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いざ、勇者の救出へ。その1

 プールイベントおよび帰還の魔法陣が完成してから、数日後のこと。

 魔術師八鍵水明は、帝国の本隊と共に凱旋する予定の遮那黎二に先立って、エリオットがいるとされるハドリアス邸のあるアステル王国クラント市へと、足を運んでいた。



 本来ならば水明チーム、黎二チームの全員が揃ってから現地へと向かう予定だったのだが、ある要望により急遽先行チームが生まれることとなった。

 今回絵図面を引いたのは、他でもないアステルの王族ティータニア・ルート・アステルである。自国の貴族が胡乱なことに一枚噛んでいる可能性が濃厚であるため、陽動作戦を提案。水明チームと黎二チームの人員を分けるという変則的な組み換えを行ったのだ。



 黎二がいるところにはティータニアがいる。その当たり前を逆手に取り、水明のいる先行チームへ加入。凱旋パレードにはフェルメニアを影武者として置くことによって、王女の動きに対する警戒を薄れさせようと試みた。

 それゆえ、黎二のもとには、フェルメニア、レフィール、リリアナ、そしてイオ・クザミが。水明のところには、ティータニアと、そしてエリオット救出を承諾した初美がいるという、いつもとは違う状況になっている。グラツィエラは戦後処理のためお留守番。エリオットのお付きのクリスタと初美の補佐のセルフィも、大所帯を避けるためお留守番である。



 とまれ、ちゃんと顔合わせをするのは初めてだった初美とティータニアのやり取りだが――



「――初めましてティータニア王女殿下。自分で勇者と言うのも恥ずかしい限りですが、連合で呼ばれた勇者、朽葉初美です」


「いえ、ハツミ様。あなたに頭を下げていただくいわれはありません。どうぞ楽に」


「ですが」


「いいのです。救世の勇者様に頭を下げさせては私が不届き者となってしまいます。それに、レイジ様やミズキにも同じようにしてもらっているので、話し方も畏まったものでなくて構いません」


「では……なんか慣れるまでおかしな話し方になりそうですけど、よろしくお願いします」



 と、そんな挨拶の直後、交わされる会話も物騒なもので、



「ハツミ様は、かなり剣の腕が立つとか」


「自慢できるようなものではありませんが」


「ご謙遜を。道中、時間がありましたら手合わせを願いたいのですが、いかがでしょう」


「ええ、喜んで。七剣四位の腕前、私も気になっていましたから」



 顔合わせの挨拶もそこそこにして、剣士として友誼を交わしていた。共通の趣味もとい研鑽を積んでいるため、仲良くなるのは早そうで、それはそれでいいのだが――



(かわいい女の子が物騒な談義で盛り上がってにこやかにしてるってどうなのよ?)



 絵的に映えるが、音声が付いたらおかしくなる典型だ。そんなことを思わせるやり取りがあって、現在に至る。



「――さて、そろそろ動こうか」



 夜も更けた頃。場所はクラント市の城壁外縁部から離れた森の中。水明、初美、ティータニアの三人は、背の高い茂みから顔を出して城壁の警備状況を窺っていた。



 そんな中、何故かティータニアが不服そうに顔を引きつらせ、



「何故私がこんな盗人のような真似をしなければならないのですか?」


「いやいや、これ全部お前の要望だろ? お前ここに来る前になんて言ってた? 『レイジ様に陽動をしていただき、秘密裏にあの男の館に潜入。あの男が働いた悪事の動かぬ証拠を見つけ出して突き付けてやるのですわ! いまに見ていなさい!』とか言って滅茶苦茶ヤル気だったじゃねぇか?」


「ですがこのような潜入の仕方など……」


「潜入ってそんなモンだろ? なんだよ? お前一体何を想像してたんだ? まさか予告状でも出そうとか思ってたんじゃないだろうな?」


「そんなわけないでしょう!? そんなことをしたら作戦が全て台無しではないですか! 私はこんなにコソコソとしたものでなく、もっと優雅に美しくですね」



 怒鳴り返してくるティータニアに、水明は呆れた様子で言い返す。



「お前意外とわがままだよな。あれだろ? 黎二の前だとかなり猫かぶってるんじゃないか?」


「まさか? レイジ様の前でも私は私です」



 砂除けのマントを目深にかぶり、顔の半分を隠しているティータニアは、先ほど怒鳴っていたのも忘れたかのようにそんなことをしれっと言ってのける。面の皮が厚いのか、そもそもそういう性格にできているのか。王女と言う生まれの性格上、後者である可能性の方が高いが、やはり思うのは――



「……俺が言えた義理じゃないがよ、うさんくせぇの」


「いい加減その減らず口を控えなさい。斬りますよ?」


「うへぇ。女って怖ぇ」



 ギンっと突き刺された剣呑な眼光と、月明かりを反射する白刃を前に、水明はいつものようにうんざりとした表情で肩を抱く。

 二人がそんなやり取りをする中、初美が口を開いた。



「で、どうするの? いつまでもこんなところにいるってわけにもいかないでしょ?」


「そうです。スイメイ、何か策があると言ったのはあなたなのですよ? しっかりと提示して引率なさい」


「作戦はちゃんと考えてあるさ。ここからあの中に秘密裏に入りましょうってところだ」


「ここからって……」



 初美が困惑を呟いて、いまいる場所とクラント市を囲む城壁を交互に見遣る。現在位置はクラント市北側の遮蔽物がない平原で、城壁からもかなり離れている。潜入するにも、身を隠しながら動く場所はなく、かといって南側に場所を移しても似たような地形であるため、変わらない。しかも城壁の付近は防衛上の理由から見晴らしがよくなっているため、このまま平原を走れば、城壁の上で巡回、警戒している警備の兵に間違いなく見つかってしまうだろう。



 となれば、



「得意の魔術で姿を隠すとか?」


「それをやっても壁を越えるのが手間だからな。一石二鳥のヤツがある」


「一石二鳥?」


「……なにかすごく嫌な予感がするのですが」



 何かしらの予感を得たティータニアが険しい顔を見せる中、水明が、



「まあ、任せなさい。じゃあ行くぞ? ――Nutus.Multitudo.Decresco.Via gravitas」

                  (――重力軽減、質量低減と、重力路、形成)


「え――?」


「は――?」



 水明が呪文を唱え終わると、三人の身体が勢いよく宙へと浮かび上がる。まるでワープでもしたかのように重力も慣性も感じさせず、瞬く間に雲の近くまで達し――たは良いのだが。



「わ、わわわ!?」


「こ、これ、これはっ!?」



 水明主導なため、初美もティータニアも頭が動きに付いていけない。まさか急に夜空へと飛ばされるとは思わなかったようで、空中でひっくり返ったり、くるくる回ったりとバランスを完全に崩している。



「すすすすす、水明! こんな、急にいぃ!」


「下手に動くな。こっちでちゃんと制御するから」


「制御する以前の問題です! た、高、高いっ……!」



 ティータニアは叫んだり喚いたりしながら、空中で手足をバタバタさせる。あまりの狼狽えっぷりに、水明はちょっとだけしてやったりという気分になるが、そんなことはおくびにも出さずに真面目に言う。



「我慢してくれ」


「これを我慢しろなんて不可能なことを言わないでくださ……あああ! どんどん地面が離れていくぅ……」


「いや泣くなよ? ちゃんと落ちないようにしてるからさ」


「泣いてません! というか、そういう問題ではないのです!」


「そうよそうよ! いいから早く下ろしてよバカバカバカ!」


「って、初美もなのかよ……騒ぐなって、ほら、手ぇつないでやるからさ……」


「え? う、うん……」



 泣き言を言いだした初美に近づいて宥めると、彼女はすぐに宥まった。子供の頃はよくこうしてあげていたため同じようにしたのだが、思ったよりも効果が高く、静かになってうつむいている。



 無論、内実についてを水明が察してはいないのはお察しだが。



「は、ハツミ様を上手く丸め込めても、私をどうにかできるとは思わないでもらいたいものです! 早く下ろしなさい! いますぐ! お願いですから! 下ろしてください!」



 怖すぎてもはや命令なのかお願いなのか語調に一貫性のないティータニア。そんな彼女の願いを汲んで、魔術で下降のシーケンスに入る。

 この方が街の中に隠密裏に入ることができるのだが、すでに限界というならばどうしようもない。ぎゃあぎゃあと騒いで静かにならない王女様に聞こえないよう小さなため息を吐いて、城壁の上へと降り立った。



「着地っと」


「は、あ、足、足が……ついた」



 そう震え声で言ってへなへなとへたり込む王女様。そんなに怖かったのか。

 その一方で繋いでいた手を放すと、初美が、



「あ……」


「ん? どうした?」


「な、なんでもない!」



 どうしたのか残念そうな素振りを見せたが、すぐに怒り出す始末。そしてそれに同調するかのように、ティータニアもすぐに激昂する。



「スイメイ! どうしてこんなバカな真似をしたのです! やるならやると先に言いなさい!」


「だって言ったら拒否されるかもしれないだろ?」


「当たり前です! 先に聞いていればこんなの絶対に認めませんでした!」



 ティータニアはそう言って、目を三角にして怒りをあらわにし、腰に差した二剣まで引き抜こうと柄に手をかける。



 あまりに取り乱している彼女に対し、少し悪戯心が湧き、



「まさか漏らしてないよな?」


「……いますぐそこに直りなさいスイメイ。そのそっ首一度斬り落として差し上げましょう」



 すでにティータニアの目は据わっていた。そこで、初美の声が割って入る。



「ちょ、ちょっと、いまそんな話してる場合じゃないでしょ! こんな目に付きやすいところに降りちゃったのよ!? 騒いだらすぐに見つかっちゃう!」


「あー、それは大丈夫だ」



 と、気の抜けた声を響かせる水明。だがその間にも、明かりを持った巡回の兵が歩いてくる。

 初美とティータニアの身体が緊張で一瞬硬直するが、すぐに水明が動き出す。

 人影に気付いた警備の兵が「誰だ!」と誰何をする暇もない。ふわりと浮遊するかのように飛び上がった水明が、彼の目の前に降り立つと、警備の兵はいからせた肩を静かに下ろし、踵を返して、巡回へと戻っていった。



「ほらな」



 水明はなんてことはないというように、肩をすくめて二人のもとへ戻る。



「なに? また魔術?」


「そうでーす。つーかそれしかないし」


「人を操るとか、なんかすごい悪党ぽい」



 胡散顔を向けてくる初美に、水明は「言ってろ」と返して手をひらひらさせる。一方、ティータニアが厳しい視線と剣を突き付けてきて、



「ですがスイメイ、巡回は一人だけではありませんよ?」


「なら同じだけやればいいことだ。こんなのそんな労力でもねぇしな。なんなら城壁の上を一周するか? クラント市の新名所、城壁の上散歩って具合によ」


「何その午前中の番組みたいな企画」


「確かにそれっぽいが、残念ながらおすすめの店はないな。あって巡回する警備の詰め所とかか?」


「やだ、なんか汗臭そう」



 初美のその言い草に、水明は『いつも道場っていう汗臭いところで汗をかいている人間が何を言うのか』と言い掛かけたが、ふいにティータニアが黙り込んだことに気付く。



「どうしたお姫様? 俺はそろそろ剣を降ろして欲しいんだが」


「……なんでもありません」


「にしては、顔が随分と怖いぜ?」



 見れば、ティータニアはやたらと険しい表情。まるで嫌な想像でもしたかのような、ひどく深刻そうな顔つきの理由に、いち早く気付いたのは初美だった。



「こんなこと簡単にできちゃったら、そりゃあ顔も険しくなるでしょ?」


「ま、そりゃそうか」



 警備の網を潜り抜け、容易に侵入される。自分たちがしていることであるため、水明も初美も危機感を抱くことはないが、この国の人間であるティータニアには、また別だ。簡単に侵入されることに、危惧を抱かざるを得ないのだろう。



「ハツミ様は、驚かないのですか?」


「水明、前にミアーゼンの宮殿でもやったから。それに、私にとっては味方だし」


「そうだな。守ってやることはあっても、危害は加えねぇよ」


「――なに真顔で言ってるのよ! このバカ!」


「いって! 何するんだよ!」



 水明は大真面目に言ったつもりなのだが、クサい台詞が良くなかったか、初美が顔を真っ赤にさせながら、ゲシゲシゲシと脛を絶え間なく蹴りまくってくる。



 一方ティータニアは、水明に胡乱そうな視線を向けており、



「そんな大層なことをしでかしたようには見えませんね」


「俺だってそれほど大層なことしたつもりはないぜ? こんなの魔術師の家に無断侵入することの方がよっぽど難しいって」



 そう言って肩をすくめる水明。現代の警備はもちろんのこと、これまで常に魔術師を相手取ってきた水明にとって、こんな城壁など突破するのはいとも容易いことだった。機械も魔術的な罠もないのだ。問題外である。



「……なんだ? まだ何かあるのか?」


「いえ、あなたが敵に回らなくてよかったと思いまして。王城にいるときに無理やり排斥しようとしていたら、ひどい目に遭っていたでしょうね」


「実際ひどい目に遭ったヤツは約一名、いや、一応もう一人いるんだがな」


「笑うようなところではありませんよ? 事実そういう声も上がっていたのですから。無能な者がいる影響で勇者殿の決意が鈍る可能性があると、主に貴族たちがですが。実際は無能どころかとんでもない危険物だったわけですが」


「危険物とか本人を前にして言うかね」



 水明が半眼を向けると、ティータニアはしれっとした表情で顔を背ける。

 そんな中、ふと気付いた。



「――あ! そうそう。他にやることがあったなー」


「……? なにかあるの?」


「俺たちがここに潜入する上でとてもとても重要なことだ」



 水明はうんうんと一人納得しているように頷いて、二人のもとから離れていく。そしてまた歩いてきた巡回のところへ。



 そんな無警戒な彼を見て、二人はひそひそ話をする。



「なんだろ、重要なことって。もしかしてあいつ何か騒ぎでも起こそうとでもしているんじゃ?」


「それはさすがに……水明がいくら抜けていると言っても、そういった行動の機微は弁えているはずです。なかなか侮れない策を打ち出す男でもありますし……」


「わからないわよ? あいつときどき真顔でおかしなことし始めるから」


「そうですね。それはまったく否定できません」



 水明が離れたのをいいことに、勝手やたらとひどいことを口走っている初美とティータニア。二人が水明の行動を注視する中、彼は赤い瞳を光らせつつ、警備の兵に話しかける。



「なあ、悪いんだけど、この街におすすめの宿ってある?」


「おすすめの宿か。それなら中央通りにある中階層向けの宿がいいな。でかい看板があるからすぐわかる。あそこは美味い朝飯を付けてくれるぞ」


「あんがと。あと、警備ご苦労さん」



 水明は警備の兵に労いの言葉をかけて、すたすたと戻って来る。一方で二人の目には、そんな風に気安げにやり取りを交わしたことがひどく奇異に映ったらしく、かける言葉を紡げずに呆然としていた。



「……どうした?」


「……ねぇ水明。あなたの言ってた重要なことって」


「そりゃあ寝泊まりするところ選ぶのは重要だろ? 下手な宿に泊まったらテンションだだ下がりだぜ?」


「いやまあそれは確かにそうだけど……」



 ズレてはいるが、真っ当なことを言われているのは確かなため、上手く言葉が返せない。彼女が突っ込みの入れ方に困っていると、ティータニアが諦めたような表情で、語り掛ける。



「ハツミ様、よしましょう。この男には何を言っても意味はありません」


「そうね。うん。私の味方はティータニアさんしかいないのね」


「なんかさっきからすごく失礼だぞお前ら……」



 そんなこんなで水明たち先行チームは、無事クラント市への潜入に成功したのだった。





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