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世界に英雄はいらない  作者: 春賀彼方
プロローグ
2/2

一話

 彼、エルは急いでいた。それはやがて自らの命を危機に晒すほど彼は急いでいた。

 それは両親が数年前に病に倒れて死んでしまい、妹二人と父の友人グラベスに引き取られてからだ。

 グラベスは一端の冒険者であり、収入は安定してないが平均すると高い。しかし自分も含め三人の人間を養うとなると、生活は苦しくなる一方だろう。

 しかしそのことを聞くたびに「子供は心配しなくていいんだよ」と太陽のような笑みを浮かべるだけなのだ。

 幼くも成熟した思考を持つエルは、なにか手伝えることはないのだろうかと考え込んでしまう。

 妹達と分担して家事は手伝っているが、それよりももっと直接手伝いたいのだ。


 もはや父の友人とは思えないほど、エルは大事に想っていた。冒険者という仕事は危険が付きまとう、もしもの事を考えると胸が痛みで張り裂けそうになる。

 二度も親を亡くすなんて、とてもじゃないが耐えられないからだ。

 だからエルは冒険者ギルドへ足を運んだ。

 それは大事な家族の誰にも内緒にした、初めての秘密であった。

 

 まぁ最初は門前払いに等しい扱いだった。冒険者という仕事は収入こそ高いが危険が付き纏う、そんな仕事を幼い少年などにさせる訳にはいかないからだ。

 だがエルは諦めなかった、何度も何度も願い、何度も何度も断られた。しかし十数日が経ったころ冒険者ギルドが条件付ならばと、許可してくれたのである。

 仕事内容は街の人の手伝いだったり、他の冒険者付き添いでの薬草採取だったりとしたが、それら全ての報酬は幼い子供ではとてもじゃないが稼ぐことの出来ない大金だった。


 エルは仕事が決まると家族に打ち明けた、隠し事をしている罪悪感に耐えられなかったのである。

 妹達は祝福してくれたが、グラベスには最初は殴られた。

 太陽のような笑顔が大好きだったグラベスは、怒りと悲しみが混じったような表情をして身を震わし続けていた。

 冒険者という仕事の危険さを知っているからこそ、絶対に冒険者なんて目指してほしくなかったとグラベスは語る。

 そこで今にも泣きそうなグラベスにエルは想いの全てを話した。

 それは感謝していることや生活を助けたいこと、収入を増やすことでグラベスの危険を出来るだけ減らしたいことや仕事の危険は無いことなどだった。

 エルの気持ちを理解したグラベスは顔を上へ向け少し泣いていた。

 殴ったことを謝った後グラベスは言った。

 

 「どんな形であれ、冒険者するなら体を鍛えないといけないけど良いね?」

 グラベスが太陽のような笑顔を浮かべそう言うと、エルは小さくうなずいた。

そこからの毎日は宝石のように輝いたようだった。

 朝に冒険者ギルドで仕事を貰い、夕方にはグラベスに鍛えてもらう。

 しかも街の人達は優しく「これでも食べて」とパンがつまったバスケットを貰った。

 毎日限界まで体が疲れるが、食事はとても美味しく眠る瞬間には心地よい充実感に満たさる。

 

 そんな生活を数ヶ月ほど過ごしたころ、仕事にも慣れたエルは街でも評判のお手伝いさんだった。

 仕事を失敗することは少なく、誰しもがエルを心配しなくなっていたのである。

 そのエルですらも自信に満ち溢れていた。変化していく自らの体を見て、まるで自分が一流冒険者になったような錯覚に囚われていた。

 さらに残念なことに周りに自惚れたエルを叱咤する者は居らず、父であるグラベスすらも気づいていなかった。

 

 その日はいつもと同じ日だった。

 朝日が昇り広場の鐘が鳴る、それと同時に冒険者ギルドの扉が開かれエルが入って来た。

 

 「今日はどんな仕事がありますか?」

 数ヶ月前に比べ二周りほど逞しくなったからか、実際よりも年をとって見えるエルは受付のイスに座り問いかける。職員は数秒考えると一枚の紙を置いた。


 「今ならこれだな、西門横の道具屋から周辺の薬草採取の依頼だ」


 「それって、この前カウンターだけ残して店が吹き飛んだ道具屋ですよね」 

 

 「そうだ、あそこの親父実験に失敗しちまってな、道具と弟子こそ無事だったもの材料がほとんど塵になっちまったらしい」

 その様子を思い出したからか、職員は隠す様子もなく笑う。それにつられたのか奥の職員達の笑い声も聞こえる。

 エルは爆発現場の光景を思い出してしまい、ただ苦笑いを浮かべるだけであった。


 「えぇと……、あっあそこオジさんなら採ってくる薬草はナガレヤモギとシズク草ですよね?」


 「はっははっ……はっ……はぁ、そうだ、依頼はナガレヤモギやシズク草を主に多種の薬草の採取だが、エルは森に入れないからその二つだな受注するか?」

 

 「はい、受注します。ところで護衛ですけど今回もその……」

 数日前から門から少ししか離れない場所なら一人でも行かせてくれるようになったが、今回も良いだろうかとエルは職員に申し訳なさそうに問いかけた。

 

 「分かってるよグラベスには上手いこと言ってやる、だけど本当に森に入っちゃ駄目だし、危険を感じたらすぐに逃げるんだぞ」


「分かりました、それじゃ行ってきます」


 振り向き元気よく駆け出す薬草が自生している場所は遠くないが、少しでも

多く採りたいという気持ちがエルの足を早める。


 昼間から鼻につく酒の臭いがする酒場を抜け、坂道を走り抜ける。エルはこの街の風景がとても大好きだった。さっきの酒場だって誕生日にグラべスに連れて行ってもらったことがある。


 流石に無理やりエールを飲まされたときは辛かったが、陽気な大人たちがこれ以上ないほど祝ってくれる事が嬉しくて、苦いお酒ですらとても美味しく感じのだ。


 建物一つ一つに大事な思い出が詰まっている、この街がエルは大好きだった。


 息も切れ切れなりながらだがエルは無事に門についた。


 「おっエル坊今日も仕事か、あんまり無茶するんじゃねぇぞ」


 顔見知りの衛兵が片手を振りながら合図する、それと同時に門が開いた。


 視界の見渡す限りの広がる草原と街道、整備された道ではなく門の外周を回るようにエルは歩き出した。その目は大きく見開かれている。


 ナガレヨモギとシズク草は特徴的な外見ことしているが同じような小遣い稼ぎをしている冒険者は多く、根気よく探さないと見つからないのだ。


 日差しを受けながら、辺りを見回が全く見つからない。繁殖が驚くほど早い植物であるナガレヨモギが見つけられないことがエルはとても不思議だった。


 それから数時間探し続けてもやはり見つからない、なんとか依頼達成分は見つけたが、これでは普段に比べて少なすぎる。


 エルは視線を森へ向けた、確か黄緑の森と呼ばれていたあの森にならナガレヨモギやシズク草だけでなく、もっと高価な薬草もある。

 まだ日は登っているし少しだけなら大丈夫じゃないか、エルはそう考えた。


 もしも普段通りに安全を第一に考えていれば、そんな考えは浮かんでも実行しなかっただろうが、中途半端についた自信や大きな報酬に釣られてしまったエルは森へ足を進めてしまった。


 その日は偶然にも警戒する兵士は居らず、エルを引き止める者は誰も居なかった。

 

 日が差し込む森は様々な色の葉で彩られている、エルは整備されてない獣道を進む。視界を左右に動かし足を動かしていく。


 自分の目標となる数は既に集めたが、珍しい薬草がないかと森の深くまで来てしまったのである。


 他のことに気をとられ、鳥や獣の鳴き声が止んでしまったことにエルは気づくことが出来なかった。


 少し奥まで入り過ぎたかな?と疑問を浮かべたと同じくらいに、その異変は起こった。


 木の軋む音と共に巨大な獣が現れたのだ。その姿を見たエルは驚愕した。


 「ばっ、バグベアー」

 グラべスに何度も注意された存在は、強大で圧倒的な威圧感を放っていた。

 それも其のはず、バグベアーは街の周辺に生息している数少ない魔物だからだ。


 「うわぁああああぁあ」

 眼前に振り下ろされた一撃が足元の巨大な根を粉砕する、その余りの破壊力にエルは思わず悲鳴をあげた。


 そこから更に繰り出される攻撃を必死で避ける。グラべスに重点的に教えられたのは逃げたり避ける為の技術であり、その教えは今まさにエルの命を救っていた。


 お世辞にも賢いと言えない攻撃は破壊力こそ圧倒的だが、直線的な為にエルにも辛うじて避けることができた。

 しかしそれも確実と呼べたのは最初の数回だけである。距離を詰められば詰められるほど回避は困難になっていく。

 時間が経てば経つほどエルは自身が死に向かっていることを自覚していた。


 必死で避け続ける最中、転機が訪れた。木々を掻き分ける音が聞こえたと思うと視界に人影が映った。

 もしかしたら上位の冒険者かもしれないと、ちらりと視線を向けた。


 「こんなところにエルフが!? すいませんどうか助けていただけないでしょうか」

 

 そこに居たのは森人と呼ばれるエルフだったのである、珍しさに驚いたがエルフといえば気難しいが魔力を使わせれば圧倒的と有名な種族である。


 ならば助けて貰えないかとエルは懇願した、そして願いが届いたのだろうか彼女は武器を構えてくれていた。


 「たっ、助けていただけるんですか? あっ……」

 それは安堵かまたは油断か、エルは足元の根に引っかかり転んでしまった。

 そこに叩き込まれる追い打ち、体勢を崩した状態躱せる訳もなく、エルは死を覚悟した。


 「体を丸めよ!!」

 凛とした声が聞こえる、もしも助かるのならと藁にも縋るようにエルは体を小さく丸める。


 一瞬の出来事だった。結構な距離があった筈なのに風のように踏み込んだ彼女は、ひと振り

でバグベアーの片腕を切り取った。

 

 凶暴なバグベアーは残る片腕を繰り出し、彼女を物言わぬ肉片へと変えようとする。しかし本気のバグベアーの攻撃を彼女は受け止めてしまった。

 普通なら武器ごと砕かれる攻撃なのだが。


 「これで」

 受け止めた手を流れるように跳ね飛ばすと、彼女は返す刃で最後の片腕を切断した。しかしそこで攻撃は止まらなかった。


 いや正しくは止まらなかったのだろう、エルは彼女が振り上げただけでバグベアーが十字に切断されたことから、そう判断した。


 美しく艶やかな髪が揺れる光景はとても幻想的で、エルは恐怖を忘れてしまった。



 

 

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