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事後の影響



 ……勇者である初美が狙われたことや、その後始末は慌ただしいものだったが、もとより彼女が狙われるのは予想されていたことでもあったため、大きな混乱と言えば反女神教団の教団員たちが起こした都市での騒乱に限られた。



 その騒ぎを起こした教団員たちはというと、あの後、誰一人として捕まらなかった。クラリッサたちが雲や霞みと消えたあと、彼らも路地や建物の闇の中に消えてしまったそうだ。

 連合でも、今回の出来事は前代未聞の騒乱だったそうだが、水明たちにとってもやはり衝撃的だった。当然その焦点は、あの場で敵対クラリッサたちである。



 彼女たちはつい先日、仲の良いやり取りをして別れた相手だ。付き合いはまだ短いものだが、水明は少なからず彼女たちに恩があったし、レフィールにとっては仲の良かったジルベルトが敵対したこともある。何故、という思いも強くあり、これが世の巡り合わせの数奇さの妙だとも言えるだろう。

 それで落ち込むというほど、水明たちは世の理不尽さに耐性がないわけではないが、もっと仲良くしようと思った矢先のこれは少々くるものがあった。



 ――そして、水明たちがクラリッサたちと戦った日から数日後。この日水明とフェルメニア、リリアナの三人は、初美に別れの挨拶をするため、ミアーゼンの宮殿にある彼女の部屋を訪れていた。

 部屋には初美のほかにセルフィがいたが、彼女には水明たちの関係について理解があるらしく、部屋に到着した折、部屋の内外にいた警備の兵を連れ、どこかへ去って行った。あまり聞かせたくないような話をしてもいい様、気を聞かせてくれたのだろうと思われる。



 そして、みなそれぞれの椅子に腰を落ち着けたあと、水明を待っていたのは初美の不満たらたらの文句だった。

 やれどうして魔術師だったとを黙っていただの、向こうでは何をしていただのと教えなかったことへの不平不満をぶちまけられ、ひとしきり話が終わったあとの水明はげっそりとしていた。

 記憶が戻ったことにより、召喚や記憶喪失のときのことがだいぶストレスに変わったのだろう。しばしの休みを置いてまた文句をぶちまけようとする初美に、フェルメニアが苦笑いを浮かべながら止めに入る。



「……あの、ハツミ殿? スイメイ殿を追い詰めるのはもうそのくらいにしてはどうですか?」


「え? まだ言ってやりたいことの半分も言ってないんだけど」


「こ、これで、半分……ですか……」



 実力の半分も出してはいない……にも似た言葉を聞き、慄くリリアナ。一方、文句はもうおなか一杯で吐きそうなくらいの水明は、ムンクの「叫び」のような顔になって口からエクトプラズムを吐き出しており、もう何度目かの謝罪をする。



「俺が全て悪うございますから、どうかこの辺で許して下さい……」


「そうね。仕方ないって理由もあるし、今日はこのくらいにいてあげる」



 どうやら、何とか必要分の溜飲は下がったらしい。場の雰囲気が落ち着いたあと、水明が初美に訊ねる。



「……で、どうだ初美。記憶も戻って少しは落ち着いたか?」


「うん。まあ、記憶がなかったときのこともあるから変な気分だけど、自分の置かれた状況には上手く折り合いがつけられそうね」



 その言葉が出たのには当然、帰還の方法の有無がかかわっているだろう。帰れる、という安心感があるため、多少なり不安がなくなっているのだろうと思われる。



 そのうえで、水明は初美に問う。



「初美。記憶も戻ったことだし、もう一度訊く。お前、俺たちと一緒に来る気はないか?」


「……ううん。やっぱりそれは出来ない。前にも言ったけど、私は自分からこの戦いに飛び込んだ。だから、いまさらそれを放り出すことはできない」


「それが、やむを得なかったことだとしてもか?」


「水明も少し前に言ったでしょ? いまの私を見たら師範(せんせい)にどやしつけられるぞって。ここで私が我が身可愛さに逃げたら、それこそお父さんに怒られちゃう」



 笑って言う初美に、憂いはない。それは、記憶が戻り、自分の一本筋の通った信条を取り戻したがゆえのことだろう。それに沿って生きて行くと決めている以上、迷いなど自ずと消えてしまうのだ。



「そうだな。ま、そう言うとは思ってたよ」


「力ずくで連れてくってのはしないの?」


「俺はお前の意志を尊重する。それに、近いうちに良い情報を持っていけると思うしな」


「わかったの!?」


「あともうちょいってところ。一度帝国にある拠点に戻って、ここで得た情報と合わせて、術を試作してみてって段階だ。……あのインルーってヤツに遺構を消し飛ばされてなかったら、連合にいるうちに全部説き明かせたんだがなぁ」


「そう……」



 まだときがかかるとわかって、顔に少し残念そうな感情を滲ませる初美。黎二や瑞樹のときもそうだが、やはり誰も帰りたさは大きいのだ。



「連合北の魔族を倒すまで戻るつもりはないだろうが、ま、術が完成したらちょっと里帰りするくらいいいだろ?」


「そうね。みんな心配してるだろうし……それに」


「それに?」



 何か懸念事項でもあるのか。そんな表情を見せた初美に水明が問うと、彼女はわかり切ったことでも訊かれたような顔になって、



「出席日数よ出席日数。学校行ってないじゃない」


「それなら戻ったとき俺がどうにかするさ」


「どうって?」


「俺魔術師なんだよね~」



 言外に、うまいことどうにかすると匂わせると、初美は露骨に嫌な顔をする。



「うわ、最低……。魔術使って有耶無耶にする気なんだ。うわー」


「あ? なんだよ? じゃあ留年するか? 俺はー、どっちでもいいけどな~」


「え? う、ん……それはそれで嫌か、な……?」


「じゃあいいだろ」



 きまりの悪そうに視線を流す初美に、水明は突っ込みを入れて話を締める。すると、今度はフェルメニアが彼女に質問した。



「帰還に関してのお話しは決まったようですが、ハツミ殿が狙われていることについては大丈夫なのですか?」


「あのシスターたちのことね」


「はい。勇者を連れて行くと宣言した以上、また襲って来る可能性があります。その場合は……」



 どうするのか。だが結局その話に関しては、もとの世界に戻れない以上、どうにもならないことではある。

 それを踏まえ、再度彼らが襲ってきたときどうするか、水明が初美に訊ねた。



「初美。正直なところ、どうだ?」


「厳しいわね。今回は水明たちがいたからどうにかなったけど、あの実力だと、剣士ならお父さんくらいの強さがないと渡り合えないと思う」


「だよなぁ」



 水明は数日前の戦いのことを思い出す。あのとき見たクラリッサやジルベルトの実力は、レフィールやフェルメニアたちを圧倒したことからも分かる通り相当のものだった。勇者の力は未知数だが、彼女たちに加え、今回出て来なかったインルー、そして自身を異界送りにしたと思われる蜃気楼の男のこともある。



 おそらく一遍に来られては、自分たちがいたとしても敗北は必至だろうことは想像するに難くない。

 だが、初美の予想は違うようで、



「勝てはしないけど、逃げることぐらいは出来ると思うわ。記憶も戻ったしね」



 彼女の表情には、それとない自信が垣間見える。確かに記憶が戻った初美は、記憶がないときと比べ、強いだろう。クラリッサ、ジルベルトは手練れなれど、逃げに徹すれば事なきを得ることはできるだろう。だがだからと言って、あの魔術師の手からも逃れることができるかと訊かれれば、水明は一概に頷けなかった。



「俺もできるだけ早く、あっちに戻る術を完成させる。そうすれば、ヤバくなったら避難できるからな」


「……なんか逃げる算段って嫌ね」


「しょうがないだろ。あの男、かなり強いぞ」


「うん……魔術師のことは私も詳しくないからわからないけど、水明が言うんならね」



 インルーとの戦いもあり、一応初美も水明のことをは強い者だと認識しているのだろう。

 やがて話も終わり、「じゃあね」「おう」と別れの挨拶も終えると、水明たちは初美の部屋をあとにした。



 帰路に就く中、ふとリリアナが水明の袖を引く。



「どうした?」


「この前の、あの大柄な魔法使いのこと、です。本当にすいめーが、まともに戦っても、勝てないのですか?」


「勝てないだろうな。あのレベルの魔術師に出張られたら、かなり厳しいものがある」


「それほど」


「ああ。おそらくあの魔術師の使った魔術系統は、かなり古くて、厄介……というよりはとんでもない技術を用いているものだ」



 水明の言い回しに、フェルメニアとリリアナは首を傾げる。それもそのはず、



「スイメイ殿はいま古いとおっしゃいましたが、どういうことです?」


「そのままの意味だ。俺たちの世界の古い魔術系統にあたる。たぶん。俺の世界と関わり合いがあるんだろう」



 それは考えられうる、いや、それしかもう考えられないと言った方がこの場合正しいだろう。ローミオンの使った蛮名、クラリッサのトーテミズム。そしてとどめはあの魔術師の使った魔術だ。おそらくあの一派が向こうの世界と何らかの関わり合いを持っていることは、間違いはない。



「……ハツミ殿の件がありますので、いまさら驚きはしませんが」


「これはいよいよ、大変なこと、です」



 水明は前置きが終わったあと、二人の疑問に答える。



「あの魔術を破るには、どうしても一度向こうに戻る必要がある。あの術を知ってる魔術師に、根本からどんなものかを教えてもらわないと、おそらく俺は手も足も出ないだろうよ」



 その水明の答えに、フェルメニアもリリアナも表情を険しくさせる。そんな彼女たちに、水明は推測を述べる。



「たぶん……かなり主観的な予想になるが、あのとき使われたのは合成概念だ。近くにない概念同士を二、三、掛け合わせて生成したものなんだと思う」


「概念を掛け合わせて、せ、生成!?」



 フェルメニアの驚きに、水明は「ああ」と返す。そんな彼に彼女は、理解しがたいというように怪訝な表情を見せた。



「そんなもの、まとめて、かつ形にできるものなのですか?」


「できたから、ああいった形になったんだと思う。他のものと同じだ。例えば、そうだな……」


「たとえば?」


「鍬は「土を耕す」という概念を持っている。概念はそれで出来ることを指し、鍬という鉄の板が括りつけられた棒という実像が、誰でもそうだと判る『記号』になる。それに全く違う概念を持つ道具を括りつけて、新しい記号(もの)を作るような発想なんだと思うが……」



 いわゆる、五徳のようなものなのではないか。水明はそう言って左右を見ると、二人共難解そうな顔をしていた。それも、当然のことだろう。その話を肯定することすなわち、『プラグマティズムの否定』という、魔術世界で言う不変の法則の突破に当たる。それは、たとえそのことを知らなくても、到底理解できるものではないだろう。



「あー、すまん。本人がちゃんとわかっていないのに説明するのは性急すぎたな。いまのは忘れてくれ」



 水明がいまの話を無かったことにすると、ふとフェルメニアが訊ねてくる。



「その魔術系統を扱う魔術師は、スイメイ殿の世界には多くいるのですか?」


「いや、見るのは俺も初めてだし、あの魔術を使えたとされる人間は数人いるかいないかのはずだ」


「それほど少ないのに、知っている方がいらっしゃるのですか?」


「心当たりは三人くらいな。その魔術を使えたとされる魔術師が生きてた時代、千五百年代(トレチェント)中葉から千六百年代(セイチェント)半ばにかけて、活躍してた人たちだ」


「と、おっしゃいますと?」


「全員五百年くらい生きてるかな」


「ごっ!? …………エルフなのですか?」


「いんや、人間。人間だったが正しいか。ずっと昔にやめてるだろうからな」


「人間を、やめるとは……その、また」


「みんな化け物だ。化け物」


「すいめーをおして、化け物ですか」


「あのな、さきに言っとくが俺なんかひよっこレベルだ。まああのレベルになると、世界中のほとんどの生き物がひよっことか赤ん坊レベルなんだろうが……」



 あの魔術師たちの実力は、その位階に届かぬ者が完全に把握できるものではない。低く見積もってもこれなのだ。自分たちの位階に届く高位存在でなければ、たとえ相手がどんなに高位の魔術師だろうと、おそらくは赤子をあやす程度の労力で全てをあしらってしまえるだろう。



「…………」



 水明は沈黙を挟み、随分前にあったことを思い出す。盟主ネステハイムが珍しく魔術師同士の抗争に出張ったとき、敵対した相手は魔術師を含め、彼が発した一言で全て赤ん坊に変わってしまったことを思い出す。術式を用いず、対象を従わせる技の中でも最も意味のわからない技法だった。



「すいめー、あの現象も、あの魔術師が?」



 現象。つまりは最後に自分たちを襲ったアレのことだ。



「いいや。あれは別の要因だ。人が好きに起せるモンじゃない」


「名前は、確か」


終末事象(トワイライト・シンドローム)だ」


「スイメイ殿。どうしてあのとき、その……終末事象というものは発生したのですか? 前に帝国でお訊ねしたときは、あれはこちらの世界ではまだ起こらないとおっしゃっていましたよね」


「俺もそう思っていた。現にこの世界は自然的な力が強いから、まだ終末事象が起こる段階ではないんだ」


「それでもあのとき起こった、ということは」


「ほんとどういうことなんだろうな~」



 バツの悪そうに後ろ頭を掻き始める水明。そんな挙動を見せながらも、彼はちゃんと考えているらしく、



「まあ予測を挙げるなら、だ。あいつらの行動かもしくは、それに含まれる何かが、世界を終わらせるのを早めてしまうものだったから……ということなんじゃないかな?」



 それを訊いて、リリアナが小首をかしげる。



「世界を、終わらせる……あのときは、シスターたちが襲い掛かってきただけ、ですよ?」



「確かにそうだが……『大事は小事より起こる』『自然は飛躍しない』っていう言葉もある。自然の内における物事は、全てが徐々に生じ、何事も『突然』や『飛躍』によって生ずることはないというものだが、そう考えれば、あいつらが襲いかかってきた理由……つまり勇者をさらうという目的が、今後起こる可能性がある世界の終末を早める大事の一端ともなりうる」



 クラリッサたちには勇者をさらうという目的があり、それがはっきりとしていた。それが世界終焉とどう繋がるのかは全くもって不明だが、関係があるからこそ、あの場で暗穴(アバドン)が開き、終末事象(トワイライト・シンドローム)が起こったのだ。



「段階を踏んでいないから偶然というのは捨てきれないが……なにぶんそっち方面は専門外でな。黄昏の住人じゃないから俺にはわからん」



 そう締めてこの話を終えた水明は、もう一つの気がかりのことをそぞろに口にする。



「あとは、レフィの方だな」


「レフィール、ですか?」



 リリアナの問いに、水明はいまのレフィールの状態を思い出して表情を渋くさせる。



「様子は普段通りだったが」


「おそらくは敗北で思うところがあったのでしょうね。普段通りに見せていましたが、悔しくはあったのでしょう」



 レフィールはクラリッサとの戦いで敗北を喫したことを、かなり重く受け止めていた。それから、どこか焦りにも似たところが行動の端々から垣間見えるようになっていたのだ。



「まあ、それだけじゃなくて」


「あれですね」


「あれ、ですか」



 敗北がもたらしたもの以外に、あの戦いのあとレフィールの身に起きた出来事を考え、三人揃って頭を重くしていたのだった。



       ★

      



 水明たちが懊悩する中、当のレフィールは別行動を取り、宵闇亭のギルドマスターの執務室にいた。

 ……のだが、



「わははははははははははははは! あーっはははははははははははははっ!」


「笑わないでくださいルメイア殿! これは笑いごとではないんですよ!」


「だって、だってなぁ! それ、そんなの見せられたら! ひっ、ひひひひひひひ、ひー!」



 ルメイアは腹を抱え尻尾をわらわらと振り乱し、執務室の床に笑いこけていた。笑気によって息も絶え絶え、やもすると窒息して死んでしまうのではないかと危惧されるほど、ヒューヒューと言った間隔の長い吸気と呼気を繰り返していた。



 そんな彼女に前でソファに座り、幼気な怒りをあらわにしているのは、小さくなったレフィールであった。



「仕方ないでしょう! 私だって好きでこうなったわけではないのですから……」


「あー、あー、腹が痛いよあたしは。こりゃあ今年一番笑ったかねぇ」



 未だに笑いの収まらないルメイアを、レフィールは涙目になって恨めしそうに睨む。だがだがその表情には可愛げしかなさすぎて、まるで威厳を思わせない。

 ルメイアがひとしきり笑って落ち着くと、彼女はソファに座り直す。



「いやしかしだ。精霊の力を使い過ぎると身体が小さくなるとはねぇ。アーディファイズはそんなことなかったのに。まあそれだけ精霊の力がレフィの大部分を占めてるってことなんだろうけどさ……ぷ、くくく」



 口を押さえ、蘇ってきた笑いをどうにか口内に封じ込めるルメイア。だがそれも限界なのか、頬は笑いのせいで膨張しており、小さく笑いが漏れている始末。一方レフィールは半ば呆れた調子でため息を吐いた。



「もういい加減にしてください。これからスイメイくんたちも別れの挨拶にくるのですから」


「そうかい? ふむ……なら来る前にあんたとは少し話しておいた方がいいねぇ」



 そう言って、煙管を手繰り寄せ、一転真剣な表情を見せるルメイア。彼女の表情が引き締まったことにより、自然とレフィールの顔も真剣みを帯びる。



「ルメイア殿、話とは?」



 訊ねると、ルメイアは煙管をふかしたあと、見抜くような鋭い視線を向けた。



「……ねぇレフィ、あんた負けただろ?」


「それは……」


「話さなかったらわからないと思ったのかい? 見くびって欲しくないねぇ」



 と、まるで現場を見ていたかのように、確信を持って言うルメイア。見抜かれていることに、レフィールは素直に頷いた。



「レフィ、負けた理由。わかっているかい?」


「……ひとえに私の力が及ばなかったからです」


「それもあるだろうが……もう一つの方の自覚はあるかい?」



 そのルメイアの言葉に、内心ドキリとするレフィール。しかし、



「いえ、私の腕が未熟なだけです。それ以外に敗北の理由はありません」



 レフィールは半ば拒絶するような態度で、もう一つの理由を否定する。認めたくなかった。それを認めてしまえば、いま自分を支えている何かが、崩れていってしまいそうな気がしたからだ。

 一方、ルメイアは、頑なそうなレフィールの表情を見て、「そうかい」と言って、ため息をこぼす。

 そんな彼女にレフィールは苛立ちからか、図らずも責めるような口調になった。



「……ルメイア殿には何か思うところがおありなので?」


「ここでそれを口にするのは簡単だが……どちらかっていうとちゃんと自分で見つけた上で、認めて欲しい親心もある。お節介のし過ぎはためにならないからね。ふむ、どうしたもんかねぇ」



 ルメイアはそう悩むような口ぶりで煙を天井に向かって吐き出したあと、煙管の灰を灰皿に落とす。そして、答えが出たか、



「そうだ。まぁ、あの坊やや頼りになる仲間もいることだし、そう急ぐことでもないか。道中、自分のこれまでの戦いをよくよく顧みてみるといい。それでもまた負けることがあったら……もう一度あたしのところにおいで。みっちり鍛え直してやるから」


「……わかりました」


「うん。要は気負いすぎるなってことなんだが、口で言ってもこれはそう簡単にわかりゃあしないことなんだよねぇ若いと特にさ……」



 そう小さくこぼしたのは、自分の経験を顧みているからか。遠い目をして、窓の外を見遣るルメイア。しばし煙管を吸い終えるまで沈黙を守ったあと、彼女はふと笑顔を見せ、レフィールに声をかける。



「レフィ、ちょっとおいでよ」


「どうしました?」


「撫でさせておくれ」


「い、や、で、す!」



 手をわしゃわしゃと動かし、撫でたいアピールをするルメイアを見て、レフィールは頑と拒否の姿勢を取る。いまの身体ではやや大きすぎる帽子を目深にかぶって、ソファの上で縮こまってしまった。



「えー! 折角撫でやすそうな大きさになったんだしいいじゃないかー!」


「よくありません! この歳になって撫でられて喜ぶ人間がどこにいますか!?」



 そう言ってぷいと顔を背けるレフィールに、ルメイアは、にやり。



「嫌だって言っても強制的に撫でるんだけどさ」



 そんな言葉がレフィールの耳に聞こえた途端、ルメイアの姿は対面のソファの上から残像のみを残し、消え去った。



 そしてすぐ、帽子がものすごい勢いで奪われた。



「わわわわわわわ! ルメイア殿っ!」


「ほーら、なでなでなでなで~」


「ぐ、ぐぅぅ……」



 上から小気味良い力で押さえつけられるような感覚に、屈辱を覚えるレフィール。こうなってしまっては、まだ力量では彼女に劣るレフィールでは逃れることは叶わなかった。

 しばらくルメイアに可愛がられていると、ふとルメイアの狐耳がぴくぴくと動いた。



「おっと、来たようだね。じゃあささやかだけど、送別会でもしようか」


「……はい」



 レフィールがむくれた様子で返事をしたあと、執務室の扉を叩く音が聞こえてきた。





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