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真性呪言――スペル・ゼノグラシア




 リリアナがアールスに決定打を放つ、少し前。

 この試合の出場者の一人である水明は、フェルメニアと共に試合の趨勢を眺めていた。

 彼がいまいる場所は、黎二たちからは少し離れている。今回はリリアナの戦い振りを評価し、分析するため、ひいては彼に会話が聞こえないよう、別のところで観覧中というわけだ。



 舞台の上では、リリアナが呪文を唱え、ハウラーを出した辺りである。

 リリアナの魔術行使を見たフェルメニアが、怪訝そうな表情で水明に訊ねた。



「あれは……使い魔ですか?」


「そうだ。使い魔は動物を使役するものも合わせていくつかあるが、あれはその中の一つ。(まじな)いで姿を形成した使い魔だ」



 フェルメニアは「(まじな)いで」という水明の言い回しに疑問を覚えたのか、眉間のシワをさらに深める。



「呪文で、ですか? 魔術で作ったではなく?」


「ああ、呪いだ。魔術で作った……というのも間違いじゃないんだが、あれを形成しているのは術式のしがらみじゃなくて、特殊な力を持った言葉なんだ」


「それで、(まじな)い、と」


 水明はアールスが水の刃を振り回すのを見ながら頷く。そして、フェルメニアに挑むような視線を向けた。



「フェルメニア。いまのアンタなら、どうやってあれを打ち破る?」


「リリアナのあの使い魔を消す方法ですか。うむむ……」



 フェルメニアは答えが即座に浮かばず、険しい顔で唸り始める。そんな中、水明とフェルメニアの背後から声がかかる。



「――ほう? 白炎殿にはわからんのか?」



 艶の感じられるハスキーな声音に振り向けば、見えたのは金髪と軍服。薄笑いを浮かべて会話に割り込んできたのは、グラツィエラ・フィラス・ライゼルドだった。



 問題を聞いていたのか、投げられた言葉は内容を心得ているかのようなもの。しかしてそんな彼女に、フェルメニアはいささかばかり驚いたように言う。



「グラツィエラ殿下にはお答えが?」


「まあな」


「もしよければ、お聞かせ願いたいのですが」


「私は別に構わぬが、そやつが答え合わせに応じなければあまり意味はないぞ。私に術理がばれるのを嫌がってな」



 グラツィエラの試すような物言いに、吝嗇(ケチ)の称号を付けられそうになっている男と言えば。



「そんなケチ臭いことは言わんよ」


「隠さぬのか? 存外気前のいいことだな。見る限りあれは切り札にもなり得そうなものだろう?」


「あれを解き明かしたところで、そう痛くはないのさ」


「切り札はなるべく隠して見せぬのが常道というもの」


「俺から言わせれば、切り札はいくつも持っとかないといけないものだ。まあ、それじゃあ切り札(エース)って言葉の意義から外れるのかもしれんが――まあ言いたいことはわかるだろ?」


「贅沢な話だが、ここは『確かにそうだな』と答えておこう」



 グラツィエラはそう素直さに欠けた含みのある答えを返す。おいそれと同意したくないライバル心でもあるのだろうか。ともあれグラツィエラはフェルメニアの催促の視線を感じ、使い魔攻略の答えを口にし始める。



「白炎殿が答えを出せんということは、難しく考えすぎなのだろう。あの使い魔という奴はリリアナ・ザンダイクの言葉から造られたものであり、そしていまもそこにあるいわば言葉の塊だ。つまり、言い様によっては言葉がリリアナの使いとして戦っているということになる。言葉とはつまり概念と声で構成されたものだから、そのどちらかを奪えば体を成していられないということになる。概念を奪うというのは難しいだろうから、この場合は言葉の根幹である音をあの使い魔から奪えばいい。どうだ?」



 グラツィエラの打って変わって真面目な視線に、水明は答え明かしに躊躇うことなく肯定した。



「ああ、その通りだ。厳密に言えば周辺を音が存在できないようにするってのが正しいところだが、奪うというのは手段の一つと言えるだろうな」



 フェルメニアもグラツィエラの説明や水明の答え合わせを聞いてピンと来たか。



「私も思いつきました」


「つーことは、いまの答え以外のものってことだな?」


「はい。リリアナの使い魔が言葉なのでしたら、それと相反する意味の言葉、もしくは存在をぶつけて相殺すればいいのです」



 答えを口にしたフェルメニアは、正解か不正解かどうかの返答を、固唾を飲んで待っている。その一方で、グラツィエラは相殺するという答えが意外だったのか、興味深そうな表情を見せた。



「ほう? 違う意味の言葉や存在か……ならばあれを形作った呪文を用い、対抗するということか」



 グラツィエラの解釈に、フェルメニアは頷く。すると、水明も満足そうに頷いて、



「それも手の一つだな。反対する効果を持つ魔術、つまり逆魔法(カウンター・マジック)を用いる手段の一種だな」



 正答と評価されたことで、フェルメニアは小さくガッツポーズを見せる。グラツィエラに後れを取らなかったことを喜んだのだろう。そんな中、グラツィエラが目を細めたのが見えた。



「スイメイ・ヤカギ。お前ならばどう対処する?」


「俺か? 俺ならあの魔術が編み上がる前に、その構成を阻害、分解して術者に返礼風(リバウンド・エア)を喰らわせる。まあ、いまのリリアナくらい構成に時間がかかればの話だが」


「ふむ、そのリバウンド・エアとは?」


「高位の魔術の致命的な失敗か、魔術行使という一連の行動の内にある最後の手順、つまり『魔術の現界』の前に、魔術を神秘的な要因で阻止された場合に起こる術者への反動のことだ」


「魔法の阻止などいくらでもされたが、そんなもの受けたことはないな。本当に存在するのか?」


「ああ。途中で詠唱やら行動を邪魔された程度じゃ起こらないからな。構成途中の術式自体に影響がでなきゃそうはならん。……というか、リリアナが前に事象撹拌(フェノメノンミキサー)……ちょっと違うが似たような術を使っていたはずだが?」


「そうなのか? リリアナ・ザンダイクの魔法はそのほとんどが特殊なものばかりだからな。全容を知っているのはローグだけだ。それで、その返礼風(リバウンド・エア)をされるとどんな痛手を受ける?」


返礼風(リバウンド・エア)はまず霊基体(エーテル・ボディ)精神殻(アストラル・ボディ)に作用する。痛手は概ね内臓に対する形で現れるな。そして、そうだな……あとはあんた酒はたしなむのか?」


「まあな」


「一気に飲んだあとのキックバック……頭に受ける衝撃をさらにひどくしたようなもんが起こるらしいぞ? 俺は飲酒のキックバック自体受けたことがないから確固たる比較はできんが……」



 水明の答えに、キックバックを受けたことがあるらしいグラツィエラは、あからさまに顔をしかめた。



「それは御免だな。特に戦っている最中にあれが起こるのは支障が出る」



 グラツィエラはそう言って、含みのある笑みを浮かべる。



「中々面白い話を聞かせてもらった。だが――」


「……なんだよ?」


「お前はいささか衒学趣味のきらいがあるな」



 水明のペダンチックを指摘するグラツィエラ。当然水明は自分から話を聞いておいてそれかとも思ったが、文句を喉もとで引っ込めて代わりに薄笑いを返し、



「は、ンなもん持ってない人間がいるのかよ。規模の大小、多かれ少なかれ、知識欲の一部を構成するのは自己顕示欲と承認欲求だ。どこぞの徳の高い聖人だって、御高説垂れないヤツはいないだろ?」


「ん? それよりも試合の流れがかなり変わってきたぞ?」


「本当ですね。十二優傑側がかなり押されています」


「おい話振って来てそれかよ……」



 結局は先ほど抱いたものと同じ文句を口にしてしまう水明。だがすぐに二人と同じように試合に集中する。舞台の上ではいままさに、アールスがリリアナの挑発を受け、激昂しているところだった。



 アールスがリリアナを意識しているのは、試合当初からすでにわかっていることだ。だが、ここでそれがむき出しの闘志となって、浮き彫りにされた形になった。



「……というか、御しやすい相手だな。軽く挑発返されただけでトサカに来てやがる……いや、それ以上に頭に血が上りすぎてるなあれは」


「あれは悪い熱ですね。エレメントが嫌う型の熱です」


「アールスは若いからな。まあそれより若い私が言うのもおかしな話だが――あやつは出自で人一倍苦労してきた分、持ち合わせる矜持も誇りも高いのだ。……だが、ああも簡単に挑発に乗るのはいただけんな。是正が必要だが……まあこの分では戦いの結果でそれがわかるだろう」



 部下の問題だが、グラツィエラはさほど気にした様子はない。言った通り、ここでリリアナが勝てば、アールスにも顧みる余地が発生するゆえ言及しないということだろう。それは当然『気付けば』の話だろうが、グラツィエラならば気付かなかったらそれまでの者と言い捨ててしまいそうな雰囲気がある。



「あれ、アンタの部下だろ? 応援とかはしないのか?」


「声援で声を張り上げるなど私の性には合わんな。それにあやつもそんなもの必要とはしていまい。それはともかくとしてだ。どうやら決めに入るようだぞ?」



 舞台の上では、リリアナが最後の一撃と見定める詠唱が始まっていた。



「――我らの周りにあって、我らの目には見えぬものよ。衆目からその身を隠し、誰にも聞けぬあらゆる声よ。いまこそその曖昧たる身を現世に顕じ、あまねく全てを曝け出せ。汝は我が生み出し、我が名を付け、我が使役す、我が眷属に他ならない。ゆえに――」



 リリアナの詠唱と共に、魔力が急激に高まっていく。すでにアールスが魔力を高ぶらせていたが、それはリリアナの魔力で儚くもかき消されてしまった。



 一方でハウラーはリリアナの魔力に呼応するように彼女のもとへ戻り、唸り声を上げ始める。声は低い周波の振動となって広がり、重なり、そして周囲の神秘にまで影響するのか、闇泡沫が微細な黒い稲妻を伴ってハウラーの周りに集結。唸り声が強まると共に地面が揺れ始め、塵が空へと浮き上がる。それはまるで、巨大な異変の前兆のよう。



 その様子を見た水明が「ほう?」と興味深げな息を吐く。

 やがてリリアナは『吠える者(ハウラー)』に向かう先を指し示すように、指を突き出した。

 そして――



「聞かせなさい! 全てを砕く咆哮を! 真性呪言(スペル・ゼノグラシア)幽界疾走(アストラル・ダイブ)咆哮滅消(ハウリングアウト)!!」



 鍵言と共に噴き上がる巨大な咆哮。ハウラーの口から、耳を塞ぎ縮こまっていなければ耐えられないような巨大な音声(おんじょう)が放射され、地面を舞台を、周囲の何もかもを砕いていく。それに対しアールスがこれまでにないほど巨大な水の障壁を形成するが、プール一杯分に相当するほどの水量でもハウラーの前には雀の涙だったらしい。リリアナの指に従い咆哮を上げつつ特攻する青白い稲妻(ハウラー)が水の防壁に触れた瞬間、瀑布の全ては岩場に打ち寄せた波濤のように、一瞬で真っ白な水飛沫へと砕け散った。



 稲妻がリリアナとアールスを結ぶ一直線上を駆け抜けた直後、衝撃によって舞台の一部や地面が崩壊。それが終息すると、アールスはその場に倒れ込んだ。



 それを見たリリアナは澄ました表情で静かに口にする。



「私の、勝ちです」



 第一回戦の結果は、もちろんリリアナ・ザンダイクの勝利で終わったのだった。




      


 一回戦の戦闘が終わっても、戦いの余韻は観客たちを掴んで離さなかった。



 兵士たちや魔法使い、そして十二優傑の面々も、リリアナの魔術行使を見て唖然としたまま、舞台をあとにする彼女の姿を目で追うばかり。この世界の魔法にはあり得べからざる神秘は、かなりの刺激となって彼らを襲ったのだろう。周囲からは「あのアールスが負けた」「十二優傑きっての才女がまさか」という驚きだけでなく、「あのような魔法見たことがない」「あれも闇の魔法の力なのか」等々、リリアナの魔術に対する驚愕の言葉がざわめきと共に飛び交っていた。



 舞台を降りたリリアナはやがて黎二たちのもとにたどり着き、水明たちも合流する。



 すると開口一番、腕を組んで偉そうにしていたイオ・クザミが満足そうに声をかけた。



「さすがは我の弟子だ。その全てでダークサイドを体現していると言っても過言ではない活躍ぶりだったぞ? あの最後の一撃も、フォース・ライトニングを彷彿とさせる一手だった」


「そんなよくわからないものなんて、体現していませんし、師弟などという虚偽の発言も、しないでください。軍法会議所に告訴される案件、ですよ」


「ふはははは! この現世に我を裁ける者などいないわ!」



 リリアナの全力の否定も、イオ・クザミの耳には届かないのか。顔に喜色を浮かべ、高笑いをしている。

 その一方で、黎二やティータニア、レフィールもリリアナに対し勝利の喜びや労いの言葉をかけていた。



 銘々の労いが終わったのを見計らい、水明はフェルメニアと共にリリアナを手招きし、内緒話を持ちかける。



「リリアナ。いまの使い魔のモデルは」


「はい、すいめーの考えている通り、いぬさんです。ですが、参考にしたのは、この前の……」


「ケ物か」



 水明の推測に、リリアナは静かに頷く。使い魔のおどろおどろしい形状からして、水明はそうではないかと考えていたが、やはり当たっていた。



「以前すいめーは、魔術には見ている相手だけに限らず、自己の感情の揺らぎも大事、だと言っていましたので。自分で不気味、怖いなどのことを連想させるものであれば、効果的なのではないかと、思ったのです」


「ええ! ええ! やはり魔術を見せるときは派手なものがいいですよね!」



 リリアナの言葉に、何故かフェルメニアがうんうんと満足げに頷いている。おそらくは以前の魔術の講義で出た、火力等々の話が補完されたためだろう。圧倒的な力と圧倒的な見た目。それが精神的に及ぼす効果は、自分にも相手にも大きいということだ。



 するとリリアナは、少し申し訳なさそうに俯いて、



「今回の魔術ですが、以前教えてもらったものからだいぶ変えてしまったのです」



 思い描いたものを形にするため、変えざるを得なかったのだろう。それをリリアナは悪いことだと指摘されるかと思ったのか。しかし水明には全くその気はなく、



「別にいいと思うぞ? オリジナリティが高いのは感受性が強い証拠だ。何でもかんでも自分の感覚に頼ると落とし穴にはまるが、気を付けているなら俺から言うことはない。まだ課題もあるが、いい魔術行使だったと思うぞ?」


「はい!」



 水明に褒められたリリアナは、嬉しそうに微笑んだ。

 この試合から、リリアナはフェルメニアとは違うタイプの術者だということがよくわかる。フェルメニアが努力型なら、リリアナはどちらかと言えば、天才型だ。水明よりでなく、彼の助手兼弟子であるハイデマリー寄りの術者だろう。



 魔術師の適正としては魔女術(ウィッチクラフト)に親和性がある。一部魔術の特化型にさえしなければ、相当の術師になる可能性を秘めた存在だと言えるだろう。



 もろもろの内緒話を終えると、黎二が、



「でも、リリアナちゃんあんなに強かったんだね。びっくりしたよ」


「え、ええ。一応これでも、もと十二優傑、ですので」


「じゃあリリアナちゃんは十二優傑の中でもかなり強かった方なの?」


「いえ、そういうわけでは……」



 ない……とも言えないが、この実力は水明に魔術を習ったゆえのものだ。彼女はそれを口にするわけにもいかず、しどろもどろになっている。



 そんな中、間が良いのか悪いのかイオ・クザミが会話に入り込んで、



「しかしだ。弟子にあれほど格好いい姿を見せられては、我も黙っていることはできんな」


「だから、あなたの弟子では……」


「弟子があれだけ派手に戦ったからな。くくく……次の試合では我が直々に地味な戦いのわびさびとした良さを見せてやろうではないか」



 リリアナの話も聞かず、イオ・クザミは宣っている。すると、黎二が微妙そうな表情をして近付き、口に手を当てて囁いてきた。



「ねえ、水明。あの子あんなこと言ってるけどさ」


「……地味とかぜってぇあり得ねぇな。というかアイツにわびさびなんかわかる審美眼があんのかよ?」


「たぶん僕たちの美的感覚とはだいぶかけ離れたものが備わっているんじゃないのかな?」


「いつもどおりか」


「うん、いつもどおりだよね」



 二人のため息が吐かれると同時に、イオ・クザミは舞台の上に上がって行ったのだった。





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