第51羽 俺の正義を掲げた――。
ガッ、と俺の後頭部に何かが直撃する。
コォーン、と数度にわたって転がったのは、空き缶。空っぽだったとはいえ、不意打ちだったぶん結構な痛さだった。拾い上げてススキを睨めつける。
「なにやってんだてめぇ。馬鹿か?」
近づいていこうとすると、途中で、
「あたしは、馬鹿ッスよ。そうッス、馬鹿ッスっ!! だけど……だから……あたしはっ、物分りが悪いんッスっ!! ……あたしはどんなことになっても樫野のことを信じてるから……ずっとずっと信じてるから……だからあ……」
両手で目を擦りながら、必死で心の叫びを訴えながら、鼻をすすり上げながら、彼女は涙を流していた。
……ああ、そうだったんだ。いつだってこいつはほんとにわからず屋で、お人好しで、この世にいる人間全てが善人だって思い込んでいるほどの馬鹿だったんだ……。
……昔馴染みの奴らがみんなどこかに行ったのに……こいつは周りの空気を読まずに自分の考えをただ述べるやつだったんだ……。……いつだって、苦しんでいる俺を見つけてくれて、傍にいてくれるやつだったんだ……。
「……ほんと、馬鹿だよ……てめぇは……」
どっちが楽だとか、どっちが得だとか。
普通の人間ならずっと簡単に計算して行動するもんだ。
損得勘定で、メリットで、益で人間ってもんは動くことが決まってんのによお。
「そうッス。……だから無駄ッスよ。あたしの居場所はちゃんと決まってるッスから」
俺が詰められなかった距離を、ススキはいとも簡単に詰めてくる。うだうだずっと考え込んでいるよりも、こういう時はただの猪突猛進のやつの方がずっとずっと強いんだ。
「馬鹿に何言ったって通じねぇなら、俺はもう……何も言わねぇよ。どうしようがお前の勝手だ」
「はいっ! 勝手にするッス!!」
喜色満面で返すススキは清々しそうだ。
そんな彼女を見続けるのがしんどくて、ポケットの中に潜めていたものを手渡す。
「そういえば、これ捨てといてくれねぇか」
「……イイッスけど……飴玉ッスか」
「ああ、ある奴が持ってんだけどな、どうしてそんな賞味期限が切れてるやつを持ってるか気になってんだが」
どうしても分からねぇ。先生がこんなものを持ち歩いているわけも分からねぇから、貰い物だってことはなんとなく想像はつく。だが誰にいつもらったのかも分からねぇし、なんで捨てねぇのかも分からねぇ。
「ああ、そんなの簡単じゃないッスか」
スン、と鼻を鳴らしながら手の甲で涙の跡をこする。
「その飴を持っていた人はきっと、優しい人なんスね」
「……なんでそんなことがわかんだよ」
「だってきっとその人は、他人もらったものを大切にしようと、もらったのが嬉しくて捨てられなかったんじゃないんスかね。もしくは、ゴミになる飴玉をそこら辺にポイ捨てできないぐらい、心が綺麗な人しかありえないッスもん」
「心が綺麗……?」
「そうッスよ。普通だったらすぐに捨ててもいいのに、環境のためとか、歩行者が不快に思わないようって、持ち続けているってことはそれだけ正義の心がある人なんじゃないんスか。……まあ、ただ変わっているだけの人かも知れないッスけど」
……そうだな、ちょっと変わった人だったよ。人よりちょっとだけ正義感が強くて、ちょっとだけ気づけなかっただけなんだ。
何を大切にすべきかってことを……。
「とりあえず、俺はここら一帯のゴミ拾っていく。お前は?」
「あたしもお供するッス。……あっ、もちろんこれもあたしの勝手ッスよねっ!」
「………………」
俺は何も言わずに、ゴミ袋を一つだけとって早歩きで歩き出す。その後ろからは、同じようにゴミ袋を脇に持って走り寄る音がする。だがきっと今夜そいつが俺に追いつくことはないだろうな。……自然と頬が緩むのを見られたくなかったから。
仕切り直しだ。
誰がボランティア団体を利用したのかは今のところは分からねぇから、なにもできねぇから、脇に置いておくしかねぇ。
一歩ずつでも、その歩みが遅くても、今は自分の出来ることを探して行こうと思う。
今まで俺がやっていたのは、先生の、俺たちの正義だった。
けれど、これからやっていくのは正真正銘俺の正義だ。これからは俺の流儀で、悪党を滅ぼすために奔走しよう。
誰ひとり不幸にしない、そんなくだらねぇ理想を抱えて歩いていこう……ってそう思ったんだ。




