第52羽 そして、始まりました。
「な……んで……」
ガガガッと椅子ごと後ずさる。
ここにいるが当たり前だというような顔で隣に座っている人間は、そんなリアクションをとった僕に満足しているように見える。
「なんでもないだろ、ダーリン。婚約者なら同じ家で寝食を共にするのは当然のことだよ」
「不法侵入まで犯して、何言ってるんですか!?」
「不法侵入……? 元々ここは私の家だよ」
わけがわからない僕と要領を得ない婚約者の代わりに、「ごめんね、優姫くん。驚かせるために黙っておいてって言われてたんだ」とみみみさんが、意地悪そうに唇をちょっとだけ突き出す。
「でもちょっとだけ考えれば分かることでしょ? いくら私が成人でも、大学生。学生二人きりで暮らしていけるかどうか、親御さんが安心できるわけないじゃない。……やっぱり、保護者が必要になるわよ」
でも、保護者は保護者でもあまりに年齢を重ねていらっしゃるこの人が、なんで。確かに理屈はまかり通ってはいるけれど、他に適任ともいる人間がいるのではないかと思うんだが。というか、こいつだけは嫌なんですけども。だってかなり上から下までファンションを決めてきていらっしゃる。
なんかもう気合が入りすぎてほんと引くし、化粧がバッチリなのも最底辺の尊顔を見たあとだと、逆にどれだけ時間をかけて顔を加工したのかというマイナスの考えしか浮かばない。
「それにお母さんから、優姫くんと婚約したって聞いたから、私だってそれを知ってて、愛人になりましょうってっ! ……優姫くんをからかったみたいなところはあるしね」
な、なるほど。ここで話していた時に、「婚約者はいるみたいだしね」というニュアンスで自然と話していたから気がつかなかった。
そういえば、ババアと婚約者であるということは、僕とババア以外知らないはず。乗船していた時と、車内の中で二人きりだった。いくら島の情報拡散が爆発的であっても、ババアが漏らさない限り知る人間がいないはず。情報が出回っているのなら、誰かに冷やかされてもいいはずだった。それなのに、みみみさんが知っているってことは母子関係だからだったのか。…………え。
「……母親って誰がですか?」
「だからさっきから言っているだろ? ここは私の家だと。それじゃあ改めて自己紹介しようか。……波佐見蘭。私は巳巳の母親だよ」
「は、母親!?」
そう言われれば妙に納得してしまう。顔立ちが似ているとか、同じ仕草があるとかではなく、大学生を子に持つ母親の年齢。そう言われてしまえば、確かに目の前の老化現象の起こっている顔にも腑に落ちる。……待てよ。っていうことは、みみみさんの年齢から逆算してみて、最低でもババアの年齢は四十の……。
「まあ、私は娘だろうがなんだろうが、相手どるのに手は抜かない主義だから安心したまえ。……フ、ダーリンは私のものだからな」
おぅええええええええ。
あ、危ない。あまりの気持ち悪さに、テーブル一面に並べられた夕食をアレで埋め尽くすところだった。
「まっ、私も最初はからかい半分だったんだけどね」
――惚れちゃった。……いや、惚れ直しちゃったかな。
みみみさんの以前言った言葉がなぜか頭の中でリフレインする。今の彼女はというと笑いながら、料理の皿を並びなおす。それを見た蘭さんは競うように並べなおしの手伝い……のつもりなのだろうが、逆に邪魔になっている。
なにがしたいんだろうか、ほんとこの人は。というか今までまったくこの人の姿を見たことがなかったけれど、ずっと二階に潜んでいたのだろうか、今日この日のサプライズのためだけに。ほんとなんか、この人は色々な意味ですごいな。
みみみさんもみみみさんで、蘭さんの結構こういう奇行に慣れているのか飄々としているのがちょっと怖いんだけど。
パチン、と蘭さんががっちりと両方の手のひらをを合わせると、みみみさんがそれに倣って合わせる。
そうか、あれか。でも、なんか僕にとっては凄く懐かしかった。家でこうやってみんなで同時にやることなんてなかったから、一般家庭では当たり前のことなんだろうけど、なんか、なんか、こう……。
僕もパチンと、控えめに両手を合わせる。
胸にこみ上げてくる想いは、なんだか温かなもので悪くはないなって思った。
「いただきますっ!!」
三人綺麗に合唱が決まって、自然とみんなから笑顔が弾けた。顔を見合わせながら、眼前の美味しそうな料理に箸を付ける。きっと今だけは、こうして家族のようにいてもいいような、そんな気がした……。
こうして、僕たちの奇妙な同居生活は始まった。
つづきますよっ!!




