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プールのおかげ?



「――どうしてこうなった」



 女の子四人にボロボロにされ、水槽の縁で椅子に掛けられた洗濯物のように干され放置されていた水明が、気が付くと、すでに日は傾いていた。



 途中までは一応楽しいプールだったはずなのに、文字通り気が付けば、すでに宴もたけなわは過ぎ去って、お開きに。息抜きになったのかそれすらも、ズタボロにされたせいでもうわからなかった。

 見れば、みな水着から普段の服に着替えており、いまは起された火に当たり、冷えた身体を温めたり、濡れた髪を乾かしたりしている。キャッキャと女子で楽しそうに会話しているのは仲が良くてよいことだが、水明に対する扱いは放置という、それはそれはひどいもの。



 だが、文句を言えばその数十倍になって返って来ることはまず間違いないので、言わないことにして立ち上がった。



「あ! スイメイ殿、気が付きましたか」


「お前らいくらなんでもひどいぜ……」



 水明は文句を薄めに薄めた苦言を漏らす。すると、多少なり過剰だった自覚があったらしい初美が、どこか気まずそうに、



「ま、まあちょっとやり過ぎちゃったかなとは思ったけど、基本水明が悪いんだから仕方ないじゃない」


「いやほとんど事故とか不可抗力だろ!? まず第一に勝負なんかしなけりゃこんなことには……」



 やはり文句は封じ込め切れなかった水明。そんな彼に、やはり予想した通り手厳しい言葉が返ってくる。



「すいめー、潔さに欠けますよ」


「そうだぞスイメイくん。男なら全部呑み込む度量あってのものだ」


「うう……」



 完全アウェーでの戦いに、海パンのまま呻くことしかできない水明。だがレフィールたちの方もそこまでご立腹というわけではないのか、すぐににこりと笑みを返して頭をポンポンしてくる。



「ポンポンしたり撫でたりするのはやめてくれ」


「そう拗ねないでくれよ。私もちょっとやりすぎたのは気にしているんだ」


「あんだけはっちゃけてか?」


「あのときはな。何かこう、夢中になっていて……」


「夢中ってよ……」



 それだけ、楽しんでいたということか。これで溜まりに溜まっていただろうストレスが発散されたなら、良いのだが。



 レフィールの気持ちを察した水明が、何とも言えない表情を作っていると、まだ髪をストレートにしたままのリリアナがわき腹を突っつき、



「私は、許しませんから」


「そんなにかね」


「そうです。今度またプールに入るときは、勝負です」



 ビシッと指を突きつけてくるリリアナに「指をさすな指を」と言いつつ、もし今度があるなら泳ぎ方でも教えてやろうかと思う水明。軽くニヒルな笑みを見せると、リリアナはぷいと顔を背けた。髪を解いた姿がいつもとの印象に差異を作り、なかなかに新鮮である。



 そんな中、フェルメニアが手を叩き、



「スイメイ殿も気が付いたことですし、そろそろぷうるの後片付けをしてしまいましょうか」


「そうですね。そうしましょうか。――水明、あなたが最後なんだから、さっさと着替えて取り掛かって」


「なんか俺の使い方が荒すぎる……」



 初美の斟酌ない言葉に、水明はげっそりとした声を吐き出す。一方フェルメニアの方は後片付けに向けてさっさと動き出しており、すでに浴槽の前まで来ていた。



「では水も抜いてしまいましょう」


「どうするんだ? 魔術で消すか?」


「いえいえ、近くの排水に繋げます。ここを、こうして、と」



 フェルメニアはそう言って、水槽の外から魔術を用い、水槽の底面の一部を排水へと接続する。すると、水槽に張られた水は渦を成して、ゆっくりと抜け始めた。



「水が抜け切ったら、周囲を均して元通りにすればお終いです」



 案外あっさり片付くらしい。それは後始末を簡単に済ませられるようにあらかじめ考えて作っていたためだろうが、だがそうなると、だ。



「フェルメニア、これ造るのに、結構労力使ったろ?」


「ええ、まあ」



 曖昧な笑みは気遣いか。彼女が今日のイベントのために相応の苦労をしたことは想像するに難くない。水槽の大きさ広さ深さ等々、試作や試行錯誤も含め、かなり魔力を消費したはずだ。



「お疲れさん」


「は、はい……」



 苦労に気付いてもらったことが照れ臭かったのか、彼女は面映ゆそうに返事をする。

 それで動きがぎこちなくなり――



「おい、まだ周り濡れてるんだから気を付け――」



 ――つるん。



「うひゃあ!」



 水明が注意を促すよりも早く、フェルメニアが前のめりにずっこけた。やはり飛び散った水の残りで滑ってしまったのだろう。受け身は取ったようだが、顔をこすったらしく、頬を手で撫でていた。



「あいたたた……」


「……なにすっ転んでるんだよ、ほら、手を貸してやるから」


「うう、面目ありません……」



 擦った場所に自分で治癒をかけつつ、水明が差し出した手を涙目になって掴む魔術師フェルメニア。王城にいたころに比べれば、進歩甚だしい彼女だが、やはりこういうところはそのままなのだろう。ある意味、安心させる要素でもあった。



 水明がフェルメニアを引っ張り起こすと、それを見ていた初美が、



「水明、そういうとこ優しいのよね。いつもそんな感じだったら、みんなから好かれるのに」


「俺が嫌われてるみたいに言うなよ」


「でも、敵はよく作っちゃうでしょ? 素直じゃないからいけないのよ? だから他の門下生にも敵がいるし」



 彼女の言った『門下生に敵』というのは、朽葉道場でのことだ。水明は道場に顔を出すが、剣の道に対し本腰を入れているわけではないため、それを他の門下生に見透かされ、よく思われてはいないのだ。



 ともあれそれには理由があり、



「俺が道場で疎まれてるのはしゃあないんだよ。剣にのめり込み過ぎるなってのは師範(せんせい)からもともと言われてることだ。魔術の方に影響が出ないためにな」


「でもそれならそれで付き合い方ってのがあるでしょ? 不真面目っぽくしてるのがいけないっていうの、わかってないでしょ? まったく……」



 長い金の髪を手櫛でいじりつつ、呆れ声を発する初美。そんな彼女に、水明は肩をすくめて答える。



「いいんだよ。あんまり普通のヤツとなれ合いすぎるのは、魔術師としてダメなんだよ」


「じゃあ、遮那さんたちは?」



 それをここで持ち出すか。痛いところを突かれた水明は一瞬うっと呻きを上げて言葉に詰まるも、喉元で止まった声を何とか吐き出す。



「れ、黎二たちは例外なんだよ」


「あー、水明のツンデレが出たー」


「うるせー! だからツンデレ言うなっての! つーかツンデレじゃねぇし!」



 水明は喚いて初美の言葉を否定するが、もちろんそう思ってるのは自分だけである。一方、水明パーティーにはツンデレという言葉が浸透しきっているため、レフィールやリリアナの方でもくすくすと笑いが漏れている。



 ほほえましい空気が何とも居心地悪いそんな中、助け起こされたフェルメニアがおずおずと頭を下げる。



「申し訳ありません……」


「まあ構わないさ。ほれ、顔に水が付いてる」


「く、屈辱です……」


「アンタほんとブレないよな」


 悔しげにしているフェルメニアの顔をハンカチで拭いてやる水明。そんな彼のもと――というよりはフェルメニアのもとに、レフィールが寄って来る。



「フェルメニア殿。残りの始末はスイメイくんに任せて、いまは私の腕につかまっているといい」


「いえ、私は……」


「疲れているのだろう? ぷうるの作製をしたり、いろいろと騒いだりしたからな」



 フェルメニアの疲れに関しては、レフィールもちゃんとわかっていたらしい。気遣うような所作を見せながら、フェルメニアの身体を支えに入る。



「では、失礼して……」



 それにはフェルメニアも、遠慮がちだが寄りかかる。なんというか騎士と姫を連想させ、どこかの女性ばかりの劇団の一幕を見るようだが――それはともかく。



「で、後始末は俺なのね」


「当然でしょ? フェルメニアさん以外に後始末ができるの、水明しかいないんだから」


「おいなんかそういう風に言われるとちょっと腹立つっていうか……」


 水明が初美に抗議すると、視線が一斉に彼の方を向き、



「へー」


「むー」


「ほー」


「…………すいません。是非私めにやらせてください」



 初美、リリアナ、レフィール。三人からの圧力に、水明はなす術もなく屈した。

 そんな厳しい非難の視線に背中を押され、すごすごと水槽の片付けを引き継ぎ始める。

 夕暮れ迫る中、海パン一丁で肩を落としてしゃがみながらというその姿は、どこか哀愁を醸し出す。ちょこんと、いつもの彼とは打って変わって控えめな調子で、水槽脇でうずくまって残りの水抜きに取り掛かった。



「水を抜いてっと……穴がちっちゃいと手間だな」



 そう言って、水抜きの穴を少しばかり大きく広げ、水の抜ける速さも魔術によって加速させる。浴槽に残っていた水は大きな渦を形成し、先ほどと比べると数倍の速度で抜けていく。



 これなら、もう間もなく水は抜け切るだろう。穴もしっかりと排水へと繋げ、渦を作っているため安定して吸い込まれている。



(……ん? 吸い込まれている……? そういえばそんな話つい最近どこかで……)



 吸い込まれている。その言葉が、何か頭の片隅に引っ掛かる。いつかそんな話をしたような。それも随分と近い時期に。なんだろうか。デジャブだろうか。いや、それはどこかピンと来たときのような、閃きにも似た、気付きの兆しで――



「あ……」



 ふいに口から漏れたのは、そんな声。思いがけない気付きが舞い降りたときに往々にしてある、間の抜けたような呼気であり、龍の目を模った最後のピース。



「これだ! 吸い込まれてできる渦……すり鉢状……いや、反転する砂時計!」



 突然大声を出した水明を訝しく思った初美が、顔をゆがめて近寄って来る。



「水明? どうしたの?」



 そんな彼女に、水明はいてもたってもいられないというようにその場で飛び上がって質問の返答になっていない言葉を口にする。



「すまん! プールの後片付けは明日する! 今日はこのまま放置させてくれ!」


「え? ちょっと、水明!?」


「あと、今日は晩飯いらないから!」



 そう言って水明は、言い切るが早いか玄関に向かって走っていった。

 あとに残されたのは、ぽかんとした表情を浮かべる少女たち。やがて、初美がどこか懐かしむような笑みを漏らした。



「……なんか水明の晩飯いらない久しぶりに聞いたな」



 初美の感慨深げな声に、フェルメニアが訊ねる。



「そうなのですか?」


「うん。あいつあれ言うと部屋にずっとひきこもるんです。そっか、あれって魔術で何か思いついたときのものなんだ……」



 以前から、ふとした拍子に何かを思いつき、部屋にこもって出て来なくなることがよくあった。ひどいときには学校すら休んでしまうので、一体何にそれほど熱中しているのか、訊いても教えてくれず不思議がっていたのだが――初美の疑問はここで氷解した。



 一方、フェルメニアの方は別のことが気になったらしく、にやにやし始める。



「ほうほう、ご飯いらないと言われているのを聞くと、なんかこう……あれですね」


「って言っても、うちのお母さんのご飯ですし」


「ということは家族ぐるみ、家族公認ということか」



 唸り声をあげたのは、やはりレフィールだった。そんな危機感に身を炙られる二人に対し、初美は素直になれない部分が出たか焦ったようにして、



「ちょ、ちょっと勝手に想像を膨らませないでください! 別に私は!」



 なんでもない。そう言おうとした初美に、半眼を向けるレフィール。



「ハツミ嬢。君だって私たちがスイメイくんと仲良くしてるところを見たら、面白くないだろう?」


「…………そ、それは、まあ確かにそうですけど……」



 もじもじとした所在なげな所作を交え、ぶつぶつ言い始める初美。そんな煮え切らない彼女を見たリリアナが、まったく聞こえよがしな大きなため息を吐く。



「勇者はつみも、素直じゃ、ありません。すいめーと、同じです」


「リリアナちゃん! 私をあいつと同じにしないで!」


「そういうところも、同じです」



 初美がリリアナの呆れを払拭できないでいると、レフィールが。



「そっちの決着もつけなければな」



 そうは言うが、すぐに表情を明るくさせ、



「ともあれ、今日は楽しかったな」


「そうね。久しぶりにいい息抜きになった。ありがとう、フェルメニアさん」


「はい。それにスイメイ殿の方もうまくいきそうですし、あとは殿下やレイジ殿たちを待つだけですね」



 その夜、帰還の魔法陣を完成させた水明が、リビングに自慢げな顔を引っ提げて現れた。



 ……もちろん、海パン一丁のままだったというのは言うまでもないことだろう。





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