手で編み出し、その力を戦場で振るえば、たとえそれがどの時代であったとしても常識が根底からひっくり返るほどだという。



 金属を断ち切る剣撃など、彼らにとってはまだ序の口だ。



 腕の長さと剣の長さに縛られぬ広すぎる間合い。



 俗に縮地法と字名される神速の歩法。



 あまねく敵を上から下へと真っ二つに断つ雷神の咆哮。



 斬意と気により対象を切り裂きひき潰す斬撃波。



 体勢と歩法を制御し天地上下を飛行する移動術。



 霊気神通調伏によって敵を凍てつかせる呪法剣。



 暗影を渡り歩き敵をあやまたず撃ち抜く無音の絶刀。



 世の剣の伝説にあるあらゆる妖術幻を再現する幻影。



 もちろん、表向きこれを知る者はいない。魔術と同じく、行き過ぎた技術の集合であるため、これもまた秘匿されるべきものとなっている。



 しかして八鍵邸の隣に居を置く者も、その名が剣によって謳われるほどのもの。

 ソードオブソードが第四位、俱利伽羅陀羅尼幻影剣朽葉流、朽葉鏡四郎。

 日本の剣士の中で、最強と目される男である。



 ――別に。俺は単に義兄さんの後ろを追っかけてたら、自然とこうなっただけだ。



 とは、朽葉鏡四郎本人の言だ。

 以前に水明がどうしてそこまで強くなれたのかを訊ねたときに、そんな言葉が返された。

 彼が言う『義兄』とは、水明の父八鍵風光。結社に名を連ねる魔術の家柄八鍵家の前当主であり、東洋一の魔術師と謳われた男である。



 若くしてその天才的な力を発揮し、世界中を飛び回っては、あまたの神秘災害や神秘犯罪を鎮めて来た強者にして、正道にありながら魔に堕ちし十人(グリードオブテン)にまで数えられた魔人だ。

 そんな男の後ろを、剣一振りのみで追いかけて行ったというのだから、無謀極まる。だがそれゆえに、武界の頂点、剣の頂にその名を刻んで久しいのだ。



 いま水明の目に見えるのは、着流しに身を包んだその姿。座布団の上、片膝を立てて腕を乗せている。腰を落ち着けない。何かあればすぐにでも動き出したい。そんな熱をいまだ持て余したような、荒っぽさの抜けきらない青年を思わせる所作。



 しかしてその顔も、青年を思わせる。十代も半ばすぎた少女の父親、というにはあまりに若々しい顔だ。どこからどう見ても二十代後半にしか見えないのだから、その異常さがよくわかる。説明がなければ、歳の離れた兄と言っても通じるほど。



 だがその齢はすでに、壮年期である四十を過ぎ中年期に足を踏み入れた境にある。

 決して若造ではない。剽げた笑みを浮かべてはいるが、その瞳には年相応の凄みが同居している。

 黒髪を後ろで縛り、顔には刀傷。身体は細身ながら、筋肉で引き締まっている。



「――先生。改めて、お変わりなく」


「その辺りは義兄(にい)さんにはかなわないけどな」



 挨拶に腰を落ち着けての挨拶には、そんな言葉が返される。

 ともあれ鏡四郎が風光を『義兄(あに)』と呼ぶのは、もともと彼が風光を兄と慕っていたこともそうだが、偶然にも水明の母と初美の母が姉妹であったためでもある。



 ……水明と初美が朽葉邸に到着したあと、玄関でまず親子の再開があった。

 初美が母親である雪緒と抱き合い、父である鏡四郎に頭をわしゃわしゃと無遠慮に撫でられたあと、現在は二人一緒に和室に通されて、彼女の両親と向かい合って座っている。



「畳の匂い~」



 初美は久々にい草の香りを嗅いだのが嬉しいらしい。畳の上に寝転んで弾んだ声を出す表情は、ずいぶんと柔らかかった。



「やっぱりいいよな。安心する」


「ええ」



 他愛ない話をしていたが、いつまで経っても、もう一人の家族が出てこない。



「そういや、(はせと)は?」


「あいつは遠征だ。さっき連絡しといたぜ?」


「明日にでも帰ってくると思いますよ。初美さんのことを心配していましたから」



 鏡四郎の声に続いたのは、しなやかな声。その様は、まったく武家の内儀という言葉が相応しい。初美の母親である、朽葉雪緒。



 和服に身を包み、長い黒髪、日本人離れした美貌に赤いアイライン。性格はまるで違うが、見た目の雰囲気は初美とよく似ている。



 ふと鏡四郎が、やんちゃぶりを隠し切れず、



「俺は心配してなかったけどな」


「あら? 大事な一人娘が突然失踪して方々に協力を求めて動き回ってた人はどこのどなたでしたかしら?」


「おい」



 鏡四郎の声に続いて、くすくすと控えめな笑い声が響く。鏡四郎の荒っぽさを受け流す、柳のような雪緒の態度。相も変わらず、仲のいい夫婦であった。



「それで水明。お前の方は支部からも問い合わせが来てたぜ? この辺り一帯を調べたらしいが、途中で痕跡が跡形もなく消えてたとかで、支部は一、二か月ほど厳戒態勢だった」


「あー」



 水明もハイデマリーにはあえて訊ねなかったが、薄々そうだろうなとは思ってはいた。

 本部の幹部候補(すいめい)が事件に巻き込まれたのだ。縁ある支部が狙われている可能性も考慮されての警戒だったのだろう。日本支部の魔術師たちは、安全が確認されるまで気の休まらない日々が続いたはずだ。



 ふと夫人との会話で、軽妙だった鏡四郎の表情が真剣さを帯びる。



「まずは、だ。初美にはバレたんだな?」


「ええ。この通り」



 そう言って、戦闘礼服(スーツ)を披露するように、袖を持って腕を広げみせる。

 すると鏡四郎は、観念したように息を吐いた。



「そうか。まあそろそろ頃合いだとは思っていたんだが……ちょうどいいいと言えばいいのか、どうなのか微妙なところだな」


「お父さんもお母さんも黙ってるなんてひどくない?」



 一方で、お冠なのは初美だ。彼女は水明が魔術師であることを、ずっと伝えられずにいた。親にこんな隠し事をされていたのだから、怒るのも無理ないだろう。柔らかそうな頬をぷっくりとさせて、稚気盛んなふくれっ面を鏡四郎と雪緒に向けている。



 背伸びする彼女にはらしくない態度だが、家に帰って親を前にすれば、彼女だって子供なのだ。

 鏡四郎はそんな娘の態度を見て、苦笑を浮かべた。



「そう言うな……で? その例の厄介ごとってのは?」


「それがですね、かなり突飛な話になるんですが……」



 そう前置きをして、鏡四郎と雪緒に、異世界に行ったことのあらましを説明する。

 唐突に召喚されたこと。向こうの世界に出て来る魔物と戦っていたこと。初美と合流したこと諸々。

 当然ながら、それを聞いていた二人は、眉間にしわを集めている。



「……にわかには信じがたい話だが」



 鏡四郎が半信半疑でいると、女性陣が口を開く。



「水明の話したことは全部ほんとなの」


「水明さんですからね。ある意味なんでもあり得るとは思いますけど」


「ユキ、お前よく納得できるな」


「そうでしょうか? 風光さんに比べればまだまだではありませんか? ほら、あれです。以前、時間の遡行に立ち会ったときなどは……」


「あー、そう言えばそんなこともあったなぁ……」


「…………」


「…………」



 唐突に、風光のかかわった超絶不思議体験をあーでもないこーでもないと話し始める二人に、水明と初美は呆れて何も言えなくなる。異世界への召喚(これ)でまだまだでは、父の世代の人間は一体どれほどおかしな目に遭ってきたのだろうかと。



 二人見合わせた顔には、先ほど鏡四郎や雪緒が見せた眉間のしわと同じくらいにしわが寄っていた。



「やれやれ風光の義兄さんも大概ぶっ飛んでたが、お前もいろいろとやらかすな」


「いや、これは俺のせいじゃないですって。やらかすってなんですか、やらかすって」



 本件の原因と目されるという不名誉な話に、水明は片足立ちで前に乗り出し反論するが、鏡四郎は雪緒と顔を見合わせるばかり。



「だってなぁ……」


「ふふふ、そうですね」


「ゆ、雪緒さんまで……」


「日頃の行いでしょ? 水明、自分から厄介事に突撃していくんだから」


「ぐ……」



 確かに、首を突っ込まざるを得ない状況になってしまうため、言われても仕方のない部分はある。だが、今回の召喚の件は完全に巻き込まれた立場なのだ。逆に、解決に導いたのだから誉めて欲しいとさえ思う。



 すると、



「で、その召喚に初美も巻き込まれていた、と。お前がいなかったら困ってたな。助かった」


「いえ……」



 水明の考えが悟られたか。鏡四郎が居住まいを正して頭を下げる。叔父に面と向かって謝意を示され面映ゆくなるが、すぐに頭を上げた鏡四郎の顔には、まだ疑いがくすぶっていた。



「……本当に嘘じゃないんだよな?」


「俺がこんな真面目な顔して、嘘つくと思いますか?」


「それはそうだが、話があまりにあまりでな」



 確かに、異世界に行ったと聞けば、胡乱に思うのも無理はない。

 だが、どうすれば信じてもらえるか、いや、信じやすくできるだろうか。

 神隠しに例えるのも妙な話か。ならば、その世界が存在しそうだと思えるようなたとえを話すべきだろう。



 鏡四郎も魔術師である父と一緒になって動いてきた男だ。魔術に関しての知識もある程度は持ち合わせている。



「……外殻世界の向こう側に、別の世界が広がっていたということでしょう。突飛ですが、絶対にあり得ないことではありません。地獄やそれに類似したもの、火星や金星など極地や人の住めない極限の場所がある中で、たまたまそこに行ったと考えれば想像もつくかと思います」


「ふむ……そう聞くと、有りそうって思えるな」



 理解の難しさは、多少なり緩和できたらしい。まだ渋面は晴れないが、これ以上に彼らを納得させるには、現地に連れて行くしかないだろう。



 ふと、唸っていた鏡四郎が口を開く。



「ところで、二人だけで戻ってきたのか?」


「他に召喚された友人たちは残ると言ったので、そのままです。あと向こうから三人ほど連れてきました」



 そう言うと、何故か鏡四郎がにやにやとどこか嫌らしさを匂わせる笑みを向けて来る。



「……なあ」


「はい、なんでしょう?」


「お前が連れて来たのって、全部女だろ?」



 鏡四郎の言葉を聞いた雪緒が、口に手を当てつつ、上品に噴き出した。



 一方で水明は、なぜそれがわかったのか不思議で不思議で仕方がない。



「どうしてそれを?」


「そりゃあお前は義兄さんの息子だからな。そうなるだろう」


「いや、息子だからってって……」


「ええ。風光さんの息子ですからね」



 二人納得している様子。ふと同意を求めて横を見れば、初美は非難がましい視線を向けてきていた。

 ともあれ、一体どんな根拠があるのか。もやもやとして仕方がない。



 しかしてその後は、明日道場に剣士(レフィール)を連れて行くことを鏡四郎に話して、水明は一人、家に戻ったのだった。





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