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魔王の城にて

 魔族たちの本拠は、北方の果てに存在する。

 龍人インルーがイルザールに「冷や飯を食らって」と皮肉ったように、そこは永久溶けない雪と氷に閉ざされた極寒の土地だ。



 人では生活することのできない場所。いや、人と限定するまでもなく、それはあらゆる生物が、とさえ言い切ることができるだろう。

 つまるところ、極限の地である。



 だが、それを極限と位置付けるのは、生活という生命の営みを必要とする生物だからであって、それが必要でないものは、厳しいという意識さえ持たないのかもしれない。むしろ人が分け入って来られない場所だからこそ、そこを本拠にしようと考えるものもいる、ということも考えられる。

 人が生活できる環境でなければ、必然攻めるのも容易ではない。それを逆手にとっての本拠ならば、実に合理的とさえ言えるだろう。



 しかしてそんな地にある魔族の本拠は、真っ当に城と呼んでいいものだった。

 石壁があり、尖塔を持ち、城壁も門もある。十人が見れば十人が城と答える見た目。さながら人間の文化から生まれたかのような造りは、人を忌み、人から忌み嫌われる存在には相応しくない構えだが、そんな矛盾を孕んでいるのは、人型として生み出された者が魔族の頂点にいるためか。なれば内側が人型に過ごしやすいような造りになるのも、至極当然といったものだろう。



 やけに重く鈍い薄闇に包まれた部屋の中、開かれた扉から鋭角な光が差し込む。

 闇を切り裂き室内を明らかにするのは、魔族という闇色の力を操る者たちには似つかわしくないほど温かみのある火の光、火影。



 その火影が作ったわずかな隙間に滑り込むかのように、一つの影が室内に入って来る。



「失礼いたします」



 無礼を先んじて詫びる言葉を紡いだのは、群青の鎧を身にまとい、長剣を佩いた女の魔族。褐色の肌、白い髪、鮮血を思わせる赤い瞳を持ち、一見すれば人間にしか見えないが、常に刺すような殺気をまとっているため、尋常とはまるで言い難い。



 とまれ彼女の到着を待っていたかのように、部屋に設えられた燭台に火が灯された。

 露わになるのは、そこに座していた待ち人たち。黒髪と浅黒い肌を持つ少女、魔王ナクシャトラ。金の前髪を陰気に垂らした男、リシャバーム。蝙蝠の持つような翼を持った女、ラトゥーラ。長い銀髪を持つ見目麗しい男、イルザール。いま世にいる全ての魔族を統べる存在たちだった。



「揃ったか……」


「おひさー」



 女の魔族の到来に合わせ、イルザールの不服そうな声と、ラトゥーラの気安い挨拶の声が響く。

 だが女の魔族はイルザールにも、ラトゥーラにも反応することなくひとまとめに睥睨し、すぐにナクシャトラの前で膝を突いた。



「待っておったぞ、ムーラ」


「我が主にして我らが王。あなた様に再びの拝謁に賜ったこと、恐悦至極に存じます」



 女の魔族――ムーラは挨拶の口上を口にしたあと、膝を突いた状態で頭を下げる。直後、「楽にせよ」というナクシャトラの声に従い、彼女は立ち上がり、席を見回した。



「――この席を温める将軍たちも、随分と減りましたな」



 ムーラが憚らず口にしたのは、そんな冷ややかな感想だった。



「それも仕方あるまい。人如きに敗北を喫し滅びた者はみな、我らが神の大望を叶えるに足りる器ではなかったということだ。弱かったということだな」


「まったくその通りでございましょう。我らが神の加護を他の者より多く受けているにもかかわらず、人間ごときに敗北を喫するとは魔族の面汚し。ひいてはナクシャトラ様のご尊顔に泥を塗ったも同然。ゴミはおろかチリ以下でしょう」



 敗者を表する言葉は、にべもない。いや、容赦ない。力が全てだと言わんばかりの吐き捨てようだったが、それに異を唱える者はどこにもいない。それは、実力主義、弱肉強食という魔族の在り方というものを率直に表していると言っていいだろう。



「――ですが、空いた席についてはいかがなさるのでしょう。空席のままにしておくにしても、さすがにこれだけの穴というのは……」



 よろしくない。それはムーラとしても、わかる。魔族は一個の目的に向かって邁進する存在だが、群衆を伴う以上率いる者――邪神の意思を指し示す先導者は必要なのだ。

 それが欠けた状態で軍を動かせば、魔族とて無秩序無軌道は免れない。各々の意思のもと好き勝手に動き出せば、たとえ力で劣る人間が相手であっても負けるのは必定である。



 そんなムーラの危惧に対し、ナクシャトラは承知しているというように鷹揚に頷く。



「それについてはすでに決めてある。リシャバーム」



 ナクシャトラが言葉と共に目配せしたのは、この地に現れてからは参謀のような働きをして魔王に尽くす、一人の魔族だった。



 ナクシャトラの呼び声に、リシャバームは大仰な身振りを交え、



「つきましては、ムーラ様には軍団をいくつかまとめていただきたく存じます」


「いくつかだと? いま現在も私は駒の群れを一つ預かっている身だぞ? これ以上仕事を増やすと言うのか貴様は?」


「はい。他の将たちと同じように、三つないし四つ、隊をまとめていただければと」


「リシャバーム。私の本来の役目はナクシャトラ様を守ることがそれに当てはまる。にもかかわらずまだ他に役を負わせるというのは、いささか道理に合わないことだと思うが?」


「なにぶん、人手不足ですので」


「そんな風にした張本人が何を言うか」



 ムーラは刺すような視線をリシャバームに送る。まさに眼光紙背と言わしめんほど鋭いそれは。確かにリシャバームの笑みの裏側に何かがあるのを見抜いており――



「これはこれはお見通しでしたか。ですがあれは無用な消費ではありません。必要な支出だったのですよ」



 リシャバームのあしらうような口ぶりに対し、ムーラも今度ばかりは眼差しに殺意を湛えて応える。



「……お前は何を考えている? 一体何を目的にしてここにいる?」


「あなた方と同じです。この世にある全ての命を抹消する。それだけですよ」


「それが、駒どもを減らすことと関係があるというのか?」


「はい」



 ごく真っ当な指摘になんのてらいもなく返答する、そんな魔族の男の内面には何があるのか。にらみ続けても、その奥底に定着した光が何かまでは、ムーラには読み取ることができなかった。



 ムーラは不毛な腹の探り合いに見切りをつけて、自らの席に座る。



「……先ほども言った通り、私にはナクシャトラ様を守る役目がある。私にとってそれは何より優先される事柄だ。だが、ナクシャトラ様がそう望むのであれば、そうしよう」


「ムーラ様は、そうおっしゃっていますが、いかがでしょうか?」



 リシャバームの重臣ぶった訊ねに対し、ナクシャトラはどこか愉快そうに薄ら笑いを見せる。そして、



「我が親衛隊長ムーラよ。そなたの尽力を求めようではないか」


「は。微力ながら、力を尽くします」


「よし。ではムーラがこれから将の一人として動くことに異論のある者は?」



 ナクシャトラの訊ねに、まずイルザールが眉を動かして反応する。



「俺に聞いたのか? 俺は強ければ不服はない」


「あたしもイルザールと同じかなー。強いんなら異論はないし、むしろ親衛隊長のムーラならあたしたちよりも適任なんじゃないこういう仕事。ねー魔王様―」



 ラトゥーラの軽薄な返答に、反応したのはムーラだった。



「……ラトゥーラ。貴様魔族であるにもかかわらずナクシャトラ様に対してその口に利き方はなんだ?」


「なに? あたしが昔からこういうのだってのは、ムーラも知ってることでしょー?」


「場を弁えろというのだ」


「今更でしょ? 魔王様もいいよね?」


「かまわん」



 ナクシャトラはラトゥーラの肩を持ったが、ムーラは嫌な顔もせずそれを粛々と受け入れる。ムーラにとってナクシャトラは絶対である以上、異議を唱えることはないのだ。



 一つの話題が終わった区切りを見計らって、リシャバームが口を開く。



「それはそうと、今日は皆様に見ていただきたいものがあるのです」



 彼の言葉にいち早く反応したのは、イルザールだった。



「ほう? 貴様の企みの一つがやっと割れるというわけか」


「ええ。これです」



 そう言って、リシャバームは自分の背後に身体を傾け、軽く見返る。それに合わせ、他の面々も追うように視線を送るが――しかしそこには何もない。様子を訝しむ者、リシャバームの力量を知り、油断なく観察する者それぞれ。



 やがてリシャバームの影がぐばりと口を開き、その中からさらに巨大な影が現れる。

 リシャバームの影から出てきたそれは、その場にいる人外たちでさえ見たこともない異形であり、しかし確かに魔族だった。

 横に大きく切り裂かれたような眼が左右非対称に並び、酸を思わせる唾液を垂らす口器が一つ。大人の人間ほどもあるような巨大な前腕が、盛り上がった肩口から垂れ下がり、ところどころにいびつな骨の突起や角が突き出ている。皮膚の色は滅紫(けしむらさき)。瘤のように膨れ上がり、鍛えられた肉が詰まっていることがありありとわかる。



 一見して巨大。そしてこれまでの魔族とは比較にならないほど醜悪。だがそれ以上にその場にいた者たちを驚かせたのは、魔族が持つ邪神の力の膨大さだった。



「うわ、これ……マジ?」


「ほう……?」



 ラトゥーラが引いたのにはもちろん美醜の要素も含まれていたが、イルザールの感嘆はその強さに対して。



 驚きの声が上がる一方、リシャバームは慇懃な調子を崩さず、ムーラに向き合う。



「これが先ほどのムーラ様の抱いた疑念の答えです。従来の魔族を窯にくべ、新たな駒を作り出したのです」


「……これほどのもの、一体どこに隠していた?」


「狭間、ですよ」


「……貴様の力か」



 リシャバームの能力をいま一度思い出したムーラは、得心がいったように呟いた。



 そんな中、疑問の声を上げる者が一人。



「――だがリシャバームよ。見たところ、それにはこれまでの駒ほど知能はなさそうだが?」



 イルザールの指摘は、果たして正しいものだった。彼の知る駒の一つである翼を持つ魔族は、人語を解するほど高い知能を持っている。だが、いまイルザールたちの目の前にいる魔族には、知性を塗りつぶすほどの獰猛さと獰悪さしかなく、目の奥底に智慧を湛える輝きはいささかもなかった。



 知性は強さに直結する。だが、リシャバームはそうは捉えていないようで――



「邪神に与った力に従順であるならば、知性など別に必要ないでしょう。強大な力があれば、無闇やたらと考える頭などただの余分に過ぎません」


「頭を使うのをよしとする貴様らしくない答えだな」


「用途が違うのです。いわばこれは人間にとっての恐怖の象徴。下手に知性があって人語を解すると恐怖は薄れてしまいますが、何を考えているかわからないというのは、知性があるものにはそれだけで怖いものなのですよ」


「脆弱な人間には特に、か」



 イルザールが同意したのを見て、リシャバームは満足そうに頷いた。そして、



「いかがでしょう。皆様のご期待に添えるだけのものは見せることができましたでしょうか?」


「あたしたちは今度からこれを引き連れるってことだよね? これなら率いるのがいままでよりもずっと少なくて済むかな?」


「確かにこれを増やしていけば、人間ども――勇者であれ物の数ではないだろうな」



 ラトゥーラとムーラは銘々感想を呟いて、納得した。だが、そこでまたしても険の声を上げたのは、イルザールだった。



「リシャバーム。ときに貴様に訊きたいことがある」


「これについて何か問題で?」


「いや、別のことだ」



 それでリシャバームはピンと来たらしく、不気味な愉悦にとらわれた笑みを、口元に作る。



「と、いうことは、この前のことですね?」


「そうだ。貴様はあの人間と知り合いらしいが、あれは一体どういうことなのだ?」



 そう言って、冷たい視線を差し向けるイルザール。彼の質問は、リシャバームと水明との関係を探るものに他ならない。その眼光にリシャバームが挑発気味な笑みを向けて迎え撃つ一方、そんな話は初耳だったラトゥーラが、



「んえ? なになにあんたってば人間に知り合いなんかいんの?」


「ええ、まあ」



 リシャバームは隠し立てせず認めたあと、過ぎ去ったいつかを思い出すように、天井を仰いで語り出す。



「私はもともとこことは違う世界にいましてね。そちらの世界でも、似たようなことをしていたのですよ」



 語りに声を返すのは、やはりイルザール。



「似たような……か。お前のもといた場所に女神や邪神がいるとは限らんしな。となれば、贄共の根絶か?」


「目的は違いますがね」


「目的が違う? 滅ぼすことはそれ自体、目的となるものだろう?」


「私にとってそれは手段でしかないのです。そういった点ではある意味、私の目的はあなた方とは対極にあると言ってもいい」



 その言い回しは、その場にいた者には理解できなかったか。ただ唯一魔王ナクシャトラだけが、心得顔で笑っているのみ。



「ふん……贄共を滅ぼすことで、貴様が得るものなどないと思うがな」


「いえそうではないのです。私はもとより何もいらないのです」



 その言いようは、様々な思想に触れることがないゆえ、ここにいる者たちには理解できないものだろう。



「ま、結局私はあの男に負けてしまいました。別位相に定着したまま力を失ったため、次元の彼方に葬られるはずだったのですが……外殻世界に追いやられたということが私には幸運だったと言えるでしょうね。いまこうしてここにいられるというわけです」



 それで話を締めたリシャバームは、イルザールに視線を向け、



「イルザール殿。私よりも、あなたの方はどうなのですか?」


「俺がなんだというのだ?」


「人間はあなたにとって食料も同然です。それを自ら滅ぼそうとするなど、自ら死に邁進していると言えるのではないですか? あなたこそ、どういったお考えを持ってナクシャトラ様にお力をお貸ししているのですか?」



 確かにリシャバームの言う通り、人食いの鬼神であるイルザールが魔族に協力するということは、自らの意志で食料を消し去ろうとしているように思える。それは、生物にとって矛盾した行動に他ならない。



 だがそんな問いをかけられても、イルザールはさして問題もないという風に涼しげな様子を見せる。



「いくら食い物でも、あれだけ有象無象いれば、目障りにもなるだろう? 一定の量は間引かなければ鬱陶しいというものだ」


「それで、我らに協力していると? 鬱陶しいとは申されますが、我らがあなたの食料を滅ぼしてしまうかもしれないのですよ?」


「いや、贄共を滅ぼすことなどできん」



 イルザールの断言に、唯一ムーラが気に障ったかのように眉を動かしたが、ともあれ。リシャバームが合いの手を入れる。


「それは、どういった理由で?」


「なに、そう難しい話ではないさ。それだけ、贄どもが意地汚いというだけだ。ヤツらはな、存外しぶといのだ。殺しても殺しても、どこからかすぐに湧いてくる。どれだけ数を減らそうとも、どれだけ追い込もうともな。貴様も贄共を滅ぼすことを目的としていたというのならば、わからない話ではないと思うが?」


 イルザールの指摘に、リシャバームは思い当たる節があるとでもいうように目を細める。



「……確かに、生き汚い生き物という点では、一理ありますね」



 口にしたのは、そんな同意。だが、魔族を、ひいては魔王や邪神の存在を至上とするムーラにとって彼らの言葉は、許容できるものではなかったらしい。いままさに剣を抜かんというほどの激発をどうにか押し込め、しかしその一端を眼差しに露わにし、声を荒らげる。



「イルザール! 貴様、ナクシャトラ様の前で我らが神の大望を否定するなど!」


「なんだ、気にでも障ったか? 澄ました面を作るくせに、存外気が短いのだな」


「貴様……」



 ムーラが放った強烈な殺気を、イルザールはどこか心地よさそうに受け止める。この鬼神にとってはムーラの鋭利な殺気でさえも、涼風のごとしなのだろう。



「よい、ムーラ。下がれ。我はイルザールの考えもわかっていて共闘しているのだ」


「恐れながら、このような者いなくとも我らが人間ごときに遅れをとるようなことは――」


「ないと言えるのか? 現にこの席を温めていた者たちのほとんどは、貴様の言うその人間ごときに遅れをとったのだぞ?」


「それは倒された者たちが不出来だっただけのこと」



 死者にすら容赦なく吐き捨てたムーラに対し、イルザールが鼻白んだよう顔を向け、



「貴様もそうでないと言えるのか?」


「試してみるか?」



 イルザールの言葉を挑発と受け取ったムーラは、今度こそ鞘から剣を引き抜いた。状況はまさに一触即発。両者の間でせめぎ合った武威が、稲妻と火花を幻視させるほどの濃密なぶつかり合いを見せる中、仲裁の声を下したのはナクシャトラだった。



「ムーラ、イルザール、やめよ」



 冷たく一下されたその言葉に合わせ、イルザールがムーラに薄い笑みを向ける。



「だそうだ。それで、どうする親衛隊長殿? このままナクシャトラの意に背いて俺とやるか? 俺は一向にかまわんぞ?」


「…………覚えておけよ」



 ムーラは忌々しげに睨みつけながら、剣を鞘へと納める。だが、それでも、敵意は収めきれないか、高まった武威と殺気はそのまま。そんな憤慨収まらない彼女に対し、ナクシャトラが言う。



「ムーラ。我らの大望を叶えるためには、イルザールの存在は必要だ」


「……我が主。愚かな私めに、その理由をご教示いただけないでしょうか。この者が我らにとってどう必要なのかというその理由を」



 ムーラはそう言って、ナクシャトラに跪く。すると、ナクシャトラはふっと口元に思わせぶりな笑みを作り――



「それは――遊びよ」


「遊び……ですか?」


「そうだ。この世に起こり起こされる出来事たる事象には、何事にもブレというものが存在する。それを加味して調整できる柔軟な何かがなければ、いつか破たんしてしまうものだ」


「それは――」


「否とは言わせんぞ? それゆえにこれまで魔族はその大望を叶えられずにここまできたのだ。そうであろう? 我らのようなひとまとめになったものというのは、特に突発的な事象に弱くある」


「では、それに対応するために招聘されたのがイルザールであって」


「リシャバームでもあるということだ。そして実際、これらのことは上手く働いている。現在、我らだけでは対応しきれない異物が確かに敵側にあって、それを抑制する力となっているのだからな」


「その遺物が、四人の勇者だとおっしゃるので?」


「視野が狭いぞ我が親衛隊長よ。……ふむ、それなら一度、貴様を人間のところに向かわせるのもありなのかもしれんな」



 そう一人で納得したような声を漏らしたナクシャトラは、一度その場に集った者たちをぐるりと睥睨し、口を開く。



「では、申し付ける。まずムーラ。貴様は最初にリシャバームが言ったように、魔族の将を兼任しろ。やることはこれまでと同じかもしれんが、軍を率いての行動について拒否は許されなくなる。そして現在の駒を率い手薄になった北の地を攻めろ。もし上手くいけば、そこで釣れた者が先ほどの遊びの有用性の答えになるはずだ」


「承知いたしました」


「リシャバーム。貴様はこれまでの駒を窯にくべ、新たな駒を増やすことを急げ。時間には余裕はあるが、勇者に時間を与え、力を付けさせ過ぎるのは得策ではない。そのことだけは、確かに念頭に入れておけ」


「かしこまりました」


「他の者は、新たな駒が揃うまでいましばしの暇だ。駒が必要なだけ揃ったのち、今度こそ本気で人間どもを攻めるときだ。それまで力を蓄えておくがいい」



 彼女の言葉に、イルザール以外の者が神妙な表情で頭を下げる。

 それを見たナクシャトラは、隠しきれない愉悦を口の端から漏らして、



「――さて、人間たちよ。そうそう女神の思惑通りにはならんぞ?」



 そんな不吉な予言を残し、魔王は魔族の将たちが集う部屋から音もなく去っていったのだった。





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