第4羽 「すき」と言って、
「ガガッ,ガガガガガ,ガガッ」
突如として鼓膜を震わした,くぐもった機械音と協奏曲のハーモニーを奏で出した少女。
電波を受信したようで,ショルダーバックから小型のトランシーバーを手慣れたようにスムーズに取り出す。ていうか,もしかしてトランシーバーがないと、有効な連絡手段がないのか。文明社会にことごとく反旗を翻す島だな。
「もすもす,こちら神や」
ジャンクでファーストなフードを回顧させる応答をした――自称神。
目を剥きました。
「……はい,はい,わかったッス。ちょっとこれから不審者の身柄を確保したんで,警察署まで送り届けるッス。先に帰って――ああっ、はいっ! いつもの場所で待って。……はい,……はい」
無線機越しに迫力のある押し殺した声が聞こえてくる相手に,道案内を申し出ている彼女の好意には頭が下がる。冗談めいた申し出も好感がもてるけれど、揉めているようで心苦しさは否めない。なにより上位存在である神様に、低俗な自分が手を煩わせてしまってもいいのだろうか。
「それじゃあ,行きまっしょいっ!」
ぐるんぐるんと腕を回しながら,勢いよく先陣を切っていく。
「大丈夫なんでしょうか,お相手の方ずいぶん憤怒していらっしゃいましたけど?」
「んー、あんまり大丈夫ぅ……ではないけど,待ってくれてるみたいだしー,ってかなんでいきなり敬語なんスか?」
「神様相手なら、敬語ぐらいは心得ていますよ」
「神様,なんスかそれ?」
はた,と急ブレーキをかけた彼女に仰天して、足を止める判断が遅れてたたらを踏む。こけそうになって、心臓が一瞬ぎゅん、と縮み上がる。なんとか横にステップしてバランスをとって、壁に手をついて、やっと空中に浮いた足を地につける。
ラッキースケベ属性の主人公ならば抱きつく場面だが,慎み深い僕はしっかりとアウトボクサーの距離感を保っていた。
激しく後悔した。
「さっき電波発信してたじゃないですか,自分のこと神だって……」
「そんなこと…………って,あー,なんだ,そういうことっスか」
パンパン、と大袈裟に両手を合わせてなにやら大層ご機嫌。なにやらつぼだったらしい。
コホン、と改まって彼女はゆっくりと僕を見据える。
「違うッスよ,あたしは神や」
「お,おう……」
「ああ,違うっス,だから『神や』は,苗字ッスよ,苗字。あたしの名前は『かみやすすき』ッス。神様の『神』に谷間できて欲しいなの『谷』に,五芒星の『芒』で,神谷芒。……ススキでいいっスよ」
「すっ……,すすすすき」
初対面の女性を下の名前を喉が震わすことはほぼなかったため,ほっぺを赤らめながら告白する疑似乙女に成り下がってしまった。
ちなみに以前は男子校に通っていたせいで、経験が豊富ではなかったという訳じゃない。
男女共学だったけれど、純粋無垢な僕にとっては超えられないハードルだっただけだ。
「そっちの名前は?」
ススキは半身をこちらに向けながらも、道案内のために歩き出してくれた。親切な彼女に、神ではなくなったススキに、憂いなく名乗りを上げる。
「登坂優姫。登り坂で『登坂』。優しい姫で『優姫』。ゆうちゃんって呼んでくれ!」
「よしきた,ゆうちゃん!」
……どうしよう,不似合なニックネームが定着してしまった。




