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瑞樹、タイミングの悪い子



 黎二とハドリアスの戦いに割って入った水明は、いまは自らの奥底にとどめていた魔力を解放し、黎二に代わってハドリアスと相対している。

 放つのは、魔力、武威、そしてこれまで溜めに溜めていた冷めやらぬ怒気に他ならない。埋み火が「ふざけた真似ばかりしやがって……」というあまりに燃えやすい(ねんりょう)を得て、いま強く強く燃え上がったのだ。



 一方、彼と対峙するハドリアスも、水明が魔術師とわかる前は驚きにとらわれていたが、いまは状況を正しく理解して、多少余裕を持ったか、表情も先ほど黎二と戦っていたときのものに戻っていた。



「いいだろう、スイメイ・ヤカギ。お前のことは、私の認識不足だったというだけだ」


「その落ち度が、さてどうアンタの首を絞めるかな?」


「生意気な口を叩くな。要は手合わせをする相手が一人増えただけだろう」


「手合わせ……ね」



 ハドリアスは軽口をつまらぬことと一蹴して駆け出し、突き立てた剣を引き抜くように斬り上げる。その挙動と剣にかかる武威に危機感を抱いて飛びのくと、衝撃波が駆け抜けた。

 ちらりと背後を窺うと、衝撃に打ち据えられる音、斬撃に引き裂かれる音が同居した音源が通り過ぎたあとには、ズタズタになったタイルや土が、一文字の溝の周囲にめくれあがっていた。



 無論、ハドリアスの剣に引き裂かれたわけではない。



「おいおいこいつは……剣撃波(ソードウェイブ)だと? しかもなんて威力だよ……」



 ――剣撃波。それは初美の間合いを無視した斬撃、絶刃の太刀とはまた違う剣の技の一つ。元来は素早い斬撃によって剣先に巻き起こる旋風(つむじかぜ)に端を発し、歴史の中ではこれが横雲などとされてきた、斬撃の威を飛ばす技術である。



「水明! 公爵の剣はそれだけじゃない!」


「へぇ?」



 出し物が多様であることを知った折、ふいに口元が笑みに曲ぐ。不敵な笑いを見せたまま、スーツの懐から試薬瓶を取り出して、自らも剣を執った。



「――Permutatio.Coagulatio.Vis lamina……」

(――変質、凝固、成すは力)




 そんな中、ふいに黎二が、



「す! 水明!? それ、水銀じゃ!?」


「ん? そうだが?」


「そうだがじゃないよ!? それ直に持つのってマズいんじゃないの!?」


「あ――」



 黎二の危惧する通り、水銀は猛毒だ。常温で揮発した蒸気を吸っての経気吸収で、毒性を発揮する。学校で温度計を使用するときに往々にして注意されるものだが――



「魔術でどうにかしてまーす。大丈夫でーす」


「な、なんでもありなんだね魔術って……」


「まあそこまでなんでもじゃあないがな」



 黎二はふと見せた複雑そうな表情を一転させ、



「っと……それはともかく水明、気を付けて! 公爵は、剣に魔法の力を」



 黎二が言い終わる前に、ハドリアスが踏み込んでくる。そしてまず行き掛けに一手というように、彼が何某かを呟くと、彼の剣に翠色の稲妻がまとわりついた。

 バチリ、バチリと火花を発する翠色の稲妻を一瞥して、伸ばした水銀刀を血振るいの如く一閃。ハドリアスの到来を待ち構える。



「ふん――剣術だけじゃないってか」


「当然だ。魔の技を使えるのはお前だけではない」



 ハドリアスの言葉と共に繰り出された剣撃に、水明はすぐさま逆魔法で対応する。水銀刀の先端が小魔法陣を貫き、その剣身に深々と円陣をまとわせるが、斬り結びの際、まさか水銀刀が稲妻の跳躍によって弾かれる。



「なんっ……!?」


「ふ――」



 ハドリアスの講じた仕掛けに、今度は水明の方が驚愕を強いられる。だが水明も剣の道を知る者。続けて繰り出される剣に対し、適切な回避を取って斬撃から逃れる。

 口元に薄い笑みを作る貴族に、眉をひそめる水明。



付与術式(エンチャント)じゃない、だと……?」



 ひとり呟いたのは、そんな困惑だ。見た限りでは黎二の言った通り、魔法を剣に用いて稲妻をまとわせたようにも見える。だが、付与術式(エンチャント)を無効化させる対応術式は、しかしどうして効果がなかった。

 


 では果たして、ハドリアスは何を講じたのか。再度踊るように剣を振り出してくるハドリアスに、一方の水明は剣で対せず、今度は己が黄金の盾を突き出した。



「――Primum ex Secondom excipio!」

(――第一、第二城壁、局所展開!)


「む――魔法の守りか! だが――」


「はぁ!? おいおいおいおい……!」



 剣と盾が接触したみぎり、目の前で起こった光景に驚愕を禁じ得なかった。みき、みきっと魔法陣の発する魔力光に、どうして稲妻をまとった剣先がめり込んでいくのだ。魔法陣が放つ魔力光を、少しずつ少しずつそぎ落とすかのようにして。



「ちぃ、要塞の守りも削れんのかよ……!」



 おそらくは神秘に加え、剣士としての武威もその威力の後押しをしているのだろうが。

 一度距離を取るため、水明は呪文を呟く。それによって突き出された黄金の魔法陣が回転すると、ハドリアスは吹き飛ばされるが――彼は体勢を崩し切ることなく、遠間で颯爽と着地する。

 金色要塞の城壁はそのまま維持。剣撃波(ソードウェイブ)に対する守りを残して、ハドリアスの技を推測する。



「どういうことだ。いまのは付与術式(エンチャント)じゃねぇのか……?」



 他の事物に神秘の力をまとわせる技術は、まず付与術式(エンチャント)が挙げられる。その場合は魔力と術式を剣に同調させ、剣撃の威力を増強するということが考え得る事象なのだが、しかしハドリアスの剣撃は魔術に対する守りである第二城壁を削っていた。



 付与術式(エンチャント)ならばそんなことはまずあり得ない。なれば、一体どういうことなのか。油断なく相手を見据えたまま、思考を巡らせる。だが下手な推測は甚だ悪手。明確な材料のない判断はそれすなわち、全てが揣摩臆測へとなり下がるのだ。



 とまれ、そんな思考中の水明に糸口を提示したのは、まさかのイオ・クザミだった。



「――違うぞ八鍵水明。あれは剣に魔法を付与したのではない」


「違う、だと?」


「そうだ」



 水銀刀を構えなおして、ハドリアスを見れば、彼の剣は翠色の雷をまとっており――しかし消えた。



「あ? 消えただと?」


 付与術式(エンチャント)ならば、放出、発散するか魔力の供給がある限りは、消えることはないはずだ。だが、まるでいまのは一時的な効果だったかのように、途端に消失してしまった。



 イオ・クザミはそれのことを知っているらしく。



「お前の世界の言葉だと、あれは憑依と言ったところか?」



「憑依……そうか! そういうことかよ……!」



 そのヒントで、水明の頭に閃きが舞い降りる。憑依。あれが、降霊術を利用したものだというのなら、まったくわからない話ではない。

 気付いた直後、それを確かめるため、城壁の守りを消失させる。ハドリアスは城壁が消えたのを見て眉をわずかに動かすが、誘いには乗るらしく、ゆったりとした足取りで近付いてくる。

 あとは。タイミングを合わせるだけだ。相手が剣士ゆえ、初速から最高速(トップスピード)を出せることも考慮に入れねば、何もできずに斬られてしまうは必定。時機を見誤ると解き明かしの前に真っ二つにされてしまうことを念頭に置きつつ、水銀刀の柄を握りしめる。ハドリアスが再び剣に稲妻をまとわせた。身体がぶれたのを機に、魔術師の目を集中。黎二の斬撃にも匹敵する高速の斬り上げを見極めて、剣をこちらからぶち当てる。



 ――きぃん、と甲高い高音が響くと同時に、呟くのは、



「――Return.Returner」

(――還れよ女、あるべき場所へと)


「むっ!?」



 女性形を追い送る呪文に対し反射してきた驚きの声は、やはりハドリアスのもの。呪文を呟き、魔術が発動した直後、剣がまとっていた翠色の稲妻が、瞬間に消し飛んだのだ。

 しかし、稲妻が消えただけ。ハドリアスは狼狽えることなく即座に水明の水銀刀を力で弾くが――八鍵水明は魔術師だ。剣にかかずらう理由は無論彼になく、ハドリアスが水銀刀を弾き飛ばす手間によって生じた隙を、見事に突く。



 パチン。



「ぐおっ……」



 目の前の空気が弾け、衝撃波が巻き起こり、エーテル・ウィンドが散逸する。しかして水明は指を鳴らした格好のまま、爆裂の余韻のただ中に。ハドリアスは至近で水明の指弾の魔術を受けたため、生垣へと吹き飛ばされる。

 ハドリアスは衝撃をもろに受けたはずだが、すぐにかぶりを振って立ち直る。背後が生垣だったのも彼の身を助けたか。もともとかなり頑丈でもあったのだろう。



 ともあれ、



「なるほどな。アンタは付与術式(エンチャント)を使って自分の剣に魔法をかけていたわけじゃなくて、自分の剣にエレメントの幻影を降ろして、その力を利用していたんだな? は――剣士のクセに降霊術の基礎ができてるとか、妙な器用さ見せてくれるじゃねぇか」



 水明の挑発じみた称賛に、ハドリアスは顔を険しくさせる。無論その表情は、水明の不遜な物言いではなく、その解き明かしにあり、



「……こうもやすやすと秘伝が見破られるとはな。だが、これを封じることができるからと言って、私の剣が破られたわけではないぞ?」


「だろうな。だが――」



 そう言って、水明はハドリアスに対し光輝術式を放つ。当然だがハドリアスにはその攻撃を防ぐことはできず、回避に徹するしかない。



「剣ではアンタに勝てなくても、こっちは魔術師でね。悪いが俺はそっちの土俵で戦う気はないぜ? つーか黎二、そろそろ動いてくれよ。せっかく二対一ができるんだぜ?」



「そ、そっか! そうだよね……」



 黎二は今更そのことに気付いたらしく、慌てて横に並び立つ。呆けていたのは、見とれていたのか、思った以上に消耗がひどかったのか。



 そんな彼に、治癒の呪文を呟いた。



「うわ、わ……」



 黎二の足元に緑色の魔法陣が浮かぶと、大地の息吹が吹き上がる。彼の身体がその柔らかな風に包まれ、やがて緑色の魔法陣も魔力光の糸となってほどけて風と消え――黎二は傷つく前の状態へと戻っていた。



「これ、回復魔法!? すごい、怪我が一瞬で!」


「治癒魔術な。それにそんな大きな怪我もしてなかったから、それほどすごいもんじゃないさ。俺はそっちの専門家(プロ)じゃないしな」



 そう言って笑みを浮かべる水明。これで、戦いに臨むためのコンディションは万全である。



「さすがに二人相手は分が悪いか……だが」



 ハドリアスは二人を前にしてもまだ引くつもりはないと、剣を構えて佇む。しかし武威は、先ほどよりも充溢している。困難を前に剣士の気概が触発されたか。鬼気にも似た気迫のせいで、ハドリアスの身体が二倍、三倍と大きくなったように錯覚される。



「……やっこさんは、やる気らしいな」


「だね。これでやっと本気ってことか……」



 武威の充溢ぶりから察するに、これまでは多少なり加減あっての戦いだったのだろう。放つ闘気が物理的な域へと入ったために、生垣がバチバチと弾け、砕けたタイルの破片がカタカタと踊っている。



「――我のことを忘れてもらっては困るな」



 そう傲岸な物言いを発しながら近づいてきたのは、イオ・クザミ。そんな彼女に対し、水明は、



「なんだ、お前いたのかよ?」


「……貴様、大戦力に向かってその物言い……覚えておけよ?」


「え? いや、あの……もういろいろとおなか一杯なんで勘弁してくんねえかな?」



 陰鬱な視線、うら低い声で脅しにかかったイオ・クザミに、水明は辟易した顔でそう返す。もうこれ以上の迷惑は、本気で勘弁して欲しかった。



「水明」


「ああ」



 とまれ、いまは彼女のことは置いておき、油断は出来ぬと黎二と二人、攻めの体勢を整える。

 だがそんな折、それは、舞い降りた。

 突如として地面に衝撃が走り、土煙が勢いよく立ち昇る。それはさながら、建築物が崩壊し、灰色の煙が吹き飛んできたかのように。



 爆風が如き勢いで迫る土煙に巻き込まれるのを厭って、水明はすぐさま黎二と共に飛び退いた。



「っつ……おい、一体なんだ?」


「たぶん、上から何か、大きなものが、落ちてきたんだと……」



 確信を得られてはいなかったようだが、黎二の強化された動体視力には、土煙が巻き起こった原因を捉えることができたらしい。



 やがて、土煙が晴れると、自分たちとハドリアスとを挟んで、巨大なものが立っていた。



「おいおいおい……」


「これって……」


「ほう?」



 同期する、水明、黎二、イオ・クザミの声。しかして突如目の前に現れたのは、黒い艶を持った土色の巨大な人型――ゴーレムだった。

 その大きさは、目算でおよそ五、六メートル。体型は泥人形(ゴーレム)にふさわしく寸胴だが、手の指は精緻であり、周囲には魔力を帯びた石塊が衛星のように浮遊。関節は魔力によって繋げられているのか、赤い魔力光の発光が視認できるほど、濃密に凝縮されている。



「公爵の仕業か……? いや……」



 その推測は、どうもはずれらしい。ハドリアスの方を見れば、彼もこの状況が掴めないらしく、何故かしきりに屋根の上を気にしている様子。それに、ゴーレムのディティールのこだわりも、この世界のものと一致しない。



 ならば、これは――



「やっぱ、そういうことなのかよ……」



 これまで抱いていた予想が、確信へと変わる。ハドリアスがエリオットを留めていた理由。やはりそれは、彼らとのつながりがあってのものだと。

 水明は口元を吊り上げつつ、土煙の余剰を手を払う動作を以て吹き飛ばす。そんな中、黎二が剣を構えて飛び出した。



「土で固めた巨人くらい……!」


「ちょ、おい待て、黎二! 逸るなっての!」



 勝機を見出し突出した理由は、『土でできているものだから』という、ごく単純なものなのだろう。確かに土くれ程度、女神の力を与った黎二と、輝けるオレイカルコス(オリハルコン)の剣ならば、斬ることなど容易い以上に容易だろう。しかし、それはあれが、この世界のゴーレムであればの話。



 水明が発した制止の声はワンテンポ遅かったために、黎二の斬りかかりが土くれの巨人へと届く。

 だが、渾身の一撃だったにもかかわらず、耳朶に響く音はなく、黎二の身体にも剣を打ったときに生じる反動が見られなかった。



「手ごたえが……くっ」



 ゴーレムが、さながらまとわりついた蚊を追い払うように、大味な動作で腕を動かす。黎二がすぐさま横っ飛びをしてかわすと、目標を失ったゴーレムの腕が地面を砕いた。

 遠雷のような腹に響く衝撃と共に、ずん――と地面が揺れる。土煙が低く立ち込め、石や土くれが吹き飛ぶ中も黎二は恐れず再度の剣撃を敢行。動きの緩慢なゴーレムの腕――今度は関節に狙いを定め、剣を振るうが――



「こ、これも効かない!? どうなってるんだこれ!?」



 やはり、ゴーレムは黎二の剣撃を受け付けない。そしてそのまま、黎二を払い除けようと鬱陶しそうに腕を動かすが――やはりこれも動きが緩慢なため、黎二には当たらない。

 面倒な敵の登壇だった。ともあれ傀儡が相手ならば、術者を討つのが定石となる。しかし、ここに術者の姿はなく、かといってハドリアスを討ったとしても意味はないだろう。それに、ここから間接的にハドリアスを狙ったとしても、おそらくゴーレムがかばいに入るはず。



 やはりあの見た目以上に頑丈そうなゴーレムを叩くのが先決かと、水明が動こうとしたそのとき、イオ・クザミが前に出る。



 腕を組んで不敵に。赤マフラーをなびかせ颯爽と。



「そろそろ我も活躍せねば――む?」



 黎二にかっこよく加勢しようと前に出たイオ・クザミが、何故か突然その場にうずくまった。



「おい、どうした!?」



 彼女は身を小刻みに震わせている。何かあったのか。そこで止まっているのはマズいと、水明が動く。すると、ふいにイオ・クザミは立ち上がり――



「……あれ? あれ?」



 いつもの瑞樹が発するような声音を出して、困惑した様子で辺りを見回しだした。

 そんな彼女に向かって、黎二がゴーレムの動きをかわしつつ、叫ぶ。



「イオ・クザミさん? どうし――」


「あ、あー!?!? 黎二くんが不穏な名前出したぁ!! 私のこと冗談でもその名前では呼ばないでってことにしたよね!? ね!?」


「え? え? もしかして、瑞樹!? 瑞樹なの!?」


「もしかしなくても私だよ! というかどこなのここ!? 私たちって連合の洞窟の中にいたんじゃ……」




 ――安濃瑞樹、この鉄火場でまさかの復帰である。




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