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いざ、勇者の救出へ。その2

 水明たちがクラント市へ向けて出発してから数日後に帝都で行われた戦勝パレードは、何の問題も起こらず終了した。



 フェルメニアが魔術で扮するティータニアは完璧なものであり、一番に懸念されたイオ・クザミの暴走もなし。強いて問題に挙げるとすれば、長時間笑顔のまま手を振り続けたせいで、参加者はみな顔の筋肉が妙に引きつり、総じて腕が酷く疲れる羽目になったということくらいだろう。

 まさかレフィールは縮みかけ、リリアナは何度もおねむになったというくらいだ。その大変さが窺える。



 とまれ一大イベントも恙なく終わり、後発組のリーダーである黎二は、クラント市に向かう馬車の中で、水明との会話を思い出していた。



「魔法……いや、魔術か……」



 馬車の窓から外を眺め、思い浮かべるのは北の陣地で彼と話していたことだ。彼が魔術師と知ってから、色々なことを話してもらったが、やはりいま思い出しても不思議に思う。あの文明の利器が発達した平和な世界のどこに、魔術などという不確かなものがあったのだろうか、と。



 だがそう思えるほど、神秘という事柄は注意深く細やかに隠匿されていたということだろう。ビルの谷間に、ネオン輝くその陰に、見つからないよう、ひっそりと。

 そんな話をしたあとに、向こうの世界に魔術があるだなんてやっぱり信じられないと笑いながら言ったとき、水明はこう答えた。



 ――俺たちの世界の大部分の人間は、みんな科学で育ってるからな。どうしたってそう思うんだ。本当は……本当はどっちが正当な法則なのかってのは、誰にもわからねぇもんだろ? 法則なんてのは、結局のところ人間が勝手に考えて起こり得る現象に当てはめただけの、みなし(・・・)のものでしかない。魔術のよくわかんねぇ行動で、失敗したらそりゃあ非科学的だからってなるけどよ、物理法則で結果を求めたって失敗するときは失敗するだろ? 科学の失敗の理由はみんな求められるけど、魔術の失敗は魔術師にしかわからない。だから結局、あり得ないなんて思っちまうのさ。要は意識の違いだよ。物理法則で育ってるから、それしか信じられなくなる。科学や物理の知識がないし、それでしか成功を生み出したことがないからだ。だから――



 だから、そう思ってしまうのだと。



 それは、結局のところ魔術を意図的に成功させ、そしてそれを日常化させることができなければ、わからないものだ。魔法を使えるようになった自分でも、いまだ不思議に思ってしまうのだ。もはや向こうの世界では、魔術が信じられる土台すら、すでに取り払われていると言っていいだろう。



 馬車の窓の外、流れる景色を見詰めながら、思いを馳せる。そんな中、ふと、自分にそんなことを教えてくれた友人のことが気になった。



「あの、水明って強いんですか?」



 気付けばそう、隣に座るレフィールに訊ねていた。

 訊ねを聞いたレフィールは、被っていたつばの大きな帽子を、人差し指で軽く持ち上げて顔を見せる。



「スイメイくんは強いぞ。私は剣士だから具体的にどう強いとは多すぎて説明しきれないが、スイメイくんを弱いとすると、世界のほとんどの者が雑魚になるだろうな」



 レフィールの言葉を聞いて、フェルメニアやリリアナに視線を向けると、彼女たちも同意見だというようにこくりと頷く。そして今度は、窓の外に思いを馳せていたらしいイオ・クザミに視線を向けると、



「ん? ああ、我がライバルは強いぞ? なんだ、お前にはわからないのか?」


「うーん。魔術師ってわかったあとも、いつもと同じだからね……」



 魔術師だと告白したあとも水明は、やっぱり水明に他ならなかったのだ。いつものように面倒臭がりで、基本ふらふらへらへら。色々なことを話してくれるようにはなったが、強さ、ということに関してはいまだよくわからない。



「くくく、我が婚約者(フィアンセ)の眼力も、まだまだよの」


「少しずつでも、強くなっていると思ってるんですけどね」


「それは女神の加護が馴染んでいるというだけだろう?」


「やっぱりそうなのかなぁ……」



 強くなっている自覚はある。だが、それが不自然な速度での向上なのだということも、また同じだ。それゆえ、本当に自分が強くなっているのか、ときどきわからなくもなる。



「れーじ、女神の加護の力を受けるというのは、どういった感覚、なのですか?」



 ふとしたリリアナの訊ねに、赤ん坊のするように手を軽くにぎにぎさせながら答える。



「僕もはっきりとはよくわからないけど、何もしてないのに強くなったような感じがする……かな?」


「そういったのは、気のせい……というわけではない、のですか?」


「もしかして例のサクラメントの力、ということは?」


「うーん……それとは違う感じがするんです。サクラメントの力を引き出したときは能力が強化された感じがするんですけど、そうじゃなくて、いつまでも戦えるっていうか。限界が見えなくなったっていうか。魔力も体力も充実してる感じがするんです」



 サクラメントを持ったことによって魔力や体力の底上げはなされるが、それはいつまでも続くようなものではない。それゆえ、黎二にとってこの感覚は違和感なのだ。



「それも以前に比べて、強くなったような気もしてますし」


「それについては? フェルメニア殿」


「おそらく、英傑召喚の儀に伴う女神の加護だと思われます。徐々に強くなっていったという話ですから、いまのレイジ殿の力の増大もそれなのではないかと」


「女神の加護とは、すごいものだな」


「ずるい、です」



 レフィールとリリアナがうらやましそうにする中、フェルメニアが何か話したいことがあるとでもいうように手を挙げる。



「あの、レイジ殿。ちょっと気になることがあるのですが」


「気になることですか?」



 訊ね返すと、フェルメニアはレフィールに目配せをする。すると、彼女はこくり。どうも二人同じ疑問があるらしい。やがて、レフィールが口を開いた。



「その、率直な訊ねになるが、レイジくんはスイメイくんに怒っていないのかと思ってな」


「僕が水明に怒っている……ですか?」


「その、スイメイ殿はレイジ殿に魔術師であることを黙っていたという話でしたから。やはり何か思うところがあるのではないかなと」


「ああ……」



 その訊ねで、察する。二人共、自分と水明の間に亀裂が入っていないか、危惧してくれているのだろう、と。



 そんな彼女たちを見据えながら、現代世界でのことを思い出し、



「……向こうの世界にいたとき、僕って結構危険なこととかに首を突っ込んで、無茶ばっかりしてたんです。誰かが困ってると、なんか我慢できなくなっちゃって、助けたくなっちゃうっていうか……それで、いつもよく一緒にいる水明とか瑞樹に迷惑かけて……そんなとき、よく不思議なことが起こって助かったっていうのが結構あったんです。……いま改めて考えると、水明が裏で助けてくれてたんだって」



 当時のことを思い出しながらゆえ、話が取り留めのないものになっているのは否めない。だが、よくよく考えてみれば、魔術がかかわっていたとしか思えないことばかりだった。不良に囲まれたとき、なぜか相手が勝手にバタバタと倒れてしまったことや、自由業の人たちが持っていた拳銃の弾丸が外れたこと、詐欺の犯人が自首してしまったことなど、挙げればそれこそキリがない。それゆえ――



「内緒にされてたのは、確かにもやもやするところはありますけど、向こうじゃそういう規則(ルール)があるんなら仕方ないことだし、どちらかっていうと、お礼を言ってない僕の方が申し訳ないっていうか……そんなことばっかりして、よくこれまで僕のこと見限らなかったと思います」


「だが、王城で別れたことに関しては、スイメイくんが見限ったということになるのでは?」


「魔族と戦うのは僕が二人に相談もせず勝手に決めちゃったことです。普通はそこで見限ってもおかしくないことなのでは? 勝手に無茶なことやり始める人間に手なんか貸したくないし、向こうの世界に帰る方法だって教えようとはしないと思います」


「それはそれで極端だな」


「そうかもしれないですけど」



 要は、自分は考えなしに動きすぎたのだ。選ばれたという言葉に舞い上がって、なんでもできるようになったのだと勘違いをした。それで水明が勝手に動いたなど、言えるものか。彼にだってやりたいことがあるのだ。それを制限する権利など、自分にはない。



 それに、



「水明だって何もしなかったわけじゃないんです。水明は水明で自分の信念に従って動いていたんですから。それに僕たちが帝都に来たとき、快く迎え入れてくれましたしね。だから、この話はもういいんですよ」


「……いい友達だな」


「すいめーには、もったいないですね」



 レフィールは微笑みを見せるが、リリアナは容赦ない。だが、それだけ打ち解けているということだろう。水明が彼女に遠慮させないよう、気遣っているのだと思われる。



「そういえばレフィールさんは水明と一緒にアステルの方から逃げて来たって聞きましたけど、それってやっぱり?」


「ああ、違うよ。逃げてきたのではなくて、私はスイメイくんに助けてもらったんだ」



 レフィールの答えを聞いたあと、ふとフェルメニアの方にも視線を向け、



「私の方はちょっと特殊でして……スイメイ殿にケンカを売って返り討ちにされたんです」


「へ? か、返り討ち!? ってことは水明と戦ったんですか!?」


「はい。レイジ殿たちが王城に来て一、二週間あとくらいでしたか。その、どうもスイメイ殿の行動が不審でしたので、夜にスイメイ殿のあとを尾けたら、実は誘い出されたもので」


「そ、そんなことがあったんですか……」


「そんなに驚きますか?」


「…………そりゃあ、なんか先生が自分から仕掛けるというイメージがないので」


「あのときの私は、その、恥ずかしくなるほど増長していまして。レイジ殿も見たと思いますが……」


「ああ、そういえば……」



 フェルメニアの言葉を聞いて、思い出す。彼女が自分たちに魔法を教えてくれることになったとき、同僚の宮廷魔導師に対しかなり高圧的に接していたことを。そのときはいまほど言葉遣いも丁寧なものではなかったため、思いあがっていたと言われれば、確かにそうかもしれないと思える。


「まあ、そんな出会いを経て、スイメイ殿に魔術を教えてもらうことに」


「わ、私もスイメイくんと一緒に魔族の将軍を倒したぞ!?」


「なんでそこで張り合おうとするんですかレフィール」



 なぜかライバル心を抱いたレフィールを見ていると、ふいに笑いが込み上げてくる。そんな微笑みを見つけたフェルメニアとレフィールが、小首を傾げ始めた。



「水明は相変わらずモテモテだね」


「は?」


「ふ?」



 顔を突き合わせていた二人が、同時に顔を向けてくる。そして、こちらの言葉の意味に気付いたか、



「レイジ殿の口ぶりですと、向こうの世界でもスイメイ殿を狙う女性がいたと取れるのですが」


「それは一体どういうことなんだレイジくん」


「どういうことも何も、向こうでも、水明のところに女の子がよく訪ねて来たりしてましたからね。幼馴染み……朽葉さんのことは知ってると思いますけど、そのほかにも外国の女の子とか外国の女の子とか……」



 その話を聞いたリリアナが、眠そうな目をさらに胡散臭そうに細め、一言二言。



「……すいめーは、朴念仁、です」


「まったくもって同意だな。あの男は一度誰かに刺されるべきよ。ふん」



 それに同意するように、イオ・クザミまでも辛辣な言葉を口にする。ひどい言われようだが、同情できないのも確かであるため、自分も擁護についてはとどまった。



 一方、それを聞いていたレフィールは、



「それについても、あとで詳しく訊かなければならないな」



 そんなことを言い出す始末。それは、ともあれ、



「みなさん、そろそろ、クラント市、です」



 リリアナの声に惹かれ馬車の窓から先を見ると、クラント市の城門と、入市待ちの人々の列が見えてくる。到着はもう間もなくといったところ。



「確か、僕たちはそのまま入市するんでしたよね?」


「ええ。門をくぐったあとは、折を見て、すいめーたちと、合流です」



 全員で今後の予定を確認したあと、やがて馬車は城門へと到着し、打ち合わせ通り城門をくぐってすぐに馬車から降りた。入市に関しては一度訪れているため、思っていたよりもスムーズに手続きが済んだ。



 城門前の広場で軽く伸びをする。空は晴れ。狭い場車内から解放されたこともあり、清々しい。



「水明たち、どこにいるかな……」



 そう言って何気なく辺りを見回すような素振りを見せると、レフィールがにやりと意地の悪そうな笑みを向け、



「おや? レイジくんはティータニア殿下のことは気にならないのか?」


「え? い、いやティアのことも気になっているますですけど!」


「ふむ、あのお転婆姫のことばかりでなく、我のことも気にかけて欲しいものだ」


「いえ、あの……」



 レフィールの意地悪にイオ・クザミまで絡んでくる。その居心地の悪くなりそうな話題をどうにか逸らすため、少し大きめに声を出して、



「す、水明たちのこともそうですけど、このまま接触して大丈夫でしょうかね!?」


「それについては、大丈夫です。私とフェルメニアが、いますから」


「ではレイジ殿、あちらに」



 そう言ってフェルメニアが指し示した場所は、近場の建物と建物の隙間。



「あっちは……路地?」


「レイジくん。路地の先には監視がいない。一度視線を途切れさせるため、さっさと入り込むのがいいんだ」


「なるほど」



 レフィールの言葉で得心がいったと頷いて、彼女たちと共に小走りで路地へと駆け込む。そんな中、背後に追いかけてくる二つの気配。おそらくは、彼女たちがすでにいるもの(・・・・・・・)だと考えていた、勇者の動向を窺うための、ハドリアスの監視だろう。



 彼女たちの余念のなさに感服しつつ、路地へ入り込むといつの間にかしんがりを務めていたリリアナが後ろを向いて呪文を唱え――やがて戻ってきた。



「これで、よし、です」


「何かしたの?」



 ブイサインを作ってドヤ顔を作るリリアナに軽く身をかがめて訊ねると、それにはフェルメニアが答えた。



「隠ぺいの魔術ですよ。これでたとえ監視に見つかっても、私たちのことを気にしなくなります。スイメイ殿は確か、路傍の石になると言っていましたね。たとえは……あまりよくわからないですが」


「ああ……」



 彼女の解き明かしを聞いて、とある有名なアニメのシークレットなアイテムを思い出す。それをかぶると、他人から認識されなくなるというものだ。正直、とんでもないステルス兵器であり、それと似たようなことができるというのもまた、魔術の尋常ならざる一面を垣間見たように思う。



「あとは水明たちを探すだけかぁ。どこにいるかな」



 そう言って、路地から出ようと踵を返すと、ふいにリリアナが――



「にゃあ」



 と、猫の鳴き声を真似し始める。にゃあ、にゃあと、それはまるで猫を探すため鳴き真似をするような、ふとした子供の遊びのよう。しかしてそれは、途切れることなく続けられ、



「にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ」


「あ、あの、リリアナちゃん?」


「にゃあ、にゃあ、にゃー」


「え? えぇ……?」



 リリアナが突然にゃあにゃあ言い出したことに、黎二は困惑を隠せない。彼女が猫好きなのは黎二も知っているが、こんな場面で遊びに興じるのか、それとも何かの儀式なのか。どちらなのかわからず、隣にいたレフィールに訊ねてみると。



「えっと、レフィールさん。あれは……」


「可愛いだろう?」



 リリアナへと視線を流して訊ねると、レフィールは招き猫のように手を丸め、にこりと微笑んで答える。さながらそれは童の幼気な姿を見て、微笑ましく思っているかのよう。



 すると、それにイオ・クザミも乗っかり、



「うむ。可愛いな。さすが我が弟子よ。愛らしさのいろはもきちんと兼ね備えている」



 うんうん頷きながら満足そうに言うイオ・クザミ。ならば、あれは本当に遊んでいるのか。これまでそつなく、否、それ以上に周到に行動してきたリリアナだとはまったく思えない行動に、やはり困惑は深まるばかり。



 表情を妙な形にゆがませていると、レフィールが軽い悪戯が成功したとでもいうように屈託のない笑みを見せてくる。



「冗談だよレイジくん。おそらくあれで連絡を取り合うようあらかじめ決めていたんだろう」


「あれで、ですか?」



 猫をにゃあにゃあ呼ぶことで、一体どうするというのか。いまだ状況はわからない。だが、そういえば、と思い出されることもある。帝国の八鍵邸の周りには、猫が沢山いたことを。



 そんな中、路地の奥から一匹の黒猫が現れた。

 リリアナは鳴き真似を止めて、黒猫へと近づいていく。迷い猫のようにも見えるその黒猫は縦に割れた金色の目をじっとリリアナに向け、リリアナもまた猫へとじっと視線を返す。



 その後、幾度かまたにゃあ、にゃあと言い合ったあと、彼女は振り返って、



「こっちだそうです」


「にゃー」



 リリアナの言葉に合わせるかのように、猫は路地の奥へと身を翻し、軽く片方の前足を上げる。その様はまるで案内をするとでもいうかのような所作。そんな猫に続いて歩き出した彼女に、フェルメニアとレフィールも続く。



 慌ててそれを追いかけ、リリアナに訊ねた。



「猫と話せるの?」


「話すというよりは、思考を同調させるに近いのですが」



 リリアナが「にゅあんす」は一緒。と言うと、イオ・クザミが顔をはさみ、



「ニュアンスというよりも、この場合はにゃあんすだな」


「……あの、それ、上手いことでも言ったつもりですか?」



 会心のドヤ顔に対し、呆れ気味に指摘すると、イオ・クザミは愉快そうに笑いだす。普段の瑞樹からはもちろん、発症していたときの彼女からも想像もつかないような態度に、不思議さはいやますが、ともあれ。



 猫のあとを追うリリアナについていくと、やがて大通りに面した宿へと行き着いた。

 くだんの宿には大きな看板があり、とても目立つ外観をしている。人の出入りも多く、宿と言えば真っ先に挙げられるような、そんな人気ぶり。



「えっと……もしかして、ここが?」


「そうみたいです」


「こんなわかりやすいところに潜伏してるなんて……」



 信じられない。やはり潜伏場所のイメージは安宿だ。スパイ映画やそういった小説の見すぎかもしれないが、一番に想起させるのはそこであり、いま目の前にあるような『豪華ではなくとも有名そうな宿』というのは、一番御法度なようにも思える。



「だからこそ、というのもありますよ」


「こんなとこにいるなんて誰も思わないから、とか?」


「はい。と言っても、すいめーには、あまり関係ないでしょうが」



 それは、水明の実力を評してのものか。よく小説などで出てくる魔法使いのように、人を操る魔術があれば、確かにあまり関係がない。敵に回せば、これほど恐ろしいこともないだろうが。



 リリアナが猫にお礼を言ったり撫でたりとしている中、先んじて水明たちの姿を求め、宿に入る。彼らのいる部屋を探すまでもなく、その姿は見つかった。入り口からよく見える場所、二階のホールに設えられたテーブルで、三人優雅にお茶をしていた。



「よ」



 階段を上がって近付くと、こちらの姿を目に留めた水明が、気安げに手を挙げて呼びかけてくる。休んでいたのか、今後の予定でも話し合っていたのか。ティータニアと初美と一緒にローズウォーターを飲んでいた。



 その身を隠すという言葉とは無縁そうな様子に、わずかに呆れを滲ませつつ、返事をする。



「思ったより優雅にしてるみたいだね」


「そりゃあ、潜伏中絶対につつましやかにしてなけりゃいけないって道理はないからな。身を隠すのが完璧なら、何したって構わねぇって」


「身を隠してるって言えるのそれ?」


「厳密に言うと溶け込んでいるって感じだな。要は相手にわかんなきゃいいのさ」



 そう言いながらローズウォーターを一口含んで、皮肉で苦くなった口の中を爽やかにしたのか。薔薇の息を吐く水明。そんな彼に続いて、初美が外向きの微笑みを向けてくる。



「お疲れさまです。そっちも順調そうですね」


「うん。朽葉さんも水明のお守りご苦労様」


「ほんとです」


「……俺さ、ずっと真面目にやってるつもりなんだけど、どうしてそんなこと言われなきゃいけないんだよ」



 笑顔の初美に、水明は渋い顔を向ける。冗談を冗談とわかっていない男。その一方で、ティータニアが手厳しく言い放った。



「そんなものは日頃の行いゆえでしょう。すでに取り戻しが利かないくらい、あなたの評価は地に堕ちているのですよ?」


「なあ、まだ根に持ってるのかよお前? あのときお漏らししたのがそんな――」


「してません! 勝手にねつ造しないでください!」



 顔を真っ赤にさせて、ティータニアが水明を怒鳴りつける。直後、彼女は黎二に、「スイメイの言ったことは嘘です!」や「私を貶めるための策略です!」などと取り繕いに忙しなく、一方黎二にとってはそこまで取り乱す姿のティータニアは新鮮だったわけだが――ともあれそれを見ていた初美がため息をついていた。



 ティータニアが鎮静化したのを見計らって、黎二は彼女に訊ねる。



「で、ティア、これからどうするの?」


「……着いたばかりで申し訳ありませんが、決行は今夜。子細については、私からご説明いたします」



 ティータニアが作戦について説明するため、口を開いたのだった。





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