八鍵邸にて
「そっか、連合でそんなことが……」
水明が連合で起こったあらかたを話し終えると、黎二が深刻そうな表情でそう呟く。
それに答えを返す水明は、いつものように肩を竦めるような素振りを見せた。
「ああ。なんつーか、いろいろと散々だったよ」
「まさか水明の幼馴染みまで召喚されてたなんてね」
「それは完全に偶然だったんだろうがな。記憶喪失ってオマケがついてたって知ったときには焦ったぜマジで……」
水明はそう言いながら、連合に到着してすぐのことを振り返る。パレードで偶然初美を見つけ、彼女に会いに行けば知らないと言われるわ、挙句の果てには斬られかけるわでひどい目に遭ったことを。
すると黎二は、どこか安堵したような笑みを浮かべる。
「でも良かったよ。記憶がないままじゃ困ることも多かっただろうしね……」
記憶喪失が大事に至らなかったことを、黎二も友人として喜んでくれているのだろう。
そんな彼に水明は「ああ、そうだな」と安堵の笑みを返す。
と、一転黎二はどうしたのか。周りを安心させるような穏やかな笑みを、打って変わって悩ましいような困ったような、頭重そうな表情へと変える。
「ほんと、もとに戻って良かったよね。ほんとにさ……」
「…………」
黎二の声音が暗くなった原因は、無論彼の横の椅子に座る少女にあるのだろう。表情に翳が差すでは能わない、どこか陰鬱な影が落ちたのを水明は見逃さなった。
無事にもとに戻ったことが羨ましい、ということか。それでも妬みのような感情が全くないのは黎二の心根ゆえだが、どこかやつれた感じがあるゆえ、帝国に戻る道のりで何かと気苦労したことは想像するに難くない。
それを察した水明も、頭重そうな息を吐く。同じ過去を共有する友人として、やはり他人事ではなかったのだ。
ともあれそんな風に黎二と水明が同類哀れみ合っていると、ティータニアが口を開く。
「それで、その勇者ハツミは連合に置いて来たのですか?」
彼女の訊ねに、水明は頷く。そして彼の代わりに、フェルメニアが口を開いた。
「ハツミ殿にはハツミ殿の戦いがあるのです。スイメイ殿はそれを尊重して、一旦連合で別れる決断をしました」
「スイメイ、あなたはそれで良かったのですか?」
「良いも悪いもない。あいつが筋を通すつもりなら、俺が無理言って連れてくるのも余計なお節介だろ」
「ですが、連合で危険な目に遭うかもしれないのでしょう?」
危険な目。それには黎二も反応する。
「話に出て来た普遍の使徒とかいう連中だね」
普遍の使徒――ウニベルシタス。それはインルー、クラリッサ、ジルベルト、そして屋根の上に立った蜃気楼の男を始めとするあの不可解な集団だ。反女神教団なる連中を陰から操り、勇者である初美をかどわかそうと企んだことは、いまも記憶に新しい。
みな水明たちを追い詰めるほどの強敵であり、一筋縄ではいかない相手。現状では、魔族よりも脅威といえるような連中だ。
そんな者たちが居るにもかかわらず、水明は初美を置いて来た。それに懸念がなかったかと問われれば、当然ないとは言い切れない。
だが、いずれにせよ――
「それに関しては俺のところに居てもどうしょうもないだろ? 連中がどこにいて、いつ襲って来るかもわからないんだ。どうしたって後手後手に回るのはわかりきってる。だから初美にはできるだけ早く筋を通し切ってもらって、俺は俺で帰還の方法を見つけるしかない。いまできる最善なんてそれくらいだ。とまれ、それよりもだ」
話の焦点はそこではないと水明が示唆すると、黎二もそれについてはわかっているのだろう。腕を組んで深刻そうに唸り始める。
「水明の話じゃ、僕たちも狙われるかもしれないんだよね」
「奴らの話の通りならな」
「勇者を連れて行こうと画策する、謎の集団か……」
一体何の目的があって、勇者を連れ去ろうとしているのかは、定かではない。情報が少ない以上、それについての答えなどはっきり出せるものではないのだ。
ふとそこで、水明はレフィールの方を見る。
その普遍の使徒の中には、ここ帝国で彼女と仲良くなったジルベルトがいる。彼女としても、知人が敵に回るというのは随分と複雑なことだろう。
せめて彼女たちのやろうとしていることが、悪いことではないと願うばかりだが。
室内に重い沈黙が漂う中、黎二の方から話を切り替える。
「じゃあ次は僕たちの方だね」
「そうですね」
「うむ」
黎二の言葉に、ティータニアもイオ・クザミも頷く。
水明たちも家に入る前に、彼らが自治州で何をしてきたのか、何があったのかのあらましは聞いたが、さほど細かくは聞いていない。黎二たちを襲った相手が何なのか、そして自治州から持って来た勇者の遺物が一体どんなものなのか、水明たちとしてもやはり興味は尽きないことであった。
「――まずあらためてだけど、僕たちは水明たちと別れたあと、力不足を補うために、自治州にある勇者の遺物を貰いに行ったんだ」
黎二の簡潔な説明に、水明たちは各々頷いて彼の説明を促す。
「自治州に到着して、そこの責任者の人に勇者の遺物の説明を受けて、奥に通された。そしてそのとき、魔族の将軍と名乗る男に襲われて、撃退――いや、見逃されて、今日帝国に戻ってきた」
それが、先ほど聞いた今日水明たちと黎二たちが再会するまでのあらましだ。
彼の話を再び聞いて、フェルメニアが呟く。
「魔族の将軍に襲われた、ですか……」
フェルメニアも、そこはおかしいと思ったのだろう。
水明もまさか、黎二の方に直接魔族の将軍が出向いてくるとは意外だった。それも当然だ。黎二たちは帝国にいるのであって、自治州に向かうということは誰も知らないはずなのだ。
つまり、
「レイジくんたちの行動が魔族に読まれていたというわけか?」
レフィールの疑問に対し、ティータニアが首を横に振る。
「いえ、そういうわけでもなさそうでした」
「というと?」
「魔族の将軍は勇者の遺物が安置されていた場所に、勇者がいることは知らなかったようなのです。レイジ様が名乗って初めて、魔族の将軍はレイジ様が勇者だと気付きました」
「あの魔族の将軍、イルザールって名乗ったんだけど、どうもあの男も勇者の遺物を狙っていたらしいんだ」
「なるほど。脅威となりそうなものを早めに排除しておこうという腹積もりだったのか」
おそらくは、レフィールの言う通りだろう。今代の勇者が昔の勇者の使った武器を手に入れようとすることは、十分に考えられることだ。魔族の将軍の数が少なくなってきたいま、早めにそういった行動に出て、勇者の戦力を削ごうとしているのだろう。
ふと、水明はいまし方の会話を思い出して、黎二に訊ねる。
「ちょっと気になったんだが、お前いま魔族の将軍のこと、『あの男』って言ったよな?」
「言ったけど、それが?」
「いや、自然に男って特定するような言葉が出て来たから、ちょっと気になってな。見た目がそうだったのか?」
「あ……それは気にしてなかった。確かに」
黎二も水明の言葉を聞いて得心がいったか、今更気付いたと言うような顔をする。
いまのところ水明の遭遇した魔族や魔族の将軍は、人間とかけ離れた姿をした生物であったため、男、女と特定する以前の問題だった。無論雌雄の差はあったのだろうが、外見が人とは逸脱していたため、考えることすらなかったのだ。
それを黎二は男と言い切った。つまり、その魔族の姿は人間が男女と特定できる外見だったということになる。
「確かに僕たちも、あの魔族の将軍に会った直後は、魔族だなんて思っていなかった。かなり人間に近い姿をしていたからね。……うん、そうだね。いま思い出すと、やっぱりあの魔族の将軍はかなり特殊な部類に入るんだと思う」
「それはさきほどレイジ殿がおっしゃられた『見逃された』というのも、その特殊なということに関係がおありなおですか?」
「うん。あの魔族の将軍はすごく強かったんだ。僕たちみんなで戦っても全く歯が立たなかった。それくらいね」
「それは……」
「加護を持っている黎二でも厳しいのか……」
黎二の表情を見て、水明は顎に手を当てて唸る。
確かに黎二はこの世界に来るまで素人だったが、だからと言って水明も、彼の力が低いなどと思ってはいない。これまで魔族と戦い、ラジャスを倒し、エリオットとも渡り合ったのだ。そんな彼が、『歯が立たなかった』というのだから、懸念する材料は十分だと言える。
すると、イオ・クザミが業腹だとでも言うように鼻を鳴らした。
「ふん。あの程度我が本気を出せば」
「確かに最後にみず……イオ・クザミさんが使った魔法は効いてたみたいだけどね」
「そうなのか?」
水明がそう訊ねると、イオ・クザミはふいに左手を押さえ付けるような素振りを見せ、
「まあな。まああのデミオーガも我の左腕をうずかせおったのには評価に値するが――」
イオ・クザミの中二的な行為を見て、何故か黎二が不思議そうな顔をする。
「……ええっと、イオ・クザミさん? あのときうずいてたのって確か左目じゃなかったっけ?」
「ん? そうだったか? ならば我が左目をうずかせ――」
「忘れてんならいちいち邪気眼混ぜなくていいっての!」
左腕を押さえ付ける素振りから、改めて左目を押さえ込む素振りをし始めるイオ・クザミに、堪らず水明は突っ込みを入れる。そんな重要なことでもないだろうに、何故いちいち大仰にしないと気が済まないのかこの何者かは。
イオ・クザミが何のことはないと言っているのとは逆に、黎二が、
「でも、あの魔族の将軍が強かったのは本当だよ」
「何を言う。それでは我が奴よりも弱いと言っているようなものではないか?」
「いや別にそういう意味じゃないんだけどね……」
弱いとか弱くないとか、水掛け論にも似た黎二とイオ・クザミの言い合いに、堪らずレフィールが口を挟む。
「らちが明かないぞレイジくん。その魔族の将軍の力は一体どれほどだったのだ?」
「えっとね」
「だから言っておるではないか。雑魚だと。龍人とタメを張った程度の相手など、我の敵ではない」
「…………」
いちいち会話の邪魔をしてくるイオ・クザミに、レフィールも閉口する。さすがに収集が付かなくなりそうなことを察した水明は、それとなくティータニアに視線を向けた。
すると彼女は、当時のことを思い出すかのように目を細め、話し始める。
「あの魔族の将軍の力は脅威です。私たちの魔法を簡単に跳ね除け、魔法でもない強力な赤い稲妻を操っていました。身体能力も驚異的で……そうですね、私の速度でやっと対抗できるといったところでしょうか」
「ふむ……」
水明も一度ティータニアと戦っているため、彼女の強さは身に染みている。その彼女がそこまで言うのだ。油断できない相手であるということは間違いないだろう。
「じゃあ他に気になったことはないか?」
水明の問いに黎二とティータニアが考え込む。するとそこで、イオ・クザミが侮るような笑みを浮かべ、
「何を考え込む必要がある。重要なことがあるではないか。あやつは我らのことを贄と言っていたのだぞ?」
「あ!」
「そういえばそうでしたね……」
イオ・クザミの言葉で、二人も思い出したらしい。気付きでぽんっと手を叩いた勢いの彼らを見て、水明は顔を険しくさせ、
「贄だと?」
「そうだ。あの天地上下を(中略)……サティスファイドしたデミオーガめは、人間は食い物だと憚らずにな。実際神殿にいた何人かも、文字通りあの男の餌食になっていたようだしな」
「おいおいハッタリじゃなくて、マジで人間食うヤツなのかよそいつは……」
絶句しそうな勢いの水明の声に、黎二もティータニアも頷く。
自分の力に絶対の自信持つ者が、相手にならない力量の者に対して自己を誇張し強く出るのはままあることだ。水明も聞いた当初、贄と呼んだことについては、おそらくそんなところだろうくらいにしか思っていなかったが、まさか本当に人食いの化け物だったとは意外以外の何物でもなかった。
ふと黎二やティータニアの顔を窺えば、険しくなっているのが目に映る。彼らが『食い散らかされた現場』を目撃したのだということは、表情を見るに明らかだ。
そこでふと、何かに気付いたらしいフェルメニアが、深刻そうな表情で訊ねる。
「ま、まさかグレゴリー殿たちがここにいないのは……」
彼女の言葉で、そう言えばと、水明も思う。いつもはティータニアに付き従っているはずのお付きの騎士が一緒にいないのは不自然だった。
まさかと、水明たちに緊張が走るが、それについてはティータニアが首を横に振る。
「白炎殿、ご心配なさらず。グレゴリーたちは怪我をして自治州に残っていますが、命に別状はありませんよ」
「そうですか……」
「それは一安心だな」
ほっと安堵するフェルメニアと、彼女と一緒に頷く水明。フェルメニアは自国の同胞ゆえの安堵。一方水明としても、グレゴリーたちは見知った相手であり、黎二や瑞樹の世話を焼いてくれる人間だ。彼らに何かあったとなれば、さすがに水明も良い気はしない。
懸念が晴れてすぐ、何故かレフィールが不可解そうに唸る。
「レイジくんたちを襲ったのが人を食う化け物だという話はわかったが、そもそも魔族は人喰いの化け物ではないはずだが?」
「ええ。それは私もレフィールと同じく不思議に思いました。そういった話は私も聞いたことがありませんでしたから」
レフィールの言に、フェルメニアも同意する。確かに、魔族が人と姿形の違う怪物にせよ、人を食べるなどということはいままで聞いたことがない。
ティータニアもそれは同じだったようで、
「――私にもわかりません。ですが、事実私たちが戦ったのは、人を食べる怪物でした」
結局彼女も、答えになりそうなことについては知らなかった。これについても、情報が少なすぎると言うほかないだろう。明確な答えが出せないのは仕方がない。
驚異になり得る魔族の将軍が現れた。そんな風に、この話に決着がつきそうになった矢先のこと、人喰いの件を振ってきたイオ・クザミが、
「我が永遠のライバルよ。お前は何か思うところはないのか?」
「なんで俺に聞くんだよ。俺に振るな」
「いいではないか。お前のそれっぽい妄想を聞いてみたいと思ったのだ」
イオ・クザミは何を考えてそう言うのか。興味深げに眼差しを送って来る。
水明がその意図を計りかねていると、それに同調するかのように、黎二も水明に向かって身を乗り出した。
「水明、僕も聞きたいな。水明はどう思うの?」
「おいおい、お前もかよ……」
黎二までもが話に乗っかり、水明は苦い声を出す。
こういった場面での水明の意見には、何故か仲間内では絶対的な信頼がある。実際神秘的な観点から物を言うことが多いため、的を射た発言が多いからなのだが――この場であまりに核心に近付きすぎるのは、自分の正体をバラしてしまうことに繋がりかねない。
だが水明は、全員の視線が自分の方を向いていることに気付き、逃げ場がないことを悟る。
水明は観念したため息を大きく吐いて、まずイオ・クザミを睨みつけた。
非難ではない、魔術師らしい鋭さを帯びたその眼差しに、イオ・クザミが反応する。
「なんだ?」
「……お前、さっきその魔族の将軍のこと、デミオーガって言ったよな。ありゃあ一体どういった意味だ?」
「それはそのままそれよ。お前たち風に言えば、あれはデミオーガだ」
その『お前たち風』という言葉がどこまでの範囲を指すのかが気になり、水明は視線を動かさずにフェルメニアに問う。
「フェルメニア。アンタ、デミオーガってのは知ってるか?」
「……いえ、それにつきましては、私もよく」
わからないのか。とまれ今度はレフィールにも訊ねると、彼女も目を閉じて首を振った。
見れば一方のティータニアも黎二も不思議そうな顔をしている。ということは、だ。この世界にはそのデミオーガなる言葉は一般的に使われていないものであり、その言葉がもし真実を指しているのならば、水明にも心当たりがないわけではない。
「……これから話すのは俺の与太だ。その魔族の将軍は、たぶんこの世界の食物連鎖の頂点なんだと思う」
「食物連鎖の頂点?」
「ああ」
黎二の聞き返しに、水明は頷く。無論、この世界の住人である少女三人は食物連鎖という言葉の意味がわからず、首をかしげているが。
「水明、どういうこと?」
「どういうこともなにも、そのまんまだ。大雑把に言えば、俺たちの世界では現時点で知られている限り、食物連鎖の頂点は俺たち万物の霊長である人間になる。だがこの世界には、それとは別に、もっと強力な生き物がそのてっぺんに立っているんだと思う」
水明たちの世界では――もっとも黎二たち一般人の知る範囲の話だが、食物連鎖の頂点は万物の霊長である人間という風に知られている。無論これは生殺の権利の多さにのみに話の重点を置いたものであり、捕食者の頂点の論争をすると、最強生物バクテリアを挙げる者が出てくるためややこしくなってしまうから――これについてはここでは割愛。
現時点では、人間が準備の有無にかかわらず太刀打ちできない生物は、存在しないとされている。
もちろん知られている範囲と前置きしたのは実際のところ知られていないだけで、人間を食し、簡単に打ち倒すことができる怪物も存在するからなのだが――
一方黎二は、食物連鎖の頂点と言われても、ピンと来ないようで。
「人間を食べる生き物って言われてもね……」
「そうじゃなくて、この場合は他の動物に存在を脅かされない生き物って考えた方がいいな。ま、この世界には獣人やドワーフ、エルフ、龍人、魔族なんてものがいるんだから、人間を食う生き物がいてもおかしくはないが……要はだ。そいつは、魔族以外に人間と敵対する現地の生き物なんじゃないかってことだ」
つまるところ、魔族以外に存在する人間の天敵だ、水明たちの世界では、鬼や吸血鬼辺りが、そういったものに当てはまる。
するとティータニアが、深く考え込むような仕草を見せる。
「……確かにそうかもしれませんね。あの魔族の将軍は魔王ナクシャトラに力を貸しているというようなことを言っていました。つまり、魔族ではない」
「つーことは、部下とか、僕ではないってことだな。となればやっぱり、邪神の思惑に賛同する一部の人外勢力ってことになるんだろ。……俺も言ってておかしい気はするが」
水明がとっかかりを覚えているのは、その部分だ。この世界の魔族とそれ以外の生物の争いは、女神と邪神の代理戦争のようなものだというのは、連合にいたときに推論を出した。
これを人体に例えると、魔族とは体外から入ってきたウィルスのようなものであり、それに対して、抗体である人間およびその他の生物が抵抗しているということになる。
ウィルスが人体を脅かす外敵ならば、体内にある全ての抗体はウィルスに抵抗しなければならない。だが、今回の件で言えば、そのウィルスである魔族に、抗体の一部が呼応し、反旗を翻したとうことになる。
その仮説が正しければ、たとえ人の天敵であろうとも、在り方から間違っているというほかない。
険しい顔で唸っていると、イオ・クザミが興味深そうな声で言う。
「ふむ。なかなか面白い発想だな」
「そりゃどうも」
イオ・クザミに適当にお礼を言って誤魔化しつつ、横目で黎二の様子を窺うと、彼はうんうんと頷きながら感心していた。
「あー、黎二?」
「あ、うん。言う通りだなって思ってさ。妄想っていう割にはなんかほとんど答えに行き着いちゃった気もするけどね。……でも水明、どうしてそんなことわかったの?」
おいでなすった。もとから疑問を抱かれることを予期いていた水明は、黎二の質問に身構える風もなく言う。
「アステルの王城で本とか読みまくったからな、なんとなく想像できたのさ」
「それだけじゃないでしょ」
その言葉に、水明は内心ドキリとする。
すると何故か突然、黎二は胡散顔を作って、
「……やっぱり水明ってそっち側なんじゃ」
少し引き気味になりながら、イオ・クザミと水明の方を交互に見遣る。
……その仕草を見る限り、つまりはそういうことだろう。
誤魔化すことはできたが、そんな風にされれば水明としても堪ったものではない。椅子から立ち上がって、抗議の声を上げる。
「おいやめろ! そいつと同類視するんじゃねぇよ!」
「だってさぁ……」
水明が叫ぶも、黎二は嫌そうな顔をしながら言う。倦んだような顔をしているが、おちょくっていることはまず間違いない。
すると、間がいいのか悪いのか、イオ・クザミが、
「くくくくく……我が好敵手よ。貴様もその身に流れる血には抗えんということだ。いいかげん観念して貴様もこっち側の人間だと早々に認めるがよい」
「認めねぇよ! 闇真紅の暗躍者も名乗んねぇからな! な!」
「やれやれまだ恥じらいが残っているのか。ふっ、貴様もまだまだだな」
「なにがまだまだなんだよ! おい黎二! お前コイツどうにかしろよ! お前が話振ったせいだぞ!」
「きこえなーいきこえなーい」
水明が叫ぶと、黎二はそっぽを向いて露骨に聞こえない振りをする。あーと声を出しながら、両耳に手を当てている黎二が憎たらしい。
そんな風に和気あいあい(?)としていると、ふとレフィールが内緒話をしたそうに見上げてくる。
それに気が付いた水明が耳を傾けると、彼女は、
(スイメイくん。その魔族の将軍、強いと思うか?)
(十中八九強いだろ。人喰いの生き物ってことは、いわば人間の天敵だ。それに)
(それに?)
(前にインルーの話をしたとき、初美のところにいたハーフエルフとルメイアさんが人を喰らう魔人がどうかと言ってただろ?)
(そう言えばそうだったな。確か恐ろしく強いとか。……ん?)
砦で話したときのことを思い出している最中か。レフィールは急にゆっくりと可愛げのある仕草で首を傾げる。
(どうした?)
(いや、そのときの話は龍人が人喰いの魔人を倒したというものだったことを思い出してね。もしかしてだが……)
その言葉を聞いて、水明は疲れたような表情をさらに青くさせる。青菜に塩を振ったようになったのは当然、龍人であるインルーがらみゆえである。
インルーが倒した相手というのが、黎二たちが言う魔族の将軍か、もしくはその眷属であるのだとすれば、果たしてあの龍人の真の力は一体どれほどのものになるというのかということだ。
(うわ、あったま痛ぇ……なんだあのドラゴン野郎そんなに強いのかよ……もう二度と戦いたくないんだが)
(何を今更。再戦の約束をしたのではないのか?)
(知らない知らない。向こうが一方的に言って来ただけだし聞かなかったことにするー)
いやいやをして現実逃避をし始める水明。もう心はすでに駄々っ子であった。




