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青空魔術教室

 水明や黎二たちが帝都に到着した翌日。この日水明は、フェルメニアと水明邸の前にある路地にいた。

 本日の帝都の空はよく晴れており、外出日和。見上げれば、路地の空は周囲の建物に切り取られ、四角く真っ青。差し込む陽光が周りの白と相俟って、路地は目が眩むほど明るかった。



 そんな気分のすくような環境で、二人が行うのは、もちろん魔術の講義である。やはり、時間があるときは、神秘に対し時間を割くのは魔術師の(サガ)だろう。



 水明は建物の白壁を背にして、椅子に座るフェルメニアに話し始める。



「――えー、じゃあ今日も講義を始めるわけだが、これまで随分いろいろなことをやってきたと思う」


「ええ。現代魔術に隠秘学的エントロピー、典礼魔術、魔法陣の事象化、各種魔術の使用方法等々ですね」


「ああ。それらを通して、フェルメニアも魔術師のなんたるかがよくわかってきたかと思う」



 言葉通り、水明はフェルメニアが魔術師として成長していると見ているが、しかし彼女はそうではなさそうで、自信に欠けた表情を見せる。



「私もそうでありたいと思いますが……いかんせん比較対象がないのでなんともいえませんね」


「それに関しては、俺は大丈夫だと思っている。昨日アンタは黎二たちに属性の考え方について気付きを促していただろ? ああいった物の見方をできていればいいんだ。考え方は一つではない。この世にある現象を確立させる法則は決して一つではなく、あらゆるアプローチがあるということをしっかり弁えていればいい。俺もそう教わった」


「ふむ、あらゆるあぷろおち、というのはなんです?」


「俺たちの世界は科学という法則――物理法則が一般的で、みんなそれを物差しにして考えている。だが、実際この世の現象を解き明かす理論っていうのは、神秘的な理論も存在するだろう? 要は固定概念にとらわれるなということなのさ」


「ええと……」


「そうだな。まず初めて魔術の話を聞いたとき、エレメントの介在なく神秘を起こすことができるとは思っていなかっただろう?」


「はい。それは確かに」


「つまりはそれだ。エレメントを基礎とする考え方が根付いているから、俺の魔術の現界も当初は決してあり得ないことだと思っていた。だが、魔術の神秘に触れていくことにより、それが実践できるものだと理解できるようになってきた。ここで重要なのは、その『理解』なんだ」



 そう、物事は何であれ、その理論が正しく理解できた上で初めて結果が安定するのである。気付きや閃き、それがいわゆる『エウレーカ』というものだ。



「――俺たちの世界は、何事も物質前提で考える、物質至上主義の世界だ。何か形のあるものがあって、それが何らかの力を発したり、他のものに作用したりするから、結果が生まれるとなっている。どんなものにおいても、熱が発生しているとされるんだ」



 そう、それゆえ、魔法で火を起こすということについても、現代人は頭の中で真っ先に、原子や分子の動き、空気中の物質などにどう作用しているのかというシミュレーションを行っている。ごく自然に。そのシミュレーションが必ず行われてしまうせいで、理解を滞らせているのだ。



「……なるほど、スイメイ殿の世界の普通の人々は、呪文や神秘的な動作の結果が、発生させる熱や仕事と等価ではないと思っているため、頭から否定してしまうのですね」



 魔術を覚えるには、まず何かを生み出すには熱がなければならないという考え方から取り払わなければならないのである。



「そう。フェルメニアの言う通り、そういった超感覚的な領域にあるものを認識することができないから、目に見えるものしか信じようとしない。わからないから、過程もたどることができなくて、結果をもとめることもできない。魔術はそういった『理解』あって初めて使えるものだからな」



 逆に、理解が中途半端だと、結果も安定しない。それはどんな学問だろうと同じだろうが。



「前置きが長くなったが、そろそろ始めようか。で、今日フェルメニアに説明するのは――」


「説明するのは」



 興味を惹かれたフェルメニアが少々前のめりになるが、水明は勿体ぶりたいのか、妙な溜めを作る。耳の中にドラムロールを響かせて、食い付きの激しいフェルメニアに、しかして言うのは、そう。



「――魔力炉の製作についてだ」


「魔力炉の製作! 魔力炉の製作ですか!!」



 今日の講義内容を聞いて、フェルメニアはさらに興奮する。わくわくは止まらず、いささか鼻息が荒くなるのも仕方ないか。魔力炉は、魔術師にとってなくてはならないものなのだから。



「それで、魔力炉を作るにはどうするのですか? 前々から聞いていた話を総合するに、内臓に関係しているのだと思うのですが、それを増やすとは考えにくいですし……」



 すでにフェルメニアは魔力炉についての想像を巡らせていたらしい。これまで幾度となく魔力炉の存在を匂わせてきていたし、その力のほども見て来たため、それについての考察はしていたのだろう。



 一人先走って推測を並べ立て始めるフェルメニアに、水明は「落ち着け」と前置きをしてから言う。



「確かに魔力炉は内臓系に関係があるし、それを増やすっていうニュアンスだが、厳密には肉体的に増やすわけじゃないから、ちょっと違うかな」


「……どういうことです?」


「つまり、肉体的にではなく心霊的に増やすんだ」


「心霊的に?」


「そうだ。これには、霊基体(エーテル・ボディ)を利用する」



 フェルメニアは初めて聞く言葉に、眉をひそめる。



霊基体(エーテル・ボディ)ですか? 以前エーテルとは空気中に漂っている無形の力とお聞きしましたが、それとは違うのですか?」


「ああ。ややこしいとは思うが、それとはまた別のものなんだ」



 そう言うと、フェルメニアの眉間のしわがさらに増えた。これは確かにややこしいことだ。彼女が、難しい顔をするのも無理からぬことだろう。隠秘学的なエーテルを除いても、エーテルと呼ばれるものはいくつもあるのだ。最初は混乱しても致し方ない。



「では語感から類推して、肉体(フィジカル・ボディ)精神殻(アストラル・ボディ)に関連するものと考えますが」



 これまで出て来た要素から、考え付いたか。フェルメニアの核心に迫る推測に、水明は頷いて答える。



「そう、いまのフェルメニアが言った通り、霊基体(エーテル・ボディ)はそれらに関係するものだ。霊基体(エーテル・ボディ)肉体(フィジカル・ボディ)、そして精神殻(アストラル・ボディ)と合わせ、生物を構成する霊的な三分肢とされている。人体とはつまりその三つの繋がりによって成り立っており、それらが欠ける、損失、変質すると、人としての均衡が取れなくなるとされる」


肉体(フィジカル・ボディ)はそのまま、物質的な構成要素ですし、精神殻(アストラル・ボディ)は意識や魂に関連する構成要素。……では」


霊基体(エーテル・ボディ)はそのまま霊的な部分に相当する。……と言うと魂の要素を持つ精神殻と混同してしまうからな。大まかに言って……そうだな、霊基体(エーテル・ボディ)は肉体の設計図のようなものだと言えるだろう」


「肉体の設計図、ですか?」


「そうだ。科学的な観点で言うとDNAっていうまた別のものがあるんだが、それはまあどうでもいいな。神秘的な観点で言うと、霊基体(エーテル・ボディ)がそれに相当する。人体の各器官および各部位は、その設計図を基に作られており、常にその設計図の影響下にあるとされる。魔術的な措置を取らないとこれを見ることはできないが、肉体と共に、エーテルの心臓、エーテルの脳、エーテルの腕、足、頭などが存在している」


「……? 存在しているのですか? 設計図なのでしたら、作ったあとは不要になると思うのですが……」

「確かに設計図とするとそういったニュアンスになるんだが……事実、人体の構造マップで、稼働マニュアルだからな。人体の形をした霊基体(エーテル・ボディ)が常にダブルしている状態で……」


「……は、はぁ?」


「すまん。まとめきれていなかった。つまり霊基体(エーテル・ボディ)は設計図であると共に、身体を正常に作動させるための指示書でもある。そのため、設計図という役割を終えても、肉体を機能させるのに必要なんだ」


「なるほど。それならよくわかります」



 フェルメニアの疑問が氷解したところで、水明は核心に移る。



「ここまで言ってしまえばすぐだな。霊基体(エーテル・ボディ)がその設計図であるなら」


「その設計図を書き換えてしまえばよい、というのですね!」


「ああ、その通りだ」



 この講義のキモは確かに、フェルメニアの勘付いた通りである。そう三分肢は、それぞれがそれぞれの状態に引っ張られるという特性がある。肉体が疲労を感じれば、自然意識や魂が弱まり、一方、精神殻(アストラル・ボディ)が損耗すれば、肉体も損耗する。それと同じように霊基体(エーテル・ボディ)がおかしくなれば、肉体の機能は変質し、ひいては精神殻(アストラル・ボディ)にも影響がでてくるのである。



 これは人体にとって弱点が多く不利なものだとも言える。だが、魔力炉の作製はそれを逆手に取った手法なのだ。

 フェルメニアの気付きを確認した水明は、説明を次へと進めて行く。



霊基体(エーテル・ボディ)を利用した肉体の変質を行うには、まず被験者の意識から段階的に変化させていく必要がある。自分が魔術師であると意識的に改革、自覚させ、精神殻(アストラル・ボディ)の変化を促し、次に自己の霊基体(エーテル・ボディ)を魔術的措置によって改ざんし、肉体(フィジカル・ボディ)および内臓の設計図を変化。それが終われば、肉体(フィジカル・ボディ)が徐々に変化していき、最後に再び肉体(フィジカル・ボディ)精神殻(アストラル・ボディ)に影響を与え、心身ともに完成と至る」



 水明はそこで一区切りつけ、総括を始める。



「要約しようか。肉体の設計図を利用して、物理的に内臓を増やすことなく、見た目にかかわらず肉体にそういった機能を付属させる。これが俗に言う『夢の器官』というものであり、最初に言った心霊的に内臓を増やすということだ」


「おお……神秘の底を垣間見る理論です!」



 最後には、椅子から立ち上がって拳を握るフェルメニア。新たな神秘の啓示を受けた魔術師の、晴れやかで興奮冷めやらぬといった表情だ。

 そんな彼女の興奮とは裏腹に、水明は顔を厳しいものへと変化させる。そして口にするのは、懸念にも似た警告。



「――ただ、霊基体(エーテル・ボディ)を弄れば真っ当な人間ではなくなる。人間としてのもとの設計図を弄ることになるからな。肉体(フィジカル・ボディ)はもとより、精神殻(アストラル・ボディ)も変化する。そうなった者は、もう人間とは呼べない」


「…………」



 人ではなくなる。その言葉の重みに、彼女は言葉を失ったのだろう。人間ではなくなるということは、尋常の感覚を持つ者には普通拒否感が出るものだ。水明のように幼少期からそう育てられていたわけではないのなら、二の足を踏むのに何ら異常はない。



「俺が向こうのとんでもない魔術師を化け物という理由の一つがそれだな。強力な魔術師たちは霊基体(エーテル・ボディ)を好きなようにいじくりまくっているから、寿命が普通の人間のそれではなくなったり、途方もない魔力を得ていたり、魂のストックや死からの超越といったものまで得ていたりする」


「しっ!? ししししし、死の超越ですか!? ということは不死身ということなのですか!?」


「厳密には不死身というわけじゃない。死ににくくなるっていうのが正しいな。通常兵器、災害、寿命、病気、一般的な死の原因では何をしても死なない者に対して、死から解き放たれた者――リッチと呼称される」


「そ、それでも寿命から解き放たれて死なないというのは、相当……」


「……なことだろうが、ま、そういう変態どもはホントごくごく一部の限られた才能を持ってる奴らだから、誰も彼もなれるモンじゃありませんですよ」



 水明はそう補足を入れるが、フェルメニアの驚愕と恐れはいまだ晴れない。不老不死とは人類の夢の一つだ。自分の手に届かなくとも、それをすでに得ている者がいるということは驚きを通り越した域にあるのだろう。

 ともあれ、



「――曰く、『われわれの存在を、内的に無際限に拡張するだけでよい』という文言もある。人間は霊基体(エーテル・ボディ)を弄って晴れて、魔術師というものになる。いや、なれる。俺みたいにな」



 魔術師とは一般の人間とは別物だ。在り方もそうだが、存在自体がすでに人とは異なっているのである。生物の持つ神秘性の増大、心霊的な位格の向上、魔術行使における強烈な心霊寒気の発生、火眼金晴、機械に対して疎くなる等々、それだけ常人から乖離すれば、人というカテゴリーから外れてしまう。



 ふと目を向けると、フェルメニアが少し残念そうな顔をしていて、



「……いまの私は、魔術は使えても、魔術師ではないということなのですね」


「そうだな。言って魔術使い、とかが妥当だろう。だが、これを行うことによって」


「私も魔術師になれるのですね!」



 両こぶしを作って、万歳をするフェルメニア。彼女にとっては明確にワンステップ上がれる目標になるため、モチベーションの向上につながったのだろう。



「それと並行して、今後の課題だが」


「それは私も考えていました。私には大きな課題があるということに」


「やっぱ気付いていたか。だよな。――いまアンタに必要だと思われるのは」


「……やはり火力なのですね?」


「んんぅ?」



 気付くとフェルメニアは、魔族の将軍の話をしていたときに黎二が見せたような深刻そうな表情を見せていた。しかし、水明にとっては思っていたことから大きくぶっ飛んでいたため、呆気に取られざるを得ない。



 だがそうだと確信しているらしいフェルメニアは、続けて自分に不足した部分を述べていく。



「私も少し前から思っていたのです。私の魔術には圧倒的に火力が足りないということに……どうしました?」



 水明の反応がまるでないことに、訝しみを抱くフェルメニア。彼女の訊ねに、呆けたように目を点させていた水明は、



「…………あ、いえ、どうぞフェルメニアさん。そのまま続けて下さい」


「はい。私はジルベルト殿との戦いでは、リリィの補助があっても防戦一方でした。それでずっと考えていたのです。それを改善するにはどうすればよいのかと。それでいままでの戦い方と他の方の戦い方をよく、比較してみまして……」


「それで、一体どうして?」


「はい。スイメイ殿の戦い方をよく振り返ってみると、やはり火力なのではないかと思い」


「え!? そこ俺のなの!?」


「あと、同じこの世界の魔法使いのグラツィエラ殿も、最大の攻撃は火力(物理)にあります。そして剣士であるレフィールの攻撃を見ても、相手の攻撃を自分の攻撃で押し込んでいるところも散見され、やはりここは手数込みで火力の底上げが必要なのではないかと」


「…………」



 語る口調に徐々に熱が入っていくフェルメニアに対し、水明は何も言えなくなった。

 何か思っていた方と別の方向に情熱を燃やしている気がする。確かにレフィールも水明も、攻撃の手数、強力一撃で押せ押せな面があるが、水明としては、フェルメニアにはもっと繊細な技術をと彼は思っていたのだ。彼女は常日頃、水明たちの中で、家事、事務等々、細かな役を受け持っていてくれていた。仕事ぶりもその細やかさも、魔術に表れている。面倒なことをこうも早く会得できたことが、その証左だ。



(いや、繊細にこなせるのが普通だから、火力の向上に集中させればいいのか?)



 いずれにせよ現状この世界にいる分には、火力の高さがあって困ることはない。使う魔術に常に細やかさが意識されているのならば、そちらに特化させる必要はないのかもしれない。



「どうです? スイメイ殿」


「……そうだな。言う通り、火力を伸ばすほうがいいのかもな。効果の大きい魔術の制御を覚えつつ、それに味付けしていく方向でいこう」


「はい」


「じゃあまず、手始めに霊基体(エーテル・ボディ)に対しての施術と祭壇の作製についてだが……」



 水明が魔力炉増設について言いかけたときだった。



「ん……?」



 ふいに路地の入口の方から、物音が聞こえてきた。家の前の路地は水明の家の入口しかないため、レフィールたちが戻ってきたか、もしくは他に客が来たか以外にない。帝都の路地は入り組んでいるため単に迷い込んだというならば話は別なのだが。



 水明はフェルメニアと共に視線を向ける。

 するとそこには、救世教会のローブをまとい、随分とくたびれた様子の少女がいた。

 壁に手をついて息を切らせ、かなり急いできたことが窺える。



 しかしてその少女の容貌には、見覚えがあった。エル・メイデで呼ばれた勇者、エリオットのお付きの魔法神官、クリスタに間違いない。



「お前は」



 水明の訊ねも待たず、クリスタは荒い呼吸のまま口を開く。



「と、突然で申し訳ありません。至急、アステルの勇者であるレイジさまにお取次ぎを……」


「黎二に?」


「は、はい……」


「一体どうされたのですか?」


「エリオットさまが……エリオットさまがハドリアス公爵邸に行ったきり……」



 ――戻ってこない。その言葉を聞いた水明とフェルメニアは、すぐさま行動を開始したのだった。





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